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《合鍵》は泥棒のスキルだと迷宮牢に落とされた俺、三百年開かずの扉を開けたら迷宮の主になっていた  作者: みれいぬ


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巻いてくださったのは、あなたが初めてです

 背中の鍵穴は、時計の巻き穴によく似ていた。


 顔を近づける。穴の奥に、細い真鍮の軸が見える。軸のまわりに、薄い板が何枚も重なっている。錠であり、ぜんまいの巻き口でもある作りだ。


「人形……自動人形だ」


 声に出して、自分で驚いた。王都の時計職人の工房で、からくりの鳥がさえずるのを見たことがある。けれど目の前の少女は、それとは比べ物にならない。指の関節の継ぎ目が、言われなければ分からないほど細い。髪の一本一本まで、人の手で植えたものだ。


「やめておけ、小僧」


 部屋の入口で、ローデリヒが低く言った。


「何が起きるか分からん。三百年前の要塞の奥に、ひとりで立っとる人形じゃぞ。番人か、罠か」


「でも、この部屋の扉には外から錠がかかってました。この子は閉じ込められて、ここで止まってたんです」


 部屋を見回す。壁一面の鍵穴。どれにも鍵がない。この子の背中の穴にも。


「止まったまま三百年は、気の毒です」


 ローデリヒは何も言わなかった。後ろでガロが「好きにしろ」とつぶやいて、足音が通路を戻っていった。溜まりの連中に知らせに行ったのだろう。


 俺は少女の背中の鍵穴に、指先を当てた。


 細かい。大隔壁の錠とは別の意味で、恐ろしく細かい。板は十九枚。それぞれが薄い紙ほどの厚みで、ほんの少しずつ形が違う。板の奥に、ぜんまいの渦が巻き戻ったまま眠っている。錠の作りの癖が、大隔壁の錠と、この部屋の扉の錠と同じだった。同じ人の手だ。


 数えるのも忘れて、板の形を一枚ずつ指に覚えさせた。


 手の中に、小さな鍵ができた。持ち手が花の形をした、真鍮色の鍵だった。


 鍵穴に差して、ゆっくり回す。きり、きり、と中でぜんまいが締まっていく手応え。一回転、二回転。七回転目で、鍵が止まった。


 そこで、目の前が暗くなった。


◇


 頬の下が、ひんやりと固かった。


 目を開けると、紺色の布が見えた。その上に、白い指。誰かの膝の上に、俺の頭が乗っている。


「お目覚めですか、主」


 見上げると、銀灰色の髪の少女が、俺の顔をのぞきこんでいた。灰青色の目が、まっすぐこちらを見ている。昨夜は閉じていた目だ。


 慌てて起き上がろうとして、頭がふらついた。少女の手が、背中をそっと支える。手のひらは冷たいのに、力は驚くほど強い。


「急に動かれてはいけません。一晩、お眠りになっていました」


「一晩……」


 部屋の壁際で、ローデリヒが毛布にくるまって座っていた。俺と目が合うと、疲れた顔で肩をすくめる。一晩、ここで俺と人形を見張っていたらしい。


 少女は俺の前で膝をつき、両手を床について、深く頭を下げた。


「わたくしは、この要塞の番人、ネリスと申します。工匠ベルトラムの手で作られました」


 それから顔を上げて、静かに言った。


「三百年……巻いてくださったのは、あなたが初めてです。わたくしの主」


 三百年、という数は、さっきローデリヒから聞いたのだそうだ。目を覚ましてすぐ、ネリスは「黒の災禍から、何年たちましたか」と老人に尋ね、三百年と少しと聞いて、しばらく黙っていたという。


「主、というのは」


「工匠ベルトラムは、黒の災禍の日に、この部屋の百八本の鍵と、わたくしの巻き鍵を持って、下の層へ魔物を止めに降りました。降りる前に、わたくしに言いました。『鍵の間を守れ。次に巻く者を主とせよ』と」


 ネリスは壁一面の鍵穴を手で示した。


「ここは鍵の間でございます。百八の鍵穴の一つ一つが、要塞のどこかにつながっております。隔壁、水門、灯り、昇降機、落とし格子、罠の部屋。鍵を差して回せば、その仕掛けが動きます。ただ、鍵は工匠と共に下へ行き、戻りませんでした」


 ネリスは、俺の腰に下がっている鉄の輪を見た。大隔壁の七本と、この部屋の扉の鍵と、背中の巻き鍵が通っている。


「主は、鍵をお作りになれるのですね」


「錠前師なので」


「では、主はこの要塞のすべてを動かせます」


 それが当たり前のことのように、ネリスは言った。


◇


 立ち上がろうとすると、ネリスが先に立って手を差し出した。断っても、手を引っこめない。結局つかまって立つと、ネリスはそのまま俺の半歩後ろにぴたりとついた。


 ローデリヒが毛布をたたんで近づいてくると、ネリスはすっと俺と老人の間に入った。


「そこの者。主に何の用です」


「わしは一晩、お前さんの主の寝顔を見張っとった者じゃが」


「それは感謝いたします。では、そこから先へは近づかないでください」


 ローデリヒが俺を見た。俺はネリスを見た。


「ネリス、その人は大丈夫です。それと、主はやめてもらえませんか。俺はただの錠前屋です」


「承知いたしました、主」


 まったく承知していなかった。


 ネリスに問われて、俺は自分の事情を話した。宝物庫の錠が壊されずに開けられたこと。《合鍵》の持ち主だから犯人にされたこと。刻み車の数の話をしても、誰にも取り上げてもらえなかったこと。この迷宮牢に終身で落とされたこと。


 ネリスは最後まで黙って聞いていた。それから、表情を変えずに言った。


「その宝物庫長とやらは、錆び付かせてよろしいのですね」


「錆び付かせ……」


「動かなくする、という意味でございます。工匠の言い回しです」


「よろしくないです」


 俺は慌てて手を振った。ネリスはわずかに首を傾けた。


「主が泥棒の名を着せられたまま、この地下に置かれているのに、でございますか」


「だから、表から出たいんです。泥棒じゃなかったと分かる形で。誰かを錆び付かせたら、そっちの罪で終わりですよ」


 ネリスはしばらく俺の顔を見つめてから、もう一度深く頭を下げた。


「では、主の望む形で。わたくしは、それをお守りいたします」


 その声が、少しだけ嬉しそうに聞こえた。


 ローデリヒが、ふう、と長い息を吐いた。


「顔役を閉じ込めて、隔壁を下ろして、三百年の扉を開けて、今度は要塞の番人の主か。小僧、お前、グラウに来て何日目じゃ」


「四日目です」


 老人は答えずに、天井を仰いだ。


 そのとき、ネリスがふっと顔を上げた。部屋の扉のほうへ首を向け、耳を澄ますように動かない。


「主」


 さっきまでと同じ静かな声で、ネリスは言った。


「上の層から、刃物を持った者が十人あまり、こちらへ下りてまいります」

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