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●六章-18.古竜襲来

大体六章の7割くらいは終わっているはず・・・・・・


・やばい竜が二体もきた。

・とりあえず中央テントまで引き上げてなさい

-fate Free-




 静寂の許されぬ戦場で、探索者達は口を結んで空を見上げていた。


 竜種────


 神種と並ぶ高位種として知られ、あらゆる世界に措いて神話を彩る存在は間違いなくこちらへと向かってきていた。

 創世神種は世界である。その従属神として世界を管理する神種もまた、その成長の果てに創世神種となって世界を構成し、魂の育成を行うとされる。

 ではそれに沿うように語られ、存在する竜種とは何か。

 ある者は語る。

 竜種とは試練である。

 創世神種と対を為し、不適なる神へ審判を下す者である、と。


「重層防御用意です!」


 幼いながらも凛とした声音が響き、白の制服を纏った者達が長と仰ぐ少女の元へと駆け寄る。

 大いなる者、暴威の化身はゆっくりと拠点へと近づいてくる。しかしそれは巨体故にそう見えるだけ。数キロの距離をものの一分足らずで駆け抜け、地に這う者達を睥睨する。

 一頭が身を翻す。速度を落とし滞空に切り替えつつ、頭を引くのを見た。

 その動作が何を物語るのか。例え己の世界に竜という存在が居なくとも、神話伝承、或いはここで知り合った者に聞いた話から容易に推測ができた。


「障壁展開!」


 一斉に術師が防御魔術を展開する。空に広がった闇は光さえも通さぬ事を示していた。周囲の探索者が慌てて傘状に広がったその下へと潜り込む。

 そして世界が白に染まる。


 竜の吐息。


 竜を象徴する暴威は古竜の域にあって火炎放射などという生易しいシロモノを超越した。大気を引き裂くのはプラズマ。空気が破壊されイオン化する下で障壁を維持する術者達が歯を食いしばりながらも苦悶の呻きを漏らす。地面に広がった炎の熱から守るべく風や水を生んで対処する者が決死の表情で呪文を繰り返している。

 黒の傘に守られる者達は祈る他ない。高位の障壁故に向こう側が見えない恐怖に臓腑を締め付けられる思いを抱きながら、天から降り注ぐ死の終焉を待つ。


 ぎしり、障壁が鳴く。


 気温が一気に上がったためか、冷や汗か。不快な湿り気に顔をしかめて誰もが障壁を見上げている。いや、そんな中でも数人は祈りの言葉など微塵も浮かべる事無くただ次の瞬間を見据えていた。

 ある者は気配を探り、ある者は詠唱を行う。

 これは挨拶代わりに過ぎない。まだ戦いは始まってすらいない。

 故に、刃を研ぐ。自分たちの為すべき事を思い描き、成し遂げるために。


「ぐっ……」


 数人の術師が膝をつき、あるいは限界を迎えて倒れる中、中心に立つ一際小さな少女は誰よりも魔力を研ぎ澄まし、障壁の基礎を担っていた。

 ウルテ・マリス。本当の意味で律法の翼の創立者であり、現在は穏健派の長とされている少女。かつては法と正義の神の巫女であった彼女はこの世界に至り、ヴェールゴンドの大征にて弱き者を守る盾となった。続く大襲撃では戦線の崩壊を何度も食い止めた。

 大人が掴めば折れそうな細い腕でワンドを掲げ、揺るぎのない信念を瞳に抱き、竜の暴威を退け続けている少女の姿が信仰を帯びるのは当然だろう。他者認識の力が僅かならがにも彼女の力を後押しする。

 そして、どれだけの時間が過ぎたのか。

 恐らくは1分も経過していないだろう。しかし、無限に思える時の果てに周囲を照らす輝きが確かに減じた。


「……洒落になんねえ……」


 正面の壁が広く消失していた。余りの高熱にその断面がガラス化している姿が見て取れる。咄嗟に風や水の術で熱を下げ続けていた者達が居なければ、障壁の崩壊を待たずに蒸し焼きにされていた可能性もあった。その術師も限界なのか、突如肺が焼けそうな熱気が周囲を満たした。


「気を付けよ。風が来るぞ」


 突き付けられる古竜という災厄の力、その爪痕に心を持っていかれる探索者達へ魔女が警告を発する。

 次の瞬間、突風が掬い上げるかのように空に向かって吹き上がった。鎧を纏い武器を手にしてもなお足を掬う大気の流れに探索者達は咄嗟に膝を折り、堪える。何が起きたと空を見上げても竜はこちらを品定めするかのように旋回するだけだ。

 これはブレスの余波に過ぎない。超高熱により大気がイオン化した事で気圧差が生じ、局所的とはいえ低気圧と同じ状態が生まれた事による気流の発生だ。竜巻と評すべき暴風の中、飛行魔術で無理やり現状の位置を保つ魔女は詠唱の終えた魔術を維持しながら天から睥睨する竜を見る。


「誰ぞ、あれを地に叩きつけられるかえ?」

「無茶を言う」


 少女の横に巨躯が進み出た。荒ぶるそれをそよ風と変わらぬと気にする事無く、大太刀を肩に担ぐ。


「流石に高い。もう少し落としてくれれば届くんだが

「おう、じゃあ俺が行くわ」


 あろうことか酒呑童子の肩に降り立った青年が、見下ろして嗤う。


「……、まぁ、良いだろうよ」

「おう、ノーコンは勘弁な」

「風は上に昇っている。なんとかしろ」

「無茶を言うなぁ……」


 太刀を一度解き、砲丸投げのような姿勢を採るその手の上に青年は軽い足取りで飛び乗る。酒呑童子は空を蹴る。三歩駆け上がり


「うぉおおらああぁああああああ!!!」


 青年を空中を踏みしめ、竜に向けて投げ放つ。

 上空ではさらに激しく荒れ狂う風の中、槍を手にした青年は笑みを張り付けたまま竜を見据え、感覚のままに空を飛ぶようにできていない体で風を捉え、竜へと迫る。


「我が一槍、ただ駆け抜けるのみ────」


 竜が己の顔よりも小さい、最も大きな牙と等しい程度の小さな存在を、青年を見た。その手から放たれる輝きを見た。

 足が空を踏みしめる。膝が、腰が、腕が、ただ威を練り上げる機構として己の役目を果たす。その全ては手首を、指の一本、皮膚の表面までも最適化して担う槍へと伝えた。

 鋼鉄など遥かに超える強度を有する竜の目が、頭蓋が、竜からすれば針のような槍に穿たれる。


 竜からすれば太い血管の一本より小さな棒きれが目から斜め下、口腔を穿ち、下あごを貫通して地まで一直線に奔った。その跡には槍の直系を数倍にした穴が捩じ切るような痕を残し抉り開いている。

 静寂。次いで空に響く竜の絶叫。しかしそれは断末魔ではない。穿たれた傷は見る間に塞がっている。しかし痛みは残るのか、空で身をよじり、怒りの咆哮が大気を震わせる。


「あれで死なないのかよ……脳みそ外したの失敗だったなぁ」


 落ちながら青年、セイ・アレイは残った目が憤怒を湛えて自分を睨み据えた事を悟る。「やべっ」と声を漏らすが、空を飛ぶ手段を持たない彼にはどうしようもない。


「でもまぁ、以心伝心ってやつだよな。

 相思相愛でもあるわけで」


 この場に居るのは彼だけではない。

 我に返った探索者達が放つ矢弾と魔術が竜の腹を抉るのを横目に、セイは己に向けて投げられた槍を手にし、その勢いを利用して体勢を立て直す。


「もういっちょ!」


 続けて彼に向けて撃ちだされた石弾を踏む。最愛のパートナーからの適切なアシストに笑みを浮かべた。得た勢いで竜の首にまで足を届かせた彼は、鱗に手をかけ落下を防ぐと、手にした槍を首に振り下ろす。鋼よりも堅いはずの鱗。不格好な姿勢にも関わらずその合間を正確に貫いた手腕は驚愕の他ない。

 鼓膜を破らんばかりの咆哮、痛みに暴れる竜に「うぉぉおおおお!?」と能天気な悲鳴を上げ、刺した槍にしがみ付く。そのまま旗のように振り回されるかに見えたが、あっさり柄を両手で掴むと鉄棒のように大車輪を決める。さらに深く首に抉り込む。骨を削り抉られる痛みに竜は高度を維持できずにさらに落下する。


「ああ、十分だ」


 暴れる頭を鬼が踏んだ。


「俺が竜退治とは、なんともまぁ、酔狂な話だな」


 ある伝説によれば、八岐大蛇より生まれたともされる大鬼はそう嘯きながら頭蓋に大太刀を突き立てる。青年の技とは異なり、鬼特有の剛力と太刀の鋭さに任せた一撃でその刃は頭蓋を貫いたのだ。

 体の制御、なによりもその巨体を飛行させるという非常識を成立させていた魔力制御を失った巨体が重力に引かれるままに落下する。青年と鬼はそんな状況に焦りの一つも見せずに飛び降り、共に壁の上に着地した。


「ほれ、落としたぞ」

「……頭をカチ割られて死なんとは、恐ろしい物じゃ」


 壁があった場所よりも少し南側に轟音と共に叩きつけられた竜は、己のブレスで焼いた地面の上でのたうち、歪んだ口腔で怨嗟の声を地平の彼方まで轟かせる。


「じゃが、仕舞いじゃ」


 大きく裂けて開いた壁の向こう、竜の巨体に幻想が重なる。

 幕切れは驚く間も与えぬ程あっさりと訪れた。音も無く、竜の肩から上が一瞬浮かび上がった町の光景に飲まれ、その消失に連れていかれたのだ。

 さしもの古竜も首から上を消失しては生きる術はない。

 ああ、と誰かが嘆くような声を、しかも複数人があげた事を魔女は聞かなかったことにする。竜の頭、それもエルダードラゴンとのもなれば、取れる素材だけで町一つ買えるかもしれないというシロモノだ。そのあまりにも大きすぎる消失に、そんな場合でないとは理解しても悲嘆の声は漏れ出てしまったのだろう。

 だが、今は竜の吐息のせいで開けたその地もあっという間に怪物に埋まる。どうせまともに回収できる状況ではないのだ。

 歓声があがってもおかしくない状況なのだが、微妙な空気になった戦場で、ふと青年が顔を上げた。


「あれ? 二匹いなかったっけ?」


 空気が凍り付く。確かにこの拠点に迫っていた竜は二頭いたはずだ。見失うようなサイズではないが、障壁の向こうの光景が見れなかった事、そして繰り広げられた戦いから目をそらし、うっかり余波でも受けようものなら即死もあり得た状況で、その姿を誰も追えてていなかった。


「上だ!」


 夕暮れの近くなった空にぽつんとある点が見る間に大きくなる。飛翔からの落下。それを知った探索者達が泡を食って逃げ場所を探すが、やがてその軌道が自分たちに影響のない箇所であると悟る。


「っていうか、中央に落ちないか!?」

「っ! 土魔術師は壁の修復。白兵隊は護衛と侵入してくる怪物の排除を!

 律法の翼は急ぎ、中央に戻ります。足の速い人は中央テントに連絡を」


 ウルテの言葉に弾かれたように動く探索者達。その中でティアロット、酒呑童子、アース、セイ・アレイの四名と竜狩りを自称する者達が中央へ向けて走り出す。

 彼らに即座に掛けられる防御術を付与し、ウルテは大きく裂けた壁の向こう、果て無き荒野と避けるように生まれた空白地帯を侵食してくる怪物の群れを見る。


「……」


 一年前の光景。

 絶望の中で恐怖と疲労を殺して戦った七日間が脳裏に描かれる事を止められないまま、しかしそれに拘束される事無く少女は己が為すべきことを為すために、力強く一歩を踏み出した。

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