●六章-7.決心
19時くらいからずーっと消しては書き直しを繰り返し、結局時間オーバーです。
私の胃はボドボドダド。
※前回のあらすじ
・何か起きたらしい
-fate アキヒト-
『管理組合より皆さんに緊急の連絡です』
テントまであと少しというところでPBさんからのアナウンスが脳裏に響く。
何事かと見渡せば、テントの周りに数個のスポットが見えた。100メートル以内に近付いた事でPBさんの情報が追加されたようだ。
『南方にて大規模な怪物の集団を観測しました。
管理組合は来訪者各位に防衛の協力要請を行います。
北側の門はこれより17分後に閉鎖を予定。それまでは通行が可能ですが、個別の逃亡は危険なため、拠点内での待機を推奨します』
「……大規模……って?」
『正確な個体数は不明ながら、目撃情報から万の数に達する可能性があります』
「は?」
万単位の怪物。
それから連想する事はこの世界では一つだ。
「……それって大襲撃ってことか?」
『その可能性も考慮して警戒態勢に移行しています。
防衛に協力していただける方は南側の門の前に集合。
それ以外の方はテント内に避難してください』
ティアロットさんを見る。彼女もPBからの通達を聞いていたのだろう。眉根を潜め、南側に視線を向けていた。
「これかのぅ」
それは俺たちを誘導した理由という意味だろう。
「……って、逃げないと!」
アナウンスの通りならまだ門は開いているしヴェルメの速度と防御力なら逃げ切る事が出来ると思う。
だが、それも門が閉じる前までだろう。万と言う数に呑まれれば、ここから出る事はできなくなる。
「ぬしらであれば今から門を出ても追いつかれることはあるまいが……」
「逃がしてもらえない、ですか?」
懸念の先は容易に想像がついた。しかし魔女は頷くことなく思考に身を浸している。
「おぬしらがこの報をクロスロードに持ち帰る事を期待しておるなら別じゃが、この時点で伝令の一人二人、送っていないとも思えん」
「でも俺たちがここに居て、できる事なんてあるんですか?」
「……ぬしらの運用方法は非常に多いのじゃがな」
「え?」
思いも寄らない言葉に疑問の声を上げるが、答えは近くから出た。
「足と盾になれって事かい?」
「然様。防御の多くを任せられるならわしは砲に徹する事が出来る」
ヴェルメの言葉に少女は頷く。
きゅぅと胃が締め付けられた。喉の奥がひりつく。
未だに生きている怪物を見た事がないからか、まだ余裕を保っていた心がキリキリと痛みを生じさせる。
「……無理ですよ。
すぐにここから逃げるべきだと思います」
「そうかえ」
反対の言葉に彼女はあっさりと頷く。そこに非難の色も落胆の音も無い。
「なれば急ぎ北門より走り抜けよ。念のためフィールド討伐戦の地域は迂回するようにの」
正義、大義、倫理。俺たちを留めて戦力に使う都合のいい言葉はいくらでもある。だが、彼女はそれが都合の良い言葉だから口にしない。もし、すでに逃げきれる可能性が低い状況ならば彼女は止めたし、戦いを拒むなら、テントに居ろと言っただろう。
彼女はそういう人だと改めて思う。この少女の本当の年齢は知らないけど、どんな生き方をしてきたのだろうとも。
「ティアロットさんは……?」
「途中で放り出して悪いが、わしは残るよ。
わしはこういう場面に適した魔術師じゃからな」
「ですけど……」
「数で勝る相手に野戦をするわけにはいかぬ。
なれば魔術師は安易に欠いて良い戦力でない」
事実であると、適切であると彼女は語る。
その正論を覆す言葉も、それを生み出す知恵も俺にはない。
求めるように周囲を見渡せば、北へ向けて走る者、テントへ向かう者、管理組合のスタッフに詰め寄る者、そして南の門へと進む者。俺とは違い、そして彼女と同じく己が意志で動く人々の姿がある。
そんな意思が交差する場所で少女は肩を竦め緩く笑む。
仕方ないと、そう言わんばかりの表情で声を潜めた。
「わしは管理組合の関係者でもある」
「え?」
「秘密じゃぞ?
故にアースからの要請は断りがたい」
彼女の視線の動きにつられ、向けた先には一人の女性が居た。真剣なまなざしでこちらに近付いてくる。
黒目黒髪だが顔立ちは西洋系。どこかのお姫様かと思うくらいに気品のある人だ。凛とした表情には平静を保ちつつも滲み出てしまう焦燥がある。
「ティアロットさん」
「うむ。わかっておる」
「……すみません。こちらに来ていると聞いたものですから」
「構わん。こやつらはすぐにクロスロードに帰す。良いな?」
短いやり取り。ほっとして僅かに緊張が緩んだ女性の視線がこちらに向けられる。
制服姿のままの俺たちを、そして何よりもヴェルメを注視した。
「……エンジェルウィングスの方、ですか」
車体をなぞる視線の意味はティアロットさんの提案と同じ事を考えたからだろうか。
しかしその思考は言葉にされることなく、彼女は頷いた。
「……わかりました。
もしもこちらに向かっている探索者などと遭った場合、クロスロードに引き返すように告げていただけますか?」
「あ……はい」
本当に良いのだろうか。
胸中に湧いたそれに言が詰まる。
「迷うなや。
それは今、一番危険じゃ」
内心を見透かした魔女が強い口調で窘めた。
それでも俺の心には迷いは大きくなる一方だった。逃げる一択。これまでの俺のスタンスからしても当たり前すぎる答えに何故ここまで逡巡するのか、自分でもわからなくなってきた。
「ティアロットさん」
「む?」
不意の声は後ろから。
「戻ると残る、どちらが危険ですか?」
「無論残る方が危険じゃ。しかし呪いの主の目的が確かでない今、戻るリスクを正しく計る術がない。
選択はぬしらがせよ。選んだならば迷うなと言う他ない」
シノの問いに魔女は少し驚きを見せながらも淀みなく返答する。頭の上で「どしたん?」とニーナが不思議そうに呟いた。
「アキヒト」
「お、おう?」
「迷いなく、戻れますか?」
背に当たる言葉に返事はできなかった。それがもう答えだ。
ティアロットさんを残していく事に対する感情だろうか。俺たちに出来る事があるのに逃げ出してしまう事に対してか。はたまたあの女に恐怖しているからだろうか。
様々な言葉が脳裏を渦巻く中、シノの身動ぎを背に感じた。
「ニーナ」
「あたしにまで?」
「はい。ヴェルメとアキヒトの持つ装備でここに残る事は危険ですか?」
「……危険だよ? でもそれはこの拠点が陥落するリスクって意味と同意。
この拠点が陥落しない限りはティアティアと一緒に居れば安全な方じゃないかなー?」
軽い口調で応じる鳥。相変わらずの緩い言葉だが、俺たちを客観的に眺め続けている存在の意見は確かだろう。
小さく頷き、シノは最後に少し驚きの表情を見せていた女性へ向き直った。
「……アースさん、でよろしいですか?」
「え、ええ。
初めまして。メルキド・ラ・アースです」
「この拠点はどれくらい持ちますか?」
単刀直入。真っすぐすぎる問いに女性は気圧され息を飲む。それは彼女の立場上、安易に答えられない問いだと思う。
遠巻きに人々がこちらを見ている。俺たちだけでも目立つのに、加えて殲滅の魔女と東砦管理官という組み合わせは足を止めるのに十分過ぎた。
この拠点の暫定責任者でもある彼女は短い時間で言葉をまとめ、不自然でない程度に声を張り応じる。
「現時点の情報では怪物の総数は不明で、大襲撃規模かも定かではありません。
仮に大襲撃規模だとしても、今までの観測結果からこの拠点に注目し、襲い掛かってくるのは一部だけであろうと推測しています。
したがって救援までの防衛は可能と判断し、住民の方々にも安易に拠点を出ず、待機する事を勧めています」
シノへの回答であり、周囲で聞く人々への言葉。彼女は信念を持って続ける。
「それでも、今からここで起こるのは戦いです。大なり小なり被害は出るでしょう。
己が身、己が命をどう扱うか、その判断を管理組合は否定しません。
しかし、同時に我々は漸く得た開拓の足掛かりを失う事を望んでいません。
より多くの方が防衛に協力していただける事を望みます」
動く。
聞いていた人たちの中には北へ向かう者がいる。
反対に南に向かう人もいる。
それは彼らそれぞれの信念であり判断だ。エンデとも呼ばれるこの地に訪れた人たちの多くは自分の向かう先を定めるだけの確たるものを備えている。
────俺と違って。
「アキヒト」
「……おう」
「迷い無く、戻れますか?」
先ほどと同じ問い。俺は目を閉じて、小さく首を横に振った。
「いろいろ気になる事があるし、戻る事に対して嫌な予感もある。……まぁ、それはあの女が不気味だったからだろうけど。
……シノの意見は?」
「アキヒトに任せます」
『いつもの言葉』に先ほどまでの積極性は何だったのかと思わず振り返るが、そこにあるのはいつも通りの無表情。綺麗な目が俺を見ていた。
「シノさんに任せますって言ったら?」
「残りましょう」
「どうして?」
「アキヒトが迷っていますから」
「シノっち、何か変な物でも食べた?」
失礼極まりない問いだが、小首を傾げてニーナを見上げるだけだ。その様子はやはり『いつも通り』でしかない。
「覚えがありません」
「いや、普通に返されても困るんだけどなぁ。
で、なんで残る判断?」
「ティアロットさんは迷いなく戻るべきと言いました。
迷っているなら残る方が安全ということですよね?」
「まぁ、うん。そうとも言えるのぅ」
苦笑いを浮かべる魔女は俺を窺う。本当にいいのかと問い掛けるように。
しかし撤回する言葉はついぞ出てくることは無かった。
あの貫かれた不気味な目を唐突に思い出す。もしかしたら俺の呪いは解けていないのではないか。あの目は呪いの藁人形と同じで、俺をここにつなぎ止めているのではないだろうか。
現実から逃避し、妄想に責任を押し付けながらハンドルを握る手に力を少しだけ込めた。
「ヴェルメに期待するよ」
「その言葉だけならいつもの通りだけどね。
シノといい、アキヒトといい、今日の昼に悪い物でも食べたのかい?」
ニーナの冗談を引き継いだ発言に笑みを作ろうとして、結局頬が引き攣っただけだった。
とりあえず……うん。あるなら胃薬だけ先に貰っておこうかな……




