●六章-19.対峙
ほぼ前回の別視点。
※前回のあらすじ
・竜退治
・あれ? もう一匹は?
-fate アキヒト-
後方が強烈な輝きに満たされた。
「な……っ!?」
思わず振り返ろうとして、太陽を直視するなんてレベルの話ではない光に強く瞼を閉じる。次いで襲い掛かってくる熱風が盛大に土埃を巻き上げる。一瞬の熱を感じた直後に強く展開されたヴェルメの防護が無ければ熱せられた風に蒸し焼きになっていたかもしれないという程だ。
「何が起きたんだ!?」
「多分竜の吐息かなぁ……」
頭の上で蹲り、光を見ないように翼で器用に目隠しした鳥が応じる。
「竜の吐息って……火を噴くアレか?」
ゲームや漫画で何度も見た光景だ。しかしそれは世界が白に染まるような輝きを起こすものではない。
「ちらっと見たけど、もうアレ熱線砲って感じ」
それは核によって生まれた世界でも有名な怪獣が放つ光線って事か? サイズもその怪獣に匹敵しかねない。かの映画のままだとするならば一撃で複数のビルが爆発炎上するような攻撃なのだけど……探索者の皆さん、蒸発していないだろうな……?
不安を覚え南側に目を凝らすと竜が踊るように空を舞っていた。その剣呑な顔が地上を見据えているので全滅はしていないのだろう。律法の翼の防御部隊がなんとかしたのだろうか。
「って、あっきー。なんか一匹、こっち来てない?」
「は?」
すっかり失念していたが確かに竜は二匹いた。慌ててもう一匹の姿を探せば空高くにその威容を見つける。まだ遠いが確かに南側の戦場に一切の興味を向けぬまま、進んでいるようにも見える。
「テントの方に向かっているとすると……急いで知らせないと! ヴェルメ!」
「はいよ」
ヴェルメが速度を上げるが、竜の体はどんどん大きく見えてくる。確実に近づいてきている。
「そのまま通り過ぎてクロスロードに向かうとか?」
「ん……あっきー。言いたかないけどあの竜、中央テントじゃなくてあたしら見てない?」
ぞわりと悪寒の走る言葉に目を凝らすが、シノの能力を借りていない現状ではその視線の向きまで捉えることはできない。
「……ヴェルメ、少し進路を変えてくれ」
応じる言葉も無くハンドルが右に切られた。すると竜は少し遅れて僅かに身を傾けたのは分かった。
「……なんで?」
「古竜レベルなら多分会話できるんじゃない? 聞く?」
「怪物なので会話はできないかと」
「しのしのが冷静すぎる件」
「で、どうするんだい?」
少しだけ呆れたような、そして呑気を咎めるような口調に俺は口を噤む。
テントから視線を切り、一度周囲を見渡した。
「まだ遠いし気のせいかもしれないけど……一度東側ギリギリまで行って、明らかに俺たちを追っているとハッキリしたら外周を回って南に戻ろう」
「追っかけられてるとしたら、この速度じゃ逃げられないよ?」
「そうは言っても南は一匹と戦っているんだから、すぐに連れて行くわけにはいかないだろ?」
「おー。あっきーが凛々しい」
うっせぇと悪態を吐く。まだ「かもしれない」だが、けが人や後方支援の人が多く詰めるテントに竜を引き連れていくなんて大惨事確定だ。テントが襲われよう物なら自分たちが助かっても罪悪感で死にたくなるだろう。
空の威容は距離が失われるにつれて大きくなっていく。あの距離からでも先ほどのブレスを吐かれたら、瞬く間に蒸発してしまうのだろうか。流石にヴェルメの障壁でなんとかなるとも思えないし、制服の防御も怪獣映画の一撃を想定しているとは思えない。そんな防御力が制服に採用できるくらいに提供できるなら、ストーンゴーレム戦にはこれを着て少数精鋭で挑んだだろう。こんな時だけ嫌な方向に頭の回転が速くなる。
「でも気のせいじゃないとするとなんでこっち来るんだろ?
あのあっきー呪ったって人の手下って事?」
「……その女性とは会話できたのですよね?」
「一方的に言われただけだけど、言葉は理解できたな」
この中の誰かと限定すれば呪われた俺が最有力候補になるだろう。それは呪いを掛けたあの女性と上空の災厄が、怪物が繋がっているという事になる。来訪者の中には魔物使いを称する存在も居るが、現状この世界の怪物を支配下に置いた例はない。友好を結ぶのは元より、支配する系統の能力も伝わらないのでは効果を発揮できないのだ。もしあの女性があの竜を支配しているとするならば、あれは怪物ではないか……或いは初の事例という事になるのか。
……はたまた、彼女だけが会話可能な怪物?
「そろそろ壁沿いだね。進路を変えるよ」
「ああ」
再び90度進行方向を変えた俺たちに上空の竜は再び合わせるように宙で身をよじった。
「間違いない、かなー?」
「……どうすんだよこれ」
「てぃあてぃあに期待?」
南側を見ればもう一匹の竜は壁の上を旋回していた。そこに人影のような物が物凄い速度で迫り、竜の頭へと肉薄する。
耳を貫くような怒りの咆哮が大気を震わせたのはその直後だ。竜の下顎から血肉が下へと飛散した。
「あんなデカブツに直接攻撃したのか?」
「あれ、セイ・アレイって人だよ。槍で古竜を貫いたっぽい」
アースさんと同じく砦の管理官という彼はそれ相応の強さを持っているらしい。管理官として名を知られている事も影響しているのだろうか。妖怪種のボスであり、百鬼夜行でその力を広く見せつけたシュテンさんや『殲滅の魔女』として知られるティアロットさん達と他の来訪者を比べると、やはり成長の三法則は少なくない影響を与えているように思える。
空中で奇妙な軌道を見せた人影は再び竜へと飛ぶ。首を踏みしめると下に落ちよと槍を突き立てた。痛みからか竜はぐんと高度を落とす。そこに大きな人影が、酒呑童子が迫った。その巨躯であっても一飲みにしそうな竜の頭、その眼前に躍り出て頭部を叩き砕いたのだ。
「すっげ……」
竜が墜落する。響き渡る咆哮。そして地を揺らす音。次いで痛みと怒りの咆哮は不自然に途切れた。
「倒したのか?」
「あっきー! そこは『やったか!』だよ!」
「そんな場合じゃねえだろうが。あと不吉だからやめろ!」
有名すぎる『やってないフラグ』に突っ込みつつも、正面から迫りくるもう一匹の異様に改めて息を飲む。
今しがた類似する一体が斃されたとはいえ、暴威の象徴ともされる竜の姿はショック死を引き起こしかねない程の恐怖を与えてくる。それが何故かこちらを見据えているのだから胃痛は限界に達しそうである。だが、ここで反転するより竜を倒せるティアロットさんたちと合流する方がきっと安全だ。己の足なら竦んで立ち尽くしていただろうが、余計な事さえ言わなければヴェルメが目的地まで運んでくれる。
赤い花が視界に映る。フリルに彩られた魔女はこちらを見止めると、訝しむように眉根を寄せ振り返って竜を見た。すぐに俺たちとおなじ結論に至ったのだろう。速度を上げてこちらへと一直線に飛んでくる。
「ぬしら、何かしたかえ?」
「覚えがないです!」
後部のボックスの上に着地した少女の問いにやけくそ気味の返答を返すと「南の壁際まで走れ」と指示し、彼女は竜を見据えた。
竜は巨大だ。
竜種の持つ威容はあらゆる生物に恐怖を突き付けてくる。
言葉の通り『魂消る』程の恐怖に晒されながら、俺は分不相応な場に立つ境遇にありったけの怨嗟を向けながら奥歯を噛み締めるのだった。




