表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/34

だから彼女は

 握った手の熱が、瞬間にファラの全身を駆け巡った。


(――彼の手だ)


 そう思ったと同時に、堰を切ったように生まれた感情が彼女の身体を衝き動かして、ファラはそのままトウリの胸へと飛び込んでいた。


「――会いたかった(トゥパムナシュ)


 込み上げてくる感情が強く彼を抱き締めさせ、擦り切れそうな声となって言葉になる。

 そんなファラの背中をトウリの手が優しく抱き、彼の温もりと匂いが彼女を包んだ。


私もです(ノカ・ピス)


 その言葉にファラが震える。トウリを見上げ、その顔に問い掛ける。彼は微笑みうなずくと、彼女の頬に自分の刺青の頬を重ねた。

 二人の息が、互いの耳元で交わされる。

 月影の下に抱き合う少年と少女は、時が止まったかのように、長くそのままそうしていた。二人は目を瞑り、互いの感触を、体温を、息遣いを確かめ合うように、長くそのままそうしていた。

 彼はあたたかかった。幾百晩と彼女が過ごしてきた夜の冷たさも、彼の温もりに触れているこの今が、すべてを過去へと消していく。いかに厳しく凍る冬でも、春の訪れがそのすべてを溶かしていくように、彼の温もりは彼女の心を溶かしていった。


ずっと、ずっと(ウィナイ、ウィナイ)こうしていたい(・キピュマナイ)


 だから彼女は切実に願った。


「ムガマ・オ・トウリになんてならないで(ユシ・ルウェイ・アマ)――」


 その言葉とともに、頬の熱が離れた。ファラが驚いて目を開けると、ひどく困った顔で彼が自分を見ていた。その瞳は戸惑いに揺れ、悲しげに曇っていた。ファラが不安のまなざしで見つめる。

 しかし彼は目を閉じて、数瞬、息を整えると、再び目を開き、そしてはっきりとした声で言った。


「ムガマ・オ・トウリとして皆を愛する(トル・メルナ・ムナイ)それが私の役目です(チャイ・ノカ・ルワナ)


 彼はそう言葉にして、その役割の意義を確かめるようにうなずき、ファラを慰めるように微笑んで、その髪を撫でた。

 その鳶色の瞳のまなざしには、もう一点の曇りも映ってはいなかった。ファラは支えを求めるように自分の髪を撫でるトウリの手に縋り、言った。


私は(ノカ)……あなたを愛しています(カンパ・ムナイ)


 けれどトウリの瞳には、かすかな揺らぎも浮かばなかった。


私も(ノカ・ピス)あなたを愛しています(・カンパ・ムナイ)


 トウリは縋りつくファラの手をそっと下ろし、


だから(レイク)泣かないで(・ワカァイ・アマ)――」


 そしてファラの頬を伝う涙を、優しく指で拭き取った。


(嫌だ)


 この指が離れていくのが、彼の――ムガマ・オ・トウリの意志ならば、自分にでき得ることなどあるのだろうか?


(嫌だ)


 この涙が拭われて、泣き果てることなどあるのだろうか?


(嫌だ)


 彼の指が自分の頬を離れていく――。


(嫌だ)


 その瞬間にぞっと背筋を走ったのは、虚無のようにどこまでも深く横たわる夜の闇の冷たさだった。


(嫌だ――)


 だからファラは、彼の唇を奪った。

 驚いて身を引くトウリ。ファラは構わず、もう一度その唇を奪い、そのまま彼を押し倒した。

 ひやりとした彼の唇を舌で割り、自分の熱で埋めていく。

 ファラは荒い息とともに顔を離すと、その服を脱いだ。月光を背に浮かび上がる(しろ)肌膚(きふ)が、白磁のような色艶で冷然と輝く。

 ファラの身体に組み敷かれ、その姿を見上げるトウリの目に映った感情は困惑と――怯え。

 こうしてファラは、彼を奪った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ