第426話 女王のお買い物
アリツェ・ヴァーツラフコヴァーが機械工学と人工知能について天賦の才を持っていることを、今さら疑う者は新開市にはほとんどいなかった。彼女がまだ《ゴースト》としか呼ばれていなかった頃から、その技術力は企業や治安機関、アライアンスに至るまで何度も思い知らされている。だが、だからといってアリスが何もないところから軍用ドローンを一機丸ごと作り出せるわけではない。素材を精錬し、複合装甲を焼き、アクチュエータを生産し、高性能センサーを半導体ウェハから製造するには、それぞれ専用の工場と技術者と生産設備が必要になる。シュヴァロフも、グリンフォンも、コロボチェニィクも、元を辿れば既存の軍用ドローンだった。既に旧式化し始めていた原型機へ、アリスが新開市の狭い道路、高低差の激しい建築群、地下設備、複雑な通信反射環境、民間人が密集する都市戦という条件を徹底的に叩き込み、原形を疑うほど改造したものだ。その先進的な運用思想によって、家族機たちは長い間、新開市でも最強格のドローン群と見なされてきた。
そして今、その評価が少しずつ過去形になろうとしていた。
「……旧式」
アリスはシュヴァロフの背部装甲を開いたまま、診断画面を睨んでいた。
作業場の中央では、黒い巨体が整備用支持架へ固定されている。Qbs.Bm.との模擬制圧で受けた損傷は驚くほど少ない。関節にも、伸縮ブレードにも、背面巨大腕にも致命的な問題はなかった。整備状態は良好。駆動系も問題なし。アリス自身が何度も改修してきた制御AIも、同世代機の平均を遥かに上回っている。
だからこそ腹が立った。
シュヴァロフが弱くなったのではない。
世界が追いついたのだ。
「誰が?」
工具箱の上に座っていたトミーが聞いた。
「シュヴァロフ」
「本人に聞こえてるぞ」
「性能の話!」
アリスは振り返った。シュヴァロフは何も言わない。そもそも人間のように怒った顔をする機体ではない。
「……怒ってる?」
「俺に聞くな」
「家族なんだから分かれよ」
「お前の家族だろ」
「お前も家族」
「勝手に増やすな」
アリスは小さく舌打ちして、再び診断画面へ向き直った。
Qbs.Bm.との戦闘記録を何度見返しても結論は変わらない。シュヴァロフの速度が足りなかったわけでも、出力で押し負けたわけでもない。Qbs.Bm.は戦わなかった。シュヴァロフが次に何をしようとするかを読み、可能な行動を一枚ずつ消していった。光学迷彩を使えば着地点を塞ぎ、伸縮ブレードを出す前に鞘を固定し、巨大腕を開こうとすればその駆動余地を奪った。十二秒。破壊する必要すらなく、完全に制圧された。
アリスは別の画面を開いた。近年登場した企業製都市戦ドローン、アライアンス制圧機、各国のアリス系派生機。もともとはアリスが先に示した都市戦思想を、巨大組織が莫大な資金と研究者を使って解析し、洗練し、量産向けに再設計したものも多い。さらにQbs.Bm.のように、最初からアリス系を対策対象の一つとして想定した新世代機まで出てきた。
「シュヴァロフだけ改造する?」
トミーが聞いた。
「時間ない」
「グリンフォンは」
「まだ修理」
「コロボチェニィク」
「整備」
「ダムとディー」
「整備」
「バンダースナッチ」
「全部見るだけで死ぬ」
「ブージャム」
「もっと死ぬ」
「じゃあ無理じゃん」
「うるさい」
アリスは椅子へ深く座り込んだ。王冠解体の打ち合わせもある。三岐と権限移管を詰めなければならない。NECROの兄弟姉妹についてオスカーとも話をする必要がある。街の復旧に関する相談までまだ飛んでくる。家族機の整備だけなら昔より設備は増えているが、それでも大規模な再設計を一人で何機も同時に進めることはできない。
ブージャムへ施したような大改造を、シュヴァロフたち全員へやる。
無理だった。
アリスはしばらく画面を睨んだ後、別の戦闘記録を呼び出した。
GORGON。
NU=E。
電子支援。
索敵阻害。
通信撹乱。
偽目標。
アリスの目が少しずつ細くなる。
「全部強くするの」
トミーが耳を動かす。
「諦めた?」
「違う」
「じゃあ」
「一機」
アリスは指を立てた。
「足す」
*
考え方を変えれば、必要なものははっきりしていた。シュヴァロフの腕を太くする必要はない。グリンフォンの速度を倍にする必要もない。コロボチェニィクの装甲をさらに厚くする必要もない。相手が新世代のセンサーフュージョンと予測AIを使ってこちらの行動を読むなら、その予測に餌を混ぜればいい。味方の通信を分散し、敵の認識へ偽の移動傾向を食わせ、都市の反射環境そのものを電子戦へ使う。一機が戦場の情報環境を支配すれば、家族機一体一体を大改造しなくても、戦い方そのものを変えられる。
「シュヴァロフ速くするんじゃないの?」
「しない」
「Qbs.Bm.遅くする?」
「それも違う」
「じゃあ」
アリスは検索画面へいくつもの条件を入力した。
「分からなくする」
問題は、その条件を満たすドローンがほぼ例外なく軍用品だったことである。
広帯域電子偵察。局所妨害。センサー欺瞞。味方通信保護。敵データリンク撹乱。複数波長帯の偽目標生成。独立したAI判断による電子戦支援。
民生用途の機体には必要ない。
アリスは検索結果を見て、顔をしかめた。
「……嫌」
「何が」
「買ったら絶対言われる」
「何を」
アリスは端末をトミーへ向けた。
「《歯車の女王、再軍備》」
「言われそう」
「《王冠解体は偽装だった》」
「ありそう」
「《アリス派、新型軍用ドローン配備》」
「ありそう」
「《女王の新しい騎士》」
「絶対ある」
「嫌!」
トミーは耳を掻いた。
「じゃあ買わなきゃいい」
「シュヴァロフ旧式のままにしろって?」
「本人、気にしてないだろ」
「私が気にする!」
アリスは机を叩いた。
軍用電子戦機を買うこと自体が問題なのではない。アリスは私人でもあり、合法的な手続きで購入できる範囲の装備なら取得そのものは可能だ。ただし、今の彼女は《歯車の女王》である。本人がどれだけ否定しても、OUも外国代表も新開市市民も、その肩書を勝手に使う。特定企業から軍用装備を買えば、それだけで政治的意味が付く。
日本国企業から買えば、日本への接近。
オールドユニオン系なら、OUによる女王軍備支援。
OCMなら、オスカーとの関係があるため企業への寵愛。
新開市企業なら、それこそ女王御用達。
アライアンスはそもそもQbs.Bm.を個人へ売るような組織ではない。
「……面倒」
トミー。
「王冠捨てれば?」
「今まだ無理」
「じゃあ面倒」
「分かってる!」
アリスは企業一覧をさらに下へ送った。
そして一社で指が止まる。
マルティネス・ディフェンス・システムズ。
販売と整備の主要拠点は新開市から遠い海外。新開市市場への依存も薄く、現地政治への関与もほとんどない。過去にはブージャムを巡る一件もあり、アリス自身、多少なりとも恨みを買っていると思っていた。
「ここ」
トミーが画面を見る。
「嫌われてるとこ?」
「多分」
「何でそこ選ぶの」
「塩対応してくれそう」
「武器屋に求める条件じゃねえよ」
「商品だけ売って帰ってほしい」
アリスは問い合わせを送信した。
*
返信は二十一分後に届いた。
《この度は弊社電子戦システムをご検討いただき、誠にありがとうございます。ぜひ直接、製品仕様と運用支援についてご説明させていただきたく存じます。》
アリス。
「いらない」
続き。
《専門ドローン技術者を同行いたします。》
「いらない」
《軍用装備保険担当者》
「何で」
《国際輸出管理担当者》
アリスは一瞬止まった。
「……それはいる」
《法務担当者》
「まあ、いる」
《ファイナンス担当者》
「……」
トミーが覗く。
「金ないの?」
「うるさい」
《広報担当者》
「いらない!」
アリスは即座に返信した。
《広報はいらない。》
三分後。
《承知いたしました。》
そして三日後。
広報以外の全員が来た。
セールスマン二名。主任技術者三名。輸出管理担当一名。法務二名。保険二名。ファイナンス担当二名。整備契約担当。そしてアリスがどう見ても広報にしか見えない男が一人。
「お前」
アリスが指を差した。
「はい」
「広報?」
「ブランド戦略担当です」
「帰れ」
「まだ何も申し上げて――」
「名前変えただけだろ!」
*
マルティネス社が用意した商談室には、アリスが想像していた「塩対応」とは正反対の空気があった。営業担当者は握手する前から目を輝かせ、技術者たちはシュヴァロフを遠くから見ただけで何やら小声で話し合い、ファイナンス担当は既に複数の支払案を用意している。
「まず」
アリスが先制した。
「私の名前、宣伝に使うな」
「承知しています」
「《女王》って書くな」
「もちろんです」
「新開市公式採用って書くな」
「その予定はございません」
「家族って言うな」
営業担当が少しだけ困った顔をした。
「そこもでしょうか」
「そこが一番嫌!」
「承知しました」
アリスが訝しげに見る。
「……素直」
「弊社といたしましても、お客様のご意向は最優先です」
トミー。
「裏に何かある顔してるぞ」
「トミー!」
営業担当は笑顔を崩さず、プレゼン資料を開いた。最初のページ。
### MARTINEZ DEFENSE SYSTEMS
### SELECTED FOR ADVANCED URBAN ELECTRONIC WARFARE—
アリス。
「その次のページ」
「はい」
めくる。
右下に小さく仮広告案。
### ――Chosen by the Queen of Gears――
「燃やす」
「まだ公開していません!」
「絶対公開するな!」
「法務審査前の内部案です!」
「法務以前の問題!」
法務担当者が即座にメモを取る。
「《歯車の女王》表記を含む広告利用全面禁止、と」
「最初からそう言ってる!」
営業担当は少し残念そうだったが、それ以上抵抗しなかった。
アリスはようやく気づいた。
「……恨んでないの」
「何をでしょう」
「ブージャム」
営業担当は一瞬だけ技術者を見る。
「あの件と、今回のお取引は別です」
「本当に?」
「弊社製品を世界有数の都市戦ドローン運用者であるアリツェ・ヴァーツラフコヴァー様が検討してくださる。それ自体が技術的には大変光栄です」
「宣伝しないで」
「いたしません」
「今の言い方、絶対したい顔」
「否定はしません」
トミーが笑った。
*
候補機は四機種あった。
アリスが最初に落としたのは、火力を積みすぎている二機だった。電子戦支援よりも敵電子設備の物理破壊を優先する設計で、彼女の目的には合わない。三機目は性能自体は悪くなかったが、大型すぎて新開市のビル間運用に向かない。
最後に残ったのが、EF-15だった。
### EF-15 MARTINEZ ELECTRONIC WARFARE DRONE
### “BUTTERFLY”
薄い二対の可変翼を持つ飛行ドローン。翼そのものが多数の受発信アンテナ、電子反射制御面、妨害素子を兼ねる。飛行機というより、巨大な黒い蝶に近い。ただしその優雅な外見とは裏腹に、内部には非常に攻撃的な軍用電子戦AIが搭載されていた。
主任技術者が説明する。
「主要機能は四系統です。第一に《SPECTRAL VEIL》。敵センサー群に対する複数帯域偽目標生成」
アリス。
「都市反射込み?」
「標準では平地・山岳双方に対応していますが、都市環境では事前マッピングを推奨します」
「新開市なら私がやる」
「第二、《THREADLINE》。味方データリンクの多重化と反射経路分散」
「これはいい」
「第三、《FALSE STEP》。予測AIへ擬似移動傾向を与え、将来位置予測の精度を意図的に低下させます」
アリスの目が少し変わる。
「これ」
「はい」
「欲しい」
「Qbs.Bm.対策ですか」
アリスが技術者を見る。
「何で分かった」
「公開されている模擬制圧映像を見ました」
「誰が公開した!」
「アライアンスの性能広報資料です」
アリスの顔が険しくなる。
「氷の母……」
「第四、《QUIET ROOM》。限定領域内の遠隔指揮・索敵系を抑制します。ただし、完全遮断ではありません」
「Qbs.Bm.には?」
「率直に申し上げます」
「うん」
「単機では勝てません」
アリスは少しだけ安心した。
「良かった」
営業担当。
「良かった?」
「これ買えば全部勝てますって言われたら買わない」
主任技術者は頷いた。
「Qbs.Bm.は中央AI依存が低く、複数のローカル判断系を持ちます。EF-15で制圧予測精度を落とすことは可能ですが、無力化までは困難です」
「シュヴァロフが戦える時間は増える?」
「十分に」
「じゃあこれ」
営業担当の顔が明るくなる。
「ご購入ということで?」
「値段」
画面。
出る。
アリス。
黙る。
トミー。
覗く。
「高っ」
「見るな!」
「女王なのに金ないの?」
「女王は給料出ない!」
営業担当が咳払いした。
「長期分割支払いもご利用いただけます」
アリスが嫌そうに見る。
「ローン?」
「はい」
「軍用ドローンで?」
「法人・個人向け軍用設備融資契約です」
「私、個人?」
「正確にはご契約主体の選択が――」
「王冠担保にしないから」
ファイナンス担当が真顔で答えた。
「その予定はございません」
トミー。
「担保になると思ったの?」
「黙れ」
*
最終的に、アリスはEF-15《BUTTERFLY》をローンで購入した。
契約書は、本人の想像より遥かに厚くなった。軍用品である以上、輸出入管理。運用区域。電子妨害に関する周波数管理。第三者通信へ与えた損害。保険。整備責任。メーカー保証。改造時の責任分界。さらにアリスが自分の政治的肩書を宣伝へ利用させないための追加条項まで入った。
三岐透子も一度契約書を読んだ。
「購入そのものに問題はありません」
「本当に?」
「はい」
「《女王再軍備》とか言われない?」
「言われるかどうかと、法的に問題があるかは別です」
「言われるんだ」
「おそらく」
「嫌」
「契約をやめますか」
アリスは少し黙った。
整備場にいるシュヴァロフを見る。
「やめない」
「では署名を」
アリスは署名した。
女王陛下。
ローン。
成立。
*
EF-15《BUTTERFLY》が納品された日の午後、マルティネス社の主任技術者は、アリスという人間について自分たちが少し誤解していたことを知った。
世界的に知られる天才少女。
NECRO技術。
ゴースト。
歯車の女王。
そういう肩書から、彼らも知らず知らずのうちに「何でも一人で作れる魔法使い」のような人物像を持っていた。
実際のアリスは違った。
納品されたBUTTERFLYを一から作ることはできない。
だが。
「そこ外す」
納品から三十分。
「待ってください」
「何」
「そこは主電子反射制御面です」
「長い」
「何が」
「翼」
「仕様です」
「新開市だとビルに当たる」
「飛行制御上必要な面積で――」
「三分の一折れるようにする」
「保証が」
保険担当。
「待ってください!」
アリスは聞かない。
「アンテナ配置ここ」
「メーカー推奨位置から外れます」
「ビル反射使う」
「想定モデルでは――」
「新開市で使うんでしょ」
主任技術者が黙った。
アリスは都市三次元地図を開き、ビル壁面、鉄骨構造、地下通信網、窓ガラスの材質まで電子伝播計算へ入れていく。メーカーが「都市環境」と一括りにしていたものを、彼女は一棟一棟の壁として見ていた。
「この辺」
アリスが地図を指す。
「標準だと死角」
「はい」
「でもこのビル」
反射。
一本。
出す。
「使える」
技術者の目が変わる。
「……そこを中継反射面に?」
「うん」
「安定しません」
「だからAIに揺らぎ入れる」
「揺らぎ?」
「固定しない。相手に読まれる」
EF-15の軍用AIを開く。
メーカー技術者が身を乗り出す。
「そこは変更しない方が」
「敵味方固定しすぎ」
「軍用機ですから」
「嫌」
「嫌と言われましても」
「今、攻撃してる奴を邪魔する」
「それが敵では」
「今やめたら?」
技術者が止まる。
アリス。
「やめたら、追わない」
「……」
「敵って名前に固定しない」
アリスはAI判定系を書き換えていく。
「現在行動」
「見る」
主任技術者は少しずつ口数が減った。
彼女はEF-15を「強く」しているのではなかった。
新開市で、アリスの家族と一緒に生きられる機械へ変えている。
設計者が想定していたBUTTERFLYとは、もう違う。
保険担当だけが青ざめていた。
「保証対象外項目が……」
「知ってる」
「増えています」
「うん」
「かなり」
「うん」
「ローン残ってますよ?」
アリスの手が止まった。
「……壊さない」
トミー。
「急に慎重になった」
「うるさい!」
*
改造には三日かかった。
大改造ではない。それでもEF-15《BUTTERFLY》の印象はかなり変わっていた。可変翼は都市狭路へ対応するため折り畳み幅が増え、表面にはアリス独自の都市迷彩処理が施されている。黒一色ではない。夜間の窓、コンクリート、反射光の中で輪郭が掴みにくくなる灰白と暗色の細かな揺らぎ。AIは家族機との通信へ最適化され、バンダースナッチの分散センサー情報も扱えるようになった。
シュヴァロフ。
その横。
新しい機体。
浮く。
トミーが見上げる。
「BUTTERFLYでいいじゃん」
「嫌」
「メーカー名だろ」
「家族になるから」
「また増えた」
「うん」
「ローン付き家族」
「言うな」
アリスは新しい機体を見上げた。
「名前」
少し。
考える。
白いフードの奥で、赤い瞳が細くなる。
「スルツォヴァー・クラーロヴナー」
トミー。
「何それ」
「ハートの女王」
数秒。
沈黙。
「女王嫌いじゃなかったの?」
「これは違う」
「何が」
アリスは新しい電子戦機を見た。
「これは」
一拍。
「私が付けた」
トミーは少しだけ黙った。
「……まあ」
「何」
「いいんじゃね」
「何その上から」
「ローン払うの俺じゃないし」
「黙れ!」
*
最初の試験は夜の新開市で行われた。
シュヴァロフがビルの影へ入る。光学迷彩を起動する。従来なら高度なセンサーを持つ相手には、完全に消えているわけではない。熱。音響。微細な電磁ノイズ。着地点予測。新世代機はそれらを束ねて「見えないもの」を見る。
スルツォヴァー・クラーロヴナーが上空を旋回した。
翼面。
開く。
静か。
電子戦。
始まる。
試験用センサー網に表示されたシュヴァロフの反応が、一つから三つへ分かれた。
次の瞬間。
ゼロ。
別のビル。
二つ。
また。
一つ。
着地点予測。
揺れる。
アリスは端末を見た。
「うん」
トミー。
「強くなった?」
「シュヴァロフは同じ」
「じゃあ」
「でも」
アリスは空を見上げた。
スルツォヴァー・クラーロヴナーの薄い翼が、夜の街灯を一瞬だけ反射する。
「戦い方」
一拍。
「増えた」
それでいい。
旧式だから捨てる必要はない。
全部作り直す必要もない。
噛み合わせを変えればいい。
街。
同じ。
家族。
同じ。
でも。
戦える。
方法。
変える。
義弘なら、またアジャストメントだと笑うかもしれない。
*
翌朝。
アリスの端末。
通知。
鳴る。
祝部。
送ってきた。
《速報:アリツェ・ヴァーツラフコヴァー、マルティネス社製EF-15電子戦ドローンを購入》
「何でバレてる!」
祝部。
『軍用品だから』
「誰が漏らした!」
『合法輸入記録』
「隠せないじゃん!」
『隠したらもっと怪しい』
次。
《“歯車の女王”再軍備か――王冠解体との整合性に注目》
「ほら!」
次。
《新開市防衛体制強化? 女王陛下の新たな軍用機》
「違う!」
次。
《マルティネス社、新開市市場参入の足掛かり》
「違う!」
次。
《女王の新たな従者――黒き蝶、王冠の空へ》
「違う!!」
トミーが横から画面を見る。
「全部予想通りじゃん」
「だから嫌だったんだよ!」
その後ろ。
スルツォヴァー・クラーロヴナー。
静か。
浮く。
シュヴァロフ。
横。
いる。
新しい家族は、人間社会の面倒など知らない顔で、アリスの通信網へ接続していた。
*
同じ記事を、御厨綴も読んでいた。
彼女はアリスに関する記録へ、新しい一行を加える。
《軍用電子戦ドローンEF-15取得》
横には購入理由。
《既存家族機の戦力陳腐化対策》
《Qbs.Bm.との模擬制圧を契機》
《個人資産・長期分割契約》
《都市戦向け独自改造実施》
同行職員が画面を見る。
「危険度を上げますか」
御厨は穏やかに首を横へ振った。
「まだ」
「軍用電子戦機ですよ」
「だから?」
「武装強化では」
「そうですねえ」
御厨はアリスの改造内容を読む。
「でも」
一拍。
「軍備は」
目。
少し。
鋭くなる。
「買った理由より」
「次に何へ使うかです」
職員は頷いた。
御厨は記録を保存する。
消さない。
決めつけない。
ただ。
残す。
アリス・ヴァーツラフコヴァー。
《歯車の女王》。
元ゴースト。
都市調停者。
NECRO技術者。
そして。
軍用電子戦機の所有者。
記録には、また一行増えた。
その一行が、いつか何を意味することになるのか。
今の御厨は、まだ決めていなかった。




