刀剣解放(ブレードリベレイト)④
前回のあらすじ
祖父から譲り受けた刀「陽炎」と出会い、解放者となった天城陽斗。数々の試練を乗り越えながら成長を続ける陽斗は、黒刻との戦いの中で未完成ながらも刀剣解放を習得した。
一方、第三の試練では門番・流鬼守の過去が語られる。
黒刻の大規模襲撃を受けた解放者たちは防衛戦を展開するが、その最中に黒刻最強の存在であるNo.1、アーテル・ソル・■■■■■が出現。
流鬼守は愛刀・蒼蓮と共に応戦するが、圧倒的な力の前に追い詰められていく。
刀剣解放を持たない流鬼守は、自ら編み出した「蓄積戦力」と「還元」を駆使して戦う。しかしアーテルの刀インデュラは第二段階「暴食」を発動し、戦況は絶望的なものとなった。
仲間たちを逃がした流鬼守は最後の決断を下す。
己の全てを蒼蓮へ託し、「蓄積戦力全解放」「200%還元」を発動。
流鬼守の身体を受け継いだ蒼蓮は実体化し、黒刻No.1との決戦へ挑む。
蒼と黒。
二つの怪物の戦いが、今始まろうとしていた――。
最後の力
「なんだよ……その力は」
アーテルは初めて焦りを見せていた。
蒼蓮――いや、蒼華へと変貌した存在は、先ほどまでとは別次元の力を放っている。
黒い海を切り裂きながら前進するその姿は、まるで災厄そのものだった。
「返事をしろよ、流鬼守!」
アーテルが叫ぶ。
だが返ってきたのは、かつての門番の声ではなかった。
『流鬼守はもうこの世にはいない』
蒼い炎が揺らめく。
『今の私は蒼華』
その名を告げた瞬間、周囲の空気が震えた。
「蒼華……」
アーテルは刀を握り直す。
「なんだよ、その力は」
「どこから湧き出てくる」
蒼華は静かに目を閉じた。
そして答える。
『これは想いの力』
『自分のことを応援している者が一人でもいる限り』
『力は湧き続ける』
戦場の向こう。
逃げ延びた隊員たち。
情報管理局。
守備隊。
流鬼守を知る全ての者たち。
その願いが蒼華を支えていた。
「実質無限ってことか」
アーテルが苦笑する。
『そうかもしれないな』
蒼華は刀を構える。
その刀身は青く燃えていた。
『蒼焉』
蒼い炎が圧縮される。
空が軋む。
大地が悲鳴を上げる。
アーテルの表情が変わる。
本能が危険を告げていた。
「インデュラ!」
「暴食を最大出力だ!」
黒い海が荒れ狂う。
無数の牙が空を埋め尽くす。
しかし蒼華は止まらない。
『もうあまり残っていないな』
蒼華の身体にも亀裂が走る。
流鬼守から託された力。
それも限界が近い。
『だから』
蒼い炎が赤く染まり始める。
蒼と紅。
相反する二つの力が混ざり合う。
アーテルが目を見開いた。
「まさか……」
『これで決める』
蒼華は静かに宣言する。
『混合――赫蒼』
その瞬間。
蒼と紅の光が天を貫いた。
世界が染まる。
蒼でもない。
紅でもない。
二つが混ざり合った極光が、アーテルへ向けて放たれた。
そして。
決着の時が訪れる。
決死の戦い
『倒せたか……』
(全ての力を使ってしまった)
(あぁ……少しずつ体が崩壊していく)
蒼華の身体が光となって崩れ始める。
「俺はここでくたばるもんか」
煙の中からアーテルが現れた。
全身が傷だらけだった。
だが、その瞳はまだ死んでいない。
「暴食」
「俺の体を支えろ」
黒い液体が傷口を覆い、無理やり身体を動かす。
「お前を今から黒刻の本拠地に連れていく」
アーテルが蒼華へ向かって歩き出す。
その時だった。
「それは困るな」
静かな声が響く。
「誰だ、お前は」
「陽炎の継承者といえば分かるか」
アーテルの動きが止まる。
「なるほど」
「お前が月城悠真か」
「へぇ〜、それは分かるんだ」
「当然だ」
アーテルは笑う。
「黒刻がお前を追っている理由の一つだからな」
悠真は蒼華を見る。
崩壊は止まらない。
残された時間は少ない。
「残念だけど流鬼守は置いていって貰おうか」
「残念だが、それは無理だ」
アーテルが刀を構える。
「力づくでも返してもらうよ」
悠真はゆっくりと陽炎へ手を添えた。
「幻炎」
その瞬間。
姿が揺らぐ。
消えたわけではない。
認識できなくなったのだ。
「またその力か」
アーテルが周囲を警戒する。
次の瞬間。
アーテルの真横で声が響いた。
「陽炎 抜刀術 一式」
「無炎」
キィィィン――
金属音が響く。
アーテルは反射的にインデュラを振り抜いていた。
斬撃は防がれた。
しかし。
アーテルの頬から一筋の血が流れる。
「……なるほど」
アーテルが血を拭う。
「今のを防いだのか」
悠真が少し驚く。
「黒刻No.1は伊達じゃないってことだ」
アーテルは笑う。
「面白い」
「陽炎の継承者」
「お前ともいずれ戦ってみたい」
戦場に再び緊張が走る。
だが今のアーテルも悠真も万全ではない。
互いに相手の実力を測りながら睨み合う。
そして蒼華の崩壊は刻一刻と進んでいた。
さらば、友よ
「だが――」
アーテルはインデュラを肩に担ぐ。
「もう目的は完遂した」
悠真の表情が険しくなる。
「何だと」
「我々はここで撤退する」
黒い瘴気が周囲に広がる。
戦場に残っていた黒刻の隊員たちも動きを止めた。
まるで最初から決まっていたかのように。
「待て!」
悠真が一歩踏み出す。
「流鬼守を返せ!」
アーテルは振り返らない。
ただ静かに右手を上げる。
「詠唱破棄――」
空間が歪む。
黒い裂け目が出現した。
「禁術」
裂け目の向こうには何も見えない。
底のない闇だけが広がっている。
「次元移動」
ゴォォォォォ――
巨大な門が開く。
悠真は刀を抜こうとする。
だがアーテルは微笑んだ。
「焦るな」
「今は戦う時ではない」
「何を言っている」
アーテルは崩壊を続ける蒼華を見た。
そして静かに言う。
「我らは黒刻」
その声は不思議と戦場全体に響いた。
「世界の真理を知り」
「世界へ伝え」
「そして――」
一瞬だけ笑みが消える。
「世界を救う組織だ」
悠真の眉がひそむ。
「救うだと?」
「そうだ」
アーテルは答える。
「いずれ分かる」
次元の門がさらに広がる。
黒刻の隊員たちが次々と吸い込まれていく。
「待て!」
悠真が追おうとする。
だがアーテルは最後に振り返った。
その瞳に敵意はなかった。
まるで旧友を見るような目だった。
「さらば、悠真」
風が吹く。
黒い門が揺らめく。
「また会う日まで」
そして。
「さようなら」
アーテルの姿が闇の中へ消える。
同時に門も閉じた。
静寂。
残されたのは崩壊した戦場だけだった。
悠真は握った拳を震わせる。
「黒刻……」
蒼華は既に消えかけている。
流鬼守も連れ去られた。
だが一つだけ分かったことがある。
黒刻はただの悪の組織ではない。
何かを知っている。
何かを隠している。
そしてその真実は――
世界そのものを揺るがすものなのかもしれなかった。
失ったもの
ピーッ――
戦場に残された通信機から音が響く。
『こちら、情報管理局』
『被害状況をお伝えします』
その場にいた隊員たちが静かに耳を傾けた。
誰も言葉を発しない。
ただ報告を待つ。
『第53隊』
『20名中15名負傷』
『内8名死亡』
重い沈黙が流れる。
仲間の名前が脳裏をよぎる。
つい昨日まで共に笑っていた仲間たち。
その多くがもう戻らない。
『第68隊』
『15名中8名負傷』
『3名死亡』
通信担当の声も震えていた。
誰もが限界だった。
今回の襲撃は過去最大規模。
しかも相手は黒刻。
それもNo.1自らが出陣した戦いだった。
そして。
最も重い報告が告げられる。
『第三の門番』
『流鬼守』
隊員たちが息を呑む。
『死亡及び拉致』
その瞬間。
戦場から音が消えた。
誰も言葉を発せない。
流鬼守は守護者だった。
誰よりも仲間を想い、
誰よりも前線に立ち続けた男だった。
一人の隊員が拳を握る。
「そんな……」
別の隊員は俯く。
「嘘だろ……」
しかし情報管理局は続ける。
『なお』
『死亡は戦闘中の生命反応消失による判定です』
『黒刻No.1アーテルによって連行される様子を複数確認』
『生存の可能性は否定できません』
その言葉に僅かな希望が生まれる。
死んだ。
だが連れ去られた。
ならば。
まだ生きているかもしれない。
悠真は崩壊した戦場を見つめる。
流鬼守が最後まで守った場所。
蒼蓮が消えた場所。
「待ってろ」
小さく呟く。
「必ず連れ戻す」
風が吹く。
戦いは終わった。
だが――
黒刻との本当の戦いは、
今始まったばかりだった。
変わり果てた流鬼守
「そうなのか……ファルクス」
陽斗は目の前の男を見つめる。
第三の試練で戦った敵。
黒刻No.27。
カエド・ファルクス。
だが今の話を聞けば、その正体は――。
「返事をしろ」
陽斗が呼びかける。
しばらく沈黙が続く。
そして。
「そうだ、そうだ」
ファルクスは苦笑した。
「俺は元第三の門番」
「流鬼守だ」
陽斗の目が見開かれる。
『やはりか』
陽炎が静かに呟いた。
『気配にどこか面影があった』
ファルクスは空を見上げる。
「だが、あの日俺は倒された」
脳裏に浮かぶ。
黒い空。
アーテル。
蒼蓮。
そして最後の戦い。
「俺は黒刻に連れ去られた」
「そして人体改造を受けた」
陽斗は言葉を失う。
「人体改造……」
「正確には違うな」
ファルクスは自分の胸を軽く叩く。
コン、と金属音が鳴った。
「俺の体は死んでいる」
「何……?」
「今の俺は死人だ」
静かな声だった。
しかしその言葉の重みは大きい。
「体内に半永久エネルギー炉を取り付けられて生きている」
「半永久エネルギー炉……」
『聞いたことがない』
陽炎も驚いている。
「黒刻の技術だ」
ファルクスは肩をすくめた。
「心臓の代わりみたいなものだな」
「それが動いている限り俺は動ける」
「逆に言えば」
ファルクスは自分の胸を指差した。
「エネルギー炉が弱点だ」
「エネルギー炉がなければ活動できない」
陽斗は眉をひそめる。
「自ら弱点を話すのか」
敵にそんなことを言う理由が分からない。
だが。
ファルクスは笑った。
昔の流鬼守を思わせる笑みだった。
「こう見えても優しいんだよ」
「どこがだよ」
陽斗が即座に突っ込む。
ファルクスは声を上げて笑った。
「ははは!」
「そうだよな」
だが次の瞬間。
その笑みが少しだけ寂しげになる。
「本当はな」
「俺だって帰りたいんだ」
風が吹く。
その言葉に陽斗は何も返せなかった。
黒刻No.27。
カエド・ファルクス。
彼は敵だった。
だが同時に――
帰る場所を失った元門番でもあった。
無炎
「エネルギー還元」
ファルクスの胸部が青白く輝く。
埋め込まれた半永久エネルギー炉が唸りを上げた。
「5%」
全身に力が巡る。
「打て――蒼打」
ドンッ!!
圧縮された衝撃波が陽斗へ襲いかかる。
「くっ!」
陽斗はなんとか受け流す。
だが腕が痺れる。
(重い……)
(これが元門番の力か)
「陽炎」
陽斗は小さく呟く。
「俺は逃げたほうがいいのか」
『逃げてもまたすぐに捕まる』
陽炎の声は冷静だった。
『すぐ戦いになる』
「そうか……」
陽斗は刀を握り直す。
逃げても意味はない。
ならば。
今できることをするしかない。
「あんたの前の持ち主が使っていた抜刀術は俺は使えるのか?」
陽炎は少し黙る。
『可能ではある』
『だが、あやつは少し特殊だった』
「特殊?」
『刀剣解放せずに抜刀術を使っていた』
「なんだそれ」
陽斗が驚く。
刀剣解放を前提とする技を通常状態で使うなど聞いたことがない。
『今のお前は刀剣解放している』
『だが、一式はかなりの体力を使う』
『今のお前では反動も大きい』
陽斗は笑う。
「それでも効果はあるんだろう」
『あぁ』
『少しは効果がある』
「なら十分だ」
陽斗はゆっくりと目を閉じる。
呼吸を整える。
刀を腰へ。
全神経を刀に集中させる。
ファルクスも構える。
「何をするつもりだ」
「試してみるだけだ」
陽斗の周囲から音が消える。
風が止まる。
時間がゆっくり流れるような感覚。
そして。
「陽炎――抜刀術 一式」
刀身が僅かに震える。
「無炎」
シュッ――
次の瞬間。
陽斗の姿が消えた。
「なっ!?」
ファルクスの目が見開かれる。
視認できない。
気配もない。
殺気もない。
そして――
一筋の斬線がファルクスの肩を切り裂いた。
「ぐっ……!」
血が舞う。
陽斗は数メートル先で膝をつく。
「はぁ……はぁ……」
息が荒い。
体力の消耗も激しい。
しかし、
ファルクスは傷口を押さえながら笑っていた。
「なるほどな」
「確かに使えている」
「だがまだ未熟だ」
陽斗が立ち上がる。
「分かってる」
「だから強くなる」
ファルクスは刀を構え直した。
「なら見せてみろ」
「陽炎の継承者」
「お前の覚悟を」
疲労と負った傷
(体が重い……)
陽斗は荒い呼吸を繰り返す。
肩で息をしながら陽炎を支えるように握る。
(息が荒い)
(体力を使いすぎた)
抜刀術一式。
今の陽斗にはまだ荷が重かった。
足が震える。
視界も少し霞んでいる。
(あいつは多少傷を負っただけだ)
ファルクスの肩から血は流れている。
だが致命傷には程遠い。
戦闘能力もほとんど落ちていない。
対して陽斗は限界が近い。
(これはもう逃げるしかないのか)
そんな考えが頭をよぎる。
その瞬間だった。
「どうした」
ファルクスがゆっくり歩いてくる。
「そんなものか」
一歩。
また一歩。
石畳を踏む音が響く。
「陽炎の継承者はそんなものなのか」
陽斗は歯を食いしばる。
悔しい。
何も言い返せない。
実力差は明らかだった。
だが――
『陽斗』
陽炎が静かに語りかける。
『諦めるな』
「でも……」
『あやつを見ろ』
陽斗は顔を上げる。
ファルクスの姿を見る。
そして気づく。
「……?」
肩の傷。
そこから漏れ出ているのは血だけではない。
青白い光。
まるで何かのエネルギーが流出しているようだった。
『半永久エネルギー炉だ』
『無炎は傷だけではなく内部にも届いている』
陽斗の目が見開かれる。
『あやつも無傷ではない』
ファルクスは苦笑した。
「流石だな」
「そこまで見抜くか」
胸元の装甲の隙間から青い光が漏れている。
「だがな」
ファルクスは刀を構える。
「それでも俺が有利なことに変わりはない」
エネルギーが刀へ流れ込む。
「エネルギー還元」
ゴォッ――
蒼い光が溢れる。
「10%」
陽斗の顔が引きつる。
先ほどより出力が高い。
「来い」
ファルクスが言う。
「逃げるなら今のうちだ」
「戦うなら覚悟を決めろ」
陽斗は震える手で陽炎を握る。
逃げれば生き残れるかもしれない。
だが、
ここで逃げ続ければ。
いつまでも追われる側のままだ。
陽炎が静かに問いかける。
『どうする、陽斗』
陽斗はゆっくり立ち上がった。
震える足を無理やり前へ出す。
そして、
刀を構えた。
「決まってるだろ」
目の奥に闘志が灯る。
「俺は――」
「まだ負けてない」
進化する抜刀術
「陽炎――抜刀術 二式 発展」
陽斗は残る力を振り絞る。
刀身に淡い炎が灯る。
「朧月――断界」
その瞬間。
斬撃が放たれた。
だがそれはただの斬撃ではない。
空間そのものを切り裂くような一撃。
白い月光のような軌跡がファルクスへ迫る。
「っ!」
ファルクスは即座に後退する。
斬撃は肩を掠め、
胸部装甲の一部を切り裂いた。
バチバチッ――
青白い火花が散る。
その時だった。
ピピピピ――
突然、ファルクスの体内から警告音が鳴り響く。
「……?」
陽斗が眉をひそめる。
そして機械的な音声が流れ始めた。
『エネルギーロ ソンショウカクニン』
『マモナク ウンテンテイシ』
『イソイデ テッタイ シテクダサイ』
ファルクスは舌打ちする。
「ちっ……」
胸部から漏れる光が不安定になる。
「時間切れかよ」
陽斗は陽炎を構えたまま睨む。
「……」
ファルクスは苦笑した。
「もうちょっと遊びたかったんだがな」
「遊びってレベルじゃないだろ」
「ははっ、それもそうだ」
かつての流鬼守を思わせる笑み。
だが次の瞬間には黒刻の幹部の顔へ戻る。
「今回はここまでだ」
ファルクスが片手を上げる。
空間が歪む。
「禁術――次元移動」
黒い裂け目が出現する。
見覚えのある術。
アーテルが使ったものと同じだった。
「待て!」
陽斗が叫ぶ。
だがファルクスは振り返らない。
裂け目へ歩きながら言う。
「陽斗」
「次に会う時までに強くなれ」
「今のお前じゃ黒刻には勝てない」
裂け目の前で立ち止まる。
そして小さく笑った。
「それと」
「陽炎を大切にな」
『……』
陽炎は何も答えない。
ファルクスもそれ以上は何も言わなかった。
そのまま闇の中へ消えていく。
ゴォォォ……
裂け目が閉じる。
静寂が戻った。
陽斗はその場に膝をつく。
「はぁ……」
全身が悲鳴を上げている。
だが。
ファルクスを撤退させた。
完全な勝利ではない。
それでも確かな一歩だった。
そして陽炎は静かに呟く。
『陽斗』
『今の技』
『断界はまだ完成していない』
「え?」
『完成すれば』
『空間すら断ち切る』
陽斗は苦笑する。
「またとんでもない技を覚えたな」
空を見上げる。
黒刻。
流鬼守。
そしてまだ見ぬ真実。
戦いは終わっていない。
むしろ――
ここからが始まりだった。
治癒と連絡
「気が付きましたか、恒一様」
静かな声が聞こえる。
消毒液の匂い。
白い天井。
規則的に鳴る医療機器の音。
「ここは……どこだ……」
宮本恒一は重い瞼を開いた。
身体を動かそうとして激痛が走る。
「ぐっ……」
「まだ無理に動かないでください」
白衣を着た女性が恒一を制止する。
「そうか……」
恒一は天井を見上げる。
戦いの記憶が少しずつ蘇る。
陽炎。
刀剣解放。
そして最後の一撃。
「俺は陽斗に斬られて崩壊して……ここに来たんだな」
女性は静かに頷いた。
「ここは総合治療室です」
「第四の試練の門番が管理する医療施設になります」
「なるほどな……」
恒一は小さく笑った。
「生きてるだけ運が良かったか」
女性はカルテを確認する。
「あなたの体は鳩尾から斬られていました」
「あと数センチずれていたら即死でした」
恒一は目を閉じる。
あの時の感覚を思い出す。
刀が見えなかった。
気付いた時には斬られていた。
「相当強い相手だったと思いますが、どうでしたか?」
恒一はしばらく考える。
そして答えた。
「結構なやり手だったと思います」
「ですが?」
女性が続きを促す。
恒一は笑う。
「まだまだ未熟だな」
「未熟……ですか?」
「技は荒い」
「経験も足りない」
「迷いもある」
「だけどな」
恒一の表情が少し変わる。
「才能だけなら今まで見た中でも上位だ」
「それほどですか」
「あぁ」
恒一は天井へ視線を向ける。
「あいつはまだ刀に振り回されている」
「だが、刀を振るう理由は持っている」
「そういうやつは強くなる」
女性はメモを取る。
「天城陽斗……ですか」
「覚えておけ」
恒一は静かに言う。
「たぶん、あいつは近いうちに試練そのものを変える存在になる」
治療室に静寂が流れる。
その時。
ピーッ
部屋の通信端末が鳴った。
「こちら総合治療室」
女性が応答する。
すると通信相手は慌てた様子で叫んだ。
『緊急連絡です!』
『第一試練付近で黒刻の大規模襲撃を確認!』
恒一の目が見開かれる。
『幹部クラスの反応あり!』
『門番各員へ至急通達!』
治療室の空気が一変した。
恒一はゆっくり拳を握る。
「黒刻か……」
そして誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「陽斗」
「次はもっと厄介な相手になるぞ」
黒刻大規模襲撃前 ― 幹部会議
黒刻本部。
巨大な円卓を囲むように幹部たちが座っている。
薄暗い会議室には不気味な静寂が漂っていた。
「皆のもの集まったか」
円卓の最上席。
No.1 アーテル・ソル・■■■■■が口を開く。
「No.15はどこにいる」
No.5 セラフィア・ルナティカが辺りを見回す。
「さぁ〜?」
No.6 セルペンス・クロウが肩をすくめた。
「いつもどこにいるのか分からないし放置でいいんじゃない?」
「どうせ開発局にいるでしょ」
「どうでもいいぜ」
No.9 ゼノ・フェンリルが机に足を乗せる。
「早く始めやがれ」
アーテルは小さくため息をついた。
「今日集まってもらったのは大規模襲撃についてだ」
その言葉に数人の幹部が反応する。
「また現世かぁ〜」
No.12 ガルド・レイヴンが机に突っ伏した。
「嫌なんですけど」
「やった〜!」
No.18 フェルム・オルドが笑う。
「現世だ!」
「強いやついるかな?」
「どうでもいい」
No.27 カエド・ファルクスが立ち上がる。
「俺はここで帰らせてもらう」
「え〜」
セラフィアが不満そうな声を上げる。
「もう帰っちゃうの?」
「まだ場所とか何も決めてないよ?」
「うるせぇ」
ファルクスは振り返らない。
「俺は好き勝手させてもらうぜ」
そう言って出口へ向かう。
「あぁ、行っちゃった」
クロウが笑った。
「で、どうする?」
アーテルは指を組む。
「今回の目的は解放者ではない」
その場の空気が変わる。
「伝説の刀――龍聖の回収だ」
一瞬、沈黙。
そして。
「ついにやるんだ」
クロウが興味深そうに笑う。
「はぁ〜」
ガルドはやる気なさそうに椅子へもたれた。
「めんどくさい」
「敵と戦うのめんどくさい〜」
「出来れば戦わず回収したい」
アーテルは静かに言う。
「だが無理だろう」
「でもさ」
No.22 エクリプス・ノワールが口を開く。
「今どこにあるか分かるの?」
「分からない」
アーテルは即答した。
「だから先遣隊を送ろうと考えている」
「なるほどな」
クロウが頷く。
「とりまNo.27は確定だろ」
「あいつなら場所とか詳しそうだしな」
「だったら」
セラフィアが手を挙げる。
「No.15も連れていっていいと思う」
「模倣の力で騙しながら探してもらえば良さそう」
「確かに」
「便利だな」
「本人が来ればだけどな」
会議室に小さな笑いが起こる。
アーテルは立ち上がった。
「なら決まりだ」
「No.15 イミタティオ」
「No.27 カエド・ファルクス」
「両名に先遣隊を任せる」
「異論はないな」
「あぁ、問題ねぇ」
ゼノが答える。
「いいね〜」
フェルムが笑う。
「頑張って〜」
アーテルは最後に告げた。
「出発日時は各自で調整しろ」
「龍聖を必ず見つけ出せ」
「わかりました」
幹部たちが席を立つ。
だが誰も気付かなかった。
会議室の天井裏。
そこに一つの影が潜んでいたことを。
そしてその影が。
「龍聖……か」
静かに呟いたことを。
黒刻の計画は、すでに誰かに知られていた。
総合治療室
ピーッ
「第三の試練で黒刻No.27と衝突した男性の治療をお願いします」
通信室に緊張した声が響く。
「急患ですね。わかりました。急いで搬送してください」
「了解。54隊、急いで搬送しろ」
ストレッチャーの準備が進められる。
「すみませんが、お名前を教えてください」
「名前を聞きたいところですが、その人、気絶していて聞けません」
「わかりました。できるだけ急いで搬送をお願いします」
ピッ、ピッ、ピッ――
数時間後。
総合治療室。
消毒液の匂いが漂う静かな部屋で、一人の少年がゆっくりと目を開いた。
「……」
ぼやける視界。
重い身体。
全身に走る痛み。
「気が付きましたか」
白衣を着た女性がこちらを見ていた。
「ここはどこだ……」
陽斗は起き上がろうとする。
だが激痛が走った。
「ぐっ……!」
「まだ動かないで」
女性は肩を押さえる。
「体のあちこちが折れているのよ」
「そんなこと言ってる場合じゃない」
陽斗は歯を食いしばる。
「急いで行かないと……」
「誰か、鎮静剤をお願いします」
看護師が慌てて薬を取りに走る。
「待て!」
陽斗は必死に身体を起こした。
「ファルクスが……」
「黒刻が……」
その時。
病室の入口から聞き慣れた声がした。
「陽斗じゃないか」
「!」
陽斗が振り向く。
そこには腕に包帯を巻いた男が立っていた。
「なんでいるんだよ……」
驚きと呆れが混じった声が漏れる。
「宮本恒一」
第一の試練の門番。
かつて陽斗と戦った男だった。
恒一は苦笑する。
「それはこっちの台詞だ」
「聞いたぞ」
「No.27と戦ったらしいな」
「無茶しやがって」
陽斗は拳を握る。
「ファルクスを追わないといけないんだ」
「流鬼守さんのこともある」
「黒刻の目的も分かってない」
恒一は静かに椅子へ腰掛けた。
「焦るな」
「今のお前じゃ立つこともできない」
「でも――」
「でもじゃねぇ」
恒一の声が少し強くなる。
「お前は今、生きてる」
「それだけで十分だ」
病室が静まり返る。
陽斗は悔しそうにシーツを握り締めた。
「……」
恒一は窓の外を見る。
「それに」
「お前が寝てる間に色々動いてる」
「情報管理局も黒刻の動きを追ってる」
「門番たちも動き始めてる」
「だから今は休め」
「次の戦いのためにな」
陽斗は目を閉じる。
脳裏に浮かぶのはファルクスの姿。
そして連れ去られた流鬼守。
(絶対に助け出す)
その決意だけは、どれだけ傷ついても揺らがなかった。
To Be Continued
あとがき
どうも、作者の夜城こはくです。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
物語も少しずつ進み、登場人物や設定もかなり増えてきました。書いている本人も設定集を見返しながら執筆している状態です。
最近の悩みは表紙です。
小説を書くのは好きなのですが、イラストはあまり得意ではないので、「この物語の表紙をどうしようかな」と日々悩みながら描いています。
もし描いてみたいと思ってくださる方がいましたら、ぜひ描いていただけると嬉しいです。
陽斗や陽炎、黒刻のメンバーたちがどんな姿なのか、皆さんの想像も見てみたいなと思っています。
次回はさらに物語の核心に近づいていきます。
陽斗たちの戦いの行方、そして黒刻の真の目的とは何なのか。
ぜひ続きも楽しみにしていてください。
それではまた次回。
さようなら。




