●五章-6.休みの日(準備)
今更ですが、この章は主に怪物についてです。はい
※前回のあらすじ
・なんかある地点に潜む巨大な怪物が居るらしい。
-fate アキヒト-
「アルザールヴェイレイさんのお店にそろそろ行った方が良いのではないでしょうか?」
シノの提案に俺は首を傾げる。
……うん。誰?
あ、一応現状を説明すると『今日の予定をどうしよう』と相談を持ち掛けた回答である
「あるざー?」
「アラクネ種の被服店 店主です」
そう言われればすぐに理解できる。あんな印象的過ぎる人忘れるものか。あと町中で遭っても非常に目立つので挨拶を交わすし、郵便物のお届けもたまにある。
「そんな名前だったのか……」
いつか聞いたことがあっただろうかと記憶を掘り返すがてんで思い出せない。
長すぎて記憶の外に行ってしまったかもしれないけど。
「宛先に書いていましたが」
「……あ、ハイ」
住所でしか見ていません。しかもヴェルメとPBさん任せです。仮にそれらの補助が受けられない場合、最近一日分の配達が一週間くらいに伸びる自信がある。
一応ニュートラルロードの店の並びは大体把握してはいるが、店名の看板を掲げていない店も少なくない。えっと……確か彼女の店は『ルッフォイマイド』だったけか。理解できる言葉に翻訳されないので彼女の世界の固有名詞なのだろう。
「そういえば、景品もほったらかしだったもんなぁ」
「景品?」
相変わらずの高速チェスを繰り広げるべくテーブルに立っていた鳥がぐりんと首だけ回転させてこちらを見た。
「ウォーカーズナイトの時にシノが当てたんだよ。あの店の依頼券」
「ほえー」
分かってない風の声を上げてすぐに盤面に戻る。こうやって集中力を切らした回はニーナの敗北で終わるのだが、遊びとしてやっているのであまり気にはしていないようだ。
「そういえば、シノってあの服あまり着ないよな」
「制服に着替える時に時間がかかるので」
確かにあのお嬢様ドレスはすぐにエンジェルウィングスの制服に着替える仕事の日には向かないだろうし、かといって大図書館に来ていくのも何か違う。というか、普段着にしてはあのデザインは余所行きすぎるし、性能も極端に高いため、特別過ぎて普段使いの選択から外れることになっているようだ。
ちなみに今の装いはレモン色のワンピース。新たに見つけた量販店ぽいお店で購入した安物だ。それでもシノの世界の標準的な衣服よりも軽くて着心地が良いらしい。もちろん使徒種とはいえ女の子のシノが好んで利用する店としてはどうかとも思うが、その辺りの知識も甲斐性も皆無の俺はシノが良いならという言い訳の元、口を噤むだけだ。
ちなみにアクセサリーの類も俺が贈った物とアルカさんから貰ったもの。それからヘヴンズゲート近くで購入した鎧の効果がある首飾りばかりを付けているし、新たに購入しようという意思は見られない。
「もう少し着易い服ならあって困らないし、依頼できるなら今日はそこに行くか」
「……アキヒトの服を作るのでは?」
「それは金を溜めて来いって言われているからな」
といっても、実のところすでに提示された50万Cを出しても問題ないくらいの蓄えができていたりする。社会人よろしく週5日働いている上、エンジェルウィングスの取り扱う郵便物は増加傾向にあるため、月の給料は親父に胸倉掴まれそうな額になっている。ぎょっとしてトミナカさんに貰い過ぎではないかと尋ねたところ、逆に昇給を考えていると言われて渇いた笑いが出たのは先月末の話。機会があるなら無駄にした大学の費用負担をするべきかなと考える程だ。罪滅ぼしも兼ねて。
「シノっちはもっとオシャレしても良いと思うよ?」
「どうしてですか?」
思考が逸れている間にニーナが翼を広げつつ頷ける言葉を放つが、シノは僅かにも理解できないとばかりに真顔で問い返した。
ゆらゆらと三秒ほど体を揺らした鳥は、ぴたりと揺れを止めるや再びぐりんと首を回してこちらを見る。
「……アッキー、タッチ!」
「ぶん投げるの早いな、おい」
「ほら、じゃあ、アッキーが喜ぶとか!」
「そうなのですか?」
あ、こっちに矛先変えやがった。シノの無表情と瞳がこちらへと向けられた。
「うん、まぁ」
「アッキーは男らしくないなぁ」
「投げっぱなしのヤツが言うんじゃねえ」
それにしてもこの鳥、知識と価値観が適当に詰め込まれ過ぎじゃなかろうか。大図書館で見た女性型人形の時には着飾った様子は無かったはずだ。どっからその言葉が出るのやら。
「っていうか、シノっちは着飾ったりしたくないの?」
「必要に合わせて整えているつもりですが、おかしいでしょうか?」
「『整えている』って時点で違うよね?」
そうなのでしょうか?と鳥を見ても埒が明かない事を悟ったのだろう。問い掛けるような視線に言葉を何とか絞り出す。
「俺が知る限り、男でも女でも多少着飾ったりはするかな」
「そこで多少とか付けるー」
「元貧乏学生に何を騙れと言うか」
生徒の中にはどこに行くつもりだと突っ込みたくなる装いだったり、毎度防御力が上がりそうなほど髪をカチカチに固めていたりする者も居たが、山モドキの丘の上にある大学校舎と、繁華街が遠い立地のためか着飾った生徒など極少数派だった。東京とかの大学だったら違うのだろうか。
「シノっちの所、節制重視で着飾るの厳禁とかじゃないよね?」
「地域によって異なりますが、祭りや成人の儀では特別な装いをします。あとは貴族階級にある者は煌びやかな装飾が多いほど良いとされていました」
「普通め? シノっちはそういうのしたくないの?」
「求めたことはありません。貴族に招かれた際など、風習としてそういった装いを求められる事があったという程度です」
ストイックというよりも本当に要否だけの判断だな。シノらしいが。
「でもその髪飾りってアッキーの贈り物だよね?」
「はい。そうですが?」
「それは良いんだ?」
シノの無表情は変わらないが、どこかキョトンとした風に机の上のニーナを見つめる。
「他のアクセサリーと違ってマジックアイテムとかじゃないんでしょ?」
「……そうですね」
ちらりと視線があがる。その瞬間、鳥特有の首の旋回範囲を無駄に生かしニーナもこちらを見た。表情なんて分からないのに何だろう。首を絞めてやりたくなる顔に思えた。
「じゃあ、シノっちのドレスアップに行こう!」
ばさーっと両羽を広げて宣言する鳥と少しだけ困惑の見えるシノ。
「ドレスですか?」
「ぶっちゃけアッキーと相談しても進展ないから専門家の所に行こう!」
「引っかかる物言いだが、正しいな」
相変わらず容赦のない物言いの鳥の後頭部に軽くデコピンをして時間を確認する。
そろそろいつも仕事に出る時間。つまり朝食の時間でもある。
「じゃ、朝食の後はアラクネさんの店に言って、その後の予定は後で決めるか」
ぎゃあぎゃあと文句を言う鳥を無視して席を立つ。
あの人の事だ。どうせ昼過ぎまで拘束されるだろうなと確信しつつ俺は出かける準備を始めるのだった。




