ニック=ショックの招待2
ニック=ショックがぱちんと指を鳴らす。すると、ニックショックの足元に亀裂が生じた。亀裂は蜘蛛手に広がり、床を覆い尽くす。そのまま壁を這いあがり天井に達する。部屋の隅から隅まで亀裂がはしる、その光景は、まるでジグソーパズルの世界だ。
ニック=ショックがもう一度、ぱちんと指を鳴らす。すると、それを合図に、すやすやと眠っていたパズルのピース達が目を醒ました。一斉に跳ね起きたパズルのピース達が、どたばたと部屋中を駆け回る。蜂の巣をつついたような騒ぎである。
リサが目を回しているうちに、パズルのピース達はぱちぱちと小気味良い音を立てて、新しい配置についてゆく。最後の一つが、ヒイヒイ言いながらも、なんとか配置についたとき、莉沙とニック=ショックは、新しい部屋に立っていた。
莉沙はぱちぱちと瞬きを繰り返した。目を瞑り、閉じた瞼を手の甲でごしごしと擦った。それでも、目の前に広がる異様な光景に変化が無かったので、莉沙は我が目を疑った。
一瞬で模様替えを済ませてしまう魔法の体験が、とても信じられなかった……訳ではない。幼い頃からクラリッサの物語に親しみ、クラリッサの物語の世界に夢を見ていた莉沙は、不思議なことを目の当たりにしたことを、驚くよりも疑うよりも、喜んでいる。この年齢になって、自分でもどうかと思うけれど。
莉沙を思考停止に追い込んだのは、新しく現れた部屋そのものだった。
柑橘系の果物の芳香。ワインレッドの壁と天井。その中央にどーんと据えられているのは、ハート型の大きな寝台だ。シーツも上掛けも枕カバーもクッションも、ショッキングピンクで統一されている。枕もハート型だ。二つ並んでいる。クリスマスツリーに巻きつけるような電飾に縁取られていた。
莉沙は驚いた。しかし、驚くべきは、ハート形の寝台を取り囲むメリーゴーランドである。ショッキングピンクの馬達が、楽しそうに弾みながら、寝台の回りをグルグルと巡っている。馬の数は十二頭。二頭ずつのペアを組んでいる。ペアを組んで何をしているのかと言うと、前の馬のお知りに、後ろの馬が乗り上げて……そういうことになっている。
因みに、彼らも眩く輝く電飾に照らされて、ぎらぎらと輝いているのだ。それがまた、なんだか、すごく嫌な感じだ。
部屋の左右にはそれぞれ雛段が設置されており、そこにはまんまるもこもこの、ソフトボール大の鳥がずらりと並んでいる。ペンギンのような小さな翼に楽譜をもって、天井を見上げて高い声で歌っている。その様子は可愛らしいけれど、アハンだのウフンだの、あーれーだの、良いではないか良いではないか、だの、おかしなコーラスが気になって仕方がない。
莉沙は呻いた。人の部屋の趣味にどうこう難癖をつけるつもりはない。文化の違いがあることもわかっている。それにしても、なんだろう、何と言うか……いや、何も言えない。
莉沙はずきずきと痛む頭を抱えて俯いた。ぴかぴかに磨き上げられた黒い床板にうつる顔は別人のようだ。びっくりするくらい、目が虚ろなのである。
「ええと……あの、その……そろそろお暇しようかなぁ……。あまり長居しちゃ、迷惑でしょうし……色々と、御親切に、ありがとうございました。ニック=ショックさ……ん!?」
愛想笑いでいいながら、莉沙は回れ右をした。そして、莉沙は絶句した。
ニック=ショックは、いつのまにか、お風呂上がりの姿にかわっていた。しっとりと濡れて、上気した肌にバスローブを張りつかせて、しどけなく長椅子に横たわっている。濡れ髪を掻き上げる仕草も、熱を孕んだ流し眼も、ぞくっとする。
「どうした、リサ。ハハァン、なるほど。さては、照れてンな? あまりにも俺が眩しすぎて、目が眩んで。恥ずかしがることないぜ。こっち来いよ、天国に連れて行ってやる」
ニック=ショックはウインクした。ニック=ショックはやおら身を起こす。胸元がはだけて、胸板が露わになる。逞しく隆起した胸筋の上を、弾かれた水玉が滑り落ちる。それは色っぽい……のかもしれない。ニック=ショック自身は間違いなくそのつもりだろう。
しかし、莉沙は別の意味でぞくっとしていた。即ち、悪寒である。
(こっ……これは、まさか……!? まさかのまさか、そのまさか……例のアレ……アレだよアレ……所謂、貞操の危機ってやつ……!?)
理解不能だ。彼氏いない歴=年齢である莉沙は、決して、男性を惹きつける魅力的な女性ではない筈だ。そんな莉沙をつかまえて、強引にベッド・インしようとするなんて、まったくもって理解不能である。そもそも、莉沙はニック=ショックのことを、クラリッサの物語を通じてよく知っているつもりだけれど、ニック=ショックの方は、会って間も無い莉沙のことを何も知らないのだ。それなのに、どうして。
(どうして……そうだ、そう言えば、どうして……ニック=ショックは私の名前を知っているんだろう?)
ニック=ショックは莉沙を『リサ』と呼んだ。莉沙は名乗っていないのに。それを言えば、モック=フランもそうだった。モック=フランは、確か、こう言っていたのではなかっただろうか。
『黒髪、青い瞳、リサという名……あのふざけた物語を、有象無象に見せびらかした愚かな女!』
モック=フランは莉沙のことを知っていた。ニック=ショックも莉沙のことを知っている。モック=フランが莉沙を酷い目に合わせようとするのは、モック=フランを悪役として描いたクラリッサの物語をネットに公開したからだ。
ということは、ニック=ショックが莉沙を……モック=フランとは別の意味で酷い目に合わせようとするのも、クラリッサの物語をネットに公開したから、なのだろうか。
(まさか、こんなことになるなんて……今時の妖精って、ネットにアクセス出来るのね……)
なんて、遠い目をして現実逃避をしていたところで、体制が変わっていることに気がつく。両膝の間にがっしりとしたものを挟み、堅いものの上にお尻をのせていた。ニック=ショックの腰を跨ぐかたちで、ニックショックの腹の上に乗り上げていた。
莉沙はぎゃっとおめいて、飛びずさった。腰を抜かした莉沙が、尻もちをついたのは、ふかふかの寝台の上だった。ニック=ショックがぱちんと指を鳴らしていた。寝台に仰臥したニックショックが、上身体を起こし、両腕を広げる。
「どうした、リサ? 震えてるぜ、寒いのか? 俺が暖めてやろう。熱くなろうぜ、なァ、リサ……」
ニック=ショックがちょいちょいと手招く。寝台がうちよせる波のように蠢いて、莉沙をニック=ショックの方へ押しやろうとする。シーツの波に抗いながら、莉沙はぶんぶんと頭を振った。
「ま、ままま、待って、待って待って、待ってください! 寒くないです、大丈夫です! ですから、どうか、お構いなく!」
「フフフ、恐縮してンのか。無理もねぇか。この俺様はなんつったって、裏側で最もセクシーでクールでワイルドで、抱かれたい男№1のニック=ショック様だからな! わかる、わかるぜ、リサ。『ニック=ショック様は特別なお方だもの。私みたいな、平凡な娘はふさわしくないわ』って悩んじまうンだろ? わかる、わかるぜ、よく言われるからな! そんなこと、どうでもいいンだよ、リサ。遠慮なんかすンなって。このニック=ショック様を、今宵は君が独り占めだ! このニック=ショック様がそう決めたんだ。誰にも文句は言わせねぇ。俺の腕の中じゃ、君は世界で一番幸せなお姫様になれるのさ。わかったか? これで心おきなく、この俺様に身を委ねられるな? さァ、カモン・ベイビー! あっ、ニホンゴの方がいいか? それじゃ……おいで、仔猫ちゃん!」




