28話 王の力を垣間見たモノと借り受けた者
―――――荒れ果てた大地に、たまに乾ききった風が吹く。ここは先程の森から打って変わって、全く違う場所だ。
これはロードの奥の手とされている結界という術。この結界を使えるロードは限られている。結界を使えるというだけで、他のロードよりも強いのは確かである。しかし、ロードのいる世界ではあまり使用されない代物だった。
第一の理由として、まず使う機会がない。
結界は原則として、自分を除いてたった一人しか封じ込めることができない術。
そして、ロードの世界の戦いは、基本的に複数対複数の場合が多い。同じ思想の者たちが集まり、領地を獲得し、もし相手が攻めてきたら防衛し、奪い返す。または邪魔な敵がいれば襲いかかるパターンがほとんどである。
その激しい戦闘の最中、敵が多いということもあり、その状況下で狙った相手を選択し、結界を発動させるのは至難の業であるのだ。だから、わざわざ使うよりかは、周りの仲間と一緒に戦った方が安全である。
第二に、消費する魔力の量があまりにも多い。
実のところ結界を発動するだけでは魔力はほとんど使わない。しかし、結界を維持するために魔力を多く必要になる。どれだけ魔力に優れたロードだろうと、一度発動させれば大部分は消費してしまう。長くて10分保てばいい部類に入る。
おまけに、結界を発動させると、元いた世界ではない別の次元に飛ばされる。つまり、周りからは結界の様子は確認することができず、一切の干渉が効かなくなる。味方からの援護も受けれない状態になることから、あまり使われないのがこの結界という術。
しかし、その分メリットはある。
まず単純なことだが、秘匿性が高いこと。先程も述べだ通り、結界を使うと、世界から切り離される。そこで何が起ころうと、使用者と結界に入ってしまった一人しか知り得ないことになる。
次に、結界の使用者へとゲームで言うところのバフというものがかかる。例えば、身体能力が何倍も向上したり、攻撃全てが相手に当たったりと――その効果は物によって様々だ。それら全ては自身が有利となるものばかりである。
加えて、結界によって創り上げた環境はそのロードが最も得意とする、戦い慣れた戦場でもあるのだ。
つまるところ、ただの一対一の状況であれば、結界は大きなアドバンテージとなる術である。
発動させたら最後、ほとんどの敵は抵抗することもなく殺られる。まさに奥の手。
そのはずだが――――
「何でだ……!」
――――目の前のちっぽけな少年には全く攻撃が当たらない。
このロードは影を用いた攻撃を行う。体全体に影を纏い、それを自在に伸ばすことでリーチの長い攻撃ができる。地面から不意を突き、モヤモヤとした影を棘状に変形させ、相手を刺す攻撃もある。そして、自身の鋭利な爪は人間くらいの強度なら容易に斬り裂くことも可能だ。
おまけに、この結界の中では伸ばす影の上限はなくなる。ここ以外で出せる影の長さはそれなりに限界はある。だからこそ、影の制限がなく、障害物もないこの世界では、多方面から確実に避けることのできない攻撃の数々で相手を確実に殺せる――――はずなのに。
「……クソが!!」
どの角度からいくら攻撃を繰り出そうとも、寸でのところで謎の壁に阻まれる。
思い通りに事が進まず、声を荒げる。
あともう少しで当たるのに、決して届かない。どれだけ伸ばしてもこれ以上進まない。……ほんの少し距離がとてつもなく遠く感じる。絶対に追いつけるわけもない。そう思うほどに。例えるならそれは『アキレスと亀』のようだ。
ロードは感覚で理解している。自身の攻撃が何かに弾かれたわけでもなく――――ただただ自分の動きが遅くなっていて、あの少年に届かないと。
「何でだ……」
覆らない現実に歯ぎしりをする。
そう感覚で理解しても、頭がその事実を拒否する。その事実を認めたくない。なぜなら……その力でこのロードは敗北したことがあるからだ。
「何でテメェが……ただのガキが…………あの女王の力を使っている!?」
認められずに、その事実だけ叫ぶ。
――――それは昔の話。
かつてロードがいた星にて何者も勝てない絶対的な存在がいた。このロードも例外なく負けた。争いの絶えない世界にて、負けたことはなく、勝ち続けた女性がいた。
彼女は時間を操り、一歩も動くことなく、難なく勝利を収めてきた。何度も何度も何度も。とても涼し気な笑顔で……相手を圧倒し続けた。その強さは計り知れなく、何者も寄せ付けることはなかった。
誰も彼女に適うわけがないとロード全体が認め始める頃、彼女を中心に世界は纏まった。そして、いつの日か――――その世界で王と崇められるほどまで、彼女は駆け上がった。軽やかな足取りで。
それでも、争いは終わらなかった。なぜなら、彼女がそれを許可したからであった。
彼女が――絶対である王が好きなだけ争えと言った。欲しいモノは自分たちで叶えろと。だからこそ、ロードたちは戦った。
しかし、ほとんとのロードたちは彼女だけには争いを仕掛けなかった。勝てないと分かりきっているから。そして、いざとなればロードたちを全滅にできるくらいの力は持っているということも知っていた。そんな存在に逆らえるわけなんてない。誰が歯向かおうとするのだろうか。
そして、まだ女王と呼ばれる前の頃、この結界を創ったロードも彼女に挑んたことがある。
結果は成すすべもなく無残にも敗北した。絶対的な力の差を見けつけられ、顔を上げることもできずに、地面に這いつくばった。これ以上とない屈辱だった。
そのある種のトラウマとも言える存在の力も持つ少年が……自身の目の前に立つことにどうしても納得できない。
「どうしてだ――!!」
腹の底から叫びながら、自身の爪を振るい、棘になった影をあらゆる方向から攻撃する。しかし、当たらず。どれだけ足掻こうとも距離は縮まらない。
「チクショウ……」
いくら攻撃しても当たる気配がない。
「チクショウ……」
何度押し込んでも、まるで届かない。ほんの数cmの壁がとても分厚い。
「――――ッ!」
今度は一点突破を狙い、複数の影で同じ場所に攻撃するが……結果はやはり変わらず。
「…………」
このままではいずれこちらが先に殺られると悟るロード。今まで目前の少年に3回ほど不格好な形で蹴られているが、どの蹴りも自身に多大なダメージを与えている。
見た目はそんなに変化はないだろうが、実際にたった3回で普通のロードなら殺られているかもしれない。このロードは自身の周りに纏わりついている影のおかげでダメージを分散しているからまだマシな方だ。それほどまでに強力な攻撃だった。蹴りをした本人からしたらそうは思ってないかもしれないが。
そして、気の緩みからかロードの攻撃が止んだ瞬間――――目の前のトラウマは動き出す。
「…………」
葵はあのロードの言葉が気になっていた。『女王の力』は何を意味するのか。……いや、すぐに答えは出た。
自身の中にいるロード――レーヴェがその女王なのだろうと。
レーヴェは葵に少しだけ過去の話をしたが、自分の素性については多くは語らなかった。だから、当然葵は知らなかったのだ。彼女の持っている力がどれほどなモノなのか。
他にも気になることはあったが、今現在の状況から後回しにすることにした。寧ろ、そうするしかできない。レーヴェの力のおかげで葵には当たってないが、目前のロードから攻撃を受けている真っ最中なのだから。
「くっ……」
自分には当たらない――そう分かっていても、まだまだ戦いに慣れていない葵は思わず身を固めてしまう。
結界に入ってからロードの猛攻は続くが、全く葵には被害がない。当たっているようで、見えない壁に阻まれている。レーヴェの力である『夢幻』のおかげだ。それでも、攻撃の密度に葵はなかなか動くことができていない。
「おい、レーヴェ」
『今度はどうしたんだい?』
「色々と知りたいことが山ほどあるんだが、とにかく今はこれだけ訊いておきたい……あのロード、俺の蹴り効いてるのか?」
『イエスかノーかで言えば、当然イエスになる。ロードには魔力を通した攻撃しか効かないけれど、今の君は私の魔力があるからね。多分だけど、かなり効いてるはずだよ。並の個体ならもうとっくに殺られているさ』
「え、マジか……」
それは葵にとって意外な返答だった。
――――見た目に変化がないし、てっきりまだまだピンピンかと思ったな。てか、その魔力云々の話も初耳なんだけど。
内心そう思った。
「じゃあ、このままアイツを吹っ飛ばしたらイイのか?」
『ああ、そうなるね。今日は君に助言するのはここまでとするよ。――後は頑張りたまえ』
「……おう」
ありがとう、と心でお礼をし――――彼は決着を着けるべく攻撃の頻度が少なくなった瞬間に地面を思いきり蹴った。
「……ッ!」
対するロードは自身の攻撃の速度では葵に追い付けないと悟り、今まで伸ばしていた影を身に纏い防御に徹しようとするが――その直前に葵はロードの目の前に現れる。
「いい加減――」
それはとても不格好な形。ただただ力任せに。
「――――大人しくしろ!!」
ありったけ叫びながら人間では実現できない速さで大地を駆け、その勢いを全部乗せた葵の拳がロードの顔面を捉える。
「ガッ……!」
ロードは避けることなどできずに直撃する。
適当に力任せに振るった拳は本来なら何てことのない一撃だっただろう。しかし、レーヴェの力を借り受けた今は違う。ただの一般人の打撃ではない。その威力は途端に絶大なモノとなる。
そんなモノを真正面から喰らったロードは耐えきれずにまたもや吹っ飛ぶ。
それは先程と似たような状況。葵が蹴って、ロードが飛ぶ。これは何回かあった。だが、決定的に違うところが一点ある。それはここが結界の中であり、そこは荒れ果てた大地であり、障害物もない平坦な場所だということ。その環境は、すぐに行方を見失った森とはあまりにも格差がある。
つまり――――追撃を行えるのだ。一瞬で。葵はロードを殴り飛ばしたあとすぐに体勢を整え走り始める。
ロードが拳を喰らいまだ吹っ飛ぶ最中、葵はその脚力で追いついた。
「うおぉ!」
今度はその勢いを乗せての跳び蹴りを放つ。
ロードはまだ空中に浮いており、避けることもマトモに防御することもできない。そこに突き刺さる――――王であるレーヴェの力を持った葵の渾身の蹴り。
今まで何とか耐えていたロードだが、体勢を先程の打撃で崩されており、これにはどうすることもできない。またもや無防備な状態で攻撃を受ける。
「ガハッ……」
呻き声を上げながら転がるロード。
これが森みたいなどこか遮蔽物があるような場所なら何とか踏み留まれたかもしれない。しかし、この結界は際限ない世界。境界など存在しない。何もない世界。勢いが衰えない限り、ずっと転がり続けるだろう。
そして、今の葵はその隙を見逃さない。ここで絶対に倒すという意思がある。もう逃さないと決めている。また全速力で走り、蹴って、殴って、蹴ってを――――何回も何回も何回も繰り返す。
ロードは反撃などできない。その猛攻を一身に受けることしかできない。
「ハァ……ハァ……。アァ――――!!」
叫ぶ。葵はひたすら叫ぶ。自身の全力を振り絞る。ここを逃したらチャンスはもう訪れないと決め、己の夢を叶えるため、躰を動かす。
そして、それから数分が経った。葵はかなりの疲労により、次第に攻撃のペースが遅くなる。肉体的な疲労は少ないが、走って攻撃をずっと繰り返すという行為へ使う精神的疲労がかなり多くなってきた。
「――――ッ」
もうどのくらいロードに攻撃したか分からなくなるころ――――最後の最後にロードの顔をを殴った瞬間に結界が壊れ始めた。
空や大地に亀裂が走り、そこか光が漏れてくる。薄暗い世界には似つかわしくないくらいの明るさ。その眩しさに葵は思わず足を止める。
「これは……」
息を整えつつ葵は一度見た光景を思い出す。それは結界の終わり。もうロードの魔力が保たなくなってきているのだろうと察した。しかし、そのロードがどうなっているのかきちんと確認できていない。彼は一心不乱に攻撃を続けたのだから。
ロードの状態を確かめようとしたとき、結界の亀裂が大きくなり光の眩しさも増していく。
「うっ……」
一度体験したが、それでもこの眩しさには目を瞑ってしまう。
「…………」
そして彼がしばらくして目を開けると――――あの暗い森へと戻っていた。




