閑話- お正月
新年あけましておめでとうございます。
ことしもぼちぼちやっていきますので
宜しければお付き合いください。
-fate アキヒト-
暦があり、年という単位が設定されている以上、新年は訪れる。
というわけで正月の朝。
俺の挨拶に日課となりつつあるチェスをしていた一人と一羽は首を傾げていた。
「え? あっきー、どしたん?
しのしのが何か開けたの?」
「……あー、うん。新年の挨拶って伝わらないよな」
共通言語の加護は慣用句やコトワザの意味までは伝えてくれない。音感が同じことを使ったダジャレは通じるが、文化風習を基にした婉曲的なジョークの類は伝わりにくい。
で、俺としては当たり前の「あけましておめでとうございます」と言う言葉は、ダイレクトに訳され、二人に疑問を与えたというわけだ。
うん。字面だけだと本当に意味不明だな。
「うちの新年の挨拶だよ。そういうの無いのか?」
「生後一年足らずに言われても?」
「お前、知識は与えられているんじゃなかったっけ?」
「うん。でも新年だからって暦を作った人間種の風習だし。私の知識、使徒基準だし?」
なるほど。その基準だとシノも同じか、と視線を向けると
「神殿や王城から代表が年始に言葉を届けることはあります。
地域や文化で様々なので固定の言葉というものはありません」
「そうなんだ」
「年が変わった事よりも、年齢が一つ増えたことを祝う事の方が主になりますので」
「え? 正月の話だよな?」
「はい」
「あっきー、広域の通信や時計が発達していない世界じゃ、今日の日付を把握している人なんて珍しいんだよ?」
なるほど。クロスロードでも時間の概念がピンとこない人というのは珍しくない。
きっとファンタジーな世界だと、そういう物は貴族あたりが分かっていれば十分なのだろう。
「じゃあ、シノも一歳年を……」
言いかけて口を噤む。そういえば四捨五入で三千歳でした。
「使徒種に年齢とかあってないような物だもんねぇ」
「はい」
「……あれ? シノって生まれた時からその姿なのか?」
「そうですが?」
そういえば半年以上経つが散髪をしたことも無いはずだ。飲食はしているので新陳代謝はあると思うのだけど、そこは深く突っ込まないでおく。
「魂の揺り篭である他の生物と違って、神種の手足として造られるのが使徒種なんだから、最初からその仕様に合わせるのは当然と思うよ?」
聞くとまるでロボットか何かだと思うが、よく考えたら俺もニーナも大差無い身の上だった。
話を戻そう。
「すると、新年だから特別な事はしないのか?」
「町などではお祝いがあります。農村の方では収穫祭の方が祭りとしては大きいですね」
「うちもそんな感じっぽい?
主神に一年の繁栄を願って奉納するとかだねぇ。
あっきーの所は違うの?」
「うちはなぁ……」
日本と言う国はもう何が固有文化か分からなくなっている感じだからなぁ。仏教と神教が入交り、十字教まで入り込んで宗教観が商業観に置き換わったものだ。
「神社に参拝はするかな」
「あれ? あっきーって信仰あったんだ」
「いや、無いけど?」
「え?」
きょとんとする鳥。
「そういう風習だからな。ぶっちゃけ、地元の神社も何の神を祀っているのか覚えてないし」
「知らない神様に祈るの?」
「日本は八百万の神って言うんだっけな。神様が無数に居て、有名どころでも数十くらい居るんだよ。それ以外にもお稲荷様とか、ああ、館長の元である菅原道真の神社も正月は参拝客で賑わうぞ?」
俺が毎年参拝していた神社も入り口とか境内に祀っている神様の名前は書いているのだろうけど、全く思い出せない。近くの山の麓にあったから山の神様だろうか?
「神種がいっぱいいる世界はあるけど、知らない神種に祈るとか神罰受けないの?」
「ウチの世界は魔法が与太話扱いだからな。
神様も『居るんだろうな』くらいのふわっとした感じ」
魂の存在と世界の関係からすればうちの世界にも神様は存在するのだろう。そう考えるとあまり蔑ろな発言は止めた方が良いのだろうか。
……この世界、神様とばったり遭う可能性があるからな……見ても分からないだろうけど。
「宗教以外だと御節とか雑煮とかか」
「たべもの?」
「ああ。正月の料理ってヤツだな。雑煮の方は餅の入った汁物だよ。
餅はこの前食べたよな?」
「嘴だとめっちゃ食べづらかったヤツ!」
何故かファンタジーな世界出身であるはずのアルカさんが純白の酒場前で年末に餅つきをしていたのだ。そういえば、今日も店は開けているらしく、その準備だとか。
その日は安倍川餅を頂いたのだが、黄な粉の前で羽ばたくから大騒ぎだった。
「あれは、甘味ではなかったのですか?」
「小麦粉と同じで調理法次第だよ。元は米だし」
ご飯も純白の酒場で普通に食べる事が出来る。特にカレーライスは純白の酒場でなくても専門店がいくつかあるくらい人気だ。交通網が未発達な世界では香辛料を詰め込んだようなカレーライスは驚愕の一品なのだとか。ちなみにシノは辛口ダメでした。
「ほへー。御節ってのは?」
「特定の料理名じゃないんだけど……縁起物の詰め合わせだったっけか」
語呂合わせとか意味があると聞いた覚えはあるけど、一つ一つ覚えていない。
なにしろ、うちは年末にスーパーで総菜セットみたいな物買ってきて済ませていたからな。
母曰く「御節は年始早々働かなくて良いように、三日ばかり日持ちする食べ物なんだから、意味合い的には同じよ」とか何とか。
なお、事実かと視線を向けた父は新聞の裏に逃げたのを覚えている。
「そういえば、年賀状……は流石にないか」
まさに郵便配達員をやっている身で忘れていたのはどうかと思うけど、郵便制度を理解していない来訪者も少なくない。取り扱っている配達物も基本は便せんで『ハガキ』を見た覚えがない。その上エンジェルウィングスも三が日は休みという事になっている。トミナカさんもこっそり地元に帰るそうだ。
なにそれと首を傾げる鳥に「挨拶状だよ。今年もよろしくお願いしますって」と告げると「直接言えば良くない?」と返された。
「風習ってそんなもんだろ」
ネットや携帯の発達で随分と廃れてきているとは聞くけれども、それは伝達方法が変わっただけだ。『遠方の知り合い』という物ができた事も通信、交通事情故だ。
「というわけで、純白の酒場に行くか。
特別メニューがあるって言ってたし」
かけてあったコートを手に取り、シノの分を差し出す。
この後、純白の酒場に宴会料理を注文していたイバラギさんに拉致され、妖怪種の大宴会に巻き込まれたり、シノが晴れ着を着せられたり、何故か居たアラクネ姉さんの創作意欲を爆発させたり、何故か参加していたトミナカさんや館長と挨拶をしたりと色々あったのだけども。
あっという間に日は天を駆けて落ちかけていた。妖怪種にとってはこれからが本番とテンションが上がる中、俺とシノは並んで座ったまま、紙コップを手にその様子を眺める。
今年も良い年でありますように。
口にしようとした言葉喉に詰まらせ、思う。
俺にとって良い年とはどういう未来なのか。
ちらり横を見れば、赤と金の糸で彩られた晴れ着を纏うシノの姿がある。髪もかんざしで結い上げられ、いつもと雰囲気が全く違っていた。
「どうかしましたか?」
若干頬が赤いのは、手にしているのが甘酒だからか。随分と気に入ったらしくちびちびと飲んでいる。
「いや……今年もよろしくな」
「……はい」
まぁ、なるようになれ、だ。
難しい事を考えるのは明日以降にしようと、手の中のジュースを飲み干すのだった。




