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無色透明のトロイメライ  作者: 皐月凉
1章 空っぽの人間から
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20話 幕間『彼女の独白』

 ――――きっかけは何だっただろうか。


 ――――彼を知ったのはいつだったか。


 中学1年生の夏休みが始まる前だったかな。

 それまでは気にも留めなかった。普段は元気な私の友だちが珍しく風邪で休んだ頃だったかな。普段はその友だちと休み時間に話していた。ただその日は暇だったからクラスの風景をぼんやりと眺めていた。


 私は、周りに比べたらかなり内気な性格をしている。自分に自信が持てないタイプだった。そのせいか、クラスメイトの名前は正直あまり覚えていなかった。覚えていたのはその友だちとクラスで目立つような人たち数人だけだった。

 だから当然彼の名前も知らなかった。日誌とかで調べたら彼の名前が分かった。――――黒江葵という人だった。


 彼の容姿は普通……だと思うかな。テレビにいる俳優みたいなイケメンというわけではない。でも、特別ブサイクというわけでもない。捉えどころのない、まあ、普通の中学生かなという印象だった。

 そんな彼にはある特徴があった。それは頬にある数cmの痛々しい傷跡。パッと見、大人しそうな彼には似つかわしくない傷跡だ。昔ケンカでもしたのだろうか。何か大きな事件に巻き込まれたのだろうか。大人しそうなのにヤンチャな性格なのかな。……私は、あの傷跡が何なのか気になった。


 最初のきっかけはそれだけだった。友だちが休んだからボーッとクラスを眺めていただけ。そこで彼が視界に入った。


 だけど、私はその日から自然と彼を目で追っていた。

観察したら色々と分かった。

 彼のその彼はずっと独りだった。休み時間も、授業中も、お昼の時間も、放課後も。誰かに話されない限り全く口を開かなかった。授業で指名されたときか先生に何か用事を頼まれたときくらいしか声を聞いたことはなかった。それも「はい」という返事だけ。

 無口にも程があるくらいだと思った。


 私だってけっこう人見知りだと自覚している。店員だろうと知らない男の人を前にしたらわりと頭真っ白になるタイプです……。それでも、私は学校ではあそこまで話さないっていうわけじゃない。


 失礼な話だけど率直に言うと、彼はあまりにも異常だと感じた。

 他のクラスメイトも彼のことを視界に入っているはず。――――けれど、まるで彼をいないように接していた。

ぶつかっても謝らず、彼がノートを運んでも周りはうんともすんとも言わない。彼が日直のときは彼に全てを任せるか、もう1人が全てを済ませるか。

 彼の存在そのものがただの空気かと思うほど。それだけでも可笑しいのに、彼はそれを当然のように受け取っていた。その日常が当たり前かのように。


 ――――不思議だった。

 

 どんな生活を送ればあんな風になるのかと。

 あんな、人を人とも扱わないような日常を、どうして何とも思わないのか。

 そして何より、彼の眼は暗かった。何かを諦めたかのように濁っていた。

 そんな彼が不思議で不思議で…………何より不気味だった。


 だって――――可笑しいから。


 なんでだだの中学生がこんな生活を送るのだろうか。ずっと独りで、周りも何もしない。その光景がほんの日常の一部かの如く振る舞う。

 私だったら耐えられない。発狂……とまではいかないけど、絶対途中で嫌になる。不登校になる自信がある。引きこもってしまう。


 家ではあんな生活とは違うかもしれない。だけど、学生のうちは学校という場所は自身の居場所の半分を示す場所だと思う。その半分を空気のように扱われる。まだ腫れ物とかの方が良かったかもしれない。その方がまだ認識されているから。

 私が知らないだけで、最初のうちは彼に様々な視線を向けていたのかもしれない。だけど、夏休みが近くなるにつれて、そんなこともなくなっていた。現に、私が彼を知り始めた頃には誰も彼のことを気にも留めてなかった。

 さっきも同じようなことを言った気がするが、どうして彼はそれを由としているのか。……私には本当に理解できない。先生はたまに気にかけてくれているみたいだが、彼はどうやらこのままでいいと言っているみたいだった。


 ――――それから、3年間。奇遇にもクラスがずっと一緒だったから、何かにつけて彼を目で追っていた。彼はこれっぽっちもその事実には気付かなかっただろうが。


 彼の現状は簡潔に言うと、何も変わらなかった。あの頃と何も変わらないまま彼は3年間を過ごした。空気として扱われ、彼も別にそれを当たり前と受け止めているようだった。


 彼の唯一の変化が1つある。それは偶然彼の登下校の時間帯が何回か被ったときのこと。

 そのときに、女の子の後輩と一緒に歩いていた。あの彼が女の子と歩いていたこと自体驚きだったが、何よりも 彼が……笑っていた。失礼な話だが、初めてその顔を見たときに――笑えるんだ、なんて不躾なことを考えてしまった。

 最初は驚いたけれど、その女の子は彼のことを「お兄ちゃん」と呼んでいた。……あぁ、妹さんなんだ。家族相手なら笑うのか。そう納得した。

 本当にそれだけだった。せいぜい、その出来事の際に、仲の良い兄妹だなと思ったくらい。


 そうして、彼とは一度も話さないまま中学を卒業した。


 私が椿坂の高校生になって1年は彼とは会わなかった。 

クラスが違うから会う機会なんて当然ないからだが、そもそも彼が私と同じ高校だと知らなかった。なにせ、途中で引っ越したから登校とかで会うこともなかったから。


 次に迎えた2年。

 私はクラス替えでようやく彼と同じ高校だと知った。

とはいえ、中学の彼と然程変わらないように思えた。しかし、あのときとは確実に違うことがあった。なんと、彼に友だちができていたのだ。朝の時間や休み時間によく彼と彼の友だちが話しており、彼は今まで見たことのないように、とても活き活きとした表情をしていた。


 ――――興味が出てきた。


 3年間、彼をたまに見ていた。でも、話したことはなかった。

 周りから空気として扱われていた彼には、彼からしたら同じ空気である私の姿は映っていないだろう。だからこそ、喋ってみたかった。聞きたいこともあった。気になることがあった。


 ――――私にもあんな楽しそうな表情をしてくれるだろうか。


 柄でもないことも考えてしまった。


 そのような淡い期待を抱き始めた頃…………自分ではどうしようもならないくらいに私の日常は狂い始めた。








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