●六章-9.心の中の一線
おかしい。一話2千文字くらいにしようと思っているのだが。
……なんで五千も書いたし。
※前回までのあらすじ
・ヴェルメの二号機、上手くいってないらしいよ。
・一方的に砲撃される痛さと怖さを教えてやろう。
・あ、これ、拠点から敵を引き離す誘導なんです。はい。
-fate アキヒト-
「お疲れさまでした。
遊撃隊の帰還完了まで休憩していてください」
ティアロットさんと管理組合のスタッフの会話を聞きながら俺は深々と安堵の吐息を漏らす。
魔術で作り出した竜だか砲だかで攻撃し始めた十数分後、未だ俺の目が怪物の姿を確認できないうちに彼女は帰還を言い出した。轟音に晒されながらも全く状況を掴めない俺としては願っても無い事だったが、一方的に攻撃できている現状を放棄する判断に首を傾げる。
「油断も無理もする状況でない。
怪物もまたクロスロードと同じく千差万別。或いは次の瞬間、十重二十重に囲まれるやもしれぬからのぅ」
理解した瞬間、全身に怖気が走り、身が震える。腕の中のシノが不思議そうに俺を見上げたのが分かった。
俺は自分の能力だけでヴェルメと並走、或いは追い抜ける存在をいくつも知っている。それが怪物の中に居ないと言えないのがこの世界。運が悪ければ……万を超える怪物の1パーセントでもそんな存在が混じっているだけであっという間に百近い数に囲まれるという事さえある。
それは同時に一万分の一の確率、もっと下の確率でも、拠点を一撃で吹き飛ばす化物が混じっている可能性でもあるとまで思い至った時、魔女の小さな手が鳥の背に触れ、頭に小さな圧を生んだ。
「怯えすぎるなや。
そうはならんように『見て』おった」
振り返れば竜後魔法とやらで変化した爬虫類の目が笑みの形に細められていた。
実際にそうなっていない。結果論でしかないのにその自信がどこから来ているのかは不思議だが、疑う気持ちは全く生まれなかった。
かくして問題に遭遇することなく戻ってきた俺は、思った以上に緊張していた事を疲労という形で強く感じている所である。
「アースは戻っておらんのかえ?」
「今、戻ってきているところです。ゴーレムで騎馬を作って運用していますが、その駆動機ほどの速度は出ませんからね」
拠点を挟んで反対側ではアースさん一人で俺たちと同じ目的の行動を起こしていた。多数のゴーレムを生み出し、ちょっかいを掛けては明後日の方向に逃亡するという行為を繰り返しているらしい。プログラムされたとおりに動くゴーレムを複数作り、送り出すことができるのだそうだ。
「アースさんが戻り次第、遊撃隊も撤退させます。そこからは防衛戦ですね」
「矢弾は如何ほどかえ?」
「十分にとは言い難いです。今は壁製作の補助に来ていた錬金術師や土魔術師が堀を広げると同時に投石用の弾を作成中です」
視線を背後へ送れば何時の間にやら出来上がっていた5台の建造物。例えるなら支点の高いシーソーだ。先端に網が付けられ、片方には土が詰め込まれ、重しになっているようだ。
「シノ。アレ、なんだかわかるか?」
「トレビュシェットですね」
シノの回答が同時に『投石器』と訳されて耳に入る。名前の通りのシロモノなら、傍らで魔術師たちがせっせと固めている土を飛ばす器械なのだろう。
「科学世界の兵器もわんさかあるターミナルで原始的過ぎる気がするけど」
「地面を掘れば弾を作れますから、弾薬の供給が見込めない現状では原始的な方が良いんですよ」
俺のつぶやきが聞こえたらしい管理組合職員が微苦笑と共に言う。
「拠点を取り囲まれてしまえば接近職に外に出てもらうわけにはいきません。その時にはこれの操作に回ってもらうことになります」
それ以外にも壁の上から落としたり、投げたりする石を用意しているのだそうだ。腕の良い錬金術師は器用にも投げナイフ形に成形したりしている。なお、無駄に魔力使うくらいなら数作れと周りから突っ込みを受けた模様。
「長期戦になる……んですかね?」
かつての大襲撃は昼夜通し七日間戦い続けたという。俺たちもそれくらい覚悟しなければならないのだろうか。
いや、補給の無いこの拠点がそこまで持つのか?
「……観測情報からは楽観視できません。だからそのつもりで準備を進めています。
しかし100メートルの壁があるので遠く感じますが、言っても100キロ。その駆動機なら一時間掛からない距離でもあります。一日あればクロスロード側でも支援体制を整えるでしょうし、悲観するほどでもないと考えていますよ」
「でも、怪物のほとんどはクロスロードに向かうんですよね?
支援を出せるんですか?」
「まず間違いなく出せます。大襲撃の倍の規模であってもクロスロードの防壁が崩されることはないでしょうし、仮に突破されても災害郭……もとい、最外郭区域を突破できると思えませんから。余裕はありますよ」
神や邪神、魔王の類が格を落とさない代わりに己の聖域を用意し居座る最外郭地域は安易に踏み込めば魂や命など、色々なモノが消し飛ばされかねない危険区画になっている。ある意味壁より危険な場所を含む二重の防壁を早々突破できるとは……思えないって言うの、フラグにならないよな?
「あえて懸念を言えば現在進行中であるフィールドモンスター討伐戦ですね。
拠点が防波堤になる事、そして予定時間的に怪物が到達する前に終わるとは思いますが、失敗すると手間取るかもしれません」
一度は撤退した戦いのリベンジが正に今行われている。流石に何の目算も無く二度目に繰り出しているとは思えないが、数千もの怪物が乱入するような事態になれば悲惨なことになるのは間違いないだろう。
「フィールドモンスター討伐戦に無暗に追加戦力を投入できんのがネックよな。
まぁ、なんだかんだクロスロードに奥の手は何枚もある。切れる札を切り損ねる管理組合でもない。パニックにならずに為すべきことを為せば良い」
こちらの会話に加わってきたティアロットさんが落ち着いた声音で淡々と告げる。
「ともあれ、休息じゃ。その後は拠点内でも移動を手伝ってもらうが良いかえ?」
「……。ええ、こうなれば最後までなんとかやってみます」
「うむ。気張らずとも良い。気合や努力でなんとかなる領域なぞ死の際くらいなものじゃ」
この見た目小学生の言葉は漫画やアニメの台詞をパクってきたような軽さが全くない。全てが彼女の実体験から出ているとするならば、本当に、どんな人生を歩んできたのだろうか。
「おい、そこのお前!」
浮かんだ疑問を一旦脇へ。彼女の提案に従い、移動しようとした俺たちに不遜な響きが投げつけられた。そちらに視線をやれば妖魔種のトロウルらしき男がこちらへと威圧感たっぷりに詰め寄ってきていた。
「その駆動車を寄こせ。金なら払う」
PBさんから取引に伴う金銭の譲渡について、可否を問うアナウンス。額は二百万C。代金という事だろうけど、随分と一方的だ。
「寄越せって……無理ですよ」
「承諾の返事だけすれば良い。それとももっと金が欲しいというのか?」
思わず眉根が寄るも、違和感に言葉を留める。ああ、わかった。目の前に居るのはオウガとオークの中間といった体格の戦士装束のトロウルだが、その口が動いていない。では声はどこからと探せば、その肩でこちらにきつい視線を向ける小人の姿があった。サイズは広げた掌よりも少し大きいくらいか。妖精種だろう。
「いや……そもそもこれはエンジェルウィングスの備品ですから、売ったりできませんよ」
「そんな事は知っている。お前は承諾すれば良い」
なんだろう。話が全く通じない。というか、話をするつもりが無いようだ。
トロウルが代わりとばかりに睨みを利かせているが、怖いと思っても腰が引けるほどではない。なにしろヴェルメの防御範囲内だ。虎の威を借るなんとやらはお互い様のようだ。
「お断りします」
「そんな答えは聞いていない。もう良い、奪え」
これで会話は終わりとPBさんにも拒否を依頼した俺は「は?」と間抜けな声を上げる。
だが、思わず固まった俺に関わらず命令を受けたトロウルは忠実に動いた。腰に下げた斧を抜き、間髪入れずに襲い掛かってくる姿が視界一杯に広がる。
「ふむ」
驚きに身を固くする俺の耳に小さく鼻を鳴らす音が届く。同時に魔女の纏うドレスが頬を掠めた。
「ティアロットさん!?」
「ヴェルメ、不要じゃ」
斧を振り上げたトロウルの前に降り立った魔女は、着地と同時に無造作にトロウルの懐へ踏み込むと、その腹に小さな手を触れるように当てた。対格差は数倍。突撃してくる相撲取りに小学生が突っ込むようなものだ。一瞬後の惨劇を予想し、喉がひりついた瞬間────
「ごヴぁあああ!?」
どぅんという重い音がトロウルの中で響き、二百キロ近くありそうな巨体が浮いた。一拍の後、思い出したかのようにトロウルの体が真横に吹き飛ぶ。まるで冗談のような光景だがその巨躯が数メートルの飛行の後、背から地面に激突。それでも勢いを失わずに追加で一メートルほど転がり、ようやく止まる。仰向けに倒れたその腹から血やそれ以外の物が噴き出していた。
「な、な、な、何をする!!」
当然肩の上に居た小人も一緒に吹き飛ばされている。しかし直接攻撃を受けていないためか、すぐに起き上がって怒声を上げ、それからトロウルの惨状に目を剥いた。
「ティアロットさんもアルカさんと同じだったりするのか?」
「いえ、魔術のようでしたが」
ステゴロ上等と嘯いた猫耳少女と同じかと戦慄を覚えるが、どうやら魔法だったらしい。それにしてもわざわざ目の前に飛び出す事も無いだろうと思う。
「わしの連れに手を出したのはぬしじゃろうに」
聞こえるように呟き、続いて詠唱。先ほどの九頭竜という魔術の頭部分になっていた三つの光弾が彼女の周りに浮かぶ。発動の時に『竜牙』と言っていたそれが魔法の名称だろうか。
「非常事態に騒ぎを起こす輩はどうあっても迷惑にしかならん」
「ま、待て! こ、殺すつもりか!」
「うむ」
軽く頷いて放たれる魔術。一片の迷いない返事に俺と小人の両方が呆気に取られ目を見開くが、竜頭を模した魔術は主の意を汲んで宙を走り、逃げる事はおろか悲鳴の一つも上げる猶予を与えずに小人を食らい消し去った。
あまりにも呆気ない終わり。場の空気が凍り付く。
「……って、良いんですか!?」
たっぷり五秒くらい停止した思考。いともたやすく行われた殺人行為をようやく頭が認識し、声を上げる。
もちろん非はあちらにあるし、彼女の言う通りこの非常事態に略奪を行おうとしたもの彼だ。それでもつい彼女を非難するかのような声音になってしまった。
「良いも悪いも殺そうとする相手に容赦なぞ油断どころの話でない。
……随分とクロスロードに滞在しておるというのに。日本人じゃな、ぬしは」
呆れを滲ませるも、微笑ましさの方が強く垣間見える視線に俺は口を噤む。
「納得できぬならこの世界に居るべきでない……とはぬしらの状況には言えぬし、慣れろと言うのも違うじゃろう。
故に、己を見失うなとだけ言っておこうかのぅ」
倒れたままのトロウルに近付き、詠唱。右手が淡い光に包まれるのを見て止めを刺すのかと目を見張ったが、その手が触れた瞬間、みるみるその傷が癒えていく。元々再生能力が凄まじいトロウル種はあっという間に傷を完治させ、目を開いた。
「ぬしの雇い主は死んだ。義理を果たすなら相手するが?」
跳ねるように上半身を起こしたトロウルは慌てて己の斧を探すも、突き付けられた問いに動きを止める。
ややあって彼は首を横に振ると、小さく頭を下げて斧を拾い、何処かへと歩き去った。
殺し合いをした間柄とは思えない程のあっさりとした別れを言葉無く見ているしかない。
「憤りを感じたのであればそれで良い。その感情を口にするのも仕方あるまい。
無理に納得する必要もない。されど己の線引きだけは見誤るなや」
戻ってきた魔女は訓示のように淡々と述べる。
奪えと命じたのは小人であり、トロウルは雇われただけ。それでも雇われた義理を果たすとしたならば、彼女は戦い、彼も殺しただろう。それが彼女の線引きという事か。
「時にその線を越える事もあろう。その時は意志の元に越えよ。さもなければそれは後悔にしかならぬ」
重力が消えたようにふわりと浮かんだ少女はシートの後ろ側へ。きっと後ろに備え付けているボックスにこちらに背を向けるように腰掛けたのだろう。肩に担いだ杖が視界の端に映る。
「説教臭いとは思うが心しておく事じゃ。
今から目にするであろう光景は恐らく生易しいものにはならぬ。気を強く持ち、己の大切な物だけは見失う事の無いようにの」
薄っぺらく浅い人生経験では応じる言葉の一つも浮かばない。それでも、『これから起きる事』が俺の想像の外側にあるという事は何となく察せられた。
ああ、まだ始まっていないのか。
己の為すべきことを思い出しあわただしく動く人々。今は休息の時間と座り込む人々。緊張で気疲れした先ほどまでの野外活動も、全て準備でしかない。
やはり不安はあってもさっさと逃げ帰るべきだったかという思考はあっさりと押し流せた。きっと覚悟を以て決めた事だから後悔にはなっていないのだろう。或いは、まだ後悔になるほど失敗したと感じていないだけだろうか。
信号弾が上がる。何かの合図。開始までの針が進んだ証拠。
俺はぐっと奥歯を噛み締めるとヴェルメに休息場所であるテントに向かうように指示するのだった。
アキヒト「ティアロットさん、俺に覚悟を教えるためにあんな強硬な手段を?」
ティア子「おや? 最近きな臭いと言っておった商人でないか。
場合によっては始末すると言っておったし、混乱回避のためにも殺しておくかのぅ」
一回防御してにらみ合いになる前にサクっとね?
ちなみにさっくり殺された小人の商人は、クロスロードで色々と追い詰められ、起死回生を狙って拠点で活動しようとしたところでこの事態。
混乱に乗じてヴェルメ奪って一回自分の世界に帰って再起を図る!
と、わりとパニくった状態だったりします。
さっさと逃げなかった理由も火事場泥棒的な狙いですしおすし。




