11話 ただの朝
跡地を去ってから10数分。
俺はようやく家に帰ってこれた。
けっこう疲れたなー。何だかんだで10kmは走ったしな。それに加えて今日はボーッとしたまま走りすぎた。明日からはきちんと集中して走ろう。レーヴェと話してからどことなく浮ついた気持ちになっていた。反省反省。
時間は6時過ぎか。いつもより20分くらいはかかったな。
「ただいまー……」
まだ寝ているであろう凪を起こさないように小さい声で、尚かつ疲労感満載の声でドアを開けると――――
「おかえり、葵」
―――そこには般若がいた。
「……………えーっと」
いや、奏さんなんだけど。めっちゃ笑顔なのに怖い。怒気を抑えきれてない。
……やっべー、そりゃ怒ってるよな。殺人犯が彷徨いているかもしれない街で朝からランニングに出かけたわけだし、いつもより帰ってくるの遅かったわけだし。途中跡地に寄ったりしたからな! 完全に俺が全面的に悪い。
「どこ行ってたの?」
「……日課のランニングです」
とてもとても低い声にビビりながら、目を逸しながら答える。
この人、普段怒鳴りはしないけど、怒るとこのように笑顔でじっくり問い詰めてくる。この状態だと、凪と陽太郎さんも恐れている。もうこうなったら勝てないのは明白。
「にしては、いつもより時間かかってな〜い?」
「…………の、のんびりと走ったから、かな……」
「ふーん。で、どうして走ったの? 昨日学校休みになった理由忘れた?」
「覚えています……」
「よろしい。なら、そんな日に走った理由を教えて?」
「朝走らないと調子出ないからです……」
段々と声が小さくなる。威圧が、その、凄まじいです。
誰か、助けて……。この状態の奏さん相手だとあの2人役に立たないけど。もちろん俺も。
あ、リビングの方にチラッと陽太郎さんが見えた。ご愁傷さまみたいな顔をしている。
目線で助けを訴えるけど、勢いよく首を横に振る陽太郎さん。ダメだこりゃ。
「葵」
「はい……」
「別に走るのが悪いとは言わないよ。それは葵の日常なんだからね。ただ、状況を考えなさい。で、こういう場合、どうしても走りたいならせめて書き置きしなさい。いつもなら必要ないだろうけれど、今回は違うわ。ケースバイケース、臨機応変、色々と考えなさい」
「分かりました……」
「よろしい。はい、説教は終わり。さっさと手を洗いなさい」
「うっす」
「じゃ、私はご飯作ってる途中だから」
と、リビングに消えていく奏さんを見送る。
『アッハッハ。いやー、愉快愉快』
「…………」
ここぞとばかりにレーヴェの笑い声までが聞こえてくる始末。喧しい。なんか悔しいから反応はしないぞ。
それから手洗いを終えて、リビングのソファーでゴロゴロする。
どうしよっかな。また寝ようかな。あー、でも、学校どうなるかホームページで確認しないと。俺ガラケーだから凪とかに頼まないとな。ネット見れるには見れるけど、ガラケーだと金そこそこかかるらしいし。だったら、家族共用のパソコン使うか。
時間は……確か7時に更新するとかなんとか夏木先生言ってたはず。まだ30分以上あるなー。暇だなー。もう学校行くって分かってたら制服に着替えて学校行く準備整えるけど。
「そういや、陽太郎さんたちは仕事あるんですか?」
ソファーでボーッとしている俺は、ダイニングテーブルでタブレットを操作している陽太郎さんに話しかける。ネットニュースとかを見ているはず。うち、新聞とってないから。
と、そこに料理中の奏さんも会話に参加する。
「おう。あるぞ。なかったらもうちょい寝てるな」
「私は夕方からね。閉店までがっつり働くシフトになってるわ」
「さすがに社会人は普通に仕事あるわな。学生の葵たちとはまあ、違うからな」
「そうそう。警報で喜べるのは学生だけよ」
「だよな。警報で交通機関マヒしたら面倒ったらありゃしない。仕事休みになるなら楽だが、そこまではなかなかいかないからなぁ」
「お疲れ様です」
「ま、苦労はその内分かるようになるわ。私はもう社会人はぶっちゃけ嫌だけど」
「ホントにぶっちゃけますね……」
昔を思い出したらしい奏さんは髪を軽く掻きむしる。
ちなみに奏さんの髪は茶髪でロング。陽太郎さんは黒。凪の髪の遺伝子は奏さん譲り。
奏さんは陽太郎さんと結婚する前は社会人として働いていたしい。5年程度。職種は知らないが、事務とか何とか言ってたような。
そうこうしていると、奏さんが朝飯を作り終える。
黒江家は平日は基本的にご飯+味噌汁か別のおかずが朝飯の内容。今日は味噌汁か。ワカメと大根が入っている。外は寒かったし、暖かい味噌汁はありがたい。
「ねぇ葵。今日は走るの随分と長かったね。いつもならわりと早めに帰ってこない?」
「あー、そうですね……今日はボーッとゆっくり走ってましたから。それにいつも以上に長い距離走りまして」
「うへーっ、よく走るなぁ。俺なんてそんな走れねぇよ」
「あなたは、休日ゴロゴロしてるだけだもんね。葵を見習って何か運動したら? 自転車とか」
「ゴロゴロだけって、一応休日の家事は全部してるけどな」
「うんうん、それは助かってるわ。平日は葵と凪も手伝ってくれるしね」
「そのくらいならいつでも」
実際家事の手伝いは苦ではない。しかし、料理は除く。料理以外の家事は任せてくれ。やっぱり多少は経験積んどかないとな。いつする機会があるか分からないもんな。
「で、自転車か。確かに軽く動くくらいなら良いかもな」
「河川敷でもたまに見かけますしね」
「でも、スポーツ用のやつを本格的に揃えるとかなりかかるぞ?」
「あら、そうなの?」
「物によりますけど、10万は超えるかと。グレード下げればもうちょい安く済ませることもできますけどね」
「そんなに高いのね。思った以上だわ」
「おはよー……」
と、自転車談義をしていたら、寝起きの凪が登場。
奏さん譲りの茶髪はボサボサ。薄いピンク色のパジャマをきちんと着ていない。まぶたはきちんと開いておらず。
典型的な朝が弱いタイプ。せっかくの美貌が台無しである。
「おはよ。とりあえず先に顔洗いなさい」
「はーい。あ、お母さん。今日学校休みだった」
「ふーん。分かったわ」
「……お、葵のとこも休みだぞ」
凪が洗面所に消えた辺りで陽太郎さんが教えてくれた。
「あ、そうなんですか。ありがとうございます」
「まだ一昨日のことだからな。情報出揃ってないし、しばらくかかるかもな」
「学校休みのわりには、特に外出するなって言われてないわね。テレビとかで」
「だな。てか、犯人の姿形まだ判明してないらしいから、事故なんじゃないか? 自殺とか」
「さすがにそれは違うでしょ」
そんなことを話していたら凪が戻ってきた。「いただきます」と言い、しばらく食べていると、独り言みたいな声量で口を開く。
「まだ眠い……。ご飯食べたらまた寝ようかな……」
「いいけど、せめて洗濯物干し手伝いなさいよ」
「はーい」
「葵は食器洗いよろしくね」
「分かりました」
「というより、もうそろそろどっちもテストなんじゃないか?」
と、ここで陽太郎さんがカレンダーを眺めながらそんなことを聞いてくる。
うっ、嫌なことを思い出させる。
「俺は……えーっと、3週間後ですね」
「多分私も同じ感じ。日程は被ってないかもだけど」
「もう5月だもんな。そりゃテストも近いか」
「せっかくなんだし、勉強頑張りなさいよ。時間たっぷりあるんだから」
「理数以外は頑張ります」
「文系以外は頑張るから」
「どっちも頑張りなさい……。そんなとこで似なくていいから。いや、苦手科目は思っきり真逆だけれど」
奏さんの呆れた声。
ただまあ、無理なもんは無理なんですよ、はい。中学数学ならまだできたが、高校の理数は無理です。赤点取らないようにするだけで精一杯。平均点取れたら御の字。平均点でめちゃくちゃ珍しいレベル。
「やれるだけやってみろ。内申あったら進路も選びやすいからな」
「そうよ。この人だって学生の頃、テストの実力はからっきしだけど、テストだけは点数取ってたから内申そこそこ良かったのよ。定期テストでは上位だけど、模試になるとほぼ最下位をウロウロしてるの」
「あまり言わないでくれ。……まあ、そのおかげでそこそこ良い大学行けたからな」
ふむ。そうやって最初から推薦狙いの人も……そりゃいるよな。進学校とかは推薦先が少ないっていう話もあるけど、椿坂はそうでもない。普通に推薦はある。俺はまあ、取れるかな。そもそも進路決めてないから推薦も何もないがな。
「じゃ、そろそろ行ってくるわ」
「はーい。いってらっしゃい」
「仕事頑張ってね、お父さん」
「陽太郎さん、いってらっしゃい」
仕事に行った陽太郎を見送った後、各々が家事をする。俺は食器洗い、2人は洗濯物干し。それも終えると、凪は自室に消えていった。あれは二度寝パターンだな。どうしよ、俺も寝ようかな。自分の中ではけっこう長距離走ったからそれなりには疲れてるし……眠いといえば眠い。
「…………」
よし、俺も寝よう。二度寝大好き。
普段はしないけど、合法的に二度寝できるとか最高だよな!
多分次くらいから話が少しは進展するかと思います。
こういう日常が好きなもんで……w




