●六章-4.果て無き荒野
距離感というものは非常に分かりにくい物で、書き物をするときは結構悩みます。
日本だと山がちなため、高い建物の無い田舎でも早々地平線を見る事もありませんしね。
※前回のあらすじ
・それではオアシスに向かいますか。
-fate アキヒト-
小学校の問題だっただろうか。いや、難易度的には中学校か?
地表に何もないと仮定して、A君から真っすぐ離れていくB君が見えなくなる距離を求めなさい。
地球は球形なので距離が離れるとやがて曲線の向こうにB君は消える事になる。その距離は4キロメートル程だと記憶しているがちょっと自信がない。確か実際はA君B君の身長分があるのでもう少し先になるとか聞いた覚えがあるし。
このターミナルという世界も地球とほぼ同サイズの惑星であると言われている。故に地球と同じで約四キロメートルより先は阻害されない光学的観測でも見通すことはできない。
「……」
深く息を吐く。目にした光景に向けるべき言葉の一片も思いつかない。
視線は彼方、全周を囲む一本のラインに吸い寄せられていた。
それは世界を二分していた。始点と終点が結びつく地平線とそれに断ち切られた空と大地。
それがこの世界の、クロスロードの外側の風景だった。
「……」
閉所恐怖症の反対で広空間恐怖症というものがあるらしい。広い場所に恐怖を覚えるというもの。『暗い』『狭い』に圧迫感や恐怖を覚える事は解る。しかし何故広い空間に恐怖を覚えるのか、その単語を耳にした時には疑問に思ったものだが、今、俺は深く理解していた。
どうしようもなく、果て無く、手の届くところに何もなく、手を伸ばしても、歩いても、歩いても何かに触れられる保証の無い、孤独の不安。
不意にここに一人で放り出されたなら、一体どれだけの間正気を保てるのだろうか。ふと浮かんだ想像だけで怖気が走った。
「二人とも静かね」
長く沈黙が続いたからだろう。どこか苦笑めいた声音でヴェルメが呟く。
応じようと口が動き、やはり言葉にならず一度閉じる。溶けそうになっていた脳を搔き集めながら、その果て無き光景から心を切り離すべく強く瞼を閉じた。
もう一度深く息を吐く。
「俺には未探索地域探索なんて一生無理だと思う。
二日も持たずに発狂する気がするよ」
僅かな地面の凹凸が作り出す振動に触れながらゆっくり瞼を開けて、呟く。
「単独の未探索地域探索者はおらんとされておる」
少女の高い声が、年経た仙人のように紡がれた。
「補給の問題をクリアしたとて、この果てしない平原に二の足を踏む。
歴戦の兵、長い道筋を旅してきた冒険者であってもじゃ。
多くの来訪者は防衛任務の最中に、この果て無き荒野を眺め、溜息を吐くと言われておる」
高速で移動中だが、彼女はヴェルメの力の範囲内に収まることで俺たちとの会話を可能にしている。でなければ風に音を遮られ、まともに声を届かせることも難しいだろう。
「砂漠でさえ起伏があり、波紋がある。大海原には波が、魚が、渡り鳥がある。
しかしここは世界と己を分け隔てる境界が無さ過ぎる、との事じゃ」
まさに世界に飲まれて我を失いかけていた身では頷くほかない。
「とはいえ、言う程何も無いわけでもないのじゃがな」
覆すような言葉と共に彼女は袖から筒を取り出す。すぐさまそれを上に向ければ、そこから赤い光が空へ昇った。信号弾と呼ばれるものだろうか。
正面を見据える彼女は声に出さず三つ数えると、杖で前方を指し示すように構えた。
何事かとその先を見るも異変は見当たらない。ヴェルメは時速150キロで走行中。数秒でも仮に落し物があったとしても気付く暇なく後ろに流れていく速度だ。
「この荒野を彷徨えば日に少なくとも2、3度は怪物に遭遇すると聞く。
多ければ十も二十も。そうなればこの平穏な時間を渇望するそうじゃ」
怪物、という言葉に改めて目を凝らしたとき、少女の声が世界に響いた。
「……静謐の刃 疾く駆け抜け 貫き砕け
─── 穿て 氷槍」
杖の先から滲み出てきたかのように氷の槍が生まれた。柄の太さは細めの丸太ほどもあるだろう。槍として見るのならば巨人種用と言って差し支えないサイズだ。それが完成するや否や前方へ猛スピードで射出された。大気を裂いて駆けるクリスタルの輝きはあっという間に視界の遥か先へと消え去る。
「……えっと、何?」
「間もなく通り過ぎますが……上半身が吹き飛ばされたようです」
「え?」
物騒な言葉を肯定するかのように槍の走った先で赤が舞う。
一人唖然とする俺を速度が気遣ってくれることは無い。吹き上がるそれに注視していると見る間にその姿が明らかになった。どす黒い緑の肌の人型生物だったもの。胸の上から頭の先までがえぐり取られていて一体何だったのか、もはや俺には判別できないモノ。オウガ種よりも小さいためオーク種だろうか……って
「うっぐ」
すれ違いざま、その抉れた断片をしっかり見てしまい、慌ててそっぽを向く。
抉れた肉。最初の勢いを失い、しかし溢れ浸す血。零れた赤黒い内臓。虫を掴むのも忌避する現代っ子には刺激が強すぎる姿がしっかりと瞼に焼き付いてしまった。幸いなのはヴェルメが漂っていた血と匂いをシャットアウトしてくれたことか。
「トロウルかオークかのぅ」
相手は怪物とはいえ死を一つ作り出した少女は僅かにも心乱す様子がない。その瞬間すら認識できなかった傍観者未満の俺が心の平穏を取り戻すために苦慮しているというにだ。深く深呼吸すれば遮られたはずの血の匂いが喉を通り過ぎたような錯覚を覚え表情に苦みを走らせる。
本当に、この世界は色々と刺激が強すぎる。世界に責める言葉を押し付けながら、なんとか落ち着かせた精神と頭にぽんと疑問が浮かぶ。
「実は来訪者だったりしないよな?」
ここはターミナル。クロスロードにはオークもトロウルも住民として生活している。遠方から狙撃し、物言わぬ屍となったあの生物は実は来訪者だったりしないのかと振り返るがもう景色の彼方だ。
だが事を為した少女はあっさりとその懸念を否定する。
「そのための信号弾じゃ」
PBさんの解説曰く、先ほどの信号弾は来訪者かどうかの確認用らしい。
俺が覚えた懸念の通り、かつて未探索地域で2グループが遭遇し、戦いに発展した事件があった。それ以降正体不明の存在を見つけた際には信号弾を上げて来訪者か怪物かを見極める方法が取られているのだそうだ。不意打ちをできないデメリットはあるが、未探索地域に乗り出す来訪者は一定水準以上の戦闘力を有する。同士討ちの方が遥かにリスクが高い。その事件の際もその時のセオリーである遠距離戦が行われ、片方全滅。もう一方も壊滅寸前で危うく事件も問題も荒野に消えるところだったという。
「オアシスまでの直線はおおよそオアシスで怪物の間引きがされておるのじゃろう。
このラインから外れればもう2、3回は怪物と遭遇しておるじゃろうな」
怪物たちは一直線にクロスロードに向かってくると言われているが、スタート地点は未だ不明。北や東からやって来る怪物も居るため、磁石に向かう砂鉄のようにある一定距離に踏み込むとクロスロード、或いは扉の塔を感知し進路を変えるのではないかと推測されている。つまり真っすぐでなく、途中からカーブしてクロスロードへの進路に乗る怪物もいるという予想だ。確かにそれならオアシスに接近しないままこちらに遭遇してもおかしくない。
だがそれは怪物が100メートルの壁の影響外にあるという懸念を生じさせており、目下調査中とのこと。
「ほれ、そろそろじゃ」
PBさんのコメントから意識を外し、改めて正面を見れば地平線の彼方に何かが見えた。
それは最初箱のように見えた。やがてそれは壁の輪郭であると察する。そのサイズはクロスロードに比べればあまりにも低いが、半月の時間も要せず造られたとすれば見事な物だ。
ティアロットさんが再度信号弾を打ち上げると、今度は向こうからも応答の光があがる。
「……ちなみにヴェルメは信号弾持ってるのか?」
「持っていないわね」
「……ティアロットさんが同行してくれなければ結構まずかった?」
急ごしらえのはずの石壁の上にはいくつかの銃座が既に設置されている。確かヴェルメはマシンガンのような連続攻撃が苦手としていたので、割と想像したくない結末になっていたかもしれない。
「その時は道真殿かPBからの指摘があったじゃろ」
ティアロットさんが肩を竦め速度を落とす。気付けば門番をやっているのが竜人種であることも分かる程に近づいていた。
「ともあれ、さっさと呪いを解くとしようかの。
できれば今日中に戻りたいところじゃし」
現在午後四時前。日が暮れるのが早くなってきたとはいえ、五時くらいまでに出れば十分陽が残っているうちに帰る事は可能だろう。
……ただ、あれだけ不気味で謎な存在に掛けられた呪いが、大した障害も無くあっさり解除できるのか。
ここまでの道程が思ったよりも平穏だったからこそ、俺の中で嫌な予感がどんどん成長していた。
とりあえず勢いにのって影の方も久々に更新しまぁす。




