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シュガーレス  作者: 長月イチカ
クラスメイト
2/13

*1


 彼女の噂をはじめて耳にしたのは、確か中1の夏だった。

 思春期まっただ中の年頃だったせいもあり、その噂はあっという間に学校中に広まり生徒達の関心と興味は一斉に彼女に向けられた。

神崎(かんざき)あいは援助交際で稼いだお金を男に貢いでいる』

 誰が流したかも分からないその噂はほんの一時だけ生徒たちの関心をさらい、だけどすぐに消えた。

 噂の人物は想像を掻き立てるのには随分的外れな外見だったからだ。

 当時の神崎は背が低くてガリガリで、まさに小学校から上がりたての幼さが残る容姿に加え、とにかく地味で無口だった。援助交際をできそうな外見にも、まして貢ぐ相手がいるようにも到底思えなかったのだ。

 話題はあっという間に雑誌に載ったという学年一の美少女の動向に持っていかれ、すぐにその後に迫る夏休みというイベントに掻き消された。みんな自分のことに忙しくなっていったのだ。

 そして成長期が著しく人を変える中二の冬。一度消えたその噂が再び浮上した時…神崎あいは誰の目にも信憑性と話題性を帯びる女生徒になっていた。

 今年初めて同じクラスになった、俺の目にも。


 新学期が始まっても噂は消えず、生徒たちの間でささやかれる話題のひとつとして定着していた。

 神崎は入学当初と変わらず無口で小柄だったが、体だけは他の女生徒に比べて見事な成長を遂げたように思えた。

 体の線は細いのに、制服の上からでも分かる体のラインは“女”を主張し思春期の男子生徒たちの視線をひくのには十分なもので。そういう目で見る男子も、少なくなかった。

 肝心の顔は長い黒髪に隠れていて同じ教室内にいてもきちんと見たことはないけれど、少なくとも中1の頃のような地味な印象は消えていた。

 そして神崎の存在を際立たせるのに、綾瀬心(あやせ しん)の存在が大きかった。

 綾瀬はイギリスと日本のハーフらしく、金髪が何よりも目立つ学年一の問題児だ。随分端整な顔立ちで、入学当初だいぶ注目されていた。

 だけどその甘い外見とは裏腹にひどく暴力的で、入学して1週間で停学になったほどの問題児だった。

そしてそれ以来一度も教室に来ていないことでも有名だった。

 いつからか、は誰も知らない。だけどいつからか、そんな噂のふたりが一緒にいるようになっていた。

 綾瀬が学校には来ていたことも神崎との噂のことも、クラスメイトという立場になってから初めて知った。

 俺自身、噂というものにそれほど関心は無かった。クラス替えというイベントに伴って、再浮上したその話を聞かなければ、ふたりに対する興味も湧かなかっただろう。


 神崎は必要最低限しか教室にはおらず、綾瀬が新しいクラスに来ることもなく。それで何の問題もなく日々は流れた。

 神崎は当たり前のように教室ではひとりだったし、クラスメイト達から近寄ることもない。

 見えない境界で区分けされたように、暗黙のルールみたいに。

 そして俺も、その中のひとりだった。


***


(らん)、帰んねぇの?」

「…帰りたいんやけど、ちょお雑用を押し付けられてもおて…」

「あれ、なんで進路調査なんか持ってんの? さっきのホームルームで出してなかった?」

「……笹井に渡すよう、頼まれたん」

 笹井とは我が三年1組の担任だ。俺たちの学年の入学と同時に、この学校に赴任してきた。

 毎年クラス替えはあったものの学年担当として継続してクラスを受け持ってきただけに、この学年に愛着を持っているらしい。金八先生に深く感銘を受け教師になったと自ら語る、あつくるしい教師だ。

「あー、嵐、勝手にクラス委員に指名されてたもんな」

「めんどくさいのイヤやから断ったんやけど、あんなんほぼ強制やん…」

「嵐、教師受けいいし、気にいられてんじゃね?」

 他人事と笑う友人に自分も苦笑いを浮かべながら、気だるげにため息をひとつ零す。

 眼鏡の縁を押さえながら、視線を窓の外に向けた。散りかけの桜の花びらが時折風に吹き上げられて、ベランダにも小さなピンクが降り積もっていく。青い空によく映えていた。


 関わることはないと思っていた。関わる気もなかった。今日この日まで。

 だけどその日俺たちは、関わりを持つことになったのだ。



『綾瀬が学校には来てるってこと、知ってるんでしょう? 自分で渡してくださいよ』

 笹井に呼び出されたのは数十分前の出来事だ。

 用件と共に渡された進路調査票を、目の前の笹井につき返す。不満を隠さず顔に押し出しながら。

 綾瀬心にその紙を渡すよう頼んできたクラス担任の笹井は、目もとに笑い皺を作り呑気な口調で言った。

『俺、嫌われてるからさ。坂城(さかき)なら大丈夫なんじゃないかと思って』

 何がどう大丈夫なのかはさっぱり理解できなかったけれど、笹井が突き返した紙を受け取らずニコニコと笑い続けるので、俺は引き受けざるをえなくなったのだ。

 顔も見たことないのに探せないと反論する俺に

『ああ、裏庭か屋上だよ、今日は天気も良いし、屋上かなぁ』

 と悪びれる様子もなくまた笑う。

 確かに居場所さえ分かれば本人を見つけるのは簡単だろう。噂の王子様は大変目立つ特徴があったから。実物を俺は見たことがないけれど。

 そして渋々ながら笹井の前から去ろうとする俺の背中に、笹井が付け足すように投げ掛けた。

『きっと神崎も一緒にいるはずだよ』

 わずかに目を丸くし振り返った俺に、笹井はもう背を向けていた。

 それならなぜ神崎に頼まないのか。察するに今までこの役目は神崎だったのだろう。

 疑問に思ったけど確かめようとはしなかった。それは多分、好奇心が少し勝ったからだ。

 顔ぐらいは見てみたかった。綾瀬がこれから先も教室に来ることがないのなら、尚更。そして何より噂のふたりが一緒にいるところを、この目で見てみたかった。


 神崎あいと綾瀬心の噂が出た時、はじめ神崎の貢ぎ相手が綾瀬なのだと囁かれた。綾瀬に脅されているのではないのかと。

 実際の真相は定かではないが、神崎と綾瀬が校内でヤっているところを見た奴がいるという噂が付け加わり、最終的に神崎と綾瀬がそうゆう関係だということで収まった。

 噂だけがひとり歩きし、誰ひとり本人たちに確認する者はいない。自分から関わろうとする者も。

 今まで誰も、いなかったのだ。

 ふたりの庭に、足を踏み入れた者は。



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