閑話 始まり、或いは再開の鐘を聞く者
私が原則100話超えている物を選んで読んでいる事もあり100話というのが一つの目標であり、スタートラインでした。
狙ったわけではないのですが、ある意味始まりである次の章のスタートが100話近辺になりそうなのはなんとも感慨深いものです。
さて、
①TRPGルールの改めての公開を考えていたのですけどなろうで公開するの、難しいかな?
②やっぱり人物一覧とか入れた方が良いですかね?
※前回のあらすじ
・つまり、アキヒトの安全主義が大体悪い(かもしれない)
-fate Free-
四方砦の一つ、東砦管理官は黒目黒髪の見目麗しい人間種の女性だ。名をメルキド・ラ・アース。令嬢然した十代後半の彼女は土魔法のエキスパートとしても知られている。そんな少女の姿は、職場を離れクロスロードの南方100キロメートル地点、衛星都市建設予定地のオアシスにあった。
「「「おぉぉおおおおお!?」」」
驚愕交じりの歓声を背に受けながら、彼女は目の前にせりあがった土壁を見る。
果てしなく広がる荒野の、この世界のある意味最大の資源である土で造り上げられた壁だ。そして今も大量の土砂がスライムのように自ら動き、次から次へと壁と堀を作り続けている。
防壁を構築できる者ならそれなりに居るが、基本は己を守る盾程度。規模が全く違う。視界一杯、オアシスの周囲1キロ程度の地点の四分の一を取り囲む壁が一気に構築されているのだから、驚きは当然だ。
「おい、あれ、100メートルの壁を無視しているのか?」
「土を動かしているのは彼女でなく使役している精霊なんだと」
「はぁ? 何体の精霊が一度に動いているんだよ!?」
少女は背後の会話を耳に入れつつ、作業が完了して戻ってきた精霊に次の指示を飛ばす。
驚きたいのは自分だと音の無い愚痴をこぼす。彼女だってこの光景に驚いているのだ。だが、それを表に出すわけにはいかない。
「それでは順次、補強作業をお願いします。私は次を」
「大丈夫なんですか? これだけの大魔術を連続でなんて……」
付き添いの管理組合スタッフが心配げにポーションを差し出すが、彼女は涼やかな笑みを見せるのみだ。幸いと言うべきか、彼女は子供の頃から弱みを見せない振舞いを叩き込まれている。痛みや苦しみならまだしも、たかだか感情で表情を動かすことは無い。
「ええ、問題ありません。いち早く基礎を作り上げるために私が派遣されたのですから」
集められた土魔法使いや錬金術師が土の表面をさらに固め、コーティングしていく姿を横目に、次の地点へと歩を進める。
彼らが行使する術や、影響範囲と比較すれば、彼女の魔術がいかに規格外な物か改めて分かるというものだ。それこそ『開かれた日』よりこの地にあって名の知れた、つまり成長の法則を最大限に受けた者でも追随できるか分からない。
この場の誰よりも、その異常性に慄く少女は思わず首から下げ、服の下に隠したペンダントに触れていた。
「アースさん、やはり疲れが?」
足取りが緩んだこと気に掛けたのか、心配そうな声音が差し込まれる。
「いえ、次の指示を出していただけです。行きましょう」
彼女であっても生じる不安と動揺が、あの時の事を思い出させる。
それは管理組合にて彼女の派遣が決定した直後、珍しく会議に参加していた副管理組合長の一人が、軽い足取りで己の方へと歩み寄ってきたことに始まった。
少女の元へと至る一瞬前、誰もが息を飲み、その違和感の元へと視線を集中させた。少女もそうだ。そして間近であるが故に、それが何処からか取り出したらしいそのペンダントに起因すると理解させられた。
「─────」
預ける、と言われた。
それを差し向けられた少女は珍しく呆気にとられたまま目を見開き、その飾り気のない土色のペンダントを凝視するしかなかった。副管理組合長に改めて促されなければ、一時間以上そのまま固まっていたかもしれない。
彼女の本来の実力では先ほどの10パーセントでもできれば良い方で、その上しばらくの休憩を必要としただろう。それでも相当な実力であることは間違いないが、返せばペンダントの力は『相当な実力者の十倍以上』の力を発揮させたという事になる。
「力を抑制する方向に定められたこの世界で、これほどの効果が許されるのでしょうか?」
声に出さず、胸中で呻く。英雄や神と言った超常の力を持つ者は扉を潜る際に力を大きく制限される。道具に関してはその抑制が比較的緩いとされているが、無いわけではない。特に愛用の武器とされる物は持ち主の力の一部と判断されるのか、同じく力の抑制を受けることになる。一方でそういった道具はこの世界での成長と共に力を取り戻し、更には超える性能を発揮することもあると判明していた。
逆に抑制を受けない道具というは持ち手の定められていない量産品の類だ。ナイフや銃は相応の威力を発揮するが、相応以上の性能は発揮しない。生物兵器や化学兵器の類がABC2Wという枠で特別扱いされているのは相応の性能で十二分に危険だからという事でもある。
「ただ……持ち主が持ち主ですからね……」
謎の副管理組合長の一人にして、───────ならば不思議ではないと思ってしまう。何かと非常識な人ではあるし。
思わず遠い目をしそうになる。パーティに出るより精神的に疲れる状況に慄きつつ、次の地点を踏みしめる。ペンダントの中で何かが蠢き、僅かにも精霊が存在せず親和性も無い土をあっという間に作り替えていく。余談だがこの世界は精霊使いにとって不都合が多い。何しろこの世界原産の精霊は無く、異世界から迷い込んで来た精霊がクロスロードに住み着いている程度なのだ。不思議パワーのお陰で疑似的な精霊魔法の行使は可能だが、慣れるまでは『コレジャナイ』感に苛まれるという。わざわざ自分の世界に一旦戻り、精霊を連れてくる者も珍しくない。
だからこそ、野次馬と化した探索者達はひどく驚いた。
「見世物、ですね」
或いは広告塔か。
四方砦管理官4人は大襲撃で貢献し、多大な戦果を挙げたパーティだった。その武勇伝は伝わっているものの、現在は主にデスクワークとなったためその実力を目にしたことのない者も増えた。組織の方針として「裏方に徹し、実力を表に出さない」管理組合を武力で何とかできると考える不埒者も実際に出ている事から、実力を示す事を求められたのかもしれない。
「……借り物の力で、ですけど」
誇大広告にも程がある。そう思わずにはいられないが、今更引っ込められる物でもない。
溜息を更に溜め込み、精霊たちに指示を出す。
「……お疲れさまでした」
「いえ。後はお任せしても大丈夫ですね?」
「はい! 何かあったら声を掛けさせてもらいます!」
それから約二時間後。壁の敷設を滞りなく完了させた彼女は補助のスタッフに後を任せ、プレハブで作られた一室に入ると、溜まり過ぎて肺が爆発するのではないかという程の溜息を一気に吐き出す。
「……本当に、これは何なんでしょうか?」
何よりも恐ろしいのは「今すぐ同じことをもう一度やれ」と言われても応じられる事だ。このペンダントに生み出された精霊達は対価としての魔力も、力を行使するための魔力も要求してきていない。対話をするためにパスを繋ぐための魔力のみしか使っていないのだ。
「……すぐにお返しすることにしましょう」
仕事は果たした。最終確認で問題が無ければ後は任せ、自分は帰還する予定だ。
まるで時限爆弾を抱えている気持ちになりながら、彼女は用意された簡素な椅子に掛ける。
『……?』
ふと、己の仕事が終わったのか、ペンダントから生じた精霊がこちらを見上げていた。ノームというホビットをさらに小さくしたような精霊は彼女の世界に居た者と全く一緒だ。精霊の種類や見た目は世界によって大きく異なる。元々肉体を持たない事も多いため、同じ世界内であっても姿が異なる場合だってある。なのにこの精霊達は彼女の知るノームタイプだ。不安と違和感がまた一段と膨れ上がった。
「貴方は……」
言葉を呑み込む。
この精霊は彼女がこの世界に連れ込んだ者ではない。そしてこの世界には精霊は居ない。
ならば、この後この精霊はどうなるのだろうか?
精霊と親しむ者であるが故に、そこから先の言葉を続けたくはなかった。そういえば、百も二百も発生した他の精霊たちはどうしたのだろうか。或いはまだその辺りに居るのだろうか。
眩暈がする。胸のペンダントに心臓を掴まれているような幻想に何度目かもわからない深い溜息を洩らした。かといってこの場でペンダントを外す勇気も、他の人に晒す覚悟も無い。管理組合に戻るまではこのままで居なければならない。
「……」
精霊が見上げる。
何かを訴えかけて来るわけでない。精霊とは元よりあるべき場所にある存在だ。何かを為そうとする者ではない。ただ精霊遣いである自分に興味を惹かれるだけだろう。或いはこのペンダントに。
「貴方、私と契約しますか?」
それは単なる思い付きだった。或いは、もしかしてこのままでは消えてしまうかもしれないという予感を払しょくしたいだけだったかもしれない。
精霊は首を傾げ、しかし手を差し出してきた。
少女も手を伸ばす。
そして──────
──────警報が鳴り響いた。




