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第433話 挑戦者たち

 新開市には、昔からいくつか悪い癖があった。騒動が好きで、祭りが好きで、人が集まっている場所を見ればとりあえず覗きに行き、そこに強そうな何かがあれば試さずにはいられない。アライアンスや企業群が都市の大半を牛耳っていた時代には、その力に対抗するためサムライ・ヒーローが生まれた。サムライ・ヒーローとその他の正義の味方が街の表舞台で幅を利かせれば、今度はそれを殴り倒すことを目的にしたサムライ・ヴィランが現れた。外国勢力が大部隊を持ち込めば、誰が命令したわけでもないのに市民の人波が集まり、道路を埋め、導線を変え、ときには政治家や軍隊よりも厄介な障害物になった。大泉晴翔が《MIKOSHI=NYUDO》を生み出せば、最終的には市民がその公開データから五メートル級の祭礼用MIKOSHIを作り、デモ行進の御輿にしてしまう。それはこの街の強さだった。誰か一人が正しさを独占しづらく、巨大な力が入ってくれば必ずどこかから反作用が生まれる。その一方で、どう見ても触らなくていいものまで「面白そう」という理由で触りに行くという、どうしようもなく悪い癖でもあった。


 そして今、新開市に新しい「強そうなもの」が生まれていた。


《復旧保全共同隊》。


 マティアス・ヴァン・ローンが日本国企業群と協力して作った、都市復旧工事を止めないための共同組織。警察ではない。逮捕もしない。犯罪捜査もしない。だが、大型工事ドローンを拘束でき、人間を傷つけず工事区域から押し戻せ、道路を瞬時に封鎖し、民間ドローンの侵入を止め、必要ならサムライ装備にも対処できる。JX-01《REGALIA》を中心に、日本国企業製の工兵機、警備ドローン、拘束装備、都市設備支援機が統一された規格と指揮系統の下へ並び始めていた。


 工事を守るためのものだった。


 新開市民には、こう見えた。


 ――突破できるのか。


     *


「嫌ですねえ」


 御厨綴がそう呟いたのは、まだ何も起きていない朝だった。《LEDGER》の解析画面には、ここ数日で急増した通信、公開投稿、配信予約、イベント告知、人物間接触が表示されている。前回の一件以降、御厨は《LEDGER》に介入因果と反実仮想を扱う新しいパラメータを組み込み始めていた。その副産物として、個々の犯罪可能性だけではなく、集団が何を目的に集まり始めているのかまで以前より細かく見えるようになっている。


《復旧保全共同隊》


《突破》


《新開市の実力》


《新開市VS日本国》


《アリス系》


《世紀のドローンバトル》


 それらの語が、同じ人々の周囲で急速に結びついていた。導線屋。配信者。過去に騒動へ何度も便乗した者。民間アリス系ドローンの改造技術者。サムライ・ヴィラン周辺のアカウント。そして、純粋に「面白そうだから見に行く」と投稿している大量の一般市民。


《予測:復旧保全共同隊に対する集団的挑戦行動》


《通常の抗議活動から逸脱する可能性:高》


《参加者の多数について明確な犯罪目的を確認できず》


 御厨は最後の一文を見て、少し眉を寄せた。


「犯罪するために集まるわけではない?」


 《LEDGER》は当然、質問に人間のような返事はしない。代わりに関連する推定が展開された。


《主要参加動機:観覧/競争/政治的示威/配信/群集同調》


《攻撃目的:一部のみ》


「……勝負しに来るんですか」


 御厨はマティアスへ連絡した。


     *


「来ますよ」


 復旧現場の仮設事務所で、マティアスは図面から顔を上げた。


「何が」


「新開市です」


 マティアスは数秒、御厨を見た。


「もう少し具体的に言って」


「《復旧保全共同隊》へ挑戦すること自体を目的に、人が集まり始めています」


「何で?」


「強そうだからでは」


「子供なの!?」


 御厨は端末を差し出した。予測参加人数。投稿の増加率。導線屋同士の接触。民間アリス系ドローンの改造部品購入。いくつかの過激派団体が政治的デモを申請していること。それとは別に、大量の見物人が現地へ行く予定を立てていること。


 マティアスは一通り目を通した。


「これ、ほとんど野次馬じゃない」


「そうなんです」


「戦うのは?」


「多く見積もっても一部でしょう」


「なら大丈夫」


 御厨が少し目を細める。


「本当に?」


「この人数でしょ?」


「予測値です」


「前回のデモより小さい。保全共同隊はその後も増強してるし、工事区域の導線も変えた。普通の人間が押して突破できるようには作ってないわ」


「普通ではない人も混じっていますよ」


「サムライ?」


「可能性はあります」


 マティアスは少し考えた。規格。配置。REGALIA。拘束機。保全ドローン。人波の流入を外へ逃がす道路設計。全部頭の中で重ねる。


「抜けない」


 結論。


 出す。


「万が一は」


「御厨」


「はい」


「私が作ったのよ」


 マティアスは少し笑った。


「工事を守るには十分よ」


 御厨はしばらく彼を見ていたが、それ以上は言わなかった。


「そうですか」


「心配しないで」


「努力します」


     *


 当日、最初に現れたのは確かにデモ隊だった。


「日本国企業は新開市のインフラを独占するな!」


「アライアンスの名を使った企業進出反対!」


「新開市は新開市民の手で直せ!」


 主張としては珍しくない。人数も、最初の段階では数百人程度だった。保全共同隊は規格通りに工事区域と行進路を分離し、撮影区域を開放し、デモ隊を通す。REGALIAは作業を止めない。マティアスは現場管制室からそれを確認し、ほっと息を吐きかけた。


 その後ろから、巨大な横断幕が来た。


### 《新開市VS日本国 世紀のドローンバトル!》


「誰が試合にしたのよ!」


 マティアスが立ち上がった。


 次。


《復旧保全共同隊を突破せよ!》


《新開市の実力を見せろ!》


《今こそ立ち上がれ新開市民!》


「勝手にルール作るな!」


 現場スタッフの一人が窓の外を見る。


「……屋台も来ました」


「何で!」


「観戦用だそうです」


「観戦!?」


 政治的デモの周囲へ、見物客が雪崩れ込み始めていた。配信者が高所を取り、実況用の小型ドローンが飛ぶ。子供連れはさすがに安全な後方へ追いやられていたが、それでも祭りのような人波が道路を埋めていく。大半は戦うつもりなどない。単に見たいのだ。新開市が作ってきた民間技術と、日本国企業群が持ち込んだ最新鋭の工事・警備技術が本当にぶつかったら、どちらが勝つのか。


 祝部マコトの配信にも情報が流れ込んだ。


「いや、戦わせるなよ」


 コメント欄。


《もう始まる?》


《REGALIA賭ける》


《民間アリス系なめんな》


《女王陛下来ないの?》


「賭けるな。あとアリス呼ぶな。今日は工事だから」


 その時。


 群衆。


 割れる。


 六機。


 出る。


 民間アリス系ドローン。


 元は配送機。警備機。工事補助機。だが、明らかに普通ではなかった。脚部の出力が上げられ、外装には簡易装甲。二機は光学輪郭攪乱装置を積み、一機には工事用アンカーを転用した拘束解除機構が取り付けられている。殺傷武器はない。それでも「工事区域へ入る」という目的だけなら十分な改造だった。


 誰かが叫ぶ。


「第一挑戦隊!」


 マティアス。


「何その名前!」


 民間機。


 走る。


     *


 《復旧保全共同隊》は強かった。


 最初の一機が安全境界を越えた瞬間、警告ビーコンが作動する。


『工事区域への無許可侵入を確認。停止してください』


 止まらない。


 二機目。


 跳ぶ。


 保全ドローンが左右へ開き、侵入機の着地点へ展開式の低反発拘束帯を射出する。脚を取られた機体が転倒しかけるが、別の支持機が即座に胴体を受け止めた。壊さない。


 三機目。


 横から。


 狭路。


 入る。


 REGALIA。


 一歩。


 動く。


 大型遮蔽パネル。


 道路。


 塞ぐ。


 民間機が右へ回る。


 そこ。


 多脚保全機。


 待つ。


 工事用アームが胴体を抱え、そのまま道路外の安全スペースへ運ぶ。


 観客。


 歓声。


「強ええ!」


「もう一回!」


「左から行け!」


 マティアスは頭を抱えた。


「スポーツじゃないのよ!」


 残り三機も数分以内に押し戻された。破壊された機体なし。負傷者なし。REGALIAを含む工事設備にも接触なし。


 工事。


 続く。


 マティアスは胸を撫で下ろした。


「ほら」


 隣の職員が頷く。


「抜けませんでした」


「当然よ」


 御厨は別の場所から映像を見ていた。


 《LEDGER》。


 警告。


 消えない。


 むしろ。


 上がる。


《集団的挑戦行動:継続》


《第二波形成可能性:上昇》


 御厨は画面を見る。


「……負けたから?」


     *


 普通の街なら、一度負ければ終わったかもしれない。


 新開市では逆だった。


「ドローンだけじゃ無理だろ」


 一人のサムライ・ヴィランが言った。


「だよな」


 もう一人。


「人間が抜ければ勝ち?」


 導線屋。


「工事区域の向こう側まで行けば、たぶん」


「誰が決めた」


「配信」


「じゃあ行くか」


 装甲。


 展開。


 する。


 周囲から歓声。


 上がる。


「サムライ来た!」


「第二ラウンド!」


「ヴィランだ!」


「市民活動への弾圧を阻止する!」


 本人が叫ぶ。


 横にいた別の男が笑う。


「お前それ絶対後付けだろ」


「理由は要るだろ!」


 マティアスは管制画面を見て固まった。


「……何で増えるの?」


 御厨の声が通信から返る。


『負けたからでは』


「意味分からない!」


『新開市では意味が通るようです』


「慣れないで!」


 サムライ・ヴィラン三名。


 境界。


 越える。


 戦況。


 変わる。


 保全共同隊は一般人や大型機には強い。工事区域を守るという目的なら十分な設計だった。だが、サムライは人間一人分の大きさで、大型ドローンより遥かに速く、垂直方向へ動ける。


 一人目。


 REGALIA。


 正面。


 行く。


 大型ワイヤ。


 避ける。


 壁。


 蹴る。


 上。


 二人目。


 民間アリス系。


 援護。


 受ける。


 光学攪乱。


 保全機。


 一瞬。


 認識。


 遅れる。


 三人目。


 工事柵。


 飛び越す。


 保全共同隊。


 隊形。


 崩れる。


「右側補強!」


 マティアスが叫ぶ。


『二号線突破されます!』


「REGALIA、二歩右!」


『高架支持中です!』


「支持機代われ!」


『間に合いません!』


 サムライの一人が工事区域へ足を着く。


 安全監視AI。


 判定。


《有人侵入》


《大型機運用停止》


 REGALIA。


 止まる。


 工兵機。


 止まる。


 重機。


 停止。


 する。


 マティアスの顔が変わった。


「止めるな!」


『安全確保できません!』


「……っ!」


 画面の端。


 工事停止時間。


 増え始める。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 マティアスは数字を睨んだ。


 彼が作った。


 線。


 越えられた。


     *


 それでも、現場にいる新開市民すべてが挑戦者側だったわけではない。


「やりすぎだろ!」


 群衆から声が飛ぶ。


「その橋、俺らが使うんだぞ!」


「REGALIA壊すな!」


「日本帰れ!」


「工事終わってから帰れ!」


「どっちだよ!」


「サムライ、工事現場入るな!」


 政治的反対派ですら、大型機械を破壊することまでは望んでいない者が多い。見物人は面白がっているが、実際に殴り合いが激しくなれば後ろへ下がる。導線屋は人波を横へ逃がしながら、それでも一番映える場所だけは確保しようとする。


 新開市。


 一枚岩。


 ではない。


 だからこそ。


 収拾。


 つかない。


 《復旧保全共同隊》は非致死を守りながらサムライを押し返そうとするが、民間アリス系ドローンの援護で距離を詰めきれない。保全機一機が転倒する。別の機体が支えに入る。その隙にさらに挑戦機が一機境界を越える。


《保全線突破可能性:58%》


《大型工事設備接触可能性:62%》


《群衆巻き込み危険:上昇》


 御厨の《LEDGER》が数字を更新する。


「マティアス」


『何!』


「工事区域を放棄して一度後退してください」


『嫌!』


「危険です」


『もう工事止まってるのよ!』


「だからです」


『私が作った線なの!』


 御厨は一瞬黙った。


 マティアス自身も、言ってから気づいたようだった。


 自分が。


 作った。


 線。


 だから。


 守る。


 その感情。


 少し。


 強すぎる。


 でも。


 今。


 考える。


 暇。


 ない。


《工事区域侵入拡大まで推定:六分》


 御厨はアライアンス連絡系統を開く。


 Qbs.Bm.の追加投入。


 正式要請。


 治安機関との連携。


 必要。


 時間。


 御厨。


 見る。


 六分。


 真鍋。


 まだ。


 現場。


 到着。


 してない。


 そして。


 別。


 連絡先。


 見る。


 ヴェラ・クラウス。


 指。


 止まる。


 氷の母。


『OCM海外部門との独自実働作戦を禁止します』


 覚えてる。


 当然。


 でも。


 今回。


 違う。


 もう。


 起きてる。


 御厨は通信を開いた。


     *


『今度は許可ある?』


 ヴェラの第一声だった。


 御厨は少し黙った。


「ありません」


『氷の母』


「知らせていません」


『真鍋』


「まだです」


『また?』


「前回とは違います」


 ヴェラが少し笑った。


『どう違うの』


「逮捕作戦ではありません」


『何』


「《復旧保全共同隊》への緊急支援です」


 ヴェラは現場映像を受け取る。サムライ・ヴィラン。民間アリス系。転倒した保全機。停止中のREGALIA。大量の群衆。


『ああ』


「現在進行中です」


『そうね』


「予防ではありません」


『そうね』


「危険な工事区域への侵入を止めるための支援です」


『御厨』


「何です」


『それ』


 一拍。


『怒られるやつ?』


 御厨。


 少し。


 目。


 閉じる。


「おそらく」


 ヴェラ。


 笑う。


『いいわ』


「死傷者は」


『出さない』


「追跡は工事区域周辺まで」


『分かった』


「治安機関が到着したら指揮を引き渡してください」


『それも分かった』


 御厨は最後に一度だけ迷った。


 今回。


 違う。


 今。


 犯罪。


 発生。


 してる。


 危険。


 ある。


 だから。


 前回。


 とは。


 違う。


「お願いします」


『了解、アーカイヴィスト』


「その名前」


『今それ言う?』


「……行ってください」


     *


 五分後。


 上空。


 新しい。


 影。


 入る。


 VX-48《EAGLE》。


 群衆。


 気づく。


「OCM!」


 次。


 道路。


 奥。


 VX-30《PANTHER》。


 さらに。


 VX-32《TIGER》。


 《復旧保全共同隊》の後方へ展開し、崩れ始めていた線を補強する。


 最後。


 WEREWOLF。


 ヴェラ。


 降りる。


 サムライ・ヴィランの一人が足を止めた。


「マジかよ」


 別。


 笑う。


「豪華になったな」


 ヴェラ。


 聞く。


「何で喜んでるの」


 御厨。


 通信。


『新開市なので』


「嫌な理由覚えたわね」


 普通なら。


 外国企業の武装部隊。


 増援。


 来る。


 人。


 引く。


 少なくとも。


 見物人。


 帰る。


 はず。


 だった。


 帰らない。


 むしろ。


 配信者。


 タイトル。


 変える。


### 《緊急参戦! 新開市VS日本国+OCM!!》


「うおおおお!」


 歓声。


 増える。


 後方から。


 さらに。


 人。


 来る。


 マティアスはモニターを見て青ざめた。


「何で!?」


 御厨も《LEDGER》を見る。


《現場注目度:急上昇》


《新規流入予測:+38%》


《挑戦参加意向:上昇》


「……」


『御厨!』


「はい」


『何で増えるのよ!』


 御厨は数字を見ながら、少しだけ呆然と答えた。


「戦力を」


 一拍。


「増やしたので」


『だから何!』


「挑戦する価値も」


 御厨は自分で言いながら、信じたくないような顔をした。


「上がったようです」


『何なのよこの街!!』


     *


 ヴェラが入ったことで、少なくとも戦線そのものは立て直された。TIGERが大型遮蔽物として工事区域への直進路を塞ぎ、PANTHERが民間アリス系を破壊せず押さえ込み、WEREWOLFのヴェラがサムライ・ヴィランの速度に直接対応する。そこへ《復旧保全共同隊》が本来の工事区域防衛へ戻り、崩れていた役割分担が整理された。


「右のサムライ、私が見る!」


 ヴェラが叫ぶ。


『REGALIA側へ一名!』


「PANTHER三、切って!」


『了解!』


「工事機は殴るな! 市民機も壊すな!」


 サムライ・ヴィランが笑う。


「企業軍のくせに随分優しいな!」


「仕事増やしたくないだけ!」


 WEREWOLFの腕がサムライの一撃を流し、そのまま肩を押して工事区域外へ弾く。


「はい、外!」


「まだだ!」


「中入ったらまた出す!」


 戦闘というより、異様に強力な押し合いだった。


 それを。


 数千人。


 見る。


 歓声。


 上げる。


 マティアス。


 管制室。


 頭。


 抱える。


「私」


「工事したいだけなの」


 隣の久我原が、現場通信へ入りながら答えた。


『新開市では高望みだったかもしれませんね』


「誰がこんな街にしたのよ!」


『私は最近来たので』


「ずるい!」


 REGALIAが侵入してきた大型民間機の腕を掴み、路面へ倒さず、そのまま持ち上げて境界外へ置く。観客が拍手する。


「拍手しない!」


 マティアス。


 叫ぶ。


 聞こえない。


     *


 そして。


 ようやく。


 治安機関。


 来る。


 車列が群衆の外周へ入り、サムライ・ヒーロー数名が先行して人波を割る。真鍋が車両から降り、現場の光景を見た。


 日本企業。


 保全隊。


 OCM。


 民間アリス系。


 サムライ・ヴィラン。


 デモ。


 屋台。


 配信。


 観客。


 REGALIA。


 TIGER。


 PANTHER。


 WEREWOLF。


 工事。


 停止中。


 真鍋。


 数秒。


 何も。


 言わない。


 隣の治安職員。


「……どうします?」


「まずサムライ止める」


「はい」


「次、群衆分ける」


「はい」


「その後」


 一拍。


「御厨探す」


 声。


 低い。


 なる。


     *


 御厨の端末へ着信が入った。


 表示。


《真鍋》


 御厨は少しだけ目を閉じた。


 出る。


「はい」


『御厨』


「はい」


『今』


 真鍋の声。


 静か。


『現場にOCMいるんだけど』


「はい」


『誰が呼んだ?』


 御厨は画面を見る。


 《LEDGER》は危険度の低下を示し始めている。ヴェラの増援によって工事区域への突破確率は急速に下がった。死者はいない。重傷者も今のところいない。大型設備への損害もない。


 結果。


 良い。


 判断。


 多分。


 正しい。


 でも。


 氷の母。


 禁止。


 した。


 こと。


 覚えてる。


「私です」


 真鍋。


 しばらく。


 何も。


 言わない。


『……そう』


 短い。


『そこ動くな』


「現場にはいません」


『なら』


 一拍。


『今からそっち行く』


 通信。


 切れる。


 御厨は端末を置いた。


     *


 現場では、ようやく人波がほどけ始めていた。真鍋の治安機関がサムライ・ヴィランと実際に危険行為へ及んだ者を切り分け、その他のデモ参加者や見物人を別の道路へ流す。サムライ・ヒーローは工事設備と群衆の間へ入り、《復旧保全共同隊》は本来の区域防衛へ戻る。ヴェラも治安側から引き渡し要求を受けると、抵抗せず指揮を渡した。


 マティアスは停止したREGALIAの前に立っていた。


 地面。


 見る。


《RESTORATION BASELINE》


 仮設表示。


 ある。


 昨日まで。


 この線。


 越えられなかった。


 今日。


 越えた。


 民間ドローン。


 越えた。


 サムライ。


 越えた。


 その度。


 保全隊。


 増やす。


 強く。


 する。


 すると。


 もっと。


 強い。


 挑戦者。


 来た。


 マティアスは長く息を吐いた。


 久我原が近づく。


「壊れた機体は?」


「三機軽損」


「REGALIA」


「無傷」


「工事」


「再開まで二時間程度です」


 マティアス。


「二時間」


「前回より短い」


「ゼロにしたかった」


 久我原は何も言わなかった。


 マティアスは線を見る。


「足りない」


「何がでしょう」


「保全隊」


 久我原の目が僅かに変わる。


「強化しますか」


 マティアスはすぐには答えない。


 自分。


 言った。


《大型機を破壊せず停止可能》


《サムライを殺さず押さえる》


《群衆を傷つけず道路を塞ぐ》


 それ。


 作った。


 でも。


 突破。


 された。


「……考える」


「承知しました」


「もっと強い武器が欲しいわけじゃない」


「分かっています」


「もっと」


 マティアスは工事区域を見る。


「抜けられない」


 一拍。


「仕組みが欲しい」


 久我原は少しだけ頷いた。


     *


 御厨の《LEDGER》には、その時すでに新しい結果が追加されていた。


《予測された集団的挑戦行動:発生》


《通常デモからの逸脱:確認》


《サムライ・ヴィラン介入:確認》


《保全線突破:一時発生》


《外部増援投入後:突破可能性低下》


《外部増援投入後:現場参加者流入増加》


 最後の項目。


 御厨。


 見る。


 安全のため。


 力。


 増やした。


 すると。


 挑戦。


 価値。


 増えた。


 人。


 増えた。


 《LEDGER》。


 記録。


 する。


 御厨。


 少し。


 顔。


 険しく。


 なる。


 人間は、危険だから避けるとは限らない。


 壁が高いから、離れるとも限らない。


 新開市。


 むしろ。


 逆。


 高ければ。


 越えよう。


 と。


 する。


 その事実を《LEDGER》は学び始めた。


 そしてマティアスも。


 同じ。


 こと。


 別の形で。


 学び始めていた。


 線を引くだけでは、人は止まらない。


 線を守る力を強くしても、それを試す者が来る。


 なら。


 次。


 何を。


 作れば。


 いい。


 のか。


 新開市はその日、二人の専門家へまた一つ、新しい問題を与えた。


 そしていつものように。


 答えを。


 待って。


 など。


 いなかった。


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