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第436話 女王万歳

 新開市には、そそっかしい人間がいた。祭りが好きな人間がいた。話題に飢え、昨日まで知らなかったことでも「面白そう」という理由だけで今日には最前列へ立っている人間がいた。そういう者たちにとって、アリツェ・ヴァーツラフコヴァーが新開市の女王と呼ばれていることも、その本人が王冠を返そうとしていることも、すでに新鮮な話ではなかった。女王陛下が権限を返す。王冠を解体する。統治権を街へ戻す。それ自体は大切なのだろうが、毎日のように何かが爆発し、巨大ドローンが歩き、ヒーローとヴィランが同じ道路を使い、昨日敵だった者が今日には復旧工事を手伝っている新開市において、「制度が少しずつ正常化している」という話題は、どうにも祭りになりにくかった。だが、そこへ《立憲君主制》という言葉が混ざった。権力を返したあともアリスは女王として残るかもしれない。新開市が正式に女王を持つかもしれない。市民投票になるかもしれない。そう聞いた瞬間、それまで興味の薄かった人間たちの目が一斉に輝いた。政治制度の理解など、その後でよかった。


 翌朝、アリスはいつもより早く目を覚ました。


 理由は、窓の外が妙に明るかったからである。


「……何」


 まだ寝ぼけたまま白いフードを引っかけ、カーテンへ手を伸ばす。外から何かが窓へ当たり、さらりと落ちた。花びらだった。白。赤。淡い桃色。さらに何枚も降ってくる。アリスは嫌な予感とともにカーテンを開いた。


 向かいのビルいっぱいに、自分の顔が映っていた。


 黒髪。赤い目。白いフード。実物よりずっと凛々しく加工され、なぜか頭上に透き通った巨大な王冠まで載っている。その隣には大きな文字が光っていた。


《新開市の女王陛下万歳!》


 アリスは数秒、動かなかった。


 さらに右隣のビル。


《権力はいらない! でも女王はいてほしい!》


 左。


《女王陛下を新開市の象徴に!》


 遥か下の道路では、人波がすでに動いていた。花を積んだ車両。ホログラム投影車。アリスの肖像を掲げた屋台。白い布をまとったアリス系民生ドローン。黒く塗装され巨大な偽腕を背負わされたシュヴァロフ風の作業機まで歩いている。その後ろには三対の腕を付けられたコロボチェニィク風、紙と薄板で翼を作られたグリンフォン風、小型ドローンを数十機束ねて「バンダースナッチ!」と書かれた集団まで続き、最後には薄い蝶型パネルを付けた機体が《ハートの女王》と書かれた旗を引いていた。


 アリスは窓を開けた。


「何で一晩でこうなるの!?」


 路上の誰かが上を見た。


「女王陛下だ!」


「出た!」


「陛下ー!」


「万歳ー!」


 歓声が跳ね返ってきた。


 アリスは窓を閉めた。


 隣で目を覚ましたトミーが窓際へ跳び、しばらく外を眺める。


「新開市は挑戦も好きだが、大騒ぎする方がもっと好きなようだな」


「他人事みたいに言うな!」


「俺はウサギだからな」


「関係ない!」


 その瞬間、下を歩いていた一機のドローンがこちらへ横を向いた。頭に長いウサギ耳が二本付いている。


 トミーが止まる。


「……あれ俺?」


「家族に入れられてる」


「今更だろ」


「納得するな!」


     *


 アリスが三岐透子へ連絡した頃には、祭りはさらに拡大していた。正確には祭りではない。少なくとも行政上は複数の政治集会、応援行進、市民文化イベント、商店街企画、民間広告、制度討論会、それに便乗した自主的な路上催事が同じ日に重なっているだけだった。だから余計に止めづらかった。


「止めて!」


『何をですか』


「全部!」


『具体的に』


「花!」


『飛行許可と散布物の安全確認は取れています』


「看板!」


『私有ビルの広告枠を正規契約しています』


「パレード!」


『申請済みです』


「私!」


 三岐が一拍黙った。


『それは私には止められません』


「何で!」


『市民には、あなたを支持する自由があります』


「そんな自由いらない!」


『あなたには決められません』


 アリスは端末を睨んだ。三岐はさらに淡々と続ける。


『ただし、公式行事を装っているもの、公的肩書の使用許可を得ていないもの、肖像権上問題のある商業利用については順次対応しています』


「全部私の顔!」


『支持活動として許容される範囲もあります』


「嫌!」


『嫌であることと違法であることは別です』


「法律嫌い!」


『昨日も聞きました』


 通話が終わる。アリスはしばらく端末を握ったまま立っていたが、外からまた「女王陛下万歳!」という声が聞こえ、今度は反射的にカーテンまで閉めた。


 それでも街の様子は端末から入ってくる。商店街では《女王陛下記念ランチ》が始まり、菓子店が王冠型の焼き菓子を売り、衣料店では白いフード風ジャケットが並んだ。ある市民団体は《立憲女王応援週間》を勝手に宣言し、別の団体は《歯車の女王大行進》を申請していた。


「まだ投票もしてない!」


 トミーが葉物を齧る。


「先に祝ってるんだろ」


「何を!」


「決まった時の手間が減る」


「決めるな!」


 アリスは今度はアザドへ連絡した。


     *


「お前らでしょ!」


 オールドユニオン現地施設の会議室で、アザドは端末に映ったアリスの顔と、その背後の窓いっぱいに降る花びらを見比べた。


「何が」


「これ!」


 アリスが端末を外へ向ける。


「陛下万歳ー!」


 遠くから声。


 アザドは数秒黙った。


「いや」


「嘘!」


「本国の仕事は立憲君主制の根回しだ」


「同じ!」


「違う」


「どこが!」


「これは祭り」


 アリスは一瞬言葉を失った。


「お前らが始めた!」


「きっかけはな」


「責任取れ!」


「どうやって」


「止めろ!」


「新開市民に?」


「そう!」


 アザドは窓の向こうを見た。OU施設前にもすでに《女王を返すな》と書かれた旗を持つ人間が何人か集まっている。


「無理だろ」


「やれ!」


「軍出す?」


「絶対出すな!」


「じゃあ無理」


「役に立たない!」


 アザドは少し笑った。


「俺らも引いてるから安心しろ」


「何を安心するんだよ!」


 実際、オールドユニオン側も予想していなかった。彼らが考えていたのは制度論だった。象徴君主制。対外的代表。市民主権との両立。アリスの社会的権威を統治権から切り離し、憲法的枠の中へ置く。それなりに真面目な政治工作だった。それが新開市へ投げ込まれると、数日もしないうちに花びらとパレードと限定ランチになった。


 新開市は、政治制度ですら祭りへ加工できる街だった。


     *


 その変化は、《LEDGER》にもはっきり現れていた。


 御厨綴は静かな分析室で、ここ数日の群衆行動予測を見ていた。急増していた《復旧保全共同隊突破》《新開市VS日本国》《挑戦者募集》といった語が急速に減っている。その代わりに《女王》《戴冠》《アリス万歳》《パレード》《立憲女王》《女王祭》が膨大な速度で増えていた。


《復旧保全共同隊への再挑戦参加意向:低下》


《女王関連催事参加意向:急上昇》


《同一人物群の話題遷移率:高》


 御厨は少しだけ笑った。


「……移りましたねえ」


 マティアスへ結果を送ると、すぐ返事が来た。


『工事現場、今日は静かよ』


「よかったですね」


『よかったんだけど』


「何か?」


『私たちを突破するって騒いでた連中、ほとんど女王祭り行った』


「はい」


『……私、アリスに助けられた?』


「結果としては」


『本人絶対喜ばないわね』


「でしょうねえ」


 その頃、アライアンス現地連絡員も治安機関も、街中の巨大な祭礼状態への対応に人員を割いていた。真鍋は違法行為をしていない群衆を追い払うわけにもいかず、パレード同士が衝突しないよう道路を分け、アリス至上主義者と「象徴には賛成だが女王という名称には反対」な市民団体が同じ広場を予約していたため、互いの時間をずらす作業に追われている。アライアンス側も、人波が重要インフラへ近づかないよう高速機動隊を各所へ配置していた。街中のカメラも配信も、人々の視線も、ほとんどアリスへ向いている。


 御厨は、その状況を見た。


 そして。


 別の端末を開いた。


     *


 機体はひどいものだった。


 新開市の水面下では、違法改造ドローンが珍しくない。盗難機を組み直したもの。警備用機材から安全装置を外したもの。サムライ対策を名目に出力を上げた民間制圧機。企業の廃棄部品を違法に組み合わせたもの。それらは正規市場から見れば粗悪品だが、逆に言えば、誰がどこで組んだか追いにくい。


 御厨が用意した試験体も、三つ以上のメーカーの部品が混じっていた。胴体は旧型警備機。脚部は倉庫作業機を高出力化したもの。右腕は違法競技用に改造された多関節アーム。左腕は警備用拘束装置。センサーは中古。外装は最低限しかなく、内部配線が何本も露出している。


「酷い身体ですねえ」


 御厨は機体の前に立っていた。


 正式なアライアンス施設ではない。新開市外縁の使われていない作業場を一時的に借りた。申請上は解析機材の保管。実際には、誰にも見せていない。


 御厨の端末には《LEDGER》がある。


 記録。


 予測。


 反実仮想。


 現在行動。


 役割変更。


 義弘から得た人間判断のモデル。


 だが。


 身体。


 ない。


 御厨はケーブルを接続した。


《PHYSICAL INTERFACE CONNECTED》


 機体のセンサーが点灯する。


 御厨はしばらく見た。


「歩けますか」


 当然。


 返事。


 ない。


 命令。


 送る。


 機体。


 一歩。


 前。


 出る。


 少し。


 ふらつく。


「……まあ」


 御厨は苦笑する。


「最初ですからねえ」


     *


 最初の対象は、過去に犯罪を犯しただけの人間ではなかった。今、犯罪をしている男だった。


 元サムライ・ヴィラン。現在は半ば引退状態だったが、裏では盗難ドローンの再販と違法装備の仲介を続けている。《LEDGER》は企業取引、公開通信、過去の接触履歴から取引の場所と時間をかなり高い確率で推定していた。本来なら真鍋へ情報を渡せばいい。証拠を積み、正式に捜査すればいい。


 御厨は。


 渡さなかった。


「試験だけです」


 誰にともなく、そう言った。


 夜。旧倉庫街。男が盗難機の部品を受け渡しているところへ、試験体が入った。


「何だ、お前」


 男は警戒し、サムライ装備の片腕だけを展開した。


 《LEDGER》は読む。


《右腕による牽制:61%》


《後退:27%》


《逃走:12%》


 試験体。


 右。


 構える。


 男。


 左。


 踏み込む。


 拳。


 直撃。


 試験体が壁へ吹き飛ぶ。


《予測誤差:大》


 御厨は遠隔画面を見る。


「遅いですねえ」


 男がもう一歩。試験体は起き上がる。肩。視線。腰。踏み込み。武器の角度。それらが次々と《LEDGER》へ入る。


《左方回避後、右腕攻撃:43%》


《前方突進:39%》


《後退:18%》


 男。


 前。


 出る。


 今度は試験体が半歩だけ早く動く。


 右腕。


 受けない。


 肩。


 押す。


 重心。


 崩す。


 男。


「っ!」


 次の拳が遅れる。その間に左腕の拘束帯が肘へ巻き付く。


「何だこいつ!」


 男は力任せに引きちぎる。試験体の左腕が外れた。


 それでも。


 データ。


 残る。


 数分後、男は路面へ倒され、脚部を簡易拘束されていた。試験体も片腕を失い、片脚を引きずっている。


 御厨は匿名通報を送った。


 やがて治安機関が来る。


 真鍋は来なかった。今日は女王祭りの交通整理で別区画にいる。


 現場職員が倒れた男と壊れた無人機を見た。


「……何だこれ」


 答える者はいなかった。


     *


 御厨は試験体を回収し、戦闘ログを何度も再生した。予測は遅い。動きも遅い。相手の選択肢を読み切る前に殴られている。だが、最後の一分だけは違った。相手の重心移動と視線の癖を覚え、回避ではなく一歩先の位置へ入り始めている。


 そこへ、義弘から取ったデータを重ねる。


《固定予測への依存低減》


《現在役割変更》


《第三者存在による目的変更》


《退路維持》


《予測失敗時モデル破棄》


 義弘本人がやっていたことを、そのまま真似することはできない。あの男は周囲の人間を見て、自分の目的そのものを平気で変える。だが、「一度出した答えに執着しない」という性質なら落とし込める。


 御厨は新しい演算ルールを追加する。


「外れたら」


 一拍。


「捨てる」


 《LEDGER》が再学習を始めた。


     *


 二度目の試験では、違法ドローン窃盗団三名を対象にした。


 倉庫裏。


 試験体。


 出る。


「また変なの来た!」


 一人。


 右。


 逃げる。


 《LEDGER》。


《右方逃走:58%》


 試験体は。


 追わない。


 先に。


 右。


 立つ。


 男が止まった。


「は?」


 左へ変える。


《進路変更:左》


 試験体の左腕が展開し、壁との間へ遮蔽板を差し込む。


「何で!」


 三人目が背後から殴りかかる。


 試験体。


 振り向かない。


 半歩。


 前。


 出る。


 拳。


 空振り。


 腕。


 後ろへ。


 伸びる。


 手首。


 掴む。


 倒す。


 御厨は遠隔画面を見ながら小さく言った。


「そう」


 一拍。


「そこです」


 追いかけない。


 相手が来る場所へ。


 先に。


 いる。


     *


 三度目。


 四度目。


 五度目。


 試験は続いた。対象はすべて現在進行形で犯罪行為に関わっている者に限定した。それが御厨にとっての線だった。まだ何もしていない人間へは使わない。過去だけでも使わない。違法取引。恐喝。盗難装備。武装強盗。真鍋へ渡せばいい情報を、自分で試してから渡す。それが正しいとは、御厨自身も言えなかった。


 ただ。


 結果は出た。


 《LEDGER》は戦うたびに速くなった。


 サムライ装備を持つ男が腰を落とす。


《跳躍予備動作》


 試験体。


 先に。


 着地点。


 入る。


 男が空中で軌道を変えようとする。


 遅い。


 着地した瞬間、肩と腰を別方向へ押されて崩れる。


「未来見えてんのか!」


 未来ではない。


 今。


 見てる。


 次。


 読む。


 御厨はそう理解していた。


 だがある夜、予測が大きく外れた。


 対象のヴィランが試験体と交戦中、道路脇で転びかけた子供を見た。


《敵対行動継続:72%》


 男。


 攻撃。


 止める。


 子供。


 抱える。


 道路。


 外。


 出す。


 《LEDGER》。


 一瞬。


 止まる。


《現在役割変化》


《敵対継続確率:再計算》


《保護行動:確認》


 試験体の拘束腕も止まった。


 男が振り向く。


「……何だよ」


 子供が走って逃げる。


 男は一度試験体を見たあと、両手を上げた。


「もういい」


《抵抗意思:低下》


 試験体。


 動かない。


 御厨は画面を見ていた。


 義弘。


 思い出す。


『今日は納品だ』


『何かしたら止める』


「……なるほど」


 御厨は少しだけ笑った。


 《LEDGER》は、敵か味方かを固定しなかった。


 それでも。


 義弘本人なら。


 たぶん。


 もっと早く。


 分かった。


     *


 AIは成長した。


 身体はついてこなかった。


 七度目の実戦試験で、試験体は相手の三手先に近い行動候補を出していた。右へ避ければ追撃。後退すれば壁際。跳べば上方。投降すれば停止。その分岐をほとんど同時に計算している。


 だが。


 脚。


 遅い。


 予測位置へ移動する前に、関節が軋む。


 右腕。


 反応。


 追いつかない。


 サーボ。


 焼ける。


 最後の相手を拘束した直後、試験体は立ったまま停止した。


《FRAME ERROR》


《RIGHT LEG ACTUATOR FAILURE》


《LEFT SHOULDER OVERLOAD》


《THERMAL LIMIT》


 御厨は壊れた機体の前へしゃがむ。


「頭に」


 一拍。


「身体が追いつきませんねえ」


 それは困ったことだった。


 そして。


 少し。


 嬉しい。


 問題でもあった。


     *


 同じ頃、新開市の表では、女王祭りが三日目へ入っていた。


 正式名称ではない。誰も主催していない。それでも市民はそう呼び始めている。


《新開市女王祭》


 アリスは、その名称を聞くたびに機嫌が悪くなった。


 窓の外ではまだ花びらが舞っている。


「いつ終わるの」


 トミーが言う。


「飽きたら」


「いつ飽きる」


「知らない」


 下から。


「女王陛下万歳!」


 アリスは窓を開けた。


「やめろー!!」


 一瞬。


 静か。


 なる。


 アリス。


 少し。


 期待。


 する。


 次。


「女王陛下がお出ましだー!」


「うおおおおお!」


「陛下ー!」


「反対してる姿も素敵です!」


 歓声。


 倍。


 なる。


 アリスは窓を閉めた。


「最悪」


 トミーは笑っていた。


     *


 その夜、御厨綴はヴェラ・クラウスを呼んだ。


 場所は、あの試験体を置いている作業場だった。


 ヴェラは壊れた機体の前へ立ち、しばらく何も言わなかった。右腕は交換部品。左脚は別メーカー。外装は傷だらけ。胸部には仮設演算ユニット。どう見ても正規軍事メーカーが人前へ出すようなものではない。


「何これ」


 御厨。


「《LEDGER》です」


 ヴェラが振り向く。


「台帳が歩いた?」


「はい」


「また勝手なことした?」


 御厨。


 少し。


 笑う。


「はい」


「真鍋」


「知りません」


「氷の母」


「知りません」


「私呼ぶ?」


「呼びました」


「反省してないわね」


「していますよ」


「どこが」


「前より慎重です」


「それ反省じゃない」


 御厨は戦闘記録を出した。


 ヴェラの顔から、徐々に冗談が消える。


 右。


 行く。


 先。


 塞ぐ。


 跳ぶ。


 着地点。


 取る。


 武器。


 抜く。


 前。


 手首。


 位置。


 いる。


 途中。


 対象が戦闘意思を失う。


 即座。


 停止。


 する。


「……これ」


 ヴェラが画面を止めた。


「専用の身体あったら」


「はい」


「サムライ食えるわよ」


「私もそう思います」


「しかも殺さない」


「そのつもりです」


 ヴェラは壊れた試験体を見る。


「じゃあ、これ作り直したい?」


「いいえ」


「違うの?」


 御厨は別の画面を開いた。


 新開市。


 全域。


 地図。


 出る。


 中央。


《LEDGER》


 そこから、いくつものノードへ線が伸びている。


 ヴェラの目が細くなる。


「一体では」


 御厨が言う。


「意味がありません」


「何体欲しいの」


「必要なだけ」


「軍隊作る?」


「違います」


「じゃあ」


 御厨は地図上の中央ノードを指した。


「対犯罪ネットワーク」


 一拍。


「《LEDGER》を中核にします」


「指揮AI?」


「それだけではありません」


 御厨の指が別の項目を開く。


《COMMAND》


《JUDGEMENT》


《RECORD》


「審判」


 一拍。


「指揮官」


 もう一拍。


「記録者」


 ヴェラはしばらく御厨を見る。


「それ、三つ同じ奴にやらせるの?」


「統合した方が速いです」


「怖いこと平然と言うわね」


「私も怖いですよ」


「でもやる」


「だから記録します」


 ヴェラが少し笑った。


「まだそこなんだ」


「そこは変えません」


 御厨は地図を拡大する。各区域から情報が入り、《LEDGER》が現在行動と犯罪兆候を継続分析する。事件発生の初動で最適な機体を選び、対象の動作を読み、非致死で止める。逮捕そのものは治安機関へ引き渡す。裁くのは裁判所。


「真鍋さんの仕事を奪う気はありません」


「じゃあ、あなたは何するの」


「その前」


「その前?」


「事件が」


 一拍。


「大きくなる前を」


「止めます」


 御厨が欲しかったものだった。


 起きてからでは遅い。


 でも。


 何もしていない人間を捕まえるのも違う。


 なら。


 現在行動を読む。


 犯罪が始まった瞬間。


 被害が出る前。


 止める。


 御厨には。


 理にかなっていた。


「Qbs.Bm.は?」


 ヴェラが聞いた。


「使いません」


「氷の母通す?」


「通しません」


 ヴェラの顔が少し変わる。


「今度は最初から?」


「はい」


「理由」


 御厨は迷わなかった。


「止められるからです」


 口。


 しなかった。


 理由。


 今。


 言う。


 ヴェラはその変化に気づいた。


「なるほど」


「何です?」


「前よりやばくなった」


「褒めてませんね」


「もちろん」


 ヴェラは壊れた試験体を蹴らないように、その周囲を一周する。


「で、私に何してほしいの」


 御厨は前回から作っていた設計を開いた。


《LEDGER / SUPPRESSION FRAME ― CONCEPT》


 細身。


 人間より少し大きい。


 多関節。


 軽い。


 速さだけではない。


 反応。


 必要。


 予測位置。


 入れる。


 脚。


 必要。


 壁。


 路面。


 狭路。


 全部。


 使う。


 腕。


 武器。


 ではない。


 重心。


 崩す。


 拘束。


 する。


「これを」


「OCMで?」


「OCMだけとは言っていません」


「日本企業も?」


「必要なら」


「マティアスのところも使う?」


 御厨は少し考えた。


「今はまだ」


「アライアンスにバレるわよ」


「でしょうね」


「それまでに?」


 御厨。


 画面。


 見る。


「動くものを」


 一拍。


「作りたい」


 ヴェラは笑った。


「あなた、本当に参謀向き」


「違います」


「またそれ」


「《LEDGER》が盤面を見ます」


「じゃああなたは」


「更新します」


「私は」


「必要な時に動いてください」


 ヴェラ。


 肩。


 すくめる。


「それを参謀って言うのよ」


「違います」


 以前と同じやり取りだった。


 でも。


 以前。


 御厨。


 後ろ。


 見る。


 人。


 だった。


 今。


 盤面。


 自分。


 作ろう。


 としてる。


     *


 ヴェラは設計画面をもう一度見る。


「名前」


「何の」


「専用機」


「まだありません」


「《LEDGER》でいいんじゃない」


「AIと機体が同じ名称では混乱します」


「シリーズ名にすれば」


 御厨の指が止まる。


 新規設計欄。


 開く。


《LEDGER-01》


 入力。


 される。


 まだ。


 設計。


 だけ。


《CONCEPT STATUS》


《0.8%》


 ヴェラが言う。


「一つで済む?」


 御厨は少しだけ笑った。


「試験ですから」


 その背後の大型画面では、新開市の地図上へ小さなノードが一つ、また一つと仮想配置されていた。まだ実在しない。まだ誰も知らない。アライアンスも、真鍋も、氷の母も、アリスも知らない。


 街の表では。


 花びら。


 降る。


 アリス。


 肖像。


 光る。


 人々。


 叫ぶ。


《女王陛下万歳》


 一人。


 象徴。


 街。


 集めよう。


 としてる。


 その。


 裏。


 御厨。


 別。


 一つ。


 中心。


 作ろう。


 としてる。


 人を。


 見る。


 記録。


 する。


 判断。


 する。


 次。


 読む。


 止める。


 それを。


 一つ。


 繋ぐ。


 《LEDGER》。


 まだ。


 最初の身体は。


 壊れて。


 立てない。


 でも。


 頭。


 もう。


 次。


 身体。


 待ってる。


 御厨は最後に、壊れた試験体の戦闘ログを開いた。その端には、今も一つだけ高い誤差を出し続けている参照データが残っている。


《REFERENCE SUBJECT:YOSHIHIRO TSUDA》


《行動予測誤差:高》


 御厨はそれを消さなかった。


 むしろ。


 残した。


「まだ」


 小さく。


 言う。


「見えてませんねえ」


 ヴェラが聞く。


「何が?」


 御厨は義弘の名前を見たまま答えた。


「人です」


 新開市の夜空では、その時もなお、女王を祝う花びらが降り続けていた。


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