●六章-5.オアシスに穿たれしモノ
Q.見渡す限りの地平線な光景を埋め尽くす怪物の数は何体が適切でしょうか。
A.怪物のサイズを変えて適当に誤魔化せ(マテ
※前回のあらすじ
・オアシスに到着しました。
-fate アキヒト-
「あれ?」
町の入り口となっている金属で造られた扉は水門の堰のように吊り上げるタイプで、緊急時にはその重量で素早く閉じる事が出来るようになっていた。それを潜った先、まず気になったのは町の外周を囲っていると思っていた壁が途中どころか四半周も無い事だった。
「南側から怪物が来るんだよな? 見栄え重視?」
「ああ、違うよ。この扉は別口で造ったから、ここを起点に作成中なんだ」
俺の言葉を聞き留めた衛兵役が苦笑して応じる。別口の意味が解らず言葉を詰まらせていると、彼は壁の端を示すように見やる。
「予定だと今日中に基礎は終わるんだと。凄いよな」
「え?」
と、突如右斜め前方で大地が隆起した。
違う、土がスライムか何かのように蠢き、自ら壁の形になるように詰みあがり続けている。定位置に辿り着いた土はそのまま壁の一部になっている。途切れることなく続くその異様な光景は、呆気に取られている間にも目に見えて外壁を延長していく。
「流石は東砦管理官を務めるだけの人だよ。なんでも大襲撃の時には複数のゴーレムを操って戦線を支えたって話だ。クロスロード随一の土魔術師だな」
「……アースかえ?」
「知り合いか?」
名を呟いたティアロットさんに問うと、彼女も生まれ続ける壁に目を遣りながら応じる。
「防衛任務をやっていれば自然と覚える名じゃよ」
東砦管理官、メルキド・ラ・アース
南砦管理官、イルフィナ・クォンクース
西砦管理官、セイ・アレイ
北砦管理官、スー・レイン
各種情報に関して開放的な管理組合だが、渉外関係のスタッフ以外、役職やそれに就く者の名は原則伏せられている。四方砦の管理官は知られている中で一番上位の役付きである事に加え、日々防衛任務に就く探索者にとっては事実上の上司となるから、必然的に耳にする機会も多く、覚える名前だそうだ。
「それにしても……一人でやっておるのか?」
「ああ。今朝の時点じゃ、この門しかなかったんだよ。
開始してまだ四時間足らずというのに凄いよな。最初は確認しながらだったのか、スローペースで間に合うのかって思ってたんだけど、今じゃあのペースだよ。
この分だと日没を待たずに全周を囲えるんじゃないか?」
会話をしているうちにも壁が造り上げられていく。夕暮れまであと二時間弱くらいだろうけど、確かに目の前の光景が続くのなら門番の見立て通りになりそうだ。
「……」
驚くも安心を得るべき情報に対し、ティアロットさんの眉間には「訝しい」と言わんばかりに小さく皺が寄っていた。
「ティアロットさん?」
「……さて、ぬしの呪いを優先すべきじゃな。
ここから手掛かりはあるかえ?」
あっさりと表情を消し、何事も無かったように言葉を作った少女に、浮かんだ疑問を一旦飲み込み、あの時を思い出す。
とはいえ、
「……いえ。ここに在るとだけしか」
「なれば町を巡るか。100メートル以内に近付けば反応があるやもしれんからのぅ」
「ああ」
改めて壁以外の拠点風景へと視線を向ける。
並ぶプレハブと学校のイベント時に使うような屋根の下が丸見えのテント。それからサーカス団が使うような、こちらはきちんと内外が遮断された巨大なテントが目に付く。
巨大テントの向こうにヤシの木らしき樹木、それから大きな湖……オアシスの姿が垣間見えた。
再度壁を見て、この拠点のサイズはおおよそ直径一キロも無い円の中に収まり、しかもその内側四分の一程度をオアシスが占めていると推測する。もちろん目算なので合っているかは分からない。頼れるPBさんもまだこの拠点の情報は持っていないようだ。
「二十分程度走れば一周回れそうかな?
ヴェルメ、30キロくらいで適当に流してくれるか?」
「あいよ」
徐行速度で走り始めるヴェルメに人々の視線が集まる。俺とヴェルメがこの街に居る事を不思議に思う人が半分。それからティアロットさんがここに居る事に驚いている人が半分のように思えた。
「……シノ、何か気付いたことはあるか?」
「いえ。ニーナの様子にも変化は無いようです」
「……ここまで来て、騙されたって事は無いよな?」
「仮に騙したにせよ、この地を指定した理由があるはずじゃ。
それもまた手掛かりであろうよ」
周囲に視線を走らせながら他人事のように───実際他人事なのだが────語る浮遊少女。批難の視線を一瞬向けてしまったが、仰る通りなので手掛かりを探す事に集中を戻す。
正式な建物はまだ一つも無い。線代わりに敷いた区画整理のためのロープが造る道を通り、ところどころに置かれた建材を見る。商魂逞しく、ここまで進出して露店を広げる商人がヴェルメを羨ましそうに眺めていた。
適当に回って手掛かりがなければ聞き込みをするべきだろうか。しかしあの意味不明の存在をどう説明したらよいものか。
不安が増すなか、生み出され続ける壁の現在の終端が次第に近づいてきた。ずごごごと重低音が耳朶ばかりか内蔵を揺さぶる。一度に動く土の量が半端ない事が傍目にもわかった。まるで土の津波。自分に向けて使われたらあっさり飲み込まれて圧死する未来しかない。
個人の超常的な戦闘能力はいくつか見てきたが、これほどの大規模な魔術行使は初めて見た。彼女が東京を襲撃したら応対に手間取っているうちに都心は壊滅するのではなかろうか。
「こんな魔術師が居て、撃退できないなんて大襲撃ってどんな規模だったんだ……?」
「……。
おぬしが圧倒された荒野が見えぬほどに怪物が押し寄せたと言えば分かるかのぅ」
不自然な間を置いて、彼女は語る。そういえば彼女もその悪夢とされる戦いの参加者だった。
小さな魔女の語る言葉を咀嚼しようとして眉根を寄せる。あの飲み込まれるような荒野の光景を埋め尽くす? 何万……いや、何十万の怪物が居ればそんな事になる?
「わしは人の争いで二十万の兵というものは見たことはあるが、それを数倍しても全く足りぬ。七日間、死体が積み重なり地表が数段押し上げられてなお、その怪物の波は途切れることが無かった。怪物の種類、大きさは様々であったが、その数五百万を超えておったかと問われても、否定はしづらいのぅ」
想像の限界をあっさり凌駕され、俺は考えるのをやめた。
確かに悪夢だ。現実離れにも程がある。矮小な一般人としては二度とそんな悪夢が起きない事を祈るしかない。幸い祈る神様は町に一杯居る。ご利益は不明だが。
「……!?」
理解の外側の話から現実に意識を引き戻そうとした瞬間、不意に強烈な悪寒が走った。俺の動揺に気付いたか、ヴェルメがブレーキを掛ける。
「アキヒト、ニーナの文様に変化があります」
シノの声。やはり何かあるらしい。
「ふむ。アキヒト、場所は解るか?」
「……多分、あっちだ」
指さす先はオアシス。そちらに向かって車体を進めると脳がかき回されるような不快感が強くなる。ハンドルを強く握り、体を支えながらも前を見る。
「……ああ、うむ。悍ましいのぅ」
やがて、ヴェルメがもう一度停まった。
ややあって発せられた少女の声が遠い。脂汗が背中を幾条にも走る。脳だけでなく内臓もぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような感覚が生み出す吐き気を堪える。
「アキヒト、大丈夫かい?」
「が……我慢する」
絞り出し、奥歯を噛み締める。ヴェルメが倒れ込みそうになる体を支えてくれた。
「シノはどうなんだい?」
「私の方には特に。しかしニーナの体温が明らかに上がっています」
「全力で抵抗しておるのじゃろう。
さて、解き方じゃな」
これ以上近付きたくない。それが心からの本心だったが、それでは何も解決しない。あらゆる病気に罹ったと錯覚するほどの熱、苦しさ。そっと背に添えられた小さな手が衣服越しでも冷たく、そして救いのように思える。
いつの間にか閉じられていた瞼を押し開けば、視線の先でティアロットさんが何かを見下ろしていた。
体を少しだけ傾けてそれを見る。
丸い何か。サイズは俺の握りこぶしを優に超えるだろう。それを杭のようなものが貫き、木の根元に打ち付けている。
「……眼球、恐らく竜種のものかのぅ」
「なんで……っく、そんなもの、が?」
言葉を発せば中身が漏れそうになる。喉の奥までせりあがってきたそれを何とか飲み下す。
「……この世界で推測は難しいが、これを壊すか抜くかをすれば呪いは解けると見える」
大襲撃の想像外の悪夢よりも今この時の苦しみを何とかしなければいけない。
逃れる手段を求めてヴェルメから降りようとするが、体のどこにも力が入らなかった。
「……私でも、良いですよね?」
シノがヴェルメから降りてティアロットさんに問いかけた。
「……呪術抵抗力はぬしの方が圧倒的に高かろう」
「待て……俺が……ヴェルメ、補助してくれ」
「アキヒト。シノを信じなさい」
降りようとする体をヴェルメに固定された。この力に抗うなんて元々不可能だが、反論の言葉を放つ事すら苦しくてできなくなった。インフルエンザで死にかけた時よりも意識が遠い。それ以上の、実際ほぼ死んだ目に遭っているのに鉛を飲み込んだような体の重だるさ故かそっちを思い出す。
シノがニーナをティアロットさんに預け、杭に触れる。小さく息を飲むが、しかし彼女はあっさりとそれを抜いてしまう。途端に消え去る不快感。ニーナの首周りを走る光もあっという間に霧散し、解き放たれたように勢いよく両の翼が開かれた。
「ふっかーつ!」
「……」
呆れ混じりの言葉を投げかけてやりたかったが、不快の元が消えただけで余韻は不必要なほどに残っている。ぐったりとヴェルメの支えに背を預けながら杭をどうしようと視線を彷徨わせるシノを見る。
「捨てちまえ」
「いや、こんな呪具を安易に捨てるでない。調べるべきこともある故、回収するぞ」
見たくも無いシロモノ。思わず乱暴な言葉が出るが、彼女の言う通りだ。さらに力が抜けて落ちそうになる瞼と意識を繋ぎ止める。
「大丈夫ですか?」
「……ああ、すぐに良くなると思う」
「アッキーよりもがんばった私を褒めるべき!」
二つの悍ましい呪具をティアロットさんに渡したシノが駆け寄ってくる。その頭を飛び越し、容赦なく定位置に着地した鳥はうっとうしさ全開の羽ばたきをする。頭に爪が食い込んで痛いが振り払う気にはならず、溜息だけ深く深く吐いた。
「動き出せばホント、無駄に元気だな……」
「鍛え方が違いますからー?」
「アキヒトも見習ったら?」
「お断りだ」
呪いは恐らく解けた。その安心感からかヴェルメの言葉も軽い。
「さて、どうする?」
手持ちにあったのか、布袋に竜のものらしい眼球とそれを貫いていた杭を収めた魔術師が俺に問う。
「五分くれ。多分それくらいで落ち着く。それからさっさと帰ろう」
「そうじゃな」
そっと手に触れるもの。シノがハンドルにしがみ付く様に置かれた手に手を重ねていた。
「シノ、ありがとな」
「いいえ」
ほんの少しだけ微笑んだのは安堵のためか。甘い物を食べた時のような、ほわっとした、自然に出てくる笑みに心が癒される。
駆け抜けた風がオアシスの周りに立つヤシの木のような葉を揺らす。その音を聞きながら、俺は胸中で未だ蠢く正体不明の不安を押し殺し、今は笑みで応じた。




