●六章-8.九頭竜
※前回のあらすじ
・大襲撃かもしれない。
・でも、呪いでまだ何かある気もする。
・わ、わかりました。残ります。
-fate アキヒト-
「残ると決めたし、協力もする覚悟はしたんだけどさ」
ここまで来て泣き言を言うのは情けない。
うん、その通りだ。確かにその通りだと思う。
……しかし、ついつい漏れた言葉にいつもならここぞとばかりに色々と囃し立てる鳥が何も言わないというこの状況よ。
「なんで自分から壁の外側に出ることになってるんですかね……?」
右手側。拠点を囲む壁が太い線のように見える距離にある。
この荒野の中での僅かな安全圏がそれくらい離れた場所にあるのだ。
もちろん知らない間に連れて来られたわけではないし、その目的と理由も聞いた上での話だ。むしろ聞いてしまったがために断る事が出来なかった。
「なに、無理はせん」
後頭部に掛かる声。いつもシノが座っている場所に立つティアロットさんが事も無げに言う。シノはというと俺が背中から抱きしめるような形で前に座っていた。走行中でもハンドルを握る必要がないヴェルメとシノが小柄だからできる事だ。俺が少し落ち着かないけど。
「それにしても、やはりヴェルメが量産できれば、未探索地域探索は一気に推し進められそうじゃのぅ」
「……そういえば二号機って完成しているんですよね?」
黙っていればどんどん嫌な想像が浮かんでくる。気を紛らわせるために話題に乗った。
二号機が景品として告知されたのももう半年前。更に未探索地域探索の大御所であるノラ夫妻もヴェルメの後継機を要望していた。これほどに要望のあるものだから既に完成していると何となく思っていたが小さな魔女は否定する。
「わしの知る限りじゃが、二号機と呼べぬ程……ヴェルメとは比較にならん程、不安定らしい。
未探索地域探索に持ち出すのを躊躇うくらいにの」
「設計が違う、なんてことはないですよね? 同じに作っても、ですか?」
「うむ。エンジン部分を入れ替えればバイクとして問題なく動くらしい。
となれば、問題は出力である魔道エンジンであることは間違いないのじゃがな」
「それでも同じように作れば同じになるのでは?」
「そこはマジックアイテム故の問題じゃろうな。魔道具は科学の産物と違って環境や製作者の影響を大きく受ける。伝説級とは言わんでも国宝に指定されるほどの魔道具であれば、星辰の位置や使用する材料の出自すら厳選せねばならぬ」
ヴェルメはそれほどの物なのだろうかと考えるが、確かにゲームなら終盤に入手するような性能だと思う。補給要らずで防御性能が特筆しておかしいレベルだし。
「それって魔道エンジンが故障したら手の施しようがない、って事?」
「わしの見解ではヴェルメである事が重要と思っておるよ。
恐らくヴェルメを移植できれば二号機も同じように動くのではないかのぅ」
どういう事だと車体を見ても返事は無い。
「魔道エンジン、即ちその制御は魔術制御とも言い換えられる。
偶然魔術素養のある人工知能になった、あるいはそういう成長ができたことが理由ではないかのぅ」
「ヴェルメが魔術師だから、魔道エンジンが上手く動いているって事か?」
「予想に過ぎんがの」
確かにそれなら、仮にヴェルメと同じく人工知能を積んでいてもエンジンを制御する才能が足らずに不安定になるという話は成立する。
「二号機以降はいっそ魔道具と見做し、制御を魔術師が担う事で出力の安定を図れるかもしれんのぅ」
「それ、ドゥーゲストには言ったのかい?」
ヴェルメの問いにティアロットさんは一拍の間を置く。
「いや、言っておらん。
わしが思いつく事なぞあの御仁なら思いつく事じゃろう。
未だ二号機が上手くいっておらんとすれば、この予測はおいそれ口にせぬ方が良い」
「……ヴェルメが狙われるから?」
「然様。エンジェルウィングスという大きな庇護下にあるとはいえ、永久機関に錯覚する装置のヒントとなれば何をするか分からん。人の欲は深い物よ」
浮かぶのはヴェルメの最初の主、行方不明となったアヤカという人物。
彼女もヴェルメの秘密を探るために連れ去られたのではないだろうか?
半年を経てなお彼女の手掛かりは一つも見つけていない。もうクロスロードには居ないと半ば考えていたがヴェルメの仕組みを調べる事が理由ならターミナルでタイミングを見計らっている可能性もあるのではないか。クロスロード内でも特区や外縁部など安易に踏み込めない場所は多い。俺たちが行った事のない地域なんてまだ山ほどある。
……もう少し休みの日に足を向ける場所、増やそうかな……
「それにしても、ぬしの所にはわりと機密が集まっておるのぅ」
「……そうっスね」
思考に浸った俺に刺さる言葉。ずんと重くなる胃。シノの特異性もそうだし、鳥ももう一段階進めばシノと同じ類の秘密になるのではなかろうか。一般人が抱えるものじゃないよなぁと重い息を吐く。
「とはいえ気負い過ぎるなや。
ぬしは良い縁を結んでおる。助力の宛は容易に浮かぶじゃろ?」
言われれば思い浮かぶ顔はいくつもある。今回だってそうだ。トミナカさんや館長、ティアロットさんが手を貸してくれている。ダティアマーカさんも色々調べてくれている最中かもしれない。シノの秘密についても管理組合が気にかけてくれているという。まぁ、大金持って町中歩けば誰もが強盗に見える類の不安は消える事は無いのだけど。
「さて、そろそろじゃな。
ひとつ、曲芸を見せるとしよう」
言うなり少女は大きく息を吸う。
何事かと見上げかけた俺を横殴りにするような轟音。腹の底、体の芯を震わせる咆哮。
身が竦むのは恐怖からだ。余りにも強大で威厳ある者の言葉は理性も本能もねじ伏せる。
『世界より生じし竜種の名を借り、理へ命じる』
「Gu」「Lu」「A」という音が複雑に絡み合った王の号令。音の圧であるそれすら共通言語の加護が翻訳する。
『汝らが眼を此に顕現させ、我に識る者の権能を与えよ!』
咆哮が止まった。恐る恐る見上げれば、少女が応じるように見下ろしている。黄金色に薄く輝くのは縦に割れたように見える瞳孔。爬虫類の特徴的な瞳が少女の双眸に備わっていた。
「呪文? 目が……」
「わしが唯一使える竜語魔術じゃ。やはり共通言語の加護はこれも翻訳するのじゃな」
探究者の思慮深い声音で少女は呟くが、そのまま考察に耽ることなく口早に、今度は普通の声音で幾つもの言葉を紡ぎあげる。するとティアロットさんを始めとし、俺とシノ、ヴェルメが薄い輝きに包まれた。多分ニーナも同じだろう。
「これは?」
「防御魔術じゃ。追加の鎧と思っておけばよい」
問いを向けた時には次の詠唱が始まっていた。複数の呪文。その合間に器用に答えが混じる。気が付けば魔女の周りに竜の頭のような形の9つの光が浮かんでいた。
全ての詠唱が終わり、ふぅと一息吐く。
「シノや。汝が目に怪物どもの姿は見えるかや?」
「……地平線の彼方に蠢く影は見えます」
それが何を意味するか察した心臓が縮こまる。目を凝らすが、まだシノの補助機能は働いていないらしくこれといった物を確認できない。
「そうかや。蠢くとあってはやはり相当数おるようじゃのぅ。
ヴェルメ、いざとなればぬしの判断で拠点に向かえ。良いな?」
「……はいよ」
「そんな無理する必要は無いんじゃないか?
拠点には防壁もあるんだし」
「リスクを負うつもりはない。
されど不測の事態は常にある。念のために告げたまでよ」
不安に震えるだけの言葉では少女に揺るぎは生まれない。
確かに出発前に説明は受けている。今彼女がやろうとしているのは怪物の集団、その興味と進路を逸らす試みだ。ある程度の攻撃を行った後は速やかに拠点に戻ることになっている。
「……無理をするのはもっと先じゃて」
背に走るぞわりとした感覚。それはティアロットさんの言葉からでなく、彼女の周りに発生した目に見えない何かによるものだ。
魔力、と呼ばれる不思議パワーだろうか。魔法と無縁の俺がここまで強くその存在を感じたのは初めてだ。
「さて、やろうかの」
そして紡がれる言葉は雷に纏わる詠唱。
言葉が終わると同時に俺たちを囲むように足元に光が走り、円が引かれる。
「竜の咢は獲物を見据え、雷の鱗は万難を食らう。
重ねる威は我が意の下に、大いなる者の姿を奪いて顕現せよ。
纏え─────九頭竜!」
世界に白が重ねられた。円から立ち昇った光が俺たちを覆うように包み込んだのだ。
「何が起きたんですか?」
「起きるのは今からじゃよ。なに、内側には影響はない」
応じながら収納袋にもなっているらしい大きなドレスの袖をまさぐる。引っ張り出したのは……弾丸、だろうか? ライフル弾のような細長い弾が少女の手からふわり上へと吸い込まれていく。
「ああ、耳を塞いでおれ」
言われるままに塞いだその瞬間──────
「っ!?」
轟音。まるで大砲を撃ったような音が響き、びりびりと体を震わせる。
少女が動く。続くは8連の轟音。
「な、なんだ!?」
白い薄膜に阻まれていることもあり、視覚的には何が起きたか全くわからない。情報を求めて上を見れば、最初に浮かんだ竜の頭の形をした光が俺たちを包む白と繋がり、まるで首長竜のように頭を揺らめかせていた。魔術の発動、そのキーとなった言葉『九頭竜』。確かにに九つの頭を持つ竜となったそれらは遥か彼方に居るという敵を睥睨していた。
「やはり命中したかどうかはわからんのぅ。
シノや。着弾点はわかるかえ?」
「……はい。蠢く集団の間で土煙が上がっています」
「ふむ、アリスが居らなんだ、観測に難有りと思っておったがその目も中々よな。
敵影の濃い位置は示せるかえ?」
「……着弾した付近、その向こう側に大型の……巨人種のようなものが見えます」
二人の間の会話に目を凝らすが勿論俺には見えない。囲む光が無ければ土煙とやらくらいは見えるのだろうか。
そういえばシノは耳を塞いでいなかったんだけど、平気なのだろうか?
「何がどうなったんだ?」
「電磁砲というのを知っておるかえ?」
言葉に聞き覚えはある。電気の力で撃ち出すことも察せられるが、理屈はさっぱりだ。
「理科の教科書にあったであろう? フレミングの左手の法則、じゃったか。
電流と磁場を制御する事により推力を生む。その力で弾丸を撃ち出すのが電磁砲じゃな」
魔法と思ったら科学が始まった件。
かろうじて手の形だけは思い出したが、それぞれの指が何を示すのかはさっぱりだ。そんな俺を横に少女は次の弾丸を取り出す。
「その弾を……この電気で撃ち出しているって事か?」
俺たちを囲む白には時折電気を思わせる濃い光が走る。電気による結界のようなもの、だろうか。
「然様。魔術で構成すれば砲の耐久度を考慮する必要がないでな。
しかしある程度の広さと準備が必要故、使う機会もなかったのじゃが」
弾丸を再び上へ送りながら、少女は観察する探究者の目を上へと向けた。
「折角これ用に拵えた弾丸じゃ、使う機会を得られて何よりじゃよ」
思い出すのは図書館地下の面々。なるほど、口うるさいと言われる彼女がそれでも受け入れられているのは同類だかららしい。
「……こういうのって撃った本人が吹き飛ぶオチな手段では?」
「じゃから先に用心して防御魔法を掛けておいたであろう?
それに力の方向と摩擦を制御する術で補助をしておるから、基本的に問題は無いはずじゃよ」
術と言えば何でも許されるのだろうか。きっと科学者が頭を抱えている課題をあっさり無視する不思議パワー恐るべしと言うべきか。
眉間に皺を寄せていると耳を塞げとジェスチャー。慌てて応じれば、九つの砲塔となった竜の咢から矢継ぎ早に発射音が響く。骨の髄までびりびりと震え、眩暈を覚えながら薄目で遥か先を見れば、今度はいくらかの土煙が確認できた。
「……これ、ティアロットさんが居れば一人で解決できるんじゃ……?」
着弾地点ではきっと酷い事になっているのだろう。
不安を吹き飛ばす轟音に身を浸しつつ、俺は呆れ気味に呟いたのだった。
もちろん彼女一人ではどうにもならないです。
はい。
戦争は数だよ兄貴。




