●五章-7.アラクネお姉さんのお店から
投稿完了ボタン押したつもりだったのに投稿されてなかったでござる。
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※前回のあらすじ
・今日はお休み
・クジの景品交換終わってなかったからアラクネお姉さんの店に行こう。
-fate アキヒト-
「ごめんください」
いつも通り純白の酒場で朝食を済ませた俺たちは、予定通りアラクネさんの店に訪れていた。
戸を押せば鍵は掛かっておらず、普通に開いた。
クロスロードの大半の店には決まった開店、閉店時間というものが設定されていない事が多い。最近では『OPEN』『CLOSE』の札を掲げることが広まってきているものの、札を掲げることはおろか、ほぼ毎日この道を回る俺が開店している状態を見たことが無い店すらある。
とりあえず店内に足を踏み入れて見渡すがアラクネお姉さんの姿も他の客の姿も無い。この店に客が居ないのはいつもの事だ。彼女の作る服は探索者向けの高級品として扱われているので、気軽に見て回るような人が居なくなってしまったらしい。普通の糸で作った衣服も取り扱っているのだが、それを知る人の方が稀になってしまったと以前嘆いていた。
「あれ? 居ないのか……?」
この街の施錠管理はPBによって行われるため、まだ閉店中ということはないと思うのだが。
郵便配達の時は奥に居てもすぐに顔を出すのに今日に限って返事がない。
「ぼろぼろー?」
妙な鳴き声を上げる頭上の鳥。器用に翼で指(?)差す先、カウンターに薄青色の布が置かれていた。鳥の言う通り大小さまざまな傷があり、大きな穴が開いている個所もあるようだ。鳴き声じゃなくてボロボロになっているって意味か。しかし焼け焦げた感じでもない。何があったのだろう。
「あら? ごめんなさいね。郵便? って、今日は制服じゃないわね」
もう少し良く見ようとしたところで奥から出てくる巨躯。相変わらず蜘蛛部分の威圧感は半端なく、その上に生えた女性の上半身はこれでもかという程にスタイル抜群の美人さんだ。
「ええ。おはようございます。
今日は祭りの時の景品交換に。シノの服を作ってもらおうかと」
「あら? ……ああ、あの依頼券!
誰も交換に来ないと思っていたら貴方たちが当てていたのね!
これはもう運命ね! シノちゃん。うちの専属になりなさい!」
八本の足が素早く巨躯を前へと押し出し、シノの前に上半身がずいと突き出される。
強引に両手を掴み、祈りのポーズを取らせ、それを包むように胸の前で合わせた。
さしものシノもほんの少し、口の端が引きつらせ身を退いたが、優しく包んでいるはずの手はびくりとも動かなかった。
そのままファッションショーの流れかと予想したが、アラクネお姉さんの表情は苦笑いへと変じる。
「と、畳みかけたい所だけど、ちょっとタイミングが悪いわね。
急ぎかしら?」
手も視線もシノから離さないままの問い掛けに俺は否定の意で首を振る。
「いえ、そういうわけでもないです」
「そう。急ぎの依頼があるからそちらを優先しなきゃいけないの。
そうね、こっちは三日くらいで済ますつもりだからその後でも良いかしら?」
「構いません。でも急ぎって?」
ニーナが見つけたボロボロの布を思い出す。俺の視線に置きっぱなしであった事に気付いたようだ。
「ええ。そうよ。これの補修。なるべく早めに仕上げなきゃいけなくて」
「随分と酷い有様ですけど、凶悪な怪物でも出たのですか?」
「うーん。まぁ、今日明日にでも告知が出るだろうし、良いかしらね。
先日、巨大な移動しない怪物の噂が出たの、知っているかしら?」
随分とタイムリーな話だ。
「ええ。新聞で見ました」
「そう。あれとは別だけど、同じような怪物が発見されたの」
「別ですか?」
てっきりその巨大な怪物と遭遇して逃げてきた人とかそういう話と思っていたのだけど。
というか、かなり凶悪な怪物だと書かれていたのだがそれがもう一匹って結構な問題ではなかろうか。
「時系列的にはそっちの方が先。その報告を受けて、管理組合がかつてから噂のあった地点の調査を実施した事を新聞社が掴んだらしいわね」
なるほど。そういう流れか。
「急いで修理ということは、その怪物を討伐しに?」
「いえ、彼女らが見つけた怪物の討伐には成功したらしいわ。
新聞に載っていた方の討伐計画のためよ」
「え? 凄いじゃないですか」
未探索地域への探索に赴く探索者……ややこしいな。まぁ、その活動をする人たちはクロスロードでも上位戦力だと言われている。無補給でいつ何が現れるか分からない荒野を移動し続けるなど生中な実力では成し得ない。そんな一線級の人が情報を持ち帰る事すらできなかった怪物を討伐したののであれば相当な事だ。
「……そうね。この世界の解明、その大きな足跡であることは間違いないわ」
だが、アラクネさんの言葉には苦々しさがあった。思えば彼女自慢の糸でしつらえた服をあそこまでボロボロにするような相手だ。きっと少なくない犠牲が出たのだろう。
「もしかして、修理したくない、ですか?」
「私はこれでも職人よ? 期待には答えるわよ」
考え事をしながらだった為か、つい出てしまった余計な一言を彼女は否定しなかった。それなのにその持ち主は新聞に載っていた怪物の討伐に参加するつもりなのだという。管理組合の要請なのだろうか。
重い空気に静まり返った店内。それを吹き飛ばすように、パンと両の手で打ち鳴らした彼女はいつもの明るい笑顔を浮かべてシノの脇腹に手を伸ばし、抱き上げる。
「それで? あの服は着てくれていないのかしら?」
「それが……ちょっと性能が良すぎるのと仕事の時は制服に着替えるのでなかなか使い時が無くて。今回のはもう少しシンプルな物にしてくれればと」
「え? 何それ! 何なら仕事に私の服を使っても良いのよ! 性能は……」
勝っている、と言おうとしたのだろうか。しかし彼女はきゅっと口を結ぶと、たしたしと蟠りを発散するように後ろ脚の一つで地団太を踏んだ。
「服単体の性能は負けてないのよ?」
「……負けてない、ですか?」
てっきりそこは勝っていると主張するのだと思っていたので、つい問い返してしまう。
さっきから余計な一言が多い。彼女の肉食の瞳がぎらりと睨んでくるが、その圧はすぐに緩む。
「……言いたくはないけど認めないのはみっともないもの。
とらいあんぐる・かーぺんたーずの特注品に勝る物は滅多にないわよ。あの子らが全力出して作った物なんて、それこそ神器レベルでないと張り合えないわ」
「え? あれ、アルカさんが作ったんですか?」
「知らなかったの?」
何処かに銘が入っているわけでもないし、あのハンマーから金属品のイメージがあったから思いもしなかった。
「ええ。てっきり金属加工が専門かと」
「あの子何でも作るわよ。それこそ薬品から科学世界系の機械、マジックアイテムに店名通りの家具に衣服とかもね」
本当になんでもである。彼女の表情から察するにそのどれも相当の品物に仕上がるのだろう。
「彼女は神器を作れるのですか?」
使徒種故か、シノが少し違う所に食いついた。
「神器じゃないわよ。神器に相当する品物って意味。
神器を作れるのは神種かそのサポートを受けた使徒種とかくらいだわ。あの子たちは神種じゃないから……。あ、うん。作れるわね。そう言えば」
「え?アルカさんて妖怪種では?」
「ルティアちゃんの方よ。あの子、使徒種を名乗ることが多いけど、神種、それも創造神系の上位種らしいのよね……」
以前病院で会った光の翼を持つ女性を思い出す。祈りのポーズを取ればそのまま神聖な像として成立しそうなほど綺麗で神々しい人。まぁ、あの時はマッチョメンの圧で残念ながら相殺されていた気もするが。
「使徒種と神種ってそんなに変わりはない、でしたっけ?」
「私も詳しくは無いけど、下位従属世界を自分の使徒に任せ、神に任ずるらしいから、親となる神次第なんじゃないかしら」
「しかし、それでは創造神系ではないのでは?」
シノの問いに「そうねぇ」と首を傾げるが、神様の世界事情はPBにも聞き取っただけの不明確な話しかない。この場で最も知識が深いであろうシノが分からないならだれにも分からない気がする。頭の上の鳥は興味なさげだし。
「私もルティアちゃんの作品を見た時に、ついでの噂で聞いただけだから分からないわ。
ただ、あの子が神種顔負けの祝福を付与できることは間違いないわね。基盤となる部位をアルカちゃんが作ってルティアちゃんが祝福を掛けた盾があるんだけど、未だ傷の一つも付けられたことは無いそうよ」
この世界の大いなる謎である扉と同レベルに聞こえるのだけど、そんな物を作る能力はこの世界の強い能力制限ルールに引っかからないのだろうか?
「アルカちゃんの本当に凄いところはその全てが技術である事ね。
ひとつひとつは一定以上の腕があれば誰にでも真似できる技術だけど、それを数十、数百と重ねて合わせて混ぜているの。鍛冶系神種が弟子にしてくれって土下座した話まであるわよ」
「……さっき酒場でのんびり料理していましたけど」
「あれだけの技術を持っていて、どうしてああも創作意欲にムラがあるのかしらねぇ……」
妬ましいを通り越して呆れにまで至った溜息を零し、シノを下ろす。
「話を戻しましょうか。普段使いができる方が良いってことね。
今着ているのはナイロン製? しかも量産品じゃない……こういうシンプルなのが良いの?」
「はい」
「即答されたわね……。シノちゃん日焼けとかは気にしないの?」
「はい」
「赤くなったりもしないの?」
「炎に焼かれれば痛いですが、陽の光ではなりません」
今更だが俺は鏡を見てぎょっとしたほど真っ黒に焼けている。そりゃこの炎天下を毎日走り回っていれば当然だろう。ヴェルメの力場では陽の光は防げない。こんなに焼けたのは小学生以来だな。一方でシノはつばの大きな帽子を被っているとはいえ全く焼けた様子はない。一度日焼け止めを勧めたこともあったが、結果的に余計な心配だった。
「さすがは使徒種。羨ましい限りだわ。
そうね、冬は上に羽織ればいいような感じに作りましょうか。うーん。アルカちゃんが暇そうならいっそエンチャント掛けさせようかしら……」
「タダ券でお願いしようとしているのに気合入れ過ぎじゃないですかね……」
「シノちゃんに気に入って貰えない事がショックなのよ! 分かりなさい!」
「アッハイ」
先ほどの暗い空気を忘れたような、忘れるようなハイテンション。俺は頷くほかない。
「抱き上げた感じ体のサイズも変わっていないようだし、そうね。来週末くらいまでに仕上げておくわ。それで良いかしら?」
「……」
シノがこちらを見た。俺の同意が必要な話ではあるまい。ということは、俺の分じゃなくて良いのかって事かな。
「俺はまた今度な」
「あら、依頼するつもりはあるの?」
反応したのはアラクネさんの方。ぎらんと光る眼は急に向けられると少し怖い。
「き、機会があれば」
「なら今しなさいな。そうね、もう夏も終わるしコートまでは行かないけど羽織れるものとかどう?
夏場以外なら使えるわよ」
確かにそれならあって困らないだろうけど、50万Cという買い物は余裕があっても怖気づいてしまう。家と車以外は借金してまで手を出すなという爺様の教えが脳裏を過ぎるが借金の必要はない。金の話ばかりだな、爺さんの教訓。
頭を切り替える。
ファッションで50万は即お断りだが、彼女の商品は安全を買うとも言える。ならば───
「お願いします」
「シノ?」
俺よりも先に答えを示したのは意外な事にシノの方だった。
「うふふ、了解。お代は前に提示した50万Cで良いわ」
「あ、いや……」
「持っておくべきだと思います」
珍しい。いつも自分の選択権を渡してくるシノが俺の事で意見を言うなんて初めてかもしれない。出鼻をくじかれたせいで口籠ってしまったが、俺とて一瞬肯定した事だ。頷いて、もう一度カウンターの服を見る。
あれが引き起こされたのは町から遠く離れた場所だが、つい先日南砦に行くことになったように、やむを得ず危険な場所に赴く必要が今後あるかもしれない。そうでなくても交通事故のような戦闘はクロスロード内でも起きるのである。備えは重要だ。
「……ええ。そうですね。お願いします」
「はい。じゃあサイズ測るわよ」
楽しそうにポケットからメジャーを取り出したお姉さんがズイと迫ってくる。視界が蜘蛛のそれに占められる圧迫感に引けそうになる足を何とか留める事に成功した俺は、覚えている限り生まれて初めて、被服店で体のサイズを測ってもらう事になった。




