●六章-11.出立
第二次大襲撃が始まると言ったなあれは……ま、まぁ、うん。うそじゃない、よね?
※前回のあらすじ
・この大襲撃は仕組まれているんだ! という懸念があります
・とりあえず夜明けから動くから休んでおきなさい。
-fate アキヒト-
『予定の時刻になりました』
脳裏に響くPBさんの声に目を覚ます。
ここはサーカステントの隅。あの後夜明け前から行動を開始する旨を伝えられた俺たちは、ヴェルメを壁にするようにして横になる事にした。なお、ヴェルメの持ち込みについては咎めるどころか珍しいという感情以外で気にする人は居ませんでしたとさ。
で、時刻は午前三時。体を起こせばサーカステント内は多くの来訪者が動き回っている。
「日の出まであと二時間半だ、朝食食える奴は今のうちに食っておけ!」
テントその物に防音の魔術を施しているとのことで、中は結構騒がしい。それでも寝ていられたのは精神的にも疲れていたからだろうし、ヴェルメへの信頼でもあるだろう。
「シノ、起きてるか?」
「はい」
視線を横に向ければ目を開いたシノがゆっくりと身を起こす。
……もしかしてずっと起きていたのでは? という疑惑が脳裏を過ぎる。部屋は別々なので実は確認した事が無い。本当に今更だが人間種でないシノは寝る必要があるのだろうか?
……今確かめる事じゃないし、場合に寄ってはとんでもない罪悪感に満たされそうなので保留で。
手早く毛布と敷物を畳み、頭を軽く触って寝癖が無いか確認する。ちょっと髪に砂が絡んでいるし、べた付く。不意に異世界に飛ばされた俺だが住環境は下宿よりも遥かに快適だったし、毎日風呂に入るのは当たり前だったので……ちょっと気分は悪い。
気持ちを切り替えつつ周囲を見れば炊き出しをやっているスペースが目に入った。汁物を配っているようだ。
「……なんか貰ってくるか?」
そう言ってはみたものの腹が空いているかいまいちわからない。空いている気もするが、食べるために立ち上がる気にならないと言うべきか……ただ、喉は渇いている。でもそれだけなら例の水筒があるからなんとでもなるし。
「食べておいた方が良い。ぬしらは気力優先じゃからな。
なに、吐くときにはそこらに吐いても誰も怒らんよ」
声に顔を上げればトレイに皿を乗せたティアロットさんがそこに居た。
「あ、すみません……」
「良い。顔色は悪くないようじゃな」
「ええ、まぁ」
「体調はどうじゃ?」
「……正直、わからないです」
「緊張故じゃな。なに、ぬしらは直接戦うわけでない。
感情に振り回されて無謀に走らねばそれで十分じゃ。そしてそれを止める冷静な者が揃っておる」
お椀を受け取ると湯気と共に落ち着く香りが温かさと共に肺を緩く刺激する。同時に腹が鳴った。さっきは分からなかった空腹は思ったよりも深刻だったようだ。
「今日もティアロットさんの手伝いで良いんですよね?」
「わしは遊撃に徹する故、状況次第では拠点中を走り回ることになる」
「壁の外には出るんですか?」
「それはない。あってもわしだけじゃ。
もう門を開く余裕なぞ無いからのぅ」
言葉の意味を悟り、俺は匙を取る手を止める。
「……外、どうなっているんですか?」
「夜明け前から熱心に壁を叩いておる」
事も無げに応じ、ティアロットさんは汁物でなく、お茶を口に運びヴェルメに腰かける。
「おおよそ現状は予測の通りじゃ。
日の出と共に本格的な防衛が始まるが、少なくとも今日一日は大きな損害なく乗り越えられるじゃろう。アースが居るからのぅ」
「それ以降は?」
「わからん。何しろ情報が無いからのぅ。
現状この拠点を防衛するという点では怪物の行動原理も、こちらの準備も良い方向に天秤は傾いておる。されどそれが終わりまで続くと断言できるほど、わしらはこの世界を知らぬ」
淡々と事実を述べられ、俺は動く事が出来ない。
じんわりと椀を持つ掌が温かくなっていく感覚が時間の経過を示すようだった。
しばらくの沈黙の後、俺はおずおずと椀に口を付ける。
少し塩気の強い、しかし落ち着く味が舌を撫でて喉へと通る。胃が温かくなり、僅かに感じていた寒気を押し出してくれる。
「ティアロットさん。補給品を持ってきました」
それでも黙っていると不安が募るばかりだ。何か言葉にしようとした時、段ボールを持った管理組合員が声をかけてきた。
「聞いておる。後ろの箱に積んで良いか?」
「あ、はい」
「主にMPポーションですが、衝撃には強い物を使っています」
MP、つまりメンタルポイントだかマジックポイントだかの意味。実際にそういう数値があるわけではないのだが、色々な言葉が氾濫するのは面倒だとHPポーション、MPポーションという呼称がいつの間にか広まったそうだ。ついでに言うと飲み薬以外に飴などもある。溶けないと効果が無いので休息中などの火急でない時に使われるのだそうだ。
「配送順はあるんですか?」
「いえ、通常の配送は別の担当が行います。これについてはティアロットさんの判断でお願いします。
というよりも、ティアロットさん用と思ってくださって結構です」
段ボール箱は一抱えあって重そうなんだけど……
「これが一人分……ですか?」
「わしの燃費が悪いだけじゃよ」
「ティアロットさんは薬剤中毒に強い抵抗性を持っていますからね。
無理をさせてしまう事になり、申し訳なく思うのですが」
聞こえの悪い言葉に少女の方を見るが、彼女のすまし顔は変わらない。
「人事を尽くすに嫌は無い」
「ええと……他の人はこんなに使えない、という事ですか?」
「薬や道具で無理やり回復させる事が人体にとって良い方法で無い事は自明と思います」
言われてみればその通りだ。効果こそファンタジーだが薬品には変わりなく、当然一日に摂取してよい量というものも存在するし、副作用も場合によってはあるのだろう。死に掛けを一日も経たずに治してしまうマッチョメンの回復魔法を最初に受けたからか、あまり深くは考えていなかったが、考えを改めなければならない。
「特にこの世界では時間操作系の回復は殆ど働きませんからね。どうしても効果に比例するデメリットは存在します。
貴方も一見便利だからと多用しないように気を付けてください」
後で確認した話ではあるが、即座に傷を癒すという事は細胞分裂の加速ということで、それは細胞の老化や異常の引き金になりえる。酷い場合には免疫不全や細胞異常、つまり癌化することもあるのだそうだ。科学も発展した魔法世界のポーションには『お年寄りに使わないように』という注意書きされている事もある。
一方でご都合主義を表すように『正常化』するポーションも存在するらしいが、簡単に作成、入手できるものではないし、数を揃えるのは困難だ。それから組合員さんが言った『時間操作系』は言葉の通り現象を巻き戻し、傷を無かった事にするトンデモだが、時間も100メートルの壁に抵触するこの世界では3秒以上巻き戻す事はできないとされている。
「使わないで良いようにと思っています」
「おっしゃる通りですね。では我々は」
「うむ。ご苦労」
頭を下げた組合員の後ろには台車と積まれた段ボールがある。今から配って回るのだろう。
「それを食べ終わったら行くとするかの」
「あ、はい」
すっかり冷めた椀を口に運ぶ。それでも十分においしいと、そう思える程度には心のゆとりはできた。
外はまだ暗いだろう。
しかし間もなく夜明けが来る。
気付けば空になった椀。貰った、ぬるくなったお茶が程よく苦い。
それらの食器をトレイにまとめると、食事係を買って出ている人が回収してくれた。
「では、行こうかの」
俺は頷き、立ち上がる。
低速で動くヴェルメと共にテントの外へ。
寒気があっという間に身を包む中、俺はヴェルメに乗り、シノを昨日と同じく抱き込むように前に乗せ、ティアロットさんがボックスの上に腰かけた。
「まずは南側じゃな」
「ああ。ヴェルメ、頼む」
「はいよ」
壁の上辺を眺め見れば、ほんの少しだけ他の方角よりも白みがかった色がその刻が来ると告げていた。
『大襲撃』……のちに『再来』と呼ばれるこの事件に、俺は何を望まれてここにあるのか。
答えが示されるかもわからないこの問いに俺は流される
感想とか評価とかちょっと気になる今日この頃。
まぁ、時間があればよろしくお願いします。




