帳簿の外の三十回(クラリッサside)
十二と、一。
六日目の朝、宮内府の書記から受け取った出入り帳の写しには、今年の行が十三あった。十二の行に宝物庫長の署名。十三行目に赤い墨で「賊による侵入、品目別紙」。別紙は四十一点、金貨三百二十枚。
私は写しの余白に、もう一つの数を書いた。
四十三。
この数を最初に聞いたのは、四日目の昼、宮内府の詰所だった。裁きの場で前室の壁際に立っていた衛兵のペーターが、同僚にこぼしていたのだ。あの錠前屋、四十三回とか言ってたな、と。書記の記録には残っていない数だった。私はペーターを呼んで、錠前師の言葉をもう一度、そのとおりに言ってもらった。
「新年にギルドの総親方が目盛りを戻すので、今年に入ってからの回数です。俺が開ける前の目盛りは、四十三でした」
「帳面にない開け方が、三十回あります」
宮内卿に向かって、錠前師はそう言ったのだという。ペーターは、その錠前師の店で茶を飲んだことがあると、気まずそうに付け加えた。下町で盗みがあるたびに、衛兵が話を聞きに行く店だったそうだ。
◇
六日目の午後、下町のハーケン錠前店を訪ねた。
戸口には衛兵の封が貼られていた。角の看板は磨かれていて、文字が読める。オットー・ハーケンの名と、その下に小さく、ヨナスの名が書き足されていた。
向かいのパン屋のおかみ、マルタは、私が財務院の者だと名乗ると、腕を組んで睨んだ。
「あの子の悪口なら、聞く耳持たないよ」
「悪口を集めに来たのではありません。事件の夜のことを伺いに来ました」
マルタは少し黙って、それから店の奥へ私を入れた。焼きたてのパンの匂いがした。
「あの子はね、盗みのたびに衛兵が来ても、怒りもしないで茶を出してたよ。毎朝あの看板を磨いてさ。爺さんが死んでからは、一人で」
「事件の夜は、どこにいたかご存じですか」
「知ってるとも。夜中に、裏の通りのアンナ婆さんが、家の鍵をなくして締め出されたんだ。うちの戸を叩いたから、あたしがあの子を起こしに行った。あの子は道具を担いで、婆さんの家の扉を開けに行ったよ。戻ってきたのは夜中の二時の鐘のあとだ」
鍵束を持った若い男を、夜中に下町で見た。夜番の証言は、それで間違ってはいないことになる。ただ、その男が向かっていたのは宝物庫ではなく、裏の通りの老婆の家だった。
私は帳面に書いた。事件の夜、零時から二時。ハーケン、アンナ某の家の解錠。証人、マルタ、アンナ某。
「裁きの場で、誰もそれを聞きに来なかったのですか」
「来るもんか。三日で終わったんだよ」
マルタは吐き捨てるように言い、売れ残りのパンを一つ、紙に包んで私の手に押しつけた。
◇
七日目、錠前ギルドの古株の親方、グスタフを訪ねた。オットー・ハーケンの兄弟弟子だと、ギルドの帳簿にあった。
白髪を短く刈った大柄な老人で、工房の奥で錠の板を削っていた。私が刻み車のことを尋ねると、手を止めずに言った。
「何の話だか、さっぱりだね」
「王家の封印錠の底に、開けた回数を数える歯車があると聞きました」
「誰に聞いたか知らねえが、そんなもんは――」
「四十三」
グスタフの手が止まった。
「事件の三日後、宝物庫の前室で、ヨナス・ハーケンがその錠に触れて言った数です。今年に入って四十三回開けられている、と。出入り帳に記された今年の出入りは、事件の夜を入れて十三回です」
老人はやすりを置いて、長いこと黙っていた。工房の窓から、昼の鐘が聞こえた。
「……王家の錠の刻み車のことは、ギルドでも総親方と、王家の錠を扱う親方が何人か知ってるだけだ。外には一言も漏らさねえ決まりになってる」
「では、なぜヨナス・ハーケンが知っていたのでしょう」
「オットーは、若い頃に総親方の工房で王家の錠を作ってた。孫に教えてたって不思議はねえ」
グスタフは、削りかけの錠の板を指でなぞった。
「だがな、監査官さん。知ってることと、読めることは違う。刻み車の目盛りは、錠をばらして覗き窓を開けなきゃ見えねえ。触っただけで数を言い当てるなんて芸当は、わしにもできねえ。知らなきゃ言えねえ数で、読めなきゃ言えねえ数だ。それを、あの坊主は裁きの場で口にしたんだろう」
「その数が正しいかどうか、確かめる方法は」
「王のお許しをもらって、総親方の立ち会いで錠をばらす。それしかねえ」
帰り際、グスタフは戸口まで送ってきて、低い声で言った。
「おかしなことがもう一つある。昨日、ヴァイスラー子爵の家令が来て、同じことを聞いていった。錠の底で回数を数える歯車なんてものが本当にあるのか、ってな。名乗りゃしなかったし、使いの者のなりをしてたが、あの顔は知ってる。子爵家の書斎の金庫を総親方の工房に注文したとき、何度もうちのギルドに顔を出した男だ。知らねえと答えといたが」
◇
帳面に、数を並べた。
出入り帳、十二回。事件の夜、一回。合わせて十三回。
刻み車、四十三回。
差は三十回。帳面に記されずに、宝物庫の扉が開けられた回数。
王家の封印錠を、帳面に記さずに三十回開けられる者は誰か。錠前師が錠を開けてみせたのは事件の三日後で、それより前に彼がその錠に触れた記録はない。《合鍵》は錠に触れなければ鍵を作れないと、錠前ギルドの登録の書付にある。
正規の鍵を持つ者なら、触れる必要もない。
その鍵が誰の首に下がっているかは、宮内府の誰でも知っている。
私は、まだその名を帳面に書かなかった。数は、名前を書く理由にはなる。けれど、王の前に出すには、数だけでは足りない。
◇
八日目の夕刻、私はヴァイスラー子爵の屋敷の裏通りにいた。
家令のホルストが錠前ギルドへ何を聞きに行ったのか、本人の口から聞くつもりだった。裏口の脇で、家令が使いから戻るのを待っていた。
先に裏口へ来たのは、家令ではなかった。
赤ら顔の、太った男だった。黒い外套の胸に、鍵を二本交差させた刺繍がある。宮内府の看守所の紋だ。二本の鍵は、どちらも金糸だった。宮内府の服制の帳によれば、金糸の鍵を胸に付けるのは看守長だけだ。息を切らして裏通りを駆けてきて、拳で裏口の戸を叩き、開いた戸の中へ転がるように入っていった。
宮内府の日程表では、今日はグラウ迷宮牢の籠の日だった。週に一度、看守長が自分で監獄へ下りることもある日だ。
私は帳面を開いて、書いた。
八日目、夕刻。看守長、宝物庫長邸へ。籠の日の当日。




