刀剣解放(ブレードリベレイト)③
前回のあらすじ
祖父から譲り受けた謎の刀「陽炎」と出会った天城陽斗。
陽炎との契約により解放者となった陽斗は、刀剣解放を極めるため試練へ挑む。
第一の試練では門番・宮本恒一を破り、第二の試練では黒刻No.15「模倣のイミタティオ」と激突。未完成ながらも刀剣解放を発動し勝利を収めた。
その後、第三の試練で待ち受けていたのは元解放者にして黒刻No.27、カエド・ファルクス。
かつての名を「流鬼守」という彼は、解放者時代に手にした刀「蒼蓮」と、黒刻で授かった刀「隠軌怒」を操る強敵だった。
激戦の末、陽斗は双剣に続く新たな刀剣解放「太刀」を発現させる。
そして戦いの最中、陽炎はファルクスが黒刻へ堕ちた理由が、黒刻最強の存在「No.1」との戦いにあることを思い出す。
一方その頃――。
過去の流鬼守は第三の試練の門番として平穏な日々を送っていた。しかし、黒刻襲来の報を受け出撃したその戦いが、後に彼の運命を大きく変えることになるのだった。
読み間違い 悪化する戦況
「繰り返す! 黒刻の先遣隊の到着を確認!」
戦場に緊張が走る。
「第五十四隊を何人か呼んでこい!」
「了解!」
怒号が飛び交う。
「情報管理局! 応答せよ! 応答せよ!」
しかし返答はない。
通信担当が顔を青くした。
「だめです!」
「通信回線が切られています!」
「何だと!?」
流鬼守は舌打ちした。
「急いで復旧しろ!」
「何があってもいい!」
「何としてもここから進ませるな!」
黒刻の一般隊員たちは想像以上に強かった。
守備隊も応戦しているが、徐々に押され始めている。
「救護班を呼べ!」
「急げ!」
負傷者が次々と運ばれていく。
血の匂いが広がる。
戦況は悪化する一方だった。
その時。
ピーッ――
通信機から音が鳴る。
「回線一時復旧!」
「こちら守備隊!」
「情報管理局と繋げろ!」
数秒後。
『こちら情報管理局』
『どうぞ』
「現状報告!」
「黒刻の先遣隊が到着!」
「第五十四隊の応援を要請する!」
『了解』
『直ちに向かわせます』
「救護班も呼んでくれ!」
『了解しました』
通信が終了する。
流鬼守は大きく息を吐いた。
(かなり現状が悪い……)
目の前では守備隊員たちが必死に戦っている。
だが敵の勢いは止まらない。
(こんなに強かったか……一般クラスは)
黒刻の一般隊員ですら、並の解放者を上回る実力を持っている。
このままでは防衛線が崩壊する。
流鬼守は腰の刀へ手を添えた。
「蒼蓮」
『あぁ』
蒼蓮の声が響く。
『やってやる』
流鬼守は静かに刀を抜いた。
蒼い光が刀身を包む。
「来い――蒼蓮」
空気が震える。
周囲の隊員たちが振り向く。
「敵を蹴散らせ」
その瞬間。
蒼い光が戦場を駆け抜けた。
「解放――蒼蓮」
轟音と共に無数の蒼い斬撃が放たれる。
黒刻の先遣隊を飲み込みながら、流鬼守は敵陣へと突撃した。
そしてその先。
まだ誰も気付いていなかった。
黒刻No.1が、既にこの戦場へ足を踏み入れていることを。
全てを蹴散らせ蒼蓮
蒼い斬撃が戦場を駆け抜ける。
轟音と共に黒刻の隊員たちが吹き飛ばされた。
しばらくして、流鬼守は肩で息をしながら周囲を見渡す。
「どうだ、蒼蓮」
『やばいな』
蒼蓮の声は珍しく真剣だった。
『前回よりも強くなってる』
「だよな……」
流鬼守も同じことを感じていた。
「これが一般クラスの力かよ」
敵は幹部ですらない。
それなのに、守備隊が押し込まれている。
流鬼守は倒れた敵を見つめた。
(本当におかしな組織だ)
数年前まではここまでではなかった。
(ここ数年であり得ない規模まで成長している)
黒刻の戦力。
組織力。
技術力。
その全てが異常な速度で発展している。
(絶対に何か裏がある)
何者かが背後にいるのか。
それとも黒刻そのものに秘密があるのか。
分からない。
だが不気味だった。
流鬼守は蒼蓮を握り直す。
「蒼蓮」
『なんだ?』
「少しだけ無茶をするけど許してくれ」
蒼蓮がため息をつく。
『毎回無茶してるだろ』
「ははっ、違いない」
流鬼守は前方の敵集団へ刀を向けた。
「詠唱破棄――雷霆」
空が鳴る。
黒雲が渦を巻く。
そして。
ドォォォォォン!!
巨大な雷が地面へ落下した。
眩い閃光が戦場を包む。
衝撃で地面が砕け、黒刻の隊員たちが次々と倒れていく。
数十秒後。
煙が晴れる。
「これである程度は倒せたな」
だが流鬼守の表情は晴れない。
(これが先遣隊の力……)
(ますます謎だ)
もしこれが様子見の部隊だとしたら。
本隊はどれほど強いのか。
嫌な予感が胸をよぎる。
流鬼守は通信機を手に取った。
「情報管理局」
「応答しろ」
すぐに返答が来る。
『こちら情報管理局』
『どうぞ』
「現状報告だ」
通信の向こうで紙をめくる音が聞こえる。
『報告します』
『第五十三隊、第五十四隊は第一試練付近で戦闘継続中』
『負傷者十名』
『うち四名死亡』
流鬼守は拳を握る。
思った以上に被害が出ている。
『第六十八隊は石階段付近で戦闘中』
『負傷者三名』
『死者なし』
そこは何とか持ちこたえているらしい。
『現在、黒刻推定十名が先遣隊として到着』
『確認された敵の中に幹部クラスはいません』
「いない?」
流鬼守の眉がひそむ。
「待て」
「No.1、No.5、No.15はどうした」
通信の向こうが静まり返る。
そして数秒後。
緊張した声が返ってきた。
『現在も観測できていません』
『所在不明です』
その瞬間。
流鬼守の背筋に寒気が走った。
「まさか……」
幹部がいない。
先遣隊だけが来ている。
つまり――
本命は別にいる。
その時だった。
遠くの空で。
巨大な黒い柱が立ち上った。
まるで世界を貫くような禍々しい光。
それを見た蒼蓮が震える。
『流鬼守』
「ああ」
『来たな』
流鬼守は刀を握り直した。
そして静かに呟く。
「幹部クラスだ」
だが二人はまだ知らない。
その黒い柱を放った存在こそが――
黒刻最強、
No.1であることを。
現れた幹部
ピーッ――
『情報管理局より伝令!』
『石階段付近で幹部クラスを確認!』
『繰り返す!』
『石階段付近で幹部クラスを確認!』
戦場に緊張が走る。
隊員たちの顔色が変わった。
「ついに来たか……」
流鬼守は静かに呟く。
予想していたことだ。
だが実際に報告されると重みが違う。
「幹部クラスは分散した模様!」
『各部隊、陣形を変更せよ!』
『門番は急いで急行せよ!』
次々と命令が飛ぶ。
流鬼守は通信機を握り締めた。
「正確な座標を確認しろ」
『確認中です!』
数秒後。
『座標を確認!』
『座標140-3268!』
『第一の試練です!』
「第一の試練……」
流鬼守の表情が険しくなる。
そこには第五十三隊と第五十四隊がいる。
もし幹部が現れれば壊滅しかねない。
「そこに一人、幹部クラスがいるんだな?」
通信担当が悔しそうに答える。
『申し訳ありません』
『正確なNo.は分かりません』
「チッ……」
最悪だ。
No.15ならまだいい。
No.5でも厳しい。
だが――
No.1だった場合。
流鬼守は拳を握る。
『流鬼守』
蒼蓮が静かに話しかける。
『急いだ方がいい』
「ああ」
流鬼守は頷いた。
「嫌な予感がする」
その時だった。
通信機からノイズが走る。
ザザッ――
『……き……ろ……』
「?」
『……逃げろ……』
通信担当の顔が青ざめる。
「誰だ!?」
ザザザザッ――
『第一試練の全隊員へ』
『逃げろ』
『こいつは――』
そこで通信が途切れる。
直後。
遠くの空が黒く染まった。
まるで夜が一瞬で訪れたかのように。
そして次の瞬間。
ドォォォォォォン!!!
第一の試練の方向から巨大な衝撃波が発生した。
地面が揺れる。
山が震える。
隊員たちは思わず立っていられなくなる。
流鬼守の顔から笑みが消えた。
「今のは……」
蒼蓮も息を呑む。
『間違いない』
『幹部クラスだ』
『しかも――』
蒼蓮の声が震える。
『相当上位だ』
流鬼守は第一の試練の方向を見る。
黒い空の中心。
そこには人影が一つだけ立っていた。
距離が離れているはずなのに見える。
異様な存在感。
まるで世界そのものが、その人物を中心に回っているかのようだった。
そしてその人物はゆっくりとこちらを向く。
「見つけた」
その声は届くはずがない。
なのに流鬼守にははっきり聞こえた。
「第三の門番」
背筋に冷たいものが走る。
「まさか……」
流鬼守は初めて本能的な恐怖を感じた。
そしてその瞬間。
情報管理局から緊急通信が入る。
『確認しました!!』
『敵幹部識別完了!!』
『対象は――』
通信担当の声が震える。
『黒刻』
『No.1です』
黒刻の目的
「見つけた」
黒い空の下、その男は静かに微笑んだ。
「第三の門番」
流鬼守は蒼蓮を強く握る。
「なんでお前がいるんだよ」
目の前の存在は別格だった。
戦場全体を覆う圧力。
ただ立っているだけなのに呼吸が苦しい。
「No.1……」
男は少し驚いたように目を細める。
「おや」
「自分のことを知っているのか」
そして一歩前へ出た。
その瞬間、周囲の空気が重くなる。
「でも、自己紹介はしないとね」
男は優雅に一礼した。
「初めまして」
「僕は黒刻No.1」
「アーテル・ソル・■■■■■だ」
最後の名前だけは聞き取れなかった。
いや――
聞き取れなかったのではない。
まるで何かに隠されているようだった。
『流鬼守』
蒼蓮の声が強張る。
『気を付けろ』
『あやつは普通じゃない』
流鬼守は頷く。
そんなことは分かっていた。
「我々がここに来た理由は一つ」
アーテルは微笑んだまま言う。
「お前に用がある」
「俺に、か」
流鬼守は眉をひそめた。
「黒刻のNo.1がわざわざ俺を探しに来たってのか」
「そうだよ」
アーテルは即答する。
「君は特別だからね」
「意味が分からねぇな」
「そうだろうね」
アーテルは空を見上げる。
「まだ知らないだろうから」
「何をだ」
するとアーテルの笑みが深くなった。
「君の本当の価値を」
その言葉に流鬼守は反応できなかった。
『流鬼守!』
蒼蓮が叫ぶ。
『話に乗るな!』
『あやつは何か企んでいる!』
だがアーテルは気にした様子もない。
「どうかな」
「僕と一緒に来ないか?」
「断る」
即答だった。
「俺は門番だ」
「ここを守るのが役目だ」
アーテルは残念そうに肩をすくめる。
「やっぱりそうなるか」
そして。
初めて笑顔を消した。
「なら実力行使だ」
ゴォォォ――
黒い光が足元から噴き出す。
その瞬間。
蒼蓮が震えた。
『まずい』
『流鬼守――逃げろ』
「は?」
『勝てない』
『今のお前では絶対に勝てない』
流鬼守は初めて蒼蓮からそんな言葉を聞いた。
だが。
アーテルは既に刀へ手をかけていた。
「安心して」
「殺しはしない」
「君には生きてもらわないと困るからね」
ゆっくりと刀が抜かれる。
そして――
戦場全体を覆うほどの黒い光が解き放たれた。
解放せよ蒼蓮 戦え流鬼守
「喰え(くえ)――インデュラ」
アーテルが刀を振るう。
漆黒の奔流が大地を呑み込みながら流鬼守へ襲い掛かった。
地面が砕ける。
岩が消し飛ぶ。
ただの斬撃ではない。
まるで世界そのものを喰らう災害だった。
「来い――蒼蓮!」
流鬼守も刀を抜き放つ。
蒼い光が刀身を包み込む。
「解放――蒼蓮!」
蒼き斬撃が放たれる。
次の瞬間。
轟音。
黒と蒼が激突した。
ドォォォォォン!!!
衝撃波が周囲へ広がる。
近くにいた黒刻も守備隊も吹き飛ばされる。
地は荒れ。
空は裂け。
岩山は崩壊する。
誰もが目を疑った。
これが幹部クラス。
いや。
黒刻No.1の戦い。
ガキィィィン!!
剣と剣がぶつかる。
流鬼守は歯を食いしばる。
重い。
今まで戦ったどんな相手よりも重い。
「くっ……!」
「その程度かい?」
アーテルは余裕の笑みを浮かべる。
「まだまだだな」
再び剣が交わる。
ガガガガガッ!!
一撃ごとに地面が砕ける。
一歩下がれば死。
一瞬遅れれば死。
そんな戦いだった。
遠く離れた第一試練の防衛線。
戦況を見守る隊員たちが息を呑む。
「始まったのか……」
一人の隊員が呟く。
「ああ」
隣の隊員も空を見上げる。
蒼と黒の光が何度も衝突している。
「流鬼守さんの戦いが」
その場にいた誰もが理解していた。
あの戦いは自分たちの手の届く領域ではない。
今、世界最強クラス同士の戦いが始まったのだ。
そしてその戦いが。
後に流鬼守が"カエド・ファルクス"へと変わる運命の始まりになることを。
まだ誰も知らなかった。
インデュラ 解放
「刀剣解放は使わないのか」
激しくぶつかり合う中、アーテルが問いかける。
ガキィィィン!!
蒼蓮とインデュラが火花を散らす。
流鬼守は力任せに押し返した。
「俺は使えない」
「使えない?」
アーテルの眉がわずかに動く。
「そうだ」
流鬼守は距離を取る。
「俺は刀剣解放を使うことができない」
その言葉にアーテルは興味深そうな表情を浮かべた。
「それは珍しいな」
「だが、その代わりだ」
蒼蓮が蒼く輝く。
「解放状態を長く維持できる」
普通の解放者なら限界がある。
だが流鬼守は違う。
蒼蓮との適合率が極めて高い。
そのため解放状態を維持し続けることができた。
「なるほどな」
アーテルは頷く。
「理屈は理解した」
しかし次の瞬間。
笑みが消えた。
「でも、俺は納得しない」
空気が変わる。
「何?」
流鬼守の本能が警鐘を鳴らす。
危険だ。
今までとは比べ物にならないほど。
アーテルは静かに刀へ視線を落とした。
「インデュラ」
「――あれをしろ」
「なんだ、あれとは何だ」
流鬼守が叫ぶ。
だが返答はない。
代わりに。
インデュラの刀身から黒い液体のようなものが溢れ出した。
『流鬼守!』
蒼蓮の声が震える。
『下がれ!!』
「インデュラ――」
アーテルが呟く。
その声に呼応するように黒い液体が地面へ広がる。
「握湜」
刀身が脈打つ。
まるで生き物のように。
「全てを喰え」
瞬間。
黒い液体が爆発的に広がった。
ドォォォォォッ!!
地面を呑み込み。
岩を呑み込み。
倒れていた黒刻の死体すら呑み込んでいく。
「なっ!?」
流鬼守は飛び退く。
だが遅い。
黒い波は止まらない。
触れたもの全てを侵食しながら広がり続ける。
「これは術か!?」
『違う!』
蒼蓮が叫ぶ。
『あれはインデュラそのものだ!』
「何だと!?」
黒い海の中心で。
アーテルだけが静かに立っていた。
「見せてやるよ」
「黒刻No.1の力を」
その背後で。
巨大な黒い影がゆっくりと姿を現し始める。
それは人ではなかった。
刀でもなかった。
まるで世界を喰らう獣そのものだった。
伝えろ 情報管理局に
黒い波が戦場を飲み込んでいく。
岩は崩れ。
木々は朽ち。
触れたもの全てが黒へと変わっていく。
流鬼守は振り返った。
そこには傷だらけの守備隊員たち。
まだ若い隊員もいる。
震えながらも武器を握る者もいる。
「お前ら――逃げろ」
隊員たちが目を見開く。
「何があっても逃げて情報管理局に伝えろ」
「ですが!」
「流鬼守さん!」
「いいから行け!」
流鬼守の怒声が響く。
その表情に迷いはなかった。
「今のお前たちじゃ足手まといになる」
誰も反論できなかった。
目の前の戦いは既に自分たちの領域を超えている。
一人の隊員が深く頭を下げる。
「わかりました」
悔しそうに拳を握る。
「どうかご無事で」
流鬼守は小さく笑った。
「あぁ」
「任せとけ」
隊員たちは後方へ走り出す。
情報を伝えるために。
未来へ繋ぐために。
その姿を見届けたアーテルが口を開く。
「どうした」
「逃がすのか」
黒い海の中心で静かに笑う。
「せっかくいい獲物だと思ったのに」
「獲物だと?」
流鬼守の目が鋭くなる。
アーテルは肩をすくめた。
「違うのかい?」
「弱者は強者の糧になる」
「それが自然の摂理だ」
「くだらねぇな」
流鬼守は蒼蓮を構える。
「これ以上味方を失うのが怖いのか?」
アーテルが問いかける。
流鬼守は迷わず答えた。
「当たり前だ」
その言葉にアーテルが少し驚く。
「大切な仲間たちだ」
「守りたいと思うのは当然だろ」
風が吹く。
蒼蓮の光が揺れる。
「そろそろ援軍が来る」
流鬼守は前を向く。
目の前には黒刻最強。
勝てる保証などどこにもない。
それでも。
「それまで――」
蒼蓮を握る手に力が入る。
「俺がここで食い止める」
その言葉に蒼蓮が静かに応えた。
『流鬼守』
『無茶はするなよ』
「無理な相談だ」
流鬼守は笑う。
そして一歩踏み出した。
対するアーテルも刀を構える。
「面白い」
その笑みはどこか楽しそうだった。
「なら見せてみろ」
黒い海がさらに広がる。
「君の覚悟を」
蒼と黒。
二つの力が再び激突しようとしていた。
刀剣解放の使えない男
「蒼蓮、まだやれるか」
黒い海が広がる中、流鬼守は問いかける。
蒼蓮の刀身には無数の傷が刻まれていた。
それでも光は失われていない。
『まだやれる』
『まだ折れちゃいない』
流鬼守は小さく笑った。
「限界が近そうだな」
『お互い様だろ』
蒼蓮が返す。
流鬼守の身体も既に満身創痍だった。
腕は震え。
呼吸も荒い。
それでも倒れるわけにはいかない。
「援軍が来るんだろう」
『ああ』
「なら耐えないといけないだろう」
アーテルはそんな二人を眺めながら肩をすくめた。
「だが、もう無駄だ」
黒い海がさらに広がる。
「やれ――握湜」
インデュラが脈打つ。
大地を覆う黒が生き物のように蠢き始めた。
その瞬間。
流鬼守は目を閉じる。
そして蒼蓮へ手を添えた。
「蒼蓮」
『分かってる』
「蓄積戦力――10%解放」
ゴォォォォォッ!!
蒼蓮の刀身から膨大な蒼光が噴き出した。
周囲の隊員たちが驚愕する。
「な、何だあの力は……!」
蒼い光が流鬼守を包む。
『来たな』
蒼蓮が笑う。
『久しぶりだ』
流鬼守が編み出した独自技。
蓄積戦力。
解放状態を極限まで維持できる流鬼守だからこそ可能な戦法。
日々余った力を蒼蓮へ蓄積し、
必要な瞬間に一気に放出する。
それは刀剣解放を使えない男が辿り着いた答えだった。
「俺を守れ」
蒼蓮が応える。
『任せろ』
蒼い光が巨大な障壁となり流鬼守を包み込む。
アーテルは興味深そうに眺める。
「蓄積戦力か」
「初めて聞く技だ」
黒い瞳が細くなる。
「だが――」
インデュラが低く唸る。
「壊してやる」
アーテルが刀を振り上げる。
「鉈禍」
その瞬間。
インデュラから放たれた黒い斬撃は、
もはや斬撃ではなかった。
巨大な災厄そのもの。
空を裂き。
大地を砕き。
進路上の全てを飲み込みながら迫る。
「来るぞ!」
流鬼守が叫ぶ。
『耐えるぞ!!』
蒼い障壁と黒い災厄。
二つの力が衝突した瞬間――
世界が白く染まった。
限界までのカウントダウン
「なんとか防げたか……」
白い閃光が消える。
流鬼守は地面に膝をつきながらも立っていた。
周囲は悲惨だった。
山肌は抉れ。
地面には巨大な裂け目が走っている。
まるで天災が通り過ぎた後のようだった。
「蒼蓮」
流鬼守は息を整える。
「あと何回防げそうだ」
蒼蓮は少し考える。
そして静かに答えた。
『あと十回が限界だろう』
『それ以上は俺も耐えられない』
「そうか」
流鬼守は立ち上がる。
口元には笑みが浮かんでいた。
「でも、行けるな」
『何を考えてる』
「決まってる」
流鬼守は拳を握る。
「攻める」
遠くでアーテルが首を傾げた。
「それが守りのつもりか」
「違うな」
流鬼守は蒼蓮を構える。
「俺は最初から攻撃型だ」
蒼蓮が輝く。
「蓄積戦力――5%解放」
蒼い光が身体へ流れ込む。
筋肉が軋む。
骨が悲鳴を上げる。
だがその代わりに身体能力が爆発的に上昇した。
「体術――白打」
ドンッ!!
地面が陥没する。
次の瞬間。
流鬼守の姿が消えた。
「速いな」
アーテルが呟く。
だが。
「まだ足りない」
インデュラが迎撃態勢を取る。
流鬼守は一気に懐へ飛び込んだ。
「はぁぁぁっ!!」
拳が放たれる。
ガァァァン!!
アーテルの防御と激突。
衝撃波が周囲を吹き飛ばした。
「面白い」
アーテルが笑う。
「だが軽い」
「そうか?」
流鬼守も笑った。
その瞬間。
蒼蓮が強く輝く。
「蒼蓮」
『了解』
「蓄積戦力――20%還元」
蓄積された力が一気に身体へ流れ込む。
ゴォォォォォッ!!
蒼い光柱が立ち上る。
流鬼守の気配が一段階上昇した。
「何……?」
初めてアーテルの表情が変わる。
蓄積戦力。
それはただ放出する技ではない。
必要な瞬間に自らへ還元することで、
身体能力そのものを引き上げることも可能だった。
流鬼守の足元が砕ける。
蒼い光が拳へ集中する。
「今度は防いでみろ」
そして。
「白打――蒼衝」
蒼い閃光がアーテルへ向かって放たれた。
蓄積戦力と還元
「白打――蒼衝!」
流鬼守の拳が蒼い光を纏う。
蓄積戦力によって引き出された力が拳へ集中する。
ドォォォォォン!!
蒼い衝撃波が一直線にアーテルへ向かって突き進む。
大地が裂ける。
岩盤が吹き飛ぶ。
周囲の木々が根こそぎ薙ぎ倒される。
「ほう」
アーテルは動かない。
ただ迫り来る一撃を見つめていた。
「力を極限まで高めたか」
黒い外套が風に揺れる。
インデュラが低く唸った。
「それでも無駄だ」
アーテルは静かに刀を振る。
「インデュラ」
「喰らえ」
黒い奔流が放たれる。
蒼と黒。
二つの力が正面から激突した。
轟音が天地を揺らす。
流鬼守は歯を食いしばる。
「まだだ!」
『流鬼守!』
蒼蓮が叫ぶ。
刀身の光が弱まり始めていた。
蓄積戦力の消耗が激しい。
だが流鬼守は迷わない。
「蒼蓮――」
刀を強く握る。
「蓄積戦力20%還元」
蒼い光が流鬼守から蒼蓮へ流れ込む。
『来たか!』
蒼蓮の刀身が再び輝きを取り戻す。
還元。
それは刀へ力を再供給する技。
蓄積戦力で貯めた力を刀へ戻し、刀そのものの出力を引き上げる。
蓄積戦力と還元。
この二つを循環させることで、蒼蓮は本来の限界を超えた力を発揮できる。
『まだ行けるぞ!』
蒼蓮が吠える。
流鬼守も笑った。
「だろうな」
黒い奔流を押し返しながら前へ進む。
一歩。
また一歩。
アーテルの目が細まる。
「面白い」
黒刻No.1は初めて興味を示した。
「そこまで蒼蓮を使いこなすか」
流鬼守は答えない。
ただ前へ進む。
仲間を守るため。
この先へ進ませないため。
そして――
自分の信じる道を貫くために。
暴食と還元
「インデュラ――第二段階だ」
アーテルが静かに呟く。
すると黒い海が大きく脈打った。
ドクン――。
まるで心臓の鼓動。
戦場全体が震える。
「喰い破れ」
アーテルの瞳が赤く輝く。
「暴食」
その瞬間。
黒い海から無数の牙が現れた。
地面を喰い。
岩を喰い。
空間そのものを喰らいながら流鬼守へ迫る。
「喰いすぎるなよ」
アーテルはまるで飼い犬に話しかけるように笑う。
『まずいぞ流鬼守!』
蒼蓮が叫ぶ。
『あれは握湜より危険だ!』
「分かってる!」
流鬼守は蒼蓮を強く握る。
ここで下がれば全てが終わる。
「蓄積戦力――30%解放!」
ゴォォォォォッ!!
蒼蓮に蓄えられていた力が一気に解放される。
蒼い光柱が天を貫いた。
黒い牙と蒼い光が激しくぶつかり合う。
しかし。
「まだ足りないか……!」
流鬼守の足が後ろへ押される。
地面が削れる。
腕が軋む。
それでも止まらない。
「蒼蓮!」
『分かってる!』
「50%還元!」
今度は流鬼守の力が蒼蓮へ流れ込む。
還元。
刀へ再び力を与える技。
蓄積戦力で放出した力を補い、
蒼蓮の出力をさらに引き上げる。
蒼蓮と流鬼守だけが可能にした戦闘法。
『来たぞ!』
蒼蓮の輝きがさらに増す。
刀身から放たれる蒼光が周囲を包み込む。
流鬼守は歯を食いしばりながら叫んだ。
「俺を守れぇぇぇぇぇ!!」
ドォォォォォン!!!
蒼い障壁が展開される。
暴食の牙が噛みつく。
一枚砕ける。
二枚砕ける。
三枚砕ける。
それでも蒼蓮は砕けない。
『まだだ!!』
「耐えろぉぉぉ!!」
激突の中心で。
アーテルだけが静かに眺めていた。
「なるほど」
「刀剣解放を持たない代わりに」
「蓄積戦力と還元で補っているのか」
黒い外套が揺れる。
「面白い」
その言葉と同時に。
アーテルが初めてインデュラを両手で構えた。
『流鬼守』
蒼蓮の声が低くなる。
『嫌な予感がする』
流鬼守も気付いていた。
今までとは違う。
アーテルはまだ本気ではなかった。
「ようやく認めてやる」
アーテルは静かに笑う。
「お前は強い」
そして――
「だから次で終わらせる」
黒い空が割れ始めた。
最後の解放
「暴食――悪食」
アーテルが静かに告げる。
その瞬間。
暴食の牙がさらに巨大化した。
黒い海が空を覆う。
山を呑み込む。
まるで世界そのものを喰らおうとしているかのようだった。
「これでもう終わりだ」
アーテルは確信していた。
誰も止められない。
黒刻No.1の力。
それが今、完全に解放されようとしていた。
しかし。
流鬼守は不思議と落ち着いていた。
「蒼蓮」
『どうした』
「今までありがとう」
蒼蓮が沈黙する。
長い付き合いだった。
何年も共に戦った。
何度も命を救われた。
何度も喧嘩もした。
だからこそ。
蒼蓮はすぐに理解した。
『急にどうしたんだ?』
流鬼守は小さく笑う。
「俺じゃ勝てない」
「だけど、お前なら届くかもしれない」
蒼蓮は何も言わない。
「蒼蓮」
「お前の好きなように俺の体を使え」
『……』
「俺はここで命を賭ける」
「最後の足掻きとして、お前に体を貸す」
風が止まる。
アーテルも黙って見ていた。
『分かった』
蒼蓮の声は静かだった。
『今までありがとう』
流鬼守は目を閉じる。
「あぁ」
『そして、さようなら』
「あぁ」
「さようなら」
その瞬間。
流鬼守の身体から蒼い光が溢れ出した。
ゴォォォォォォォォッ!!
蒼蓮が吠える。
『蓄積戦力――全解放』
今まで何年も蓄積してきた力。
その全てが解放される。
蒼い光が空を貫く。
大地が揺れる。
山脈が崩れる。
アーテルの笑みが消えた。
「これは……」
『200%還元』
流鬼守の全霊力。
全生命力。
全存在。
その全てが蒼蓮へ流れ込む。
本来なら不可能。
刀が耐えられない。
使用者も耐えられない。
だが今は違う。
最後だから。
全てを失う覚悟だから。
蒼蓮の刀身に亀裂が入る。
流鬼守の身体にも蒼い亀裂が走る。
それでも止まらない。
『敵を倒せ』
流鬼守の最後の命令。
蒼蓮は静かに応えた。
『承知した』
次の瞬間。
蒼蓮が人の姿を取る。
蒼い髪。
蒼い瞳。
蒼い炎を纏う剣士。
それは刀ではない。
それは蒼蓮そのものだった。
アーテルは初めて表情を変える。
「刀が……実体化しただと」
蒼蓮はゆっくりと刀を構える。
周囲の空間が軋む。
暴食の牙が震える。
インデュラが唸る。
『アーテル』
蒼蓮は静かに告げる。
『ここから先は』
『流鬼守ではない』
蒼い炎が天へ昇る。
『蒼蓮が相手をする』
そして。
蒼と黒。
二つの怪物が。
ついに真正面から激突した。
to be continued
あとがき
どうも、作者の夜城こはくです。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
物語が進むにつれて登場人物も増えてきました。実は作者自身も「あれ、このキャラどんな設定だったっけ?」となることが増えてきています。
そのため、近いうちに登場人物や刀、組織などをまとめた設定集を書いてみようと思っています。物語をより楽しめる内容にしたいので、よければそちらも読んでいただけると嬉しいです。
これからも陽斗たちの戦いは続いていきます。黒刻の目的とは何なのか。そして陽炎に隠された真実とは――。
今後の展開も楽しみにしていただければ幸いです。
それでは、また次回お会いしましょう。
さようなら。




