14話 強襲
目の前にいるのは、ちっぽけな俺を簡単に殺せる存在。
逃げ場はない。どこに逃げればいいのか、出口があるのかどうかが分からない。……つーか、ここどこだよ!? 俺さっきまで普通に下校路歩いてたんだけど? なんかもう泣きたくなってくる。
あのロードは前見たときと同じく、全体の輪郭がボヤケているが、鋭利な爪を持っているのが分かる。嫌でも目に入る。対して俺。手に持ってるのは学校用のカバン。これでどうしろと。折り畳み傘でも使うか? 無理だな。
あのロードは俺を睨んでいる……ように思う。イマイチ表情が理解できない。眼が紅く光り、威嚇しているくらいしか分からない。唸り声を上げて、そこから動かない。前みたいなパターンだ。ふと足下を見る。……大丈夫、なんかよく分からないモノは巻き付いていない。
ある程度自身の状況を確かめる。そして、現状を一番理解しているであろう奴がここにいる。
「おい、レーヴェ。説明しろ。今のうちに」
『確かに、襲ってこないね。ふむ、どうしてかな? まあいい』
少しずつ後退しながら問いかける。
レーヴェはコホン、と咳払いをしているのが聞こえた。これ相当不味い状況じゃないのか? その割には余裕そうだな。咳払いしている場合か?
『ここはそうだね、分かりやすく言うなら、君や凪ちゃんが読んでる本で出てくる、うん――――結界というものさ』
……結界。何となくはイメージつく。
『周りから全てを遮断する。君を君の世界を切り離し、自身の世界を創出し、相手を閉じ込めるモノ』
「……お前らそんなことできるのかよ。いよいよファンタジーじみてきたな」
『おや、今さらそれを言うのかい?』
「確かに今さらだな」
思わず同意する。そうだな、俺の中に誰かがいるって時点でファンタジーだな。
「で、ここから出るにはどうすればいい? どうにかしてくれ」
『さあ? どうしようか』
「……おい」
『どうにかしてくれって言われてもね、私ができることなんてたかが知れてるよ。精々君を守ることくらいさ』
「前みたいにか?」
『そう。今の私にできるのはそれだけだ』
周りを見渡す。
世界を創るとか言うだけあって、冗談抜きで地平線の終わりが見えない。無限に広がっている世界のように感じる。出口なんて当然見当たらない。
こういう場合、よくある物語だったら、その結界とやらを創った奴を倒せば帰れるということがある。……ただまあ、どうしろって言うんだよ。こちとらただの人間だってば。前に襲われた時は、訳も分からず殴られたり、蹴られたり、変なモノに巻き付かれたりしたからな。今と何も変わらない。
あまりにもお先真っ暗な状態で頭を抱えてしまう。
『まあ、葵は結界に閉じ込められているのは確かだ。しかし、これは特段精度が高いというわけでもない。中の下ってところかな?』
再び辺りを見渡す。何て言うか……。
「めっちゃ嘘に聞こえる」
『こんなときに嘘はつかないさ』
「だったら、ホントにどうにかしてくれ。レーヴェができること少ないんだったら、せめてどうやったら帰れるか教えてくれ。頼むから。分からないとか言うなよ」
『ふふっ。なーに、簡単だよ。アイツを倒せばいい。それはもうトコトンと』
「……できるか!」
『だったら、もう1つの案だね』
「それは―――」
何だ、と問おうとしたが、咄嗟に横へと転がる。
その瞬間、さっきまで俺がジリジリと後退していた場所が切り裂かれた。ロードのあの鋭利な爪によって。
「……ッ!」
背筋が凍る。もしあそこにまだ立っていたら…………殺られていた。
そうこうしてられない。すぐに距離を取らないと。
転がりつつ立ち上がり、できる限り離れる。
『それだよ、葵』
「何がだ」
『もう1つの案のこと。結界を創るにはかなりの力がいる。凪ちゃんのゲームで例えると、MPという代物だね。魔力、呪力、うん、色々と例えられる』
「それは何となく知ってる。……えーっとだな、つまり?」
『この結界はもう5分すれば崩れる。急ごしらえの結界みたいだ。だから――――頑張って逃げたまえ。さあ、鬼ごっこの時間だ』
「無理を言うな! さっき避けれたのでさえ奇跡なんだぞ」
『大丈夫。援護はするから――――来るよ』
「うおっ!」
また襲ってくる。今度は突進。とてつもない速さで迫ってくる。
「くっ……」
ギリギリのところで避けたと思ったが、少し掠った。……大丈夫、痛みはほぼない。でも、服が少し切れてしまった。……これ奏さんたちに見つかったらどう説明すればいいのやら。って、今は逃げないと。
『来るよ。伏せて!』
「……ッ!」
そして、また逃げる。
襲ってくる。
逃げる。
襲ってくる。
逃げる。
躓く。
攻撃される。
今度は当たる。
そう思ったら、レーヴェが不思議な盾を出してくれて防いでくれた。
間髪入れず、また攻撃してくる。
避ける。
襲ってくる。
レーヴェが助けてくれる。
攻撃してくる。
ギリギリで避ける。
逃げる。
逃げる。
逃げる。
逃げる。
逃げる。
逃げる。
逃げる。
ひたすら逃げる。
その繰り返し。
「ゲホゲホッ! ……ハァ……ハァ……」
クッソ、何分経った?
息が保たない。呼吸をする暇がないほど連続で攻め立ててくる。
一度、息を整えたい。
そう思いながら頑張って離れようとする。
レーヴェの協力で何とか距離を空けたところで。
『盾を広げるよ。これで1分は稼げる。少し休みな』
と、襲ってくるロードに対して、薄い蒼色の円状の盾が攻撃から防いでくれる。
息を整えながら思考する。
何度も怪しい場面があるが、レーヴェのおかけで何とか助かっている。レーヴェがいなかったら確実に死んでる。
それでも、何か違和感がする。
何だ? この変な感じ。……違和感。……何かが可笑しい。
「…………!」
気付いた。
そうだ。あのロード、実際は今よりもっと速い。前に跡地で遭遇したときはこれっぽっちも反応できなかった。
しかし、今はどうた? レーヴェが助けてくれているとはいえ、ギリギリの状態でアイツの攻撃には当たっていない。それに加えて、攻撃してくる場所が首や心臓とかではない。いや、ロードに人間の心臓とか分かっているのかは知らないけど。それでも、多分アイツは俺を殺そうとはしていない。何回も殺せるチャンスなんてあったのに。
『ふーむ。コイツ、君を気絶でもさせたいのか?』
その疑問はレーヴェも同じだった。
「やっぱりそう思うか?」
『まぁね。明らかに手を抜いている。前とは違うね。今までの攻防の間、君を殺そうと思えばいつでも君を殺せた』
「気が滅入ること言わないでくれ……」
『まあ、私が守ってあげるからね』
その、何だ、薄々そう思ったけどさ。他人に死んだだの殺せただの言われるのはなぁ。
『ところで、少しはマシになったかい? そろそろ盾を出すのがキツくなってきた』
「それはいいが……あと何分くらいだ?」
『長くて3分』
「……援護頼むぞ。マジで」
『はいはい、、了解した』
ロードから大きく距離を取ってからレーヴェの盾が消える。
それから身構えるが……どうしてか襲ってこない。さっきまで絶え間なく攻撃してきたのに。
襲うどころか、未だに俺を睨みつけ唸っている。
「ガル……ルルッ……」
もしかして、もうこの結界とやらが消えるのか? さっきレーヴェも維持するのは大変とかなんとか言ってたし……なんて淡い期待をしてしまう。
「ガルル……ッ」
まだ唸り声を上げているかと思えば……不思議なことが起こる。
「オ、オマエ……ガ、ガ……ホ、ホシイ………」
日本語を、話した。
「は?」
『うん?』
俺とレーヴェの声が重なる。
いや、レーヴェが喋るから別段不思議なことではない。……ないんだが、今の今までコイツは獣みたいに唸っているだけだった。それだけだ。前に遭遇したときも、ロクな言葉を話してなかった。
ロードは人間と同じかそれ以上の知性があると言っていたが、それはピンキリがあると思っていた。人間だって、単純な頭の良さなら頭がいい奴や悪い奴もいる。レーヴェが10年近くで日本語を完璧に話せていたのに対し、コイツは地球にどのくらいいたのかは知らないが言葉を発してなかった。同じロードでも、それなりに知性の差があると考えていた。なのに、いきなり話し始めた。
…………何がどうなっている? それにコイツ何言った? ……俺が欲しい? 意味が分からない。
しかし、コイツの目的が俺なら、さっきまで手を抜いていたという理由が分かる。なぜ俺を欲しいのかは置いておいて、今回この結界に閉じ込めた理由は、俺を気絶させたいだけだったってことか。うん、自分で言っててやっぱり意味不明すぎる……。
それでも、まだ腑に落ちないことがある。だったら、あの跡地で俺を殺しかかる意味はないはずだろ。あの時は確実に俺を殺すつもりだったよな。レーヴェもそう言っていた。
「俺が欲しいだって? どういうことだ?」
日本語を話せるからといって、言葉が通じるのかどうかは分からないけど、話しかけてみる。
「オ、オオ……オマエガ、ホシイ。ソレガ、ヌ……シ…………ノゾミ……ガルルッ」
「悪いが、そんなのお断りするぞ」
イマイチ何言ってるのかピンとこない。
欲しい、望みとは別に何か言ってたな。ヌ……シ? ヌシ? 主? 主か。主とは何だ?
『あー……そういうことか。ちょっとややこしいことになったね』
「後で説明してくれよ」
『あぁ。ここを生き延びれたらね』
と、レーヴェが茶化した瞬間。
「ガルアァァア!!」
またロードが飛び出してきた。
『危ない!!』
レーヴェが咄嗟に助けようとしてくれる。またあの蒼い盾を出してくれた。
ぶつかる。アイツの爪が、俺を守ろうと薄く広げた盾に激突する。さっきまで俺を守ってくれた。時間一杯まで助けてくれた。力をけっこう使ったみたいだ。だから、もうアイツの攻撃を防げないかもしれない。
アイツの鋭利な爪が、レーヴェの盾にぶつかるその寸前。
――――パリィィィィン!!!
ガラスが割れるみたいな音がした。
「な、何だ?」
辺りを見渡す。
どうやらその音の正体は、結界が崩れたみたいな音だ。
薄暗い空が、荒れ果てた地面が、そして世界の全てが、その何もかもがヒビが入り、その隙間から光が溢れてくる。
「――……ッ!」
あまりの眩しさに目を瞑ってしまう。
そして、目を開けると……元の交差点に戻っていた。
一件落着かと思い、安堵する。肩も軽くなる。しかしまあ、結界の中とここの光の眩しさの具合が違うのでまだ目が辺りの明るさに慣れないな。……って、違う。ボンヤリしてる場合じゃない。あのロードどこいった? まだ近くにいるのか。だとしたらかなりヤバいぞ。
そう思い、急いで周りを観察する。
『どうやらいなくなったようだね』
そんなレーヴェの声が聞こえる。確かに辺りには獣みたいな体躯の生き物は見当たらない。車が何台か通り過ぎてるだけだ。
「みたいだな。……あぁ、クッソ。マジで疲れた」
安心からかさっきまで気張っていた力が抜け壁に寄りかかってしまう。さすがに座り込むまではいかないが、それでもかなりの疲労感だ。それもそうだな。普段は長距離しか走らない俺だ。休む間もなくずっと速く走るなんてこれっぽっちも慣れていない。加えて、死ぬ……とまではいかなくても、かなりの危険があった。色々重なってめっちゃ疲れた。
『さて、急な話だが、前に説明を省いたことがある』
そんな俺に気を遣わず、レーヴェは話しかけてくる。
省いた? あー、確かにそんなこと言ってたような。後で言うだの何だの。
「おう。それで?」
『それを諸々君に説明する。説明を怠った私にはその義務がある。襲われて被害に遭った君には話を聞く権利がある。けれど、君は拒んでもいい。それを踏まえて……私の話を聞くかい?』
「聞くよ。そんな長ったらしい前置きはいいから。何だかよく分からないけど、俺狙われてるみたいだしな」
『了解した。だったら――――とりあえず移動しようか。君が独り言をぶつぶつ呟いても違和感ない場所へとね』
「だな。……帰るか」
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来年ものんびり投稿します。




