第431話 当たる予言
深夜の新開市外縁は、昼間とは別の都市に見えた。復旧工事の照明だけがところどころで白く道路を切り取り、その隙間にはまだ《大行列》の傷跡が残っている。倒れた街灯の代わりに仮設灯が立ち、補修された道路と壊れたままの壁がまだらに続く。その一角、かつて物流会社が使っていた古い工場区画を、OCM海外部門の機体が音もなく囲み始めていた。VX-32《TIGER》は大通りから外れた地点で待機し、VX-30《PANTHER》は建物の死角を押さえ、上空にはVX-48《EAGLE》が灯火を落としたままゆっくり旋回している。住民の生活道路は塞がない。消防車両の侵入路も確保する。工場から人間が逃げ出した時、追跡が市街地へ広がらないように出口を限定する。ヴェラ・クラウスが作った配置は、軍事作戦として見ればほとんど文句のつけようがなかった。
WEREWOLFの装着を終えたヴェラは、狭い装甲車両の中で各部隊の位置を確認した。視界の端には御厨綴から共有された対象者の履歴が並んでいる。小型《MIKOSHI=NYUDO》の所有者。改造担当。資金提供者。導線屋。配信者。サムライ・ヴィラン経験者。それぞれについて《LEDGER》が算出した犯罪指数と公共騒乱関与指数が表示されていた。
『周辺住民の退避経路、確保』
『EAGLE、上空監視開始』
『PANTHER、東側配置完了』
ヴェラは短く答える。
「撃つな。逃げ道は一つ残して。人間が逃げる場所がなければ、戦うしかなくなる」
『了解』
「MIKOSHIは壊さない。違法改造があるなら証拠になる」
『了解』
別回線から御厨の声が入った。
『ずいぶん手慣れていますね』
「言ったでしょ。こういうのは得意」
『まだ何も起きていませんよ』
「起きなきゃ帰る」
『本当に?』
ヴェラが少しだけ笑った。
「あなたが決めた条件でしょ」
新開市中心部から少し離れたOCM臨時施設で、御厨は一人、複数の画面を前に座っていた。Qbs.Bm.はいない。アライアンス管制官もいない。真鍋へ通知もしていない。目の前にいるのは自分が作った分析AI《LEDGER》だけだった。対象群Aの現在位置、移動履歴、通信接触、公開SNS、工場周辺の合法取得可能な映像情報が一つにまとめられ、画面の端では犯罪指数が静かに更新されている。
《対象群A 犯罪指数:87》
《次回大規模行動関与可能性:94%》
《公共騒乱発生との相関:高》
御厨はその数字を見ながら、自分に言い聞かせるように考えていた。これは逮捕ではない。捜索でもない。武器を渡すわけでも、嘘を流すわけでもない。ただOCM海外部門が姿を見せ、保有装備について任意確認を求める。それだけだ。何もなければ終わる。相手が何もしなければ、こちらも何もしない。その条件はヴェラも了承している。
ならば。
確認。
それだけである。
*
工場内にいた者たちがOCM海外部門の存在に気づいたのは、EAGLEが上空へ入ってから七分後だった。
「……何だ、あれ」
古い窓から空を見た配信者が呟く。
「OCMじゃねえか?」
「は?」
「ちょっと待て」
奥から別の男が駆けてくる。小型MIKOSHIの所有者だった。
「外にもいる」
「警察?」
「違う。企業軍」
「何で」
「知らねえよ」
工場内の空気が急に変わる。今まで次のデモについて話していただけだった。正規ルートをどこで外すか、配信者をどこに置くか、MIKOSHIをどの位置に置けば一番映えるか。法的に灰色の話も混じっていたが、まだ今夜何かをする予定ではなかった。
そこで外部スピーカーからヴェラの声が入った。
『こちらはOCM海外部門です』
「何だよ!」
『保有している大型機材について確認したい。所有責任者と話がしたい』
「令状は!」
『ない』
「帰れ!」
『任意確認よ。拒否するなら拒否していい』
工場内の何人かが顔を見合わせた。
「何だそれ」
「じゃあ拒否だ!」
所有者が窓の向こうへ叫ぶ。
「話すことねえ! 帰れ!」
ヴェラは即答した。
『了解』
御厨の端末にも、そのやり取りが記録される。
《任意確認:拒否》
ヴェラは淡々と続けた。
『拒否した事実は記録する。以上』
工場内。
一瞬。
静かになる。
「……本当に帰るのか?」
「知らねえ」
「まだいるぞ」
「何で」
「撤収してないだけじゃねえの」
御厨は通信越しに聞いていた。
ここで。
終われる。
ヴェラが撤収を命じればいい。
御厨自身、それが当初の条件だったことを理解している。
そして。
EAGLEから新しい報告が入った。
『工場中央部に大型熱源。待機状態から出力上昇』
ヴェラの声が変わった。
「何を動かしてる?」
『対象形状、MIKOSHI系機体と一致。駆動系通電を確認』
御厨は画面を見る。
《大型機稼働兆候:検出》
ヴェラが聞く。
『帰る?』
たった二文字に近い問いだった。
御厨は答えなかった。工場の中で大型機を起動した。それだけでは犯罪ではない。自分たちの所有物だ。私有地内で通電しただけなら何も問題はない。
それでも。
このタイミングで。
御厨はゆっくり息を吐いた。
「……確認を続けてください」
『了解』
ヴェラの返事は速かった。
*
小型MIKOSHIが起動した理由は、所有者たちなりには単純だった。
「持ってかれる前に動かせ!」
「どこへ!」
「裏!」
「PANTHERいる!」
「じゃあ南!」
「そこも見られてる!」
誰も「暴動を起こそう」と言ったわけではない。だが、OCM海外部門の部隊が外にいて、自分たちが次のデモに使おうとしていた機材がここにある。任意確認を拒否した以上、次に何が起きるか分からない。誰かが、「今のうちに別の場所へ移そう」と言った。
MIKOSHIの主電源が入る。
全高五メートル。祭礼用にまで縮小され、武装も外された機体がゆっくりと身体を起こした。
しかしEAGLEのセンサーは、単なる歩行機能以外の信号も拾った。
『追加通信波確認』
ヴェラ。
「何」
『交通用ビーコン帯域。一般機向け誘導プロトコルに似ています』
御厨が身を乗り出す。
「詳細を」
『解析中』
数秒後、画面へ新しい項目が出る。
《非登録通信モジュール》
《交通電子標識用プロトコルへのアクセス機能》
《民間ドローン群簡易誘導パケット生成能力》
御厨の顔から柔らかな表情が消えた。
「……改造していますね」
ヴェラ。
『祭り用じゃない?』
「少なくとも登録仕様とは違います」
『何する機械?』
「おそらく」
御厨は次々と情報を読む。
「行進中に道路標識や民間誘導表示を一時的に混乱させ、群衆やドローンを予定外の経路へ流すためのものです」
『導線屋向け』
「でしょうねえ」
次のデモ。
MIKOSHIを先頭。
正規ルートから外れる。
配信者。
導線屋。
REGALIAの工事現場。
全て。
繋がる。
御厨はLEDGERを見る。
《危険設備改造確認》
《犯罪指数:87→89》
御厨は無意識に呟いた。
「……当たってる」
*
その頃、工場内では誰かが配信を始めていた。
「OCM海外部門が俺たちを包囲してます! 令状なし! まだ何もしてないのに!」
視聴者数。
増える。
「映せ! 全部映せ!」
「通信遅い!」
「向こうが妨害してんじゃねえの!」
「してない!」
「分かんねえだろ!」
サムライ・ヴィラン経験者の男が装甲ケースを開く。
「それ出すな!」
「でも突っ込んできたらどうすんだ!」
「まだ来てねえ!」
「来てからじゃ遅い!」
その言葉。
もし御厨が聞いていれば。
何かを思ったかもしれない。
来てからじゃ遅い。
だから。
先に。
備える。
彼らも。
同じ。
だった。
ただ。
武装ケース。
開く。
その瞬間。
EAGLE。
検出。
する。
『サムライ装備起動兆候』
ヴェラ。
「まだ撃つな」
『了解』
次。
突然。
通信画面。
乱れる。
『ジャミング!』
「どこ」
『工場内部。非登録広帯域』
ヴェラは一瞬で判断した。
「EAGLE、一段上。PANTHERは光学。TIGER、民家側へ遮蔽展開」
御厨の端末にも赤い表示が出る。
《違法電波妨害確認》
《現在行動:違法性高》
ヴェラ。
声。
静か。
『これで現行ね』
御厨の指が止まった。
「……そうですね」
答えた。
その声に、自分でも分かるほど小さな迷いが混じった。
*
工場のシャッターが内側から押し開けられた。小型MIKOSHIが肩を押し当て、古い扉を歪ませながら外へ出ようとする。武装はない。しかし駆動出力の制限が登録値以上へ上げられており、歩行速度も祭礼用設定を越えている。
「出すぞ!」
「南側!」
「OCMどけ!」
PANTHERが前へ出る。
MIKOSHI。
停止。
しない。
ヴェラは即座に命令した。
「脚だけ取って。胴体壊すな」
PANTHER二機が左右から接近し、拘束装置を脚部へ撃ち込む。MIKOSHIが腕を振る。祭礼機とはいえ五メートル級の質量だ。まともに当たれば車両程度なら転がる。しかしPANTHERは距離を詰めすぎず、片側へ重心を誘導していく。
「TIGER、正面。人間は撃たない」
『了解』
工場からサムライ装備の男が飛び出した。
「どけ!」
ヴェラ自身。
WEREWOLF。
前。
出る。
男の第一撃を受け流す。第二撃が来る前に腕を掴み、腰を崩し、そのまま路面へ倒す。ただし頭は打たせない。
「離せ!」
「暴れなきゃ離す」
「企業軍が勝手に!」
「それは後で真鍋に言って」
別の男。
逃げる。
ヴェラ。
追わない。
「二番出口、空けて」
『逃がすんですか』
「逃げたい奴は逃がす。その方が戦う人数減る」
逃走者の位置だけEAGLEが追う。
治安機関。
まだ。
来てない。
でも。
後で。
渡す。
数十秒。
さらに一分。
MIKOSHI。
膝。
つく。
ジャマー。
位置。
特定。
PANTHER。
電源ケーブル。
切る。
サムライ装備。
二名。
拘束。
他。
投降。
始める。
戦闘としては、ほぼ完璧だった。
ヴェラは本当に。
上手い。
*
御厨は画面を見ていた。
《違法ジャミング確認》
《無登録機体改造確認》
《サムライ装備による武装抵抗確認》
《危険設備出力制限解除確認》
《犯罪指数:93》
数字。
上がる。
御厨の胸の中に、安堵に似たものが生まれた。
危なかった。
やはり。
危なかった。
次のデモまで待てば。
数千人。
いる。
そこで。
このMIKOSHI。
動かす。
交通標識。
騙す。
人波。
曲げる。
そこでサムライ装備。
出れば。
今日。
より。
ずっと。
危なかった。
だから。
今。
止めて。
よかった。
そう。
思う。
その直後。
御厨の端末とは別の場所で、電子戦警報が上がった。
*
アリスは寝ていた。
正確には、寝る直前だった。端末を伏せ、白いフードも脱ぎ、トミーから「今日はもう機械触るな」と言われてようやくベッドへ入ったところだった。
警告音。
鳴る。
「……何」
トミー。
「ローン?」
「違う!」
アリスは半分寝た顔のまま端末を開いた。
スルツォヴァー・クラーロヴナーからの自動警告。
《広帯域非登録ジャミング検出》
《OCM軍用通信複数》
《MIKOSHI系通信署名》
アリスの眠気が消える。
「……何で」
地図。
見る。
深夜。
工場区画。
OCM。
MIKOSHI。
ジャミング。
「何でこんな時間に全部いるの」
トミーが起き上がる。
「新開市だから?」
「それで済ますな!」
アリスは真鍋へ連絡した。
『何』
「外縁」
『何が』
「OCM」
「MIKOSHI」
「ジャマー」
数秒。
真鍋。
『聞いてない』
アリス。
顔。
変わる。
「……誰の作戦」
『今調べる』
「私も行く」
『待て』
「クラーロヴナーが拾った」
『だからって』
「電子戦いる」
真鍋は短く息を吐いた。
『治安指揮は私』
「知ってる」
『逮捕も私』
「知ってる!」
『なら来て』
「最初からそう言ってる!」
*
真鍋が現場へ到着した時には、戦闘はほとんど終わっていた。MIKOSHIは片膝をつき、PANTHER二機に固定されている。サムライ装備の男二人は拘束され、違法ジャマーは電源を落とされ、逃げた者もEAGLEが位置を追跡している。死者はいない。重傷者もいない。近隣住民への被害もない。工場のシャッターが壊れ、路面が少し抉れた程度だった。
結果だけ見れば、上出来だった。
だから真鍋は余計に腹が立った。
「ヴェラ」
WEREWOLFの装甲を開いたヴェラが振り向く。
「何」
「誰が許可した」
「御厨」
真鍋の顔がゆっくり御厨へ向く。
御厨も現場へ到着していた。
「私です」
「逮捕権あった?」
「ありません」
「令状」
「ありません」
「私に連絡」
「していません」
真鍋の声が静かになる。
「じゃあ」
一拍。
「何してたの」
御厨は少しだけ表情を固くした。
「危険確認です」
「軍隊連れて?」
「OCM海外部門の協力範囲で――」
「結果の話してない」
御厨が黙る。
真鍋は拘束された者たちを見る。
「違法ジャマー」
「ある」
「違法改造」
「ある」
「武装抵抗」
「ある」
御厨。
「はい」
「だから、そこは捕まえる」
御厨が少し意外そうに真鍋を見る。
「では」
「でも」
真鍋は御厨を遮った。
「それと」
一拍。
「お前が今夜やったこと」
「別」
御厨の目が細くなる。
「しかし彼らは実際に、次の騒動へ利用可能な違法改造を行っていました」
「そうだね」
「LEDGERの予測は」
「当たった?」
「はい」
真鍋。
少し。
顔。
険しく。
なる。
「違う」
御厨。
「何がです」
「当たったんじゃない」
一拍。
「お前らが当てに行ったんだよ」
御厨は答えなかった。
「こいつら、次のデモでやらかした可能性はある」
「はい」
「そこは調べる」
「はい」
「MIKOSHIも押収する。ジャマー使った奴も、武器抜いた奴も、今やったことについては私が捕まえる」
「なら」
「でも」
真鍋は一歩近づいた。
「今夜」
「こいつらに武器抜かせたの」
「誰?」
御厨。
「本人たちです」
「半分はね」
御厨の眉がわずかに動く。
「残り半分」
一拍。
「お前らだ」
*
そこで、上空の通信環境が突然整理された。
違法ジャマーの残響が消え、民間ドローンとOCMの通信が別帯域へ分けられ、MIKOSHI内部に残っていた不安定な誘導信号も切り離される。
スルツォヴァー・クラーロヴナー。
上空。
入る。
その下から、アリスが歩いてきた。
シュヴァロフもいる。
真鍋。
見る。
「遅い」
「寝てた!」
「知ってる」
「何これ」
真鍋は短く答えた。
「予言」
アリス。
「は?」
「当てに行った」
アリスの目が御厨へ向く。
「説明」
御厨は隠さなかった。
LEDGER。
犯罪指数。
小型MIKOSHI関係者。
真鍋へ事前相談。
拒否。
氷の母へ問い合わせ。
拒否。
監視。
導線屋。
配信者。
次のデモ。
ヴェラ。
OCM海外部門。
任意確認。
圧力。
そして。
今。
アリスは最後まで聞いた。
「危なかったです」
御厨が言った。
アリス。
「うん」
御厨が少し目を瞬く。
「違法改造」
「してる」
「ジャマー」
「使った」
「武器」
「抜いた」
アリスは拘束された者たちを見る。
「だから」
「今は」
「真鍋が捕まえる」
真鍋。
「そう」
アリスは再び御厨を見る。
「でも」
一拍。
「お前ら」
「答え」
「作ったでしょ」
御厨。
黙る。
「危ないって」
「数字出した」
「だから囲んだ」
「囲まれたから」
「向こう動いた」
「動いたから」
「ほら危なかった」
「って?」
御厨の顔から笑みが消える。
アリス。
言う。
「それ」
一拍。
「ずるい」
「ずるい?」
「うん」
「ですが、違法改造は私たちが来る前から存在しました」
「それはそう」
「次のデモで使う準備も」
「多分してた」
「なら」
「でも」
アリスは少し苛立ったように言う。
「今日」
「武器抜いた理由」
「全部」
「そいつらだけ?」
御厨が答えない。
「違うでしょ」
アリスは工場を指す。
「OCM」
「夜」
「囲んだ」
「軍用機」
「いっぱい」
「令状」
「なし」
「お前なら」
「怖くない?」
御厨は小さく息を吐いた。
「怖いでしょうね」
「でしょ」
「それでも武装することが許されるわけではありません」
「うん」
アリスは即座に頷く。
「だから真鍋が捕まえる」
御厨はまた黙った。
アリスの論理は、妙に単純だった。
相手が悪かったことは消さない。
でも。
自分たちがしたことも。
消さない。
*
「作戦を立てたのは私」
ヴェラが言った。
御厨がすぐ横を見る。
「許可したのは私です」
「現場判断は私」
「開始を認めたのは私です」
真鍋が二人を睨む。
「責任押し付け合わないのは結構」
「でも」
「だから無罪になるわけじゃない」
「分かってる」
ヴェラは肩をすくめた。
その直後。
別回線。
オスカー。
入る。
『ヴェラ』
「何」
『私が止めた理由が、まだ分からないか』
「結果は出した」
『戦闘の結果はな』
「違いある?」
オスカーの声が少し低くなる。
『そこが、お前の弱点だ』
ヴェラの顔から笑みが消えた。
『お前は撃ち合いが始まった後なら、誰より正しい』
「……」
『だから』
一拍。
『始まる前まで』
『戦場にするな』
ヴェラは何も言わなかった。
それは戦術能力を否定された言葉ではない。
むしろ。
褒めた上で。
刺された。
だから。
効いた。
*
翌朝、御厨はアライアンスの前にいた。
氷の母。
正面。
座る。
御厨は一切隠さなかった。
LEDGERの判断。
ヴェラとの相談。
真鍋と氷の母へ事前に拒否されたこと。
それでもOCM海外部門へ独自作戦を依頼したこと。
Qbs.Bm.を使用しなかったこと。
全部。
話す。
氷の母は最後まで遮らなかった。
「一つ」
「はい」
「なぜ」
一拍。
「Qbs.Bm.を使わなかったのですか」
御厨は答えを分かっていた。
だから。
少し。
黙る。
氷の母。
待つ。
御厨。
最終的に。
「停止される可能性があったからです」
室内。
静か。
なる。
「つまり」
氷の母は表情を変えない。
「アライアンスの安全装置を」
一拍。
「意図的に迂回した」
「はい」
「真鍋にも知らせなかった」
「はい」
「私にも」
「はい」
「それでも」
御厨が言う。
「結果として、違法改造と騒乱準備は確認されました」
「確認されました」
「では」
「ですが」
氷の母は静かに遮った。
「結果が正しいことと」
「手続きが正しいことは」
「同一ではありません」
御厨。
目。
少し。
細める。
「分かっています」
「本当に?」
御厨は答えなかった。
氷の母は端末を開く。
「現地強制措置に関する」
一拍。
「貴女の単独裁量を」
「一時停止します」
御厨の目が僅かに動いた。
「Qbs.Bm.についても」
「はい」
「今後、御厨綴単独の直接指揮を認めません」
「……分かりました」
「アライアンス管制官を経由してください」
「はい」
「OCM海外部門との独自実働作戦も」
「禁止」
「はい」
「分析」
「継続」
「企業調査」
「継続」
「LEDGER」
御厨。
少し。
顔。
上げる。
「分析補助としての利用は」
「継続を認めます」
一拍。
「ただし」
「人間への強制措置の根拠として」
「単独で利用することは認めません」
「……承知しました」
氷の母は御厨を見る。
「貴女を切り離すつもりはありません」
「そうですか」
「能力は必要です」
「ありがとうございます」
「しかし」
氷の母。
「必要だから」
「好きにさせる」
「という意味でもありません」
御厨は穏やかな笑みを戻した。
「分かっています」
その返事が。
以前より。
少し。
硬かった。
*
マティアスは昼過ぎに御厨を訪ねた。
「やったわね」
御厨。
「何をでしょう」
「近道」
御厨は端末から顔を上げる。
「そうでしょうか」
「そうよ」
「結果は」
「良かった?」
御厨。
少し。
止まる。
「重大被害は防げました」
「聞いてない」
「では」
「道路だって」
マティアスは椅子へ座った。
「近道作れば」
「人はそこ通るの」
御厨。
静か。
聞く。
「でも」
一拍。
「通ったからって」
「そこが最初から道だったことにはならないわ」
御厨は少しだけ笑った。
「都市研究者らしい比喩ですねえ」
「笑って誤魔化さない」
「誤魔化していません」
「じゃあ」
「分かりました」
「本当に?」
「分からない部分があることは」
「分かりました」
マティアスはしばらく御厨を見る。
「それなら」
「まだいいわ」
そして。
去る。
御厨。
一人。
残る。
*
夜。
御厨は《LEDGER》へ今回の結果を入力した。
《対象群A》
《事前犯罪指数:87》
《事前公共騒乱関与指数:91》
《違法機体改造:確認》
《違法ジャミング:確認》
《武装抵抗:確認》
《非認可群衆誘導機能:確認》
《予測適合率:高》
画面。
静か。
表示。
する。
真鍋。
言葉。
浮かぶ。
『当たったんじゃない』
『お前らが当てに行ったんだよ』
御厨は画面を見続けた。
LEDGERは。
知らない。
OCM海外部門が行かなかった場合。
彼らが今夜。
武器。
抜いたか。
MIKOSHI。
動かしたか。
ジャマー。
使ったか。
知らない。
そんな世界。
記録。
ない。
だから。
現実。
だけ。
見る。
予測。
危険。
実際。
危険。
発生。
なら。
《適合》
そう。
判定。
する。
御厨。
指。
止まる。
問題。
分かる。
「……介入因果」
新しい項目。
作る。
《介入による行動誘発可能性》
重み。
入れる。
それだけ。
なら。
健全。
だった。
御厨。
さらに。
考える。
もし。
介入。
しなかった。
なら。
どうなった。
のか。
それ。
比較。
できれば。
真鍋。
言った。
こと。
検証。
できる。
画面。
二つ。
開く。
《実測世界:介入あり》
違法ジャミング。
武装抵抗。
逮捕。
《推定世界:介入なし》
空欄。
御厨。
見る。
長く。
見る。
そして。
キーボード。
触る。
「では」
一拍。
「当てに行かなかった場合も」
「計算しましょう」
LEDGER。
新しい。
演算。
始める。
《反実仮想モデル生成》
《介入なし条件》
《対象群A行動推定》
《次回デモ参加確率――》
《騒乱発生確率――》
《違法装備使用確率――》
数字。
まだ。
出ない。
画面。
計算中。
のまま。
御厨。
見てる。
記録。
今まで。
起きたこと。
残す。
ため。
だった。
でも。
その夜。
《LEDGER》は初めて。
起きなかったこと。
まで。
記録しようと。
始めた。
そして御厨綴は、それを止めなかった。




