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突然の来訪者から一週間。
坂城嵐はあれ以来決まって放課後、本当に毎日屋上に姿を現すようになりボクの悩みの種となった。
「もう一週間だね」
「……」
隣りで文庫本をめくりながら、あいが言う。
返事を返さずにいると、微かに笑う気配を感じて視線を向けた。
「シンちゃん、そんな顔ばっかりしてると、戻らなくなっちゃうよ」
眉間に皴を寄せながら屋上のドアを睨むボクの顔を見て、あいがクスクスと柔らかく笑う。
「ほっといて」とつぶやいて瞼を閉じた。
あの担任のせいだ。思えば最初から気に食わない教師だった。
クラス担任の笹井とは一度だけ会話をしたことがある。
確か学年が上がった、始業式の日だった。
裏庭であいを待つボクに、笑いながら近づいてきたのが笹井だった。
『やぁ、綾瀬。神崎を待ってるのか?』
『………』
『俺は、笹井。今日から君たちのクラスの担任だ。これからよろしくな』
目元に笑い皺を作りながらニコニコと差出された右手。その手を、一瞥して。それから相手の顔を見据える。
本能的に嫌いだと思った。こうゆう人間が、一番。
得体の知れない不快感に吐き気がした。
『…お前、キモチ悪い。目障りだ。…ボクに、関わるな』
相手が誰だろうが関係なかった。とても不愉快だった。
敵意を込めて睨みつける。
意図を拾えない会話も、教師も、大人も、みんな。大嫌いだった。
あい以外のすべて、全部。この世界には嫌いなものばかりだ。
「今日は来ないのかな?」
携帯で時間を確認しながらぽそりと呟いたあいに視線を向ける。坂城嵐がいつも屋上のドアを開ける時間は過ぎていた。
「なに、あい。そんなに坂城嵐に会いたいの?」
「毎日会ってるよ? 教室で」
「……そういえばあい、名前呼ばれて嬉しそうだったもんね」
たいして効きもしない皮肉を言ってみる。そんなボクにあいはやっぱり楽しそうに笑った。
「だってシンちゃんがわたし以外の人に名前呼ばれるの、久しぶりに聞いた」
嬉しそうに言って、それから帰り支度を始めたあいを見つめる。
あいは当たり前のように、ボクのことを考えてくれる。だからボクも、あいのことを考える。
あいの黒くて長い髪が、すぐ隣りに居るボクの頬をかすめた。
今日は金曜日だ。あいが、アイツに会う日。いつもとなんら変わらないその姿を、ボクは黙って見続ける。
ボクはココでしかあいを守れない。それがあいとの約束だから。
学校の外であいに何が起こっても、あいが何をしていても。
ボクは何もできない。
学校の外であいが何をしているか、知っていても。
ボクは生まれつき少し、変わっていた。
少し、で済むのか、変わっている、で済むのかは、未だよく分からない。
ただ人と違うということだけは、解っていた。周りが違うのではなく、自分が違うのだと。
あいと出会ったのは、そんな時だった。
そこは、幼い子供たちが親の迎えを待つ場所で、あいもボクも、その中のひとりだった。
同じ年頃の子供たちがたくさん居たけれどとても混じる気にはなれず。ボクはいつもひとりだった。
そんなボクに声をかけてきたのが、あいだった。
『…おやつ、食べないの?』
部屋の隅でいつものようにひとり本を読んでいた時、ふと視線をあげたそこにあいがいた。
隣りの部屋ではみんなが笑っておやつを頬張っていた。
『……いらない』
『甘いもの、すきじゃないの?』
『……そうゆうわけじゃないけど…ほしくない』
冷たくそう言ったのに、あいはなぜかボクの隣りにすとんと座り、笑った。なぜかその顔は、嬉しそうで。ボクの隣りに来てくれるひとが居ることに驚いた。
『わたしも』
あいはその日に来たばかりで、それがボクたちの出逢いだった。
それからボクたちはいつも一緒だった。どんな時もいちばん近くにいた。
不思議だったけれど、それが当たり前のようにも感じるほどに。
『シンちゃんの髪は、キラキラしててきれいね』
やけに熱心な視線を向けられていると思ったら、ふいにそんなことを言われた。
びっくりして顔を上げ、隣りに居たあいの顔を見る。あいの瞳には、びっくりしたボクの顔が映っていた。それはまるでボクじゃないみたいだった。
『お星さまみたい。暗い所に居ても、遠くからでもすぐ、見つけられるんだよ』
『……そんなこと、ないよ…』
そんなことを言われたのは初めてで、照れ隠しのようにぶっきらぼうに言った。
そんな綺麗なものに例えられたのは生まれて初めてだった。
でも、そんなことない。そんなはずない。だって。
『だってボクは、マチガイで生まれてきたんだから…あいちゃんの黒髪のほうが、ずっと…』
きれいだ、と思って、そう伝えようとして、涙が出た。
ボクはずっと、それまで誰も信じられなくて。
すべてを疑って、すべてを拒絶して。これからもそうしないと生きていけない自分に、絶望していた。
嘘ばかりのこの世界に、その度傷つく自分に。
だけど、あいは決して嘘をつかないから。あいはいつも、笑っているから。
信じようと思った。信じたいと思った。
一緒に居たいと…この笑顔を守りたいと思った。
そう思うことでボクは、生きる理由を見つけたんだ。
それからいくつかの季節を共にしたある日、あいはあの場所で宝物を見つけたと言って迎えにきた親に連れて行かれた。そしてそのまま遠くに行ってしまった。
ボクたちは6歳だった。
出会ってから本当にいつも一緒だった。どんなこともわけあってきた。ずっと一緒だと、思っていた。
だけどボクにあいを引き止める力はなく、別れはあまりにもあっけなかった。
あいと二度と会えないのかと思うと、苦しくて涙が止まらなかった。胸が抉られるように痛かった。 幼かったボクたちは再会の術を持たず、それが永遠の別れだと思っていた。
そして神様なんて信じたことのないボクが初めて祈った。願いごとを叶えてくれるなら神様じゃなくても、誰でもよかった。なんでもよかったんだ。
ただ、あいは神様を信じていたから。だからボクは、あいが信じる“神様”に願った。
それから偶然にも再会したのは、ボクたちが10さいの時。
運命だなんて妄想めいたことは思わなかった。そんなもの、信じていなかったから。そんなもの無いんだと、とっくに知っていたから。
だけどそれでもボクらは、もう一度、出逢えた。
―─だから。
もう二度と離れないと、誓ったんだ。
誰かに願うことはもうやめた。あまりにも途方もなく、無駄なことだとわかったから。
祈りは空に、決して届かない。
だから誰でもない、自分自身に誓ったんだ。




