●六章-20.竜の追撃
休日出勤でメンタルやられてちょっとスランプ気味です。
やろうとした展開ブッチしてどこに走ろうと言うのかね。
※前回のあらすじ
・竜が見てる。
-fate アキヒト-
「ヴェルメ、とにかく南に走れ。ウルテ達と合流せねばあのブレスは凌げぬ」
「了解」
応じる声は固い。今この瞬間、あのブレスが放たれれば為す術がない。それが魔女の口から断言されれば恐怖は膨れ上がる他ない。
魔道エンジンが唸りを上げ南へ、そうするしかないとはいえ、恐怖の源泉である竜へ立ち向かう方向へと走るしかない。
「うわ……竜が降下し始めたよ!」
首が地上へと向けられ、引っ張られるように体が続く。流星の速度を帯びる竜の巨体はみるみると視界を埋めつつあった。
「っ!? 避けないと!」
「いや、速度を上げて下を潜れ!」
ヴェルメは魔女の提案を選択した。魔道エンジンがこれまでにない呻りを上げ、世界が流れる速度がぐんと上がる。
頬が引き攣る。鱗の一枚一枚が明確に見て取れた。空が落ちてくるような圧迫感に噛み締めた奥歯が痛みを訴える。竜の翼が、巨体が巻き起こす風が土埃を巻き上げた。ヴェルメの維持する防御範囲の外が土色に染まる中、闇と脅威が頭上を過ぎて背後に落ちた。
衝撃。ほんの僅かにタイヤが宙を噛む。ヴェルメの慣性制御に支えられていても思わずハンドルを強く握った。
「む……?」
ティアロットさんが漏らした声に振り返れば、山のように聳える尾と背中。そしてその周囲に赤黒い光がいくつも生まれた。その光で描かれた文様は……魔法陣? そう思った瞬間、それを砲門とした火球が辺り一面にまき散らされた。その一つ一つのサイズは家一軒を飲み込みかねない程。口早に詠唱を追えた魔女が竜の牙の魔術を放ち直近のいくつかを迎撃したが、多くの火球はそこら中に着弾し爆音と熱風を撒き散らす。
「無茶苦茶な……!」
ヴェルメは速度を落とさず南へ走っているためその背中は遠ざかっているはずだが相手が巨大すぎて離れている感じが全くしない。周囲で鳴り響く轟音。それを生み出した竜が首を巡らせこちらを見た。
「こっちに注目してる割に直撃弾少なくない?」
「余裕だなお前……!」
こっちは冷や汗が止まらないというのに、鳥の声は余りにも悠長だ。
「だって、ブレス吐いてたら終わりだったわけで。変くない?」
変と言えば俺を狙う点からして変だが、その割に火球の大半は周囲に広く着弾した。ティアロットさんが迎撃したからまったく狙われていなかったわけではないのだろうけど、注目に対しては明らかに少ない。今だってその口を開いてブレスを吐けば終わってしまう状況だ。そんな不可解さを念押しするかのように竜が用いたのは魔法陣による砲撃だった。
「被害は馬鹿にならんのぅ……」
各壁際で戦っている者たちからすれば挟撃されたも同然だ。近くに着弾しただけでも酷い被害が生じている事だろう。かと言って安易に手を出せる相手でもない。
そんな葛藤を打ち砕くかのように三つの人影が竜に飛び掛かった。
金時さんとセイさんが竜の頭を狙った一撃を繰り出すも白の魔法陣が新たに生じこれを阻む。それを目くらましと空を駆けていたシュテンさんが天上を蹴って竜の頭部へと大太刀を叩きつけようとする。しかしそれも読まれていたか、同じく防御の魔法陣が発生し────
『GAXAAAAAA!!!』
光明喰らいがそれをあっさり割って竜の頭を抉る。竜の魔法を食らって威力を増した一撃は王者の風格とも言える竜の雰囲気をも叩き砕いた。
「魔術師の天敵に過ぎるじゃろ……」
竜を傷付けた事を喜ぶべきだが、魔法使いとしては竜が使う魔術をあっさり破った武器に思う所があるらしい。
「どうするんだい?」
「一度南まで抜ける。あやつらも時間稼ぎじゃ」
頭に取りついたシュテンさんも、置き土産とばかりに更に一撃を入れるとあっさり竜の頭から逃げた。直後、複数の先ほどよりも小さな魔法陣が、しかしその怒りを表すかのように数は倍になって発生する。
「物陰に隠れよ!」
少女の声が焦りと共に放たれる。ヴェルメが機械の判断速度で応じ、すぐ近くの瓦礫の裏に入り込むと同時に世界が白に染まった。
光だ。数多の白い光が全方位に放たれ貫いたのだ。
「っ!」
奪われた視界の中、ヴェルメに走る衝撃。俺は慣性制御による支えが無くなった事を感じ、シノを強く抱きしめた。
直後、尻がシートから離れ、体が投げ出される。体が宙を泳ぐという焦燥の中、前輪を砕かれ離れていくヴェルメの姿を見る。破片が散らばり、破れたタイヤが右に飛び散っていく。
シノを守るように体をねじり、背中から地面に叩きつけられるも痛みは無かった。制服とペンダントもあるが、ティアロットさんの防御魔法がダメージを受け止めてくれたらしい。
「ヴェルメ!」
身を起こす。制御を失った車体が地面を滑り、数十メートルほど離れたところで停まっていた。俺はシノを抱えた上げると急いでヴェルメに駆け寄った。
「マズったね」
光に貫かれたのだろう。先に見た通りヴェルメの前輪が失われていた。幸いと言うべきか失ったのはタイヤとホイールだけで本体には影響が無さそうだ。
……交換用のタイヤは無いのだけど。
「とりあえず南に逃げるんだよ。回収は後でも十分さね」
「あの竜が居るのに十分なわけがないだろ!」
俺たちが南に逃げれば恐らくあの竜は追って来るだろう。その進路上にあるヴェルメが安全なはずが無い。
「その状態で走行はできんのじゃな?」
飛行魔術で離脱していたティアロットさんと鳥が戻ってくる。回答を待つ間に口早に詠唱をし、俺に再び防御の魔法を掛けてくれた。
「できない事もないけど速度がね」
「シュテンさん達が注意を引いてくれているんだ。それに南にまで行けば錬金術師が応急品を作れるだろ!」
「……やれやれ、機械使いが荒いねぇ」
慣性制御を用いてヴェルメが自ら車体を起こす。地面を滑った右側面が酷い有様だが、傷だけで済んでいる事を幸いと思わねばならないだろう。
「後輪だったらどうしようもなかったねぇ。乗りな」
ヴェルメは後輪駆動だ。確かに後ろをやられていたら強引に走る事すらできなかっただろう。俺はシノを座席に乗せるとすぐに自分も跨る。ティアロットさんは宙に浮いたまま竜を警戒するように見据えていた。
己の頭蓋を強かに殴った鬼を探していた竜がこちらを見た。捜索をやめ、一歩、それでも十数メートルの歩幅で近付いてくる。同時に数多の魔法陣が生み出され、改めて注意を引こうとした三人を片手間のようにあしらった。
「だからなんでこっちなんだよ……!」
脅威という点ではすでに同じ竜を落とし、今も頭を抉ったシュテンさん達の方がよっぽどだろう。迫る竜に恐怖よりも理不尽に対する憤りが湧く。
「ああ、居た!」
白の制服、律法の翼所属の獣人が俺たちの通過と共に踵を返して並走し、懐から銃を取り出し三発空へ発砲する。合図なのだろう、一発の発砲音が南から聞こえた。
「強力な一撃を叩き込む準備をしています。そのまままっすぐ走って誘導してください」
「承知した」
獣人は頷き、再び足を止めて今度は北へと走る。思わず呼び止めようとしたがその目的はシュテンさん達にも伝える事だと悟り、口を噤む。
「倒せるんですか……?」
「別にわしやセイが特別なわけではない。わりとろくでもない火力持ちは混ざっておるもんじゃ」
魔女が僅かに速度を上げるとヴェルメが魔道エンジンを呻らせて追従する。地面にソリが走ったような跡が付いていくのはそういう力場を作って車体を支えているらしい。先ほどの獣人が並走できていた事から速度は四十キロも出ていないように思えた。
怪獣映画さならがらの足音が背後から迫り、魔法陣が次々と生まれ破壊を撒き散らす。たった二匹、いやこの一匹だけでも拠点内は滅茶苦茶にされてしまっている。せめて中央のテントに被害が無い事を願うばかりだ。
「もう少しじゃな」
前を見れば手を振る人が居る。そこを起点として半円状に探索者達が散開していた。俺たちがその中心へと駆け込み、通り過ぎるとシュテンさん達も竜から距離を取る。
「攻撃開始! 頭を落とせ!」
手を振っていた探索者の横を過ぎた瞬間、誰かの号令が響いた。
一斉に放たれる多種多様な攻撃を背に、ヴェルメは車体をドリフトさせて停車する。
顔の周辺を脅かす数多の攻撃に竜が嫌がるように首を動かす下で数人の探索者達が全力で駆け込んでいた。竜狩りを自称する人たちだ。一度は離れたセイさんやシュテンさんも彼らに合わせて武器を振りかぶる。
竜の目が僅かに細められた。
或いはその口の端は笑みに歪められたのかもしれない。
さらに倍の数の魔法陣が展開し、その全てを、半包囲する探索者もろとも薙ぎ払わんと炎が生じ──────
「塞ぎます!」
律法の翼の長が放つ号令。魔法陣の前に防壁が生じ、火球が竜の間近で炸裂する。自らの魔術で視界を塞がれた竜の体を無数の刃が切り裂き、抉る。
骨も肉も魂すらも揺さぶるような咆哮。罠にかけられ、傷を負ったはずの竜から悍ましいほどの威圧感が発せられた。高き場所に恐怖が生まれようとしている。
ブレスだ。
余裕を失ったか、それとも殲滅のチャンスと見たか。不思議なほどに使用する様子を見せなかったそれのために竜の頭が大きく持ち上げられた。
「……アキヒト、銃を……」
「え?」
口からは疑問を、しかし手は主人の命令に応じていた。ホルスターから抜き放った銃を竜の頭に向けて構える。
確かにこれは迎撃の力を持っているが……片手で構えることができる程度のこれに何の意味が? やらないよりマシということか?
「防御展開。凌いでください!」
少女の号令で魔法陣を抑えた防壁が改めて竜の前に広がる中、俺の指はトリガーに触れる。
そして、再び世界が光に焼き尽くされる。
竜の頭と地上の中間に展開した防御がブレスを受け止め、周囲に散らす。が、それは一瞬だけしか許されなかった。あっという間に防壁の多くが砕け、持ちこたえている残りも地上側へと押し込まれていく。
逃げるべきでは?
ハンドルに手を掛けようと動いた腕をシノの小さな手が触れた。
「シノ……?」
「ごめんなさい。でも、これしかないかと」
何故謝るのか。生じた疑問を口にする前に────ついに防壁が砕けた。
再び引き伸ばされる時間の中、胸を焼け焦がすような焦燥に痛みを覚えながら、
俺は引き金を引く。




