●六章-6.警鐘
※前回のあらすじ
・オアシスに到着
・呪いの源的な何かを発見。
・あっさり解けた?
-fate アキヒト-
五分と言ったなアレは嘘だ。
いや、実際は時間感覚を失っていただけです。
果たしてあの発言からどれだけの時間が経過しただろう。
本当に五分程度かもしれないし、実は一時間かもしれない。半分飛びかけていた意識。天地すらわからなくなる眩暈と吐き気の中で俺は考えることをやめていた。
大きな水場が近くにあるおかげか、僅かに感じる涼しい風。呼吸のたびに腹の中の淀んだものが交換される感覚。ようやく頭を働かせられる程度には治まった。
「……もう大丈夫と思う。
あと、鳥、降りろ。首が痛い」
「むぅ。労りと優しさが足りない!」
不満の声を上げながらも素直に鳥が膝の上に降りる。
シノに被害が及ぶのを防いだのは確かにお手柄だ。しかし一瞬でいつもの調子を取り戻した上に、ぐったりしている俺の頭の上で延々喋り続けられた結果、感謝の念は残高を失って借金状態にまで突っ込んでいる。
膝の上で意味不明な動きをする鳥を無視し、浮かんだままの魔女に視線を向ける。
「陽が暮れる前に戻る、で良いですよね?」
「うむ」
応じた彼女は彼方に視線を投げていた。その先を辿ればいつの間にか壁がオアシスの全周を囲っていることに気づく。驚いて時間を確認すると、この地に着て一時間ほどが経過していた。俺がぐったりしていた時間は……恐らく二十分にも満たないとは思う。
何でもありなこの世界でもにわかに信じがたい事だが、門番の言葉を信じれば3、4時間程度で全長は数キロに及ぶだろう土壁を一人で造り上げたということになる。この半年で『常識外れ』や『何でもあり』にも限度があると察している。少なくともこれは俺が備えた物差しを大きく超えていると思う。
勿論、情弱と揶揄されない俺の感想なので口には出さない。ただ気になるのは、知っている側に居るだろうティアロットさんが訝しげにしている事だ。
ほんの少しだけ眉根を寄せて、何かを考え込むような少女。
そんな表情を生むだけの何かあるのだろうかと改めて壁を凝視しても、俺には何も見つけられない。
「何か気になる事でも?」
「いや、大したことでない。
では、行こうか」
分からないなら聞こうと問いを向けたが、彼女は事も無いとあっさり壁から視線を切り離した。そうと断じられたならば追及にも躊躇う。俺は疑問を一旦横に置き、シノへ乗車を促した。
ヴェルメの魔導エンジンが生む振動を感じながら北側の門を見る。帰りも同じ速度で行けば一時間もかからないはずだ。せっかくここまで来たのにと、そんな言葉が一瞬脳裏を過ぎったが、心配を懸けている人たちがいる。早く帰って報告すべきだろう。
ハンドルを持てば膝の上は窮屈だったらしい鳥が横に飛び出し、頭の上に舞い戻ろうと飛翔した、その瞬間だった。
「ん?」
カンカンカンという火事を想起させる金属音が耳朶を打つ。思わず発生源を探せば拠点に入った時に見たサーカステントの方からだろうか。
「……ふぅ。まぁ、そうじゃよな」
「そう、って。何が起きたんですか?」
溜息と共に何故か納得したように呟く少女に問えば、「知らん」と突き放した返答。
「わかる事といえば、おぬしに呪いを掛けた存在は、この事態におぬしらを関わらせようとしたという事じゃ」
この事態? と、周囲を見渡しても火の手や鐘の音以外の異音は聞こえない。戸惑い会話する人の声と足音くらいだ。
「使徒種従属体の魔術抵抗を一瞬で突破するような呪術があっさり解けた。後遺症のようなものも見られない。つまり大層な呪いであったのに、効果がお粗末すぎる。
なれば推測される呪いを掛けた理由は主に二つ。
ぬしらをこの地に向かわせる事。或いはぬしらをクロスロードから引き離す事」
思ったよりも遥かにあっさり解けてしまった呪いにどこか不安を覚えていた俺は魔女の言葉に「ああ」と納得の言葉を漏らす。それと同時に浮かぶ疑問もある。
「……いや、でもなんで俺たちを?」
「わからん。呪物は竜種の目じゃった。呪術故、他の魔術よりも深く意味があると思うがの」
『竜種の目』というワードにあの恐ろしい光景が想起された。
薄れた不快感がぶり返して奥歯を噛み締める。
「目……か」
あの不可解な存在が俺を指して口にした言葉でもある。それを聞いてか少女は俺を観察するように目を細めた。
「ぬしはシノの外付けカメラのようなものでもあったの。
安易に考えるであれば、この事態に遭遇させ、観測させたい……かの。
その存在は今日、警鐘が鳴らされるような事態が起きる事を知っておったのじゃろう。
あるいはそれを引き起こした犯人そのものかもしれぬ」
物語として、歴史として語り継がれることを観測するのはシノの本分であり、力を得る手段だ。とはいえ善意とすれば、行動の後押しが呪いである必要はない。
……それぐらいしないと俺が町から離れる決断をしない、と言われれば頷かざるを得ないけど。
「……もしかしてティアロットさん、何かここで起きると思って同行を?」
「思い過ごしであれば良かったのじゃが」
『まぁ、そうじゃよな』と納得の様子を見せていた少女は今更俺が至った答えを肯定する。
恐らく館長やダティアマーカさんもその予想はしていたのだろうなと思う。館長はティアロットさんが言いださなかったら依頼するつもりだったと言っていたし。
「これらの推測から、逃亡を見過ごしてくれるとも思えん。
わしらも鐘の音の下に参集し、状況を知るところから始めるべきじゃろうな」
逃がしてはくれないという言葉に不安が募る。言われなければさっさと離れようと言うつもりだった。
あくまで俺は一般人。対して彼女は二つ名が知れ渡る程の探索者だ。無責任な事を言う人ではないとも分かっているし、その言に従う方が良いと思う。
「シノ、それでいいよな?」
「はい」
確認の問いかけにシノは迷いなく応じる。すこしだけ服を掴む手が強く握られた。
あの謎の存在が起こした事と思えば胃がまたひっくり返りそうなくらい不安が渦巻くが、色々な人の厚意による備えで鎧っていると自分に言い聞かせる。最優先はシノの安全と、口腔で唱えた。
「じゃあ、行きましょう」
「うむ」
警鐘の発信地、サーカステントに向けて移動を開始する。
まずは何が起きたかを知るために。
俺はこの時、不安に苛まれながらも、まだ甘い考えを抱いていた。
管理組合があって、ティアロットさんが居て、ヴェルメの防護や他のアイテムがある。なんとかなる、と。
────この警鐘が、のちにターミナルの歴史書に長く記される大事件の始まりであるとも知らずに。




