22話 空っぽな馬鹿
今回ちょっと短いです
――――どうせすぐに死ぬだろう。
あのロードはそう独り言を呟くように言った。ごくごく普通に。何てことなく、まるでそれがあまり前かのように。ただの日常の動作であるかのように。
しかし、俺にはアイツの言葉が簡単には耳に届かない。
死がすぐそこにある恐怖。その死の対象は俺ではない。けれど、嫌でも感じてしまう。――――これは本当なのだと。まだ知り合って間もない九条さんの命が危ないと。
「…………」
……膝が笑う。足がすくむ。息が詰まる。呼吸がまともにできない。鳥肌が止まらない。
今まで命の危機を感じたことそれなりには多くあった。多分だけど、そこらの人よりかは多いかもしれない。小さい頃から今の今まで。それこそ、目の前にいるロードによってもたらされることだってあった。実際、レーヴェがいなかったら俺は死んでいただろう。
けれど、それと今のこの状況はどこか違う。……何故だろうか。こんなの何回も経験したのに。
何が違う? 今と、あの時と、あの時と、あの時と……――――
「――――ッ!」
…………そうか。何となく理解できた。思い返してみればそうだ。きっと――――視点の違いだ。
死を向けられている対象が、俺ではなく、九条さんだからこんなにも怖いんだ。
見ず知らずの他人が死にかけるという状況に遭遇するのは……多分初めてかもしれない。
あの10年前の大地震でも、目の前にいるロードに襲われたときも、死にかけたのは俺だけだ。誰かの死なんて見ていない。もしかしたら、覚えていないだけで、あの大地震で死にかけていた人や亡くなった人を見たかもしれないけれど。正直避難していたときの記憶なんてほとんど残ってないから分からない。
「…………」
…………違うな。俺は一度確実に目の前で大切な人たちを失った。今ではほとんど覚えてないけど。あの人たちのことは大地震のショックでもう思い出せない。……いつかきちんと向き合わないといけない。
話を戻そう。そして、俺が何かしらの被害に遭っても、けっきょくは全て自分に返ってきた。大地震でも、あのイジメでも、ロードのときでも。どんな形であろうとも。それが例え、ただのケガだろうと、死にかけたとしても、心に深い傷を負ったとしても。
そのせいだろうか――――死ねばそこで終わりだ。死ぬのは、果てる命は、所詮俺程度の命だけだ。すぐに忘れることができる。もう何も思い出さなくていい。……みたいなことを思っていた。
あまり認めたくないが、多分俺は自分の命をどこか軽く見ているのだろう。
過去に手酷い目を受け、何もかもどうでもよくなり、俺の中身は空っぽになった。自分の生きる価値が見出だせなくなった。こんなくだらないことを考えているのだから、余計にそう感じる。普通の人と比べれば、俺の命の価値なんてたかが知れてる。
だから、死への対象が俺なら、そこまでの恐怖はないのかもしれない。
でも、今は違う。このままいけば、人が死ぬ。俺でなく、最近知り合ったクラスメイトが。俺の目の前で。いとも簡単に。
初めて感じるこの怖れ。それは視点の違い――――つまり、俺が他人の終わりを記憶してしまうこと。
終わるのは、果てるのは自身ではなく、彼女の命。
自分が死ぬなら、そこで終わりだから何もしなくていい。しかし、このままなら、俺は彼女の最期をこの眼に焼き付けてしまう。どんな終わりかは分からない。けれども、一度見てしまったら、俺は一生忘れないだろう。
――――それは初めての感覚。
もし俺がこの場を無事に切り抜けたとしても、ふとしたときにフラッシュバックして俺を苦しめるたろう。それから逃れることはできない。そんな確信がある。これから起こることはそういう類いのモノだ。
ある種の呪い。俺が九条さんを送った『俺が後悔したくない』とはまた違った、感覚を味わうことになる。
だったらどうする? 助ける? 誰が? 俺が? どうやって? 方法は? そんなことできる? 俺ごときが? それとも逃げる? 俺が死ぬよりかマシだと言って? ここで2人が死んだら意味がない。誰か助けを呼ぶ? それまで無事だという確証はない。どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする――――
「…………」
…………考えがこれっぽっちも纏まらない。
『ちょ、葵!?』
「何のつもり、だ……」
だから、この行動が自分でも意味不明だった。俺はいつの間にかロードと九条さんの間に割って入っていた。
ほとんど俺が不意識で起こした行動。自分でも訳が分からない。無力な俺がこんなことをして何になる? 意味のない行動。止めろ止めろ、馬鹿なことはするな、すぐに逃げろと俺の心が告げる。
俺だってホントはそうしたい。でもここまで来てしまったらそうはいかない。というより、目の前にいるロードの圧によって簡単に動くことができない。
「九条さんを、解放しろ」
震えた声でそう言う。これは俺の本心か。なんで俺はこんなに危機を犯そうとする。
「断る。どけ。邪魔だ」
俺の精一杯の強がりは、ロードは面倒くさそうにその一言を呟くだけで覆された。それだけで――――
「えっ……」
――――俺の身体は吹っ飛んだ。
何をされたのか明らかではない。だが、確実に言えるのは、あのロードに攻撃をされたこと。気付けば俺は九条さんが括り付けられた木とはかなり離れた木に寄りかかっていた。
「――――…………ッ!! アアッ……!! ガハッ……!」
そして、何も考えていない行いに対しての当然の報いか――――襲いかかる痛み。全身が悲鳴を上げている。あまりの痛さに呼吸ができない。こんな痛み知らない。最初、アイツに襲われたときよりも遥かに痛い。痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタ――――
「ガルッ……」
のたうち回る俺に近付き、見下すロードが辛うじて視界に入る。
「このまま、大人しくすれば、殺しはしない。失せろ」
……何か言った。でもワカラナイ。コイツがナニイッテルかワカラナイ。耳に入らない。聞こえない聴こえないキコエナイ。
「ゲホッ……」
…………や、ヤバい。このまま、だと、意識が……落ち、る。何もできないまま、目の前で人が死ぬ。もしかしたら、俺も……死ぬ? 死ぬのか、俺は。
俺が死ぬくらいなら、逃げればいいじゃん。確かに二度と消えない呪いを背負うかもしれない。でも、死ぬよりかはマシだろ。そうだよ、別に他人の終わりを記憶しても、けっきょくは他人だろう。今までそうやって周りを切り離して生きてきたじゃないか。あのイジメから、ずっと。
――――朦朧とした頭でそんなことを思う。
そして、結論が出ないまま。
「うっ……あ、あぁ…………」
――――俺の意識は失った。
「――――やぁ、葵」
気付くと、俺の目の前には女性がいた。
長くて奇麗な銀髪、蒼い瞳、汚れを知らないような白いドレスを着た女性。
一度だけ見たことがある。それは夢の世界での話。
「レーヴェか」
普段俺の中から話しかけてくれるロードの1人。……1人? 人? この表現でいいのか。……まあ、パッと見は人だしそれでいいか。
「ここは前と同じの?」
「あぁ、君の意識の世界。君が意識を失った瞬間、ここに呼んだのさ。いやぁ、君がアレの真ん前に立ったときは驚いたね。まさか死ぬんじゃないかとヒヤヒヤしたよ」
「……てことは、まだ俺は生きているのか」
「うーん、ケガは酷いようだけど、死ぬような傷にはならないだろうね」
「そうか」
「ただ――――彼女は違うだろう。このまま放っておくと、まあ十中八九死ぬだろう。彼女の魔力、つまりは私たちロードが生きる源を全部吸い取るからね。それが明日なのか1週間、1ヶ月先なのか、それとも……すぐなのか。ま、アレの気分次第といったところかな」
「……そうか」
「それで、君はどうしたい?」
「…………どう、って」
この問いかけは無意味だ。だって、この先のレーヴェの返答は予想できるから。
「彼女を助けたい?」
「…………別に」
他人のために命をかけるなんて、俺にはできない。空っぽの人間、何色にも染まったことのない無色透明の奴になんてできるわけがない。
そんなつまらない人間に何を求める。何をさせたい。俺に何ができる。俺は立派で、崇高な人間とは程遠い。自分のことしか考えない奴だ。…………じゃあ、なんで俺はアイツの間に入った? 危険を侵して……どうして?
「ふむ、そんな回答をするとは思っていたけどね。でも、1つ質問、いいかい?」
視線を合わせないように俯きながら、一応うなずく。
「色々とアレと遭遇してから考えていたようだけど、本当にそれは君の本音なのかい?」
「……本音?」
「前にも言っただろ? 君の本音だよ。私にあの時の答えをぜひ訊かせてほしい。君はずっとある殻を被ったままだよ。あの日から全てを諦めて、自分自身に蓋をして、自分で自分を騙して……そんな君の望みは――――本当の夢は何だい?」
そのレーヴェの一言でふと思い出した。
10年前の大地震から数日後――――俺の恩人に出会った出来事を。




