●六章-12.洗礼
2000文字程度。
そう思っているんですよ。ええ。
※前回のあらすじ
・さぁ、準備をしよう。
-fate アキヒト-
日の出がこれほど恐ろしかった事は今までなかった。
異世界のこの地でも、時間の流れだけは呆れるほど勤勉に、正しく流れ続ける。
そして俺は、恐らく普通に生きていたなら一生赴くことも無かったかもしれない『戦場』へと足を踏み入れた。
勇気と覚悟を絞り出すようにして──────
「単体攻撃は大物狙え! 小物は魔術師に任せておけ!」
「空のをさっさと落とせ! いちいち追い掛けてられんぞ!」
「ああ、素材拾いに行きたい! 勿体ない!!」
そんな俺の、一世一代の覚悟は何だったのかという程に賑やかで、とても楽しそうである。戦場でなく、お祭りだこれ。
ここは拠点の南側、壁まで約20メートルの地点。壁の向こうには死屍累々、惨憺たる光景が広がっているはずなのだが、ここからでは目にすることはできない。かと言って興味本位だけで壁の上に行くのも憚られる。そんなわけで大人しく待機しているのだが、目の前では忙しそうに、しかし何故か口元に笑みを湛えて戦う人たちの姿があった。
「坊主! MPポーションあるか!」
「え? あ、はい!」
ここに居る理由の一つでもあるティアロットさんは壁の上に立ち、あの竜頭の魔術で狙撃中だ。その間にポーションを求められれば配って良いと言われている。無くなれば取りに戻るとの事。
後部のBOXを開けると声をかけてきた男はさっと二本、手に取る。
「ありがとよ! 上には気を付けろよ!」
象と猪を混ぜたような獣人がポーションを手にしたまま壁を駆け上がって行く。壁の意義を疑う光景だが壁の上はこちら側の領土だ。怪物側が同じことをすれば狙い撃ちにされる状況なのだろう。
獣人の忠告がようやく脳に届いて見上げた瞬間、金切り声と表さんばかりの高い音が耳を貫く。
「ぅえっ!?」
翼竜、竜種でなく恐竜のような怪物が高空で翻り、こちらを視界に収めて一直線に突っ込んで来る。驚き。それ以上の思考が真っ白になる。あの時、トラックの時と同じだ。まずいと思っても体が動かない。感情も思考も追いつかない。
コンマ単位で湧き上がってくる危機感。しかしそれが溜まりきる前に一本の矢がその顎舌から頭蓋まで貫いた。制御を失った体はきりもみしながら少し離れたところに墜落する。
ごぎゃりと重く、痛い音が響く。数百キロはありそうな体重の全てを受けた頭蓋と首の骨はあっさり砕けて内容物をぶちまける。
そのグロテスクな姿がしっかりと目に焼き付き、一瞬意識が遠のきかけた。
「ひゃっはー! 骨くれ骨!」
「そのままアンデッドにしないか?」
「劣化版放り込んでもすぐ壊れるだけよ。素材にして弾丸を作るべきだわ」
「肉、喰う!」
そんな意識をあっという間に引き戻した楽しげな声。壁の向こうはすでに怪物の海。討って出るわけにはいかない白兵職や支援、生産職の来訪者達は拠点内の配達や負傷者の対応に従事しているのだが、中には拠点内に落ちてきた死体に群がる人々も居る。もちろん遊んでいるわけでなく、いつ不足するかもわからない物資の補給に貢献しているのだが、どう見ても趣味に走っている。地下の人たちと雰囲気が同じだ。
「アキヒト。東です」
恐怖もグロ映像も勢いに流されて呆然とした俺にシノが告げる。
ハッとして視線をやれば赤い煙が一筋空に昇っていた。
「ティアロットさん!」
声を張り上げて呼びかけると、壁の上で外を見据える少女がこちらへと降りてくる。各方面で上がる煙幕は救援要請だ。ティアロットさんはその地点へ応援に向かうことになっている。
「補給品は?」
BOXの上に着地し、そのまま腰掛けた彼女の問いにヴェルメが動き出すのを感じつつ記憶を整理。
「5つ渡しました」
「ならばまだ余裕じゃな。向かってくれ」
すぐに速度に乗り、外周に沿うようにヴェルメは走る。その至る所で昨晩の静けさが嘘のように戦闘は始まっていた。
現在拠点には千人超の人員が居るらしいが、はっきり言って人手は全く足りていない。激戦区となる事が確定している南側に多く配分しているが、何を考えているのかさっぱり分からない怪物の中には一旦通り過ぎた後で思い出したかのようにUターンしてくるヤツもおり、北側を含む全周に防衛部隊が割り振られている。来訪者も怪物も千差万別。ティアロットさんやアースさんがこちら側の大戦力として扱われているように、怪物にもそういう手合いが混ざっているため、決して防備を緩めて良い場所がない。
「拠点をもう一回り小さくしたいものじゃ」
苦笑いと共に彼女は言う。拠点は水場が存在することもあり、都市としての役割を持たせることになっているため、直径四キロほどの広さがある。壁の長さは単純計算で12キロ。それだけの用地を確保した事が裏目に出たという事か。
「割り切って一旦狭める事はできないんですか?」
「最終手段じゃな。というのも、狭いと狭いなりの問題が出てくる。
大襲撃の時にもこの規模でないが壁を立て、堀を掘って戦ったが、あっという間に埋められ乗り越えてきたのじゃ」
「埋められた? 怪物がわざわざ?」
「その身でのぅ」
言葉の意味が解らず振り返るが見えるのは背と髪だけだ。
「詰みあがった死体で乗り越えられるくらいになったって事だよ」
「……え?」
鳥の答えに抜けた声が漏れた。
当時、あれほどの巨壁があったわけではないのだろうが、それでも防壁よりも高く死体が詰みあがるという状況を描けない。
「今でもクロスロードの下には積み重なり、圧縮され過ぎて掘り起こせなかった死体が山と眠っておる。戦死者をまともに弔う余裕も無く、遺骸の処理に明け暮れる事となったものじゃ。
あの時は錬金術師と死霊術師が重宝されたのぅ」
この拠点は扉の園より遥かに狭い。クロスロードでそうだったというのならば、今の拠点のサイズでもいずれ壁の前に坂が出来上がるのだろうか。
「堀を熱心に作ったのもそういう問題からじゃよ。
錬金術師が拠点内に落ちた死体から油の抽出なども行っているはずじゃ」
日が昇って二時間ほど。現状は拠点側が一方的に怪物を殺している状況だ。しかしその死体がこちらの首に縄として回されている事を知り、気が遠くなる。
「ほんに、アースが居らんかったらと思うと肝が冷える」
拠点側の大きな優位性である壁の建設を行った彼女。その土の操作量は津波として怪物を押し流し、圧し潰す。ティアロットさんと同じく救援地域へ向かう役回りだが、今現在は休息中のはずだ。
「でも、昨日一日であれだけの壁を作って、大丈夫なんですか?」
「……わからぬが、無理はすれど無理の果てに自滅する愚か者ではないよ」
その言葉と同時に合図のあった場所に到着する。ティアロットさんは維持していたらしい飛行の術で壁の上まで飛び上がった。
「……って、うわ!?」
その後ろ姿を追いかけていると目に飛び込んできたのは壁にある大きな亀裂だ。その周囲で魔術師がすでに修復を行っているのだから、もっとひどい有様だったという事か。
「悪い、ポーションくれ!」
「あ、はい。何があったんですか?」
「高位魔族だな。魔術でどがんとやられた。下まで砕けなかったのは幸いだったが」
エルフの男は持てるだけポーション瓶を手にし、修復を行う術師の元に駆ける。
高位魔族。悪神に仕える使徒種は亜神と言えるほどの力を有することもある。来訪者であれば強力すぎる力はこの世界のルールにより抑え込まれてしまうのだけど、怪物側にはそんな制限は無いのだろうか。
亀裂から少し離れたところで多くの来訪者が治療を受けている。手が足りないのか明らかに重症者なのに転がされているだけの人も居た。
ポーションを渡すべきと思い立ち、気付いた。
違う。
気付いたが故に胃の奥からせり上がるそれを死ぬ気で抑え込む。
放っているんじゃない。
このトンデモ世界での厳密な魂のルール。故に、判断されただけだ。
小さな震え。一旦は霧散したはずの恐怖が全身をあっという間に蝕んだ。
あれは死体だ。
離れてしまった魂は元の世界に送り返され、死者蘇生は許されない。
「アッキー、シノシノの頭はダメだよ?」
俺の様子に気付いた鳥だが能天気さを損なわない声音で頭に緩く爪を立てる。
文句も言えず、気合でなんとか胃に収め直した俺は後押しと水筒の水を煽る。
かつて祖父の葬儀に出たことはあるが、死に化粧とは凄い物で当時小学校低学年の俺でも悲しみはあっても死体に対しての恐怖や嫌悪感を抱くことは無かった。そんな事を思い出す。
「大丈夫ですか?」
「ああ……」
拠点側が優勢。
一方的に攻撃を仕掛けている。
それは事実だ。しかし死はその壁の向こうにひしめき、箱の中を漁るかのように腕を伸ばしてくる。掴まれた瞬間、当然のように死が齎される。
こんこんと湧き出す恐怖に心臓が掴まれた。無理やりにでも死体から視線を外すべきだと思っても動けない。
口元が歪む。奥歯を痛いほどに噛み締める。
「アキヒト、少し距離を取るよ!」
必死に堪える俺にヴェルメの鋭い声が飛んだ。それと同時に大地が赤に照らされる。
導かれるように見上げれば、六腕の悪魔が掲げた二腕に火を湛え、耳元まで裂けた口に笑みを浮かべていた。あれが、壁を壊し、人を殺した魔族?
まるでルビーをはめ込んだかのような真っ赤な目に、仁王像のような動きのない顔に感情を読み取ることはできない。しかし、それが俺たちをただ蹂躙しようとしている事だけは理解できた。
「やらせんよ」
そこに弾丸の速度で突っ込むフリルドレス。魔族が片手の炎をティアロットさんに向けるがそれよりも早く彼女は大きく旋回し、竜の咢を放つ。三条の力が魔族に肉薄するが残る腕に生み出された闇があっさりと迎撃し、相殺する。
残るもう一つの炎が形を変え、大剣の姿を取るや少女を狙い振り抜かれるが、続いて生み出されていた氷の槍と衝突し、水蒸気を撒き散らす。
白に包まれたそこから少女は脱し、追撃に動こうとする魔族がハリネズミになった。
「流石殲滅の魔女。あの天使と殴り合っただけのことはある!」
複数の弓使いからこれでもかと叩き込まれた矢の数は三十では利かない。魔族は重力を思い出したかのように落下し、壁の向こうに消えた。
「壁の修復完了まで持たせる。負傷者は手当てを優先せよ」
渋い中年男性の声に各々が動き出す。多くの者は壁の向こうへの攻撃を再開し、壁に駆けあがった者が負傷者を連れて戻ってくる。
「ありったけポーションをください」
「わかりました。ティアロットさん!」
手当の場に居た下半身がサソリの女性に我に返り、応じたうえで壁の上に声をかける。
声を掛けた俺がBOXを指さすと、振り返った彼女は小さく頷き壁の外へと視線を戻した。死体に近付くのは憚れたが緊急事態には違いない。ヴェルメに促し治療の場へとこちらから移動し、ポーションを渡す。
あっという間に空になった箱。治癒術師の声に顔を上げれば酷いやけどを負った女性が苦悶の表情を浮かべながらも声を出さず癒しの光を受けている。
グロい。健全で平和な日本人学生には刺激が強すぎる。
「ポーション、俺たちだけで取りに戻るのは……止めた方が良いかな?」
それはこの場から離れたいという発想から出た言葉だが、踏み止まるように問いに変えた。
「指示がないならやめた方が良いんじゃないかしら?
他の応援も来るでしょうし」
ヴェルメの俺の弱気とかけなしの理性を察したような言葉に頷きを返し、俺は深く息を吐く。
もう一度死体の方に吸い込まれそうな視線を何とか留め置き、壁に立つ人々を見上げた。
こちら側が圧倒的に有利なこの状況、しかも敵の本隊がまだ遠いこの段階で既に犠牲が出た。本当にクロスロードからの救援まで持ちこたえられるのだろうか?
次々と湧き出してくる不安に俺はどこまで耐えられるのだろうか。
耳に届く数多の音に脳を、肺を、心臓を、精神を揺さぶられながら俺は今日と言う時を思うのだった。
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