●六章-15.一時休息
来週で年末だってばよ。
去年は閑話でクリスマス書きましたが、この時点でまだそこまでの時間軸に至って居ないと言う。
正月の話でも追加しようかしらねぇ。
※前回のあらすじ
・巨人大暴れ。壁壊れた。
・北門でもなんかヤバそう。
・援軍到着!
-fate アキヒト-
このまま気絶するかもと少しだけ思ったが、まったくそんなことは無かった。
目の前では崩れた壁を挟んでの戦いが続いている。目を開いている事が辛くて閉じていたのだが、音だけでも心臓を跳ねさせる。剣戟、爆発、勇ましい雄叫びや悲鳴。絶命の咆哮。ありとあらゆる音が耳朶に飛び込み脳をかき混ぜ続ける。
「アキヒト、起きておるかえ?」
「あ、はい」
降り立つ小さな音と声。視線を上げれば魔女が睥睨していた。
「ここの戦線はしばらく大丈夫じゃろう。一度テントに戻り休息する。
動けるかえ?」
「はい」
足に力を入れ立ち上がる。一瞬崩れかけたがヴェルメが補助してくれた。
「なんとか、なりそうですか?」
「うむ。少数精鋭というやつじゃ。何よりウルテがおるなら突破されることはまずない」
杖を手に立つ少女の姿。銀の髪や背の高さはティアロットさんと同じだが、彼女の髪が『癖っ毛』でなく『跳ねっ毛』と評するほどにウェーブが掛かっているのに対し、ウルテという少女はすっと背に伸びたストレートだ。装いも律法の翼の、白い制服を基調にしたスラっとしたデザインだ。名門中学校のお嬢様と例えれば納得が得られるかもしれない。
「彼女、律法の翼なんですか?」
「穏健派の長じゃよ。創設者でもある」
疑う気持ちは一瞬で消え失せた。なにしろ彼女が矢継ぎ早に繰り出す魔術は次々と怪我人を癒し、ポーションを必要とする人が皆無になっている。それと同時に防御魔法も展開し、壁の内側に入り込んだ怪物の掃討戦に助力までしている。使っているのは防御と回復なのにこの場を一人で支えてしまっている。聖魔殿に多くの神官が居るにも関わらず『聖女』といえば彼女を指すとされると聞いて納得せざるを得ない。
「……姉妹とか親戚とかじゃないですよね?」
「赤の他人じゃよ」
髪色のせいか、共に類まれなる力と名声を得ている身だからか、良く言われるのだろう。呆れた声音を混ぜつつ即答する。
「テントに着いたら暫く仮眠せよ。
持ち直したとはいえこれがいつまで続くかもわからんからの」
「……前回は七日間続いたんですよね?」
「うむ」
ヴェルメに乗り、南の壁から離れる。俺の前に座るシノも猫背気味になっていて疲労の雰囲気を感じた。
「今回もそうとは分からぬし、より酷いかもしれぬ。
とはいえ、状況が悪化する事は早々無いじゃろう。以降は救援の回数も増えるじゃろうし」
「そういえば彼ら、どうやってここまで?」
「鉄道計画を知っておるかえ?」
名前の通りクロスロードと拠点間で直通の鉄道を敷くというもののはずだ。ヘヴンズゲートに置かれた資材の中にはその為の物もあると聞いている。
「ええ、話に聞いたくらいですが」
「その列車の試作品で突撃してきたそうじゃ」
……北門からの轟音はそれか。
「列車は?」
「門に突き刺さっておるから、周りを錬金術師が固めたそうじゃ。少なくとも、これが終わるまで使えん。
まぁ、そうでなくともレールも無しに強引に突破したとの事じゃから、足回りがどうにもなるまい」
じゃが、と彼女はボックスの上に立ち上がると、杖でテントの方を指し示す。
「補給物資もありがたいが、大型の魔道エンジンが手に入った。
ある程度の兵器の再利用が見込めるし、後方の助けになる」
テントの横に二つ置かれた機械。それからはケーブルがテント内に伸びているようだ。
「ヴェルメのと同じなんですか?」
「うむ。小型の量産化の目途が立っていないだけで、魔導列車ほどのスペースがあるなら搭載可能な物はできておる。列車の製作もドゥゲスト老じゃしな」
小型化が難しいとか言ってたっけ。
と、
─────くらりと視界がぶれた。
「ふむ。人を呼んだ方が良さげじゃな」
声が遠い。意識が繋ぎ止められない。
さっきまでは全く眠気も無かったのに……
「っ!?」
跳ね起きる。
途端に飛び込むざわめき。歳末のデパートの中のような雑多な音が交じり合う中、急に動いたためか、酷い眩暈に見舞われた。
「……ここは?」
あの大テントの中だ。慌てて時間を確認すると十時間ほど経過していた。寝過ぎたと慌てるも、ふと我に返り『何に?』と思考停止。
ティアロットさんの足係りも必須と言うわけではない。彼女はヴェルメ並みの速度で飛べるのだから、補給品を確保できれば一人で回る事はできるだろう。
「大丈夫ですか?」
「うぉっ!?」
見ていた方の逆からの声に顔を向ければシノの顔。こちらを窺うためか、身を乗り出していたため非常に近い。思わず声が出た。
「どうしました?」
「あ、いや……」
少し身を引きながら小さく首を横に振る。
一気に目が覚めた。昔、『美人は三日で飽きる』という言葉を聞いた事があるが、そんなことは無いと思います。
「悪い。動けなかったよな」
「特に問題はありませんでした」
何も無ければ人形にでもなってしまったかのように動かないシノだから嘘ではないのだろうけど。
「ティアロットさんは?」
「何度か戻られましたが、今も対応に出ています」
「そっか……状況は?」
「持ち直し、膠着状態に持ち込めているようです。
各所の壁の補修もひと段落して、錬金術師の皆さんも交代で休憩に入っています」
確かに、昼前くらいからあった緊迫感は随分と鎮まっているように思える。
そういえばもう夜になる時間か……
しかし耳を澄まさなくても聞こえてくる音が未だ終わりに至っていない事を嫌がおうにも伝えて来た。
「ティアロットさんからは食事をし、体を休めておくように、と」
あの小さな魔女の姿は目に届く範囲にない。彼女の傍が安全という状況からも大きく改善したのだろう。
「おお、アキヒト! 起きたか!」
ズンと腹に来る大きな野太い声に体が揺らぐ。
「金時さん?」
「おうよ。見つけたと思えば寝こけて目を覚まさんから驚いたぞ。
その様子だと大事は無いようだな!」
どっかりと俺の傍らに腰を下ろした大男は一度俺をしげしげと確認し、濃い笑みを作る。
「金時さんもシュテンさん達と一緒に?」
「お前たちが居ると聞いて参加した。無事で何よりだ」
「それは……ご心配をおかけしました」
「気にするな。それよりもとっとと終わらせて雷神殿らに元気な顔を見せねばな」
雷神、と言う言葉は確かシュテンさんからも出ていた。
恐らく館長の事だろうな。トミナカさんにも心配を懸けている事だろう。
「もう、余裕のある状況なんでしょうか?」
「切迫はしておらん、と言った所か。正直、楽観はできん。
俺も今しがたこちらに引き上げてきたばかりだが、大妖怪と称するに相応しい怪物を数度見た。都に居た頃なら決死隊を組織し、四天王揃って相対せねばならんようなモノをだ。
それ以上が出てくる可能性は当然捨てきれん」
気を失う直前に猛威を振るった巨人族は探索者達の万策を打ち砕くまさに『怪物』だった。シュテンさんが一人で圧倒したように見えたが、彼とて巨人を守る力を削った『光明喰らい』が無ければどうだったか分からない。
……いや、あの人ならそれならそれで何とかしそうではあるけれども。
「何よりも、昼も夜も関係なく、ただ進軍してくる様は死兵の如し、だ。
あ奴らとは会話もできんが、そも生きている者が持つべき死への畏怖が非常に薄い。
大型の怪物が小型の怪物を踏みつぶす様を何度と見たが、批難はおろか、踏みつぶされる事を危惧する素振りすらない。
防衛任務で見かけた怪物はまだ知性があったようにも思えたが……」
太い腕を組み、不可解だと鼻を鳴らす。
「普段の怪物も盲目的にクロスロードに向かっているんですよね?」
「そう言われればそうなのだがな。
まぁ、考えて分かるものでもあるまい。そう言うのは学者に任せ、今はイナゴの群れのようなものと割り切るに限る。
それよりも腹は空かんか? あっちで飯がもらえるそうだ」
言われた瞬間、腹がキュゥと鳴いた。思えば盛大に吐きもしたし、その後まともに食事する事もなく丸一日近い時間が経過している。
「ええ」
立ち上がる。足は普通に体を支えてくれていた。震える事も無い。
改めて周囲を見渡す。幾分活気づいた雰囲気の傍らに血に塗れた布を持つ人、倒れ伏して動かない人の姿が散見される。施療院の制服を着た人達の姿もあった。主に医療研究組織として知られているが、金時さん達と一緒に来たのだろうか。また、奥の方では静かな曲を奏でる楽師の姿がある。こんな所でと思うが、呪歌と呼ばれる魔法には癒しの効果を持つ物があり、こういう場では音が届く限りの人に効果があるため重宝されるのだそうだ。
金時さんに続いて歩けば鼻孔に食べ物の香りがすっと入ってきた。途端に空腹感は大きくなる。
色々あったが、なんとか生きている。
言う程危険な目には遭っていないが、普通に生きていれば近付くことも無かった危険に触れているのは間違いない。
それで、これからどうするか。
振り返るとシノと目が合う。彼女の安全を考えればここで待機という選択は当然だ。
しかし、と浮かんだ思いを俺は一旦横に置いた。俺が決めるべき事じゃない。下手な事をすればかえって邪魔になるのだし、ティアロットさんか、戻らなければ金時さんとヴェルメに相談すべきだろう。
香りが更に近くなり痛みにも似た空腹を宥める事を優先しよう。俺は差し出された盆を受け取り、給仕を買って出ている人たちに感謝を込めて頭を下げた。




