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【完結】《合鍵》は泥棒のスキルだと迷宮牢に落とされた俺、三百年開かずの扉を開けたら迷宮の主になっていた  作者: みれいぬ


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三つ数えて

 十五日目の籠の日、籠は二度下りてきた。


 黒パンと麦の袋が溜まりの真ん中に積まれ、看守は魔石一個に銀貨を一枚ずつ払った。ガロは証文を指でなぞりながら、袋の数を声に出して数えた。百二十人が腹いっぱいになる量だった。二十二日目も、二十九日目も、同じだけ下りてきた。


 俺は七日ごとの夜にネリスを巻き、昼は鍵の間で鍵穴を一つずつ読んで、少しずつ合鍵を増やした。独房の二十人の分は、監査官が看守所に別に下ろさせた。


◇


 三十日目の昼過ぎ、門の向こうから監査官の声がした。


「陛下が戻られました。錠前師ヨナス・ハーケンを、明日の監査に召す、とのことです」


 俺は門の錠に鍵を差して、回した。


 今度は、外へ出た。


 監査官の手には、王の印の押された召し状があった。その後ろに財務院の兵が十人と、荷車が二台。ガロたちが倉の箱を石段の上まで運び上げ、そこから先は兵が荷車に積んだ。独房の二十人も、兵が一人ずつ縄を打って連れ出した。先頭はディータだった。ガロたちは、門の内側で足を止めた。俺は外から門を閉めて、錠をかけた。


「主のおそばを離れるわけにはまいりません」


 ネリスは、一番大きな長い箱を一人で肩に担いで、俺の隣を歩いた。財務院の兵たちは、人の背丈ほどもある箱を担いだ娘の首の継ぎ目を、何度も振り返って見ていた。


 看守所の中は、大騒ぎになった。


 奥の廊下で、赤ら顔の太った男が、こちらを見て青くなった。看守長のバルツだ。バルツは自分の部屋に飛びこみ、内側から錠をかけた。


「来るな! 俺は預かっただけだ! 子爵家の品を、預かっただけだ!」


「ハーケンさん。開けてください」


 監査官が言った。扉の錠は、籠と同じ手の錠だった。十年ほど前に、看守所の錠前師が付けたレバー錠だ。俺は手を当てて、三つ数えた。


 扉を開けると、バルツは机の下で、銀貨の詰まった袋を抱えていた。財務院の兵が、袋ごと引きずり出した。


◇


 三十一日目の朝、俺は宝物庫の前室に立っていた。


 一日目と同じ石の床。同じ黒鉄の扉。同じ、銀の線で術式を彫りこんだ王家の封印錠。違うのは、俺の手に縄がないことと、正面の椅子に、王がいることだった。


 アーデルベルト三世は、五十を過ぎた、白いものの混じった髭の男だった。北の砦から戻ったばかりの日焼けが、まだ頬に残っている。左右に宮内卿と財務卿。壁際に、監査官と、錠前ギルドの総親方と、グスタフ親方。グスタフは俺と目が合うと、片目をつぶってみせた。


 前室の真ん中には、倉の箱が並べてあった。俺の後ろにはネリスが立っている。王の目が、一度だけネリスに留まった。


「監査官の書付にあった、要塞の番人か」


「番人のネリスでございます。今は、主の番人でございます」


 そして、箱の向こうに、宝物庫長のヴァイスラー子爵がいた。指輪を三つはめた手を、胸の前で組んでいた。


「陛下。お手を煩わせるまでもございません」


 子爵が、先に口を開いた。


「その箱は、この錠前屋が迷宮牢の中で仕立てたものです。封蝋も品書きも作り物。中の品は、この男が一日目より前に盗み出して、看守を抱きこんで持ちこんだのでしょう。家令の名など、書こうと思えば誰にでも書ける。看守長がそれに気づいて鎮めの者を下ろしたところ、二十人を閉じ込めた。脱獄の企みでございます」


 穏やかな、よく通る声だった。宮内卿が小さくうなずいている。


「道具袋まで取り上げられた囚人が、か」


 王はそれだけ言って、子爵の返事を待たなかった。


「刻み車とやらを、先に聞こう」


 監査官が一歩出た。


「事件の後、宝物庫は宮内卿の命で封じられ、今朝まで開けられておりません。開けたのは一日目、裁きの場で、ハーケンさんが開けてみせた一回だけです。昨夜、陛下のお許しを得て、総親方が年改めと同じ手順で錠をばらし、目盛りを読みました。数は紙に書き、封をしてあります」


 子爵の指が、指輪の上で止まった。


 総親方が、封をした紙を王に差し出した。指の節の太い、背の曲がった老人だった。


「陛下。申し上げておきますが、王家の錠の目盛りは、ばらして覗き窓を開けねば読めませぬ。触って読むなど、わしの工房の誰にもできんことです」


「錠前師。読めるか」


「はい」


 俺は扉の前に立ち、錠に手のひらを当てた。


 ピンが十一本、レバーが三枚、術式の筋が二本。一日目と同じ手触りの奥で、刻み車の目盛りが指先に触れる。


 三つ数えた。


「四十四です。一日目に俺が開ける前が四十三で、俺の開けた一回が足されています」


 王が、自分の手で封を切った。紙を開き、少し眺めてから、それを総親方に返した。


「四十四とある」


 総親方は紙を受け取ったまま、俺の手を見ていた。グスタフが、喉の奥で笑った。


「出入り帳に記された今年の出入りは、事件の夜を入れて十三回です」


 監査官が、帳面を読み上げた。


「目盛りの四十四から、一日目にハーケンさんが裁きの場で開けた一回を除けば、四十三回。差は三十回です。帳に記されずに、宝物庫の扉が開けられた回数です。三十回は、どれも新年から事件の夜までの間のことです。その間、ハーケンさんが王宮の門をくぐった記録は、一度もありません。《合鍵》は、錠に触れなければ鍵を作れません。事件の夜は、下町の裏の通りで、締め出された老婆の家の扉を開けていました。証人は二人います」


 監査官は、帳面から目を上げた。


「鍵を壊さずにこの扉を三十回開けられたのは、正規の鍵を持つ方です」


 前室の目が、子爵の胸元に集まった。上着の下に、宝物庫の鍵を下げた鎖が覗いている。


「しゅ、修繕です」


 子爵の声が、少しだけ速くなった。


「宝物庫の壁の湿気がひどく、職人を入れました。帳に記すほどのことではないと」


「その修繕の記録は、どこにありますか」


 監査官が訊いた。


「屋敷に、ございます」


「屋敷の、どこに」


「……書類をしまってあるところに」


「屋敷の、どこにありますか」


 三度目の問いに、子爵の喉が動いた。


「……書斎の、金庫に」


「では、その金庫を運ばせよ」


 王の言葉に、子爵は一瞬だけ黙り、それから深く頭を下げた。


「……あいにく、金庫の鍵を失くしておりまして」


「あの金庫なら、わしの工房の封印錠ですな」


 総親方が言った。


「鍵がなければ、わしでも開けるのに三月はかかります」


 子爵が顔を上げた。口元に、一日目と同じ笑みが戻っていた。


「三月かかるそうです、陛下」


◇


 昼の鐘が鳴るころ、近衛が四人がかりで金庫を運びこんだ。黒く塗った鉄の箱に、銀の線の術式。鍵穴の縁には、総親方の工房の刻印がある。


 俺は、王を振り返った。


「触ってもいいですか。頼まれていない錠には、触らないことにしているので」


 王の髭が、わずかに動いた。


「王が頼む」


 金庫の錠に、手のひらを当てた。


 ピンが十六本、レバーが五枚、術式の筋が三本。四枚のレバーは削りの深さがそろっていて、一枚だけ、わざと浅く削ってある。合わない鍵を探る者を、そこで迷わせるための一枚だ。術式の筋の走らせ方には、覚えがあった。祖父が紙に描いてくれた総親方の工房の図と、同じ癖だ。それでも筋を一本ずつたどるうちに、指先が冷えていった。前室の誰かが咳をして、すぐに黙った。


 祖父がよく言っていた。いい錠は、作った者の顔が見える。


「いい錠ですね」


 読み終えて、思わず口に出していた。総親方が、顔を上げた。


 三つ数えた。


 手の中に鍵ができた。鼻の奥が、つんと熱くなった。差して回すと、術式の銀の線が光を失い、重い蓋が持ち上がった。


 誰より先に動いたのは、監査官だった。金庫の中から革の綴じ帳を取り出した。二冊目、三冊目。それから、紙の束。監査官は一冊目を開き、いつもと同じ平らな声で読み上げた。


「海向こうの商人への、王家の品の売り渡しの控えです。六年前の春から、今年の夏まで。商人の署名入り。代金の残りを取り立てるために、残しておかれたのでしょう。……合わせて、金貨千と八十枚」


 頁をめくる音だけがした。


「盗まれたとされる四十一点のうち、十八点は、事件の前にすでに売り渡されています。こちらは、家令ホルストの預かり証の控えです。看守長バルツ殿、預かり賃、金貨二十枚。同じ綴りに、事件の翌朝の日付で、下町の夜番に銀貨五枚」


 かちん、と小さな音がした。


 子爵の指から抜け落ちた指輪が、石の床を転がって、俺の靴の先で止まった。宮内卿は椅子の肘掛けをつかんだまま、立ち上がろうとして、立ち上がれずにいた。総親方は金庫の前に膝をつき、鍵穴を覗きこんで、「わしが三月と言った錠を……」とつぶやいた。グスタフは、もう笑いを隠していなかった。


 王だけが黙って、売り渡しの控えを一枚ずつめくっていた。


「ど、泥棒の……」


 子爵が、裏返った声を上げた。


「泥棒のスキルで開けた帳簿など、証拠になるものか!」


 王は控えから目を上げなかった。


「一日目に、この前室で、その手を証拠に使ったのは誰だ」


 子爵は口を開けたが、声が出てこなかった。


「同じ手が開けたものを、今日は証拠と認めぬとは言わせぬ」


◇


 裁きは、その場で言い渡された。


 ギルベルト・ヴァイスラーは、六年にわたって王家の財を売り渡し、罪のない者を終身の牢に落とした罪で、グラウ迷宮牢へ終身。王家の財を盗んだ者は迷宮牢へ、という初代王の定めのとおりだった。子爵家は取り潰され、その財で宝物庫の穴を埋める。看守長バルツも、盗品を預かり、囚人の魔石を買い叩き、剣の二十人を下ろした罪で、同じく迷宮牢へ。家令のホルストと、銀貨五枚を受け取って証言した夜番も、それぞれ裁かれる。宮内卿は、裁きを誤った責めを負って職を退く。


「錠前師」


 王が、俺を見た。


「そなたに着せた罪は、王家が返す。望みを言え。王宮の解錠師の席を空けてもよい」


 俺は少し考えた。王宮の錠は、どれも一度は見てみたい。でも、先に頼みたいことがあった。


「迷宮牢を、俺に預けてもらえませんか」


 前室がざわついた。


「中には、濡れ衣だと言っている人がいます。二十二年いる人もいます。その人たちの話を、もう一度聞いてほしいんです。それから、魔石の値は外と同じに。あとは、俺がやります」


「囚人だった者に、監獄を預けると申すか」


 財務卿が眉を寄せた。王は、俺の腰の鉄の輪を見ていた。


「あの要塞の鍵穴に合う鍵を持つ者は、この者しかおらぬ。鍵は、持つ者に預けるのが道理であろう」


 王は、そこで初めて少し笑った。


「ヨナス・ハーケン。そなたを、グラウの迷宮守に任ずる」


◇


 その夜、王宮にあてがわれた部屋でネリスを巻き、翌朝、俺は下町へ帰った。


 店の戸口では、衛兵のペーターが封を剥がしていた。茶を飲みに来ていた衛兵だ。ペーターは俺を見ると、気まずそうに頭をかいた。


 向かいのパン屋から、マルタおかみさんが飛び出してきた。


「あんた、痩せたね!」


 背中を三回叩かれた。痛かった。


 祖父の看板は、ぴかぴかに光っていた。オットー・ハーケンの名と、その下に小さく、俺の名。


「毎朝、磨いといたよ。泥なんか、一つも付いてやしないさ」


 俺は袖で、看板を一度だけ拭いた。


◇


 三十四日目、グラウの丘。


 迷宮牢の門の前に、鎖につながれた男が二人、新しい看守に引かれてきた。痩せた背の高い男は、指輪を一つもはめていなかった。赤ら顔の太った男は、靴を引きずって歩いていた。


 俺とネリスは、二人と一緒に門をくぐった。外の看守が、鉄の門を押して閉めた。錠をかけるのは、迷宮守の役目だ。


 俺が門の錠の裏に鍵を当てたとき、ヴァイスラーが鎖を鳴らして振り返った。


「ハーケン」


 かすれた声だった。


「開けてくれ。お前なら開けられるだろう。金なら、どこかに――」


「開けられます。鍵を壊さずに開けられる者は、王都に一人ですから」


 俺は、鍵を鍵穴に差した。


「でも、これは閉めておく錠なので」


 鍵を回した。


 錠の落ちる音が、長い石段に響いた。一日目に、背中で聞いたのと同じ音だった。


 石段を下りると、溜まりの灯りの下に百二十人が待っていた。


 ガロが、バルツの前に立った。


「看守長殿。入牢料は、靴と上着だ」


「ガロさん、それ、まだやるんですか」


 俺が言うと、ガロは振り返りもしなかった。


「こいつらの分だけだ」


 少し考えて、俺は頼んだ。


「……靴だけにしておいてください」


 ガロは鼻を鳴らして、バルツの靴を脱がせた。溜まりのあちこちから、笑い声が上がった。


 ローデリヒが、杖をついて俺の前に来た。


「再審の日取りが決まったそうじゃな。わしの番は、春じゃと」


「はい。最初の一人です」


「それまでは、ここにおるよ。誰かが、若い迷宮守の見張りをせんとな」


 老人は、濁っていないほうの目で笑った。その後ろから、ミロが顔を出した。


「おかえり、錠前屋さん」


◇


 その夜、鍵の間で鍵穴を数えた。


 百八の鍵穴のうち、合鍵が回るのは、まだ三十と少し。残りの鍵穴の先には、まだ見ていない扉と、まだ開けていない錠がある。


「主」


 ネリスが、鍵の間の壁の一番下を指した。


「要塞の一番下に、鍵穴のない扉がございます。工匠も、鍵を作れませんでした。工匠の鍵束も、おそらくその手前のどこかに」


 鍵穴のない扉。鍵穴がないなら、何で閉まっているのか。錠前師の俺にも、見当がつかなかった。


 ネリスが、冷たい手で俺の手を取った。


「いつか、ご覧になりますか」


「いつか、見に行きます」


 俺は鍵束を鳴らして、立ち上がった。


「錠前師なら、一度は見てみたい扉ですから」

お読みいただきありがとうございます。泥棒の汚名を着せられた錠前師が、自分を落とした男の後ろで門を閉めるまでの話は、これで完結です。最後まで読んでいただけたなら、ブックマークと、下の☆での評価で応援してもらえると嬉しいです。

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