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第430話 犯罪指数

 御厨綴が《新開市都市信用・履行再建構想》を実際の仕組みへ落とし込み始めた時、最初に直面した問題は思想でも政治でもなかった。単純に、量だった。新開市には人間がいる。企業がある。行政組織があり、市民団体があり、ヒーロー事務所があり、ヴィランから足を洗った者たちが営む店があり、昨日まで違法営業だった露店が今日は正式な許可を取って商売をしている市場があり、企業の下請け、その下請け、名義だけ残った法人、解散したはずなのに設備だけ生きている組織まである。その全てについて、誰が何を約束し、何を履行し、何を履行できず、その理由を説明したか。過去に何を壊し、その後何を直したか。不祥事を起こした企業が再発防止策を実行したか。犯罪歴を持つ者が刑を終えたあと何をしているか。救助に失敗したヒーローが失敗を隠したのか、それとも公表し改善したのか。配信者が騒動を煽った後に謝罪したのか、同じことを繰り返したのか。導線屋が群衆事故を起こしたのか、あるいは逆に危険な人波を逃がしたことがあるのか。項目を増やせば増やすほど、「信用」というものが一つの数字ではないことだけがはっきりしていった。


 それでも、人間の目だけでは追えない。今はヴェラ・クラウスとOCM海外部門がいる。企業関係や海外法人、軍需流通、過去の取引先、旧経営陣まで遡る速度は以前とは比較にならない。それでも御厨一人が一件ずつ読んで判断するなら、新開市全体を見終わる頃には街の方が三回くらい別の形になっている。


「なので、作りました」


 御厨は端末を机の上に置いた。


 ヴェラが画面を覗き込む。


「何を」


「私を増やすものを」


「嫌な言い方ね」


「そうですか?」


 画面中央には、簡潔な文字列だけが表示されていた。


《LEDGER》


「台帳?」


「はい」


「AI?」


「分析補助です。判断そのものを任せるつもりはありません」


 同行していた職員が、少し警戒するように画面を見る。


「何を分析するんです?」


「約束の履行率、行政処分、犯罪歴、企業不祥事、再発防止の実施状況、救助失敗、契約違反、過去の扇動行為、公共設備への不正アクセス、武装事件への関与、その後の改善実績などです」


「……多いですね」


「まだ増えますよ」


「それを点数に?」


「一部は」


 御厨は別画面を開いた。そこにはいくつもの指標が並んでいる。履行指数、改善指数、説明責任指数、再発傾向、公共危険関与、企業責任継続性。それらを横断して算出される補助値の一つに、《犯罪指数》と仮称された項目があった。


 職員が顔をしかめた。


「名前、怖くないですか」


「私もそう思います」


「変えないんです?」


「分かりやすいので」


「犯罪者を点数化するんですか」


「違います」


 御厨は即座に答えた。


「指数は罪状ではありません。逮捕理由でもありません。まして有罪判定でもない。どこを先に見るべきか、その順番を決めるための補助です」


 ヴェラが笑う。


「じゃあ私は?」


「高いですよ」


「失礼ね」


「妥当だと思います」


「オスカーは」


「あなたより少し高い項目があります」


「もっと上げて」


「私情を入れないでください」


 ヴェラは不満そうだった。


 御厨は、次の対象を表示する。


 過去にヴィランだった者。犯罪指数は高い。しかし刑を終え、長期間再犯せず、被害者補償を続け、職を得て暮らしている者は、改善指数と履行指数が高く、現在危険性の補助値は低い。逆に表向きは立派な企業でも、事故を隠し、社名変更で責任を切り離し、同種の行政処分を繰り返していれば指数は上がる。サムライ・ヒーローも例外ではない。命令違反、過剰制圧、救助現場での判断ミス、それを報告したか、改善したか。導線屋も、配信者も、市民団体も、企業も、OCMも、全部同じ台帳へ入る。


「公平ね」


 ヴェラが言った。


「公平でありたいだけです」


「またそれ」


 御厨はさらに一件を開いた。


 アリツェ・ヴァーツラフコヴァー。


 数秒。


 ヴェラが笑い出した。


「高いじゃない」


「犯罪指数だけ見れば、そうですねえ」


 無許可ハック。危険技術へのアクセス。軍用ドローン複数所有。過去の公的システムへの侵入。暴力行為。先日の日本国代表団内での大泉晴翔への殴打。そして新規取得した軍用電子戦機。


 その一方で、救助実績、履行実績、改善行動、自己申告、責任受容、権限返還、再発防止協力、住民からの継続的信頼は異常なほど高かった。


《総合判定:単一指数による評価不適》


 御厨は少し笑った。


「やっぱり一つの数字では駄目ですねえ」


「じゃあ犯罪指数、消す?」


「いいえ」


「何で」


「役には立っています」


 ヴェラは御厨を見た。


「便利と正しいは別なんじゃなかった?」


「別ですよ」


「でも使う」


「別だから、使い方を考えます」


 その時点では、御厨はまだそう思っていた。


     *


 《LEDGER》が最初に明確な異常として浮かび上がらせたのは、前回の巨大デモで五メートル級の小型《MIKOSHI=NYUDO》を持ち込んだ集団だった。機体そのものは合法だった。晴翔が公開した設計データを利用し、出力も武装も大幅に落とした祭礼・展示用モデルであり、登録もされている。持ち主も、現時点では犯罪を犯していない。しかし所有者、その共同製作者、資金提供者、過去に同じ団体と行動した導線屋、同時配信を行った複数の配信者を線で結ぶと、LEDGERの表示は急速に濃くなった。


《公共騒乱関与傾向:高》


《過去無許可経路変更:複数》


《警備指示違反:複数》


《危険区域侵入歴:あり》


《武装ヴィランとの共同行動:あり》


《次回大規模集会関与可能性:高》


 ヴェラが画面を見る。


「行く?」


 御厨が顔を上げる。


「どこへです?」


「こいつら」


「何をしに」


「確保」


「罪状は?」


「知らない」


「では駄目です」


「十五分」


「時間の話ではありません」


「倉庫もMIKOSHIも押さえられる」


「できることと、していいことは違います」


 御厨はそう言って画面を閉じた。


 その日の午後、彼女は真鍋へ正式に相談を持ち込んだ。


「この人物たちですが、次回の大規模な抗議行動に再び小型MIKOSHIを投入する可能性が高いと見ています」


 真鍋は資料を一通り読んだ。


「で?」


「事前に身柄を確保することは可能でしょうか」


「無理」


 即答だった。


 御厨は少し目を瞬いた。


「指数では、騒乱への再関与可能性が――」


「指数は罪状じゃない」


 真鍋の声は短かった。


 御厨は黙る。


「過去に何やってても、今合法なら、私は捕まえない」


「MIKOSHIを再び持ち込む可能性があります」


「持ち込んだだけなら違法じゃない」


「導線屋との接触もあります」


「接触も違法じゃない」


「次回は前回以上の人数を集める可能性が」


「デモの人数多いのも、それだけじゃ犯罪じゃない」


 御厨は数秒、真鍋を見る。


「危険が予測できても?」


「予測した危険を理由に、人間捕まえる権限は私にはない」


「では、起きるまで待つんですか」


 真鍋は少し眉を寄せた。


「起こさせない準備はする」


「同じでは?」


「違う」


 一拍。


「警備増やす。道路空ける。武器持ち込み検査する。危険設備を守る。必要ならデモ主催者と話す。そこまではやる」


 真鍋は資料を机へ返した。


「でも、まだやってない奴を犯罪者にはしない」


 御厨はいつものように穏やかに笑った。


「そうですか」


「不満?」


「いいえ」


「顔はいつも同じだから分からないね」


「よく言われます」


 御厨は資料を持って立ち上がった。


 その手が、ほんの少しだけ強く紙を押さえていたことに、真鍋は気づいた。


     *


 御厨は、それでも一度上へ聞いた。自分の判断だけで進めない。それはこれまで彼女が守ってきた線だった。


「一定以上の犯罪指数を示し、再発または騒乱関与の可能性が高い人物について、予防的な身柄拘束を認めることは可能でしょうか」


 氷の母はすぐには答えなかった。


『いいえ』


 御厨は静かに聞く。


「理由を伺っても?」


『アライアンスは中立です』


「危険を未然に防ぐことも、中立インフラを守る役割ではありませんか」


『その通りです』


「では」


『中立とは、危険だと判断した相手へ先に攻勢へ出る権利ではありません』


 御厨は少し黙った。


『監視。警戒。防御準備。避難計画。重要設備の保護。必要であればQbs.Bm.の防御配置。それらは認めます』


「身柄拘束は」


『新開市の司法と治安機関が判断します』


「その判断が遅れた結果、事件が起きる可能性は?」


『あります』


「それでも?」


『それでもです』


 氷の母の声は変わらなかった。


『御厨綴。安全装置は、危険をなくすためなら何をしてもよい装置ではありません』


「……分かりました」


『必要なら、警戒計画の強化案を提出してください』


「はい」


 通信を切る。


 御厨はしばらく端末を見ていた。


 理屈は分かる。


 真鍋も、氷の母も間違ってはいない。


 それでも、前回の人波が頭に残っていた。規制武装を持った男が見えていた。Qbs.Bm.はそこへ行けなかった。市民が間へ立ったからだ。何かが起きれば、誰かが怪我をする。怪我をしてから証拠が揃い、逮捕が可能になり、後から「やはり危険だった」と言う。


 御厨は、自分の中に浮かんだ言葉を嫌った。


 遅い。


 だから、すぐに別の言葉で塗り替えた。


 慎重。


 必要。


 法律。


 必要。


 権利。


 必要。


 分かっている。


 それでも。


 分かっているのに待つことが、本当に正しいのか。


     *


 御厨は規則を破らなかった。


 監視を続けた。


 LEDGERへ新しい情報を入れ、OCM海外部門の情報協力も、許可された範囲に限った。尾行も、公道上の確認も、公開配信の分析も、企業登記の追跡も合法だった。


 その結果。


 予測。


 当たる。


 小型MIKOSHIの所有者たちは、前回のデモへ参加していた複数の配信者と接触していた。導線屋とも会っている。さらに別の市民団体へ声をかけ、次回予定されている日本企業進出反対デモへ合流する計画を立てていた。


 公開されている配信の切り抜き。


「次は前より派手にやろうぜ」


「MIKOSHI先頭な」


「警備が止めに来たら、そこ撮る」


「REGALIAの現場まで行ければ強い」


「正規ルートだと遠い」


「じゃあ途中で曲げればいい」


「人ついてくる?」


「映える方行けば来るって」


 犯罪計画ではない。


 だが。


 危ない。


 御厨は何度も動画を再生した。


《次回大規模行動関与可能性:94%》


《非認可経路変更可能性:78%》


《警備主体との衝突可能性:63%》


《規制武装関与可能性:41%》


 数字は数字。


 未来ではない。


 分かっている。


 それでも。


 御厨はヴェラへ連絡した。


     *


 夜。


 OCM海外部門の小さな会議室。御厨は一人で来た。Qbs.Bm.はいない。職員もいない。ヴェラだけが待っていた。


「珍しいわね」


「何がです?」


「あなたが一人」


「相談ですので」


「真鍋には?」


「していません」


 ヴェラの目が僅かに変わった。


「氷の母」


「していません」


「へえ」


 御厨は端末を置く。小型MIKOSHIの関係者が並ぶ。


「仮に」


 ヴェラが笑う。


「仮に?」


「この人たちを」


 一拍。


「先に止めるとしたら」


「できる」


 即答だった。


 御厨は少し顔をしかめる。


「まだ最後まで言っていません」


「分かる」


「秘密裏に身柄を押さえることは」


「できる」


「合法的には?」


「無理」


 御厨は黙った。


 ヴェラは机へ肘をつく。


「だから、逮捕しなきゃいいんじゃない?」


「どういう意味です」


「出させる」


「何を」


「本性」


 御厨の目が細くなる。


「嫌な言い方ですね」


「でも分かるでしょ」


「説明してください」


 ヴェラは指で対象者の一人を示した。


「倉庫」


「はい」


「MIKOSHI置いてる」


「確認済みです」


「周りに他の装備もある」


「一部は合法です」


「そこへ行く」


「令状なしで?」


「令状が必要な場所には入らない」


「では」


「外から圧かける」


 御厨の表情が僅かに変わる。


「圧力?」


「OCM海外部門が周辺確認。出入口封鎖まではしない。身分確認。保有装備について照会。何もないならそれで終わり」


「何かあれば?」


「逃げる。隠す。武装する。MIKOSHI動かす」


「それを待つ?」


「そう」


 御厨はヴェラを見る。


「挑発ですね」


「確認」


「挑発です」


「じゃあ晴翔式」


 御厨の顔から、ほんの少しだけ柔らかさが消えた。


「その名前、使わないでください」


「嫌い?」


「かなり」


「でも、あいつの方法は使える」


「あなたは一度失敗しています」


「だから今度は簡単にする」


「何を」


「何も与えない」


 ヴェラは指を折る。


「武器渡さない。鍵渡さない。嘘の情報流さない。何かやれとも言わない」


「それで?」


「こちらが姿を見せるだけ」


 一拍。


「本当に何もする気ないなら、何もしない」


「本当に暴れる気があるなら」


「早く分かる」


 御厨は黙った。


「それは」


 ゆっくり言う。


「犯罪を作ることになります」


「違う」


「何が違うんです」


「何も持ってない奴は、何も出さない」


「そうとは限りません」


「武器持ってる。MIKOSHI持ってる。人集めてる。導線屋と組んでる」


 ヴェラは画面の数字を見る。


「あなたのAIも危ないって言ってる」


「AIは判断していません」


「じゃああなたは?」


 御厨は答えない。


 ヴェラが続ける。


「待つ?」


「……」


「次のデモ。何千人いる?」


「まだ分かりません」


「前より増える。MIKOSHI出る。導線屋が曲げる。配信者が煽る。サムライも来る。OCMも日本企業もアライアンスもいる」


 思い出す。


 人波。


 Qbs.Bm.。


 動けない。


 真鍋。


 間。


 立つ。


 一歩。


 間違えば。


 武装衝突。


「そこで初めて」


 ヴェラが言う。


「危険でしたって言う?」


 長い沈黙が落ちた。


     *


 御厨は、すぐに頷かなかった。


 それが自分にとってどの線なのか、分かっていたからだ。前回のOCM倉庫では、現場へ行った。鍵を持って不正侵入しようとしていた。扉の認証まで通っていた。だから止めた。過去の犯罪歴だけでサムライ・ヴィランを捕まえなかった。規制武装という現在行動があったからこそ真鍋へ連絡した。ずっと、「今」を見るつもりだった。


 今回。


 まだ。


 今。


 何も。


 してない。


「条件があります」


 ヴェラが笑わずに聞く。


「言って」


「死者を出さない」


「当然」


「民間人を巻き込まない」


「できる限り分離する」


「こちらから武器を渡さない」


「渡さない」


「違法行為を強要しない」


「しない」


「抵抗しなければ」


 一拍。


「その場で終える」


「分かった」


「そして」


 御厨はヴェラを見る。


「全記録を残します」


 ヴェラが少しだけ笑った。


「そこはあなたらしい」


「記録しないことはできません」


「真鍋にも後で見せる?」


 御厨は一瞬止まった。


「必要になれば」


「氷の母にも?」


「必要なら」


 ヴェラはその曖昧さを追及しなかった。


「Qbs.Bm.は?」


「使いません」


「何で」


「アライアンスの機体です」


「あなたが借りてる」


「だからです」


 ヴェラはしばらく御厨を見る。


「止められるから?」


 御厨。


 返事。


 しない。


 Qbs.Bm.にはアライアンスの最終停止権限がある。運用記録も残る。氷の母が見れば、この作戦を許さない可能性が高い。


 だから。


 使わない。


 御厨はその事実を、口にしなかった。


「OCM海外部門のみで」


 代わりにそう言った。


「可能ですか」


 ヴェラ。


「余裕」


     *


 作戦計画は短時間でできた。ヴェラは、やはりこの種の現場では抜群に優秀だった。対象の拠点。出入口。周辺住民。退避経路。監視カメラ。MIKOSHI保管位置。想定されるサムライ装備。導線屋の車両。配信設備。何かが起きた場合に治安機関が到着するまでの時間。全部を組み立てる速度は速い。


 御厨はLEDGERへ最新情報を入力した。


《対象群A》


《犯罪指数:87》


《公共騒乱関与指数:91》


《次回大規模行動参加確率:94%》


《違法行為発生予測:中~高》


 御厨はその表示を長く見た。


 LEDGERは何も命令しない。


 逮捕しろとも言わない。


 攻撃しろとも言わない。


 ただ。


 数字。


 出す。


 判断。


 する。


 のは。


 自分。


 その事実は、少しだけ安心できるものだった。


 そして同時に。


 逃げ道でもあった。


「十分?」


 ヴェラが聞いた。


 御厨は画面を見る。


「数字だけなら」


「なら?」


「現場で」


 一拍。


「確認しましょう」


 ヴェラは頷いた。


     *


 深夜、新開市外縁近くのOCM海外部門拠点で、部隊が静かに動き始めた。VX-32 TIGERが低出力モードで起動し、PANTHERが路上監視用装備へ切り替え、EAGLEが飛行高度を抑えて発進準備へ入る。ヴェラ自身のWEREWOLFも装着準備が進む。ただし、アライアンスの紋章はない。Qbs.Bm.もいない。真鍋の治安車両もない。正式な合同作戦番号もない。


 御厨は少し離れた部屋で端末の前へ座っていた。


 LEDGER。


 開く。


 対象者たちの履歴。


 過去。


 現在。


 接触。


 予測。


 全部。


 並ぶ。


 その中に。


 まだ。


 犯罪。


 ない。


 通信が入る。


『アーカイヴィスト』


 御厨が少し眉を上げる。


「何です、その呼び方」


『似合うから』


「勝手につけないでください」


『嫌?』


「今はどうでもいいです」


 ヴェラの声が少し笑った。


『始める?』


 御厨は画面を見る。


 真鍋。


 駄目。


 言った。


 氷の母。


 駄目。


 言った。


 理由。


 分かる。


 それでも。


 次のデモ。


 人。


 集まる。


 何か。


 起きる。


 かも。


 しれない。


 防げる。


 なら。


 今。


 確認。


 する。


 だけ。


 そう。


 自分。


 言う。


「はい」


 一拍。


「確認してください」


『了解』


 通信が切れる。


 OCM海外部門の部隊が、夜の新開市へ向けて動き出した。


 御厨はLEDGERの記録開始を押した。


《作戦記録:開始》


《対象群A》


《犯罪指数:87》


 数字は静かに光っていた。


 まだ誰も逮捕されていない。


 まだ誰も武器を抜いていない。


 まだMIKOSHIも動いていない。


 裁判所は何も判断していない。


 真鍋も知らない。


 氷の母も知らない。


 そして御厨綴自身も、まだ自分が何を始めたのかを、最後まで言葉にはしていなかった。


 ただ一つだけ、以前とは違っていた。


 彼女はもう、事件が起きるのを待ってはいなかった。


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