第421話 勝者の顔
大泉晴翔が「撤退します」と口にした時、側近はしばらくその意味を理解できなかった。日本国代表宿舎の応接室。昨日までなら窓の向こうにはデモ隊とMAXIMILIANの巨体が見え、少し離れた場所では出来損ないの《MIKOSHI=NYUDO》が倒れ、復旧用の工事灯が夜通し光っていた。その混乱がようやく僅かに落ち着いた朝、晴翔はいつものようにコーヒーを淹れ、日本国内の誰かと短い通話を終えた後、まるで午後の予定を変更するような気軽さでそう告げたのである。
「撤退します」
側近は目を瞬かせた。
「……本当に?」
「何がでしょう」
「先生が」
「ええ」
「日本に帰る?」
「そのつもりです」
側近は椅子の背へ身体を預け、長い息を吐いた。
「やっとですか……」
「少々、遊びすぎました」
「少々じゃありませんよ。アライアンスに喧嘩売って、チャールズ・ブラウン重傷にして、新開市中にMIKOSHI生やして、外には先生をテロリストだと思ってる人までいるんですよ」
「最後の一点については、私だけの責任ではないと思いますが」
「昨日、自分で証拠増やしたでしょう」
「耳が痛いですね」
「痛がってください」
晴翔は穏やかに笑った。側近には、その笑顔が昨日までよりわずかに静かに見えた。追い詰められながら危機そのものを楽しみ、死にそうなほど生き生きしていた男が、ようやく自分の状況を理解したのかもしれない。そう思いたかった。
「帰国後の受け入れを整えてください」
「私が?」
「先に戻っていただけますか。日本側にも、こちらで何が起きたのか正確な報告が必要でしょう」
「先生は」
「必要な手続きを終えてから」
「一緒じゃ駄目なんですか」
「私が一緒ですと、話が余計にややこしくなる可能性があります」
「もう十分ややこしいですよ」
「ですから」
晴翔はカップを置いた。
「お願いします」
側近は何か言い返そうとして、やめた。大泉晴翔という男と長く一緒にいたからこそ、こういう時に問い詰めればどこまでも煙に巻かれることも知っている。それに、帰ると言った。それだけでも今は十分だった。
「……分かりました」
「ありがとうございます」
「絶対帰ってきてくださいよ」
「帰国するのに帰ってくるというのも妙ですが」
「そういうのいいです」
「はい」
「先生」
「何でしょう」
「本当に」
一拍置いて、側近は晴翔を見る。
「これ以上、余計なことしないでください」
晴翔は少し考えた。
「努力します」
「その返事、一番信用できない」
「心外です」
側近が部屋を出る。扉が閉まり、廊下の足音が遠ざかっていくまで、晴翔は椅子に座ったまま黙っていた。やがて端末に表示される移動情報を確認し、側近が本当に日本へ向かう手続きを始めたことを知ると、晴翔は小さく息を吐いた。
もちろん、帰るつもりなどなかった。
*
そもそも、帰れるとも思っていなかった。晴翔は新開市周辺の移動経路を表示した。日本側が用意できる航空路。陸路。外交団用の移動回廊。そのほとんどが形式上は閉鎖されていない。しかし、自分が移動を申請した瞬間にアライアンスと新開市治安機関の双方へ情報が渡る仕組みになっている。MIKOSHI関連データを新開市外へ持ち出す可能性、KYO=KOTUへの命令権限、三妖機との関連、そしてチャールズ襲撃。アライアンスは晴翔を「逮捕」する権限を主張してはいなかったが、中立インフラへ重大な脅威を及ぼした人物が、何の監視もなく新開市から消えることを許すほど甘くもない。氷の母はそういう相手だった。
晴翔は端末を閉じ、椅子へ深く腰を下ろした。
「撤退、ですか」
一人で呟く。
「帰れると思って言ったわけではありませんが」
窓の外では、昨日の暴動を受けて宿舎前の警備が増えている。今もMAXIMILIANが二機、火器を下げたまま建物の前に立っていた。自分を守るためではない。日本代表団を私刑から保護するためだ。それでも、結果として晴翔はアリスによって守られている。
それがおかしくて、少し笑った。
アリスは怒っているだろう。チャールズが死にかけた。KYO=KOTUの残存個体による襲撃命令経路も、恐らくもうかなりのところまで追われている。真鍋は執念深い。そして今度は、社会が作った《悪党・大泉晴翔》ではなく、自分自身の具体的な行動を証拠にしようとしている。
そこまで分かっている。
だからこそ、晴翔は帰りたくなかった。
「勝った人の顔を」
晴翔は小さく言った。
「まだ見ていませんから」
*
その頃、新開市治安機関では、真鍋が長い夜の最後にようやく一枚の画面を閉じていた。KYO=KOTU残存機から拾った断片的な命令ログ。複数の匿名化中継。日本側の民間回線。代表宿舎の内部ネットワークへ一度だけ接続された認証鍵。さらにMIKOSHI=NYUDOデータ公開時に残った署名断片、過去の三妖機運用記録、TEN=GU関連の管理経路。それぞれ単独では晴翔本人まで届かない。だが、重ねれば一つの形になった。
真鍋はアリスへ連絡した。
「取った」
アリスは数秒黙った。
「晴翔?」
「晴翔」
今度は真鍋も濁さなかった。
「チャールズ襲ったのも?」
「少なくとも、残存KYOに対する行動不能化指示は本人の認証系統から出てる。殺害指示じゃない。だけど、結果として重傷を負わせた」
「MIKOSHI」
「公開操作も本人側」
「三妖機」
「直接性は少し弱い。でも過去経路は繋がる」
アリスの顔が険しくなる。
「日本」
「証拠出した」
「何て」
「協力するって」
アリスは目を閉じた。
真鍋が言う。
「これで、社会的大泉晴翔は使わなくていい」
「うん」
「噂も、女王の宿敵も、テロリストって呼び方も要らない」
「うん」
「本人が」
一拍。
「やったことで行く」
アリスは目を開いた。
「行こう」
「逮捕するのは私」
「分かってる」
「お前は殴るな」
「分かってる!」
「前科あるから言ってる」
「うるさい!」
真鍋は少しだけ口元を緩めた。
「じゃあ準備」
*
日本代表団側も、もはや晴翔を庇うことはできなかった。証拠提示を受けた日本側代表は長い沈黙の末、新開市の適法な捜査へ協力すると回答した。外交免責や代表団保護を盾にして晴翔本人を逃がすことはしない。ただし、正式な拘束手続きと本人の安全は保証すること。その条件を真鍋は受け入れた。
皮肉だった。
晴翔自身が作った「日本代表団」という根が、晴翔自身の行動によって切れた。
夕方。
宿舎の廊下へ、新開市治安機関の足音が響いた。真鍋を先頭に、捜査官。少し後ろにアリス。シュヴァロフは連れていない。OUも連れていない。女王の軍でも、ゴーストの家族でもなく、逮捕するのは治安機関だからだ。
扉の前。
真鍋がアリスを見る。
「最後に」
「殴らない」
「蹴らない」
「蹴らない」
「ハックしない」
「しない」
「勝手に追放しない」
「しない!」
「よし」
「何で私が犯罪者みたいに確認されてんの」
「実績」
「一回!」
「一回あれば十分」
真鍋が扉を開けた。
*
大泉晴翔は待っていた。
窓際ではなく、部屋の中央に置かれた椅子へ深く腰掛け、テーブルにコーヒーと端末を置いている。逃走の準備はない。荷物もまとめていない。アリスたちが入ってきたのを見ると、晴翔は本当に嬉しそうに顔を上げた。
「おやおや」
真鍋の眉間に皺が寄る。
「何」
晴翔はアリスを見る。
「勝利者が、そのような憮然とした顔をしていてはいけませんよ」
アリスは立ち止まった。
自分でも分かっていた。勝った側の顔ではない。むしろ、不機嫌で、疲れて、晴翔を見るだけで腹が立って仕方がない。
「……なんで」
アリスが言う。
「そんな嬉しそうなの」
「嬉しいからです」
「お前」
一歩出る。
真鍋の腕がわずかに動く。
「今から逮捕されるんだぞ」
「ええ」
「KYO=KOTU」
「はい」
「MIKOSHI=NYUDO」
「はい」
「チャールズ」
その名前だけ。
晴翔の笑みが、ほんのわずかに薄くなる。
「……はい」
「全部、繋がった」
「ええ」
「日本も庇わない」
「そうでしょうね」
「アライアンスもお前をそのまま帰さない」
「承知しています」
「もう」
アリスは晴翔を睨む。
「いつもみたいに」
「別の役になって」
「普通の顔して」
「新開市に戻れない」
晴翔はその言葉を聞いた。
長い。
長い。
時間。
欲しかった。
敗北。
それ。
今。
来た。
晴翔は、ゆっくり笑った。
「敗北が」
一拍。
「これほど嬉しいものだとは」
アリスの顔が引きつる。
「は?」
「私も」
晴翔は新開市の窓外へ一度だけ視線を向ける。
「新開市の毒に」
「やられたようです」
「毒じゃなくて!」
アリスが身を乗り出した。
「お前が――」
真鍋の腕が横から入る。
「そこまで」
「でも!」
「言いたいことがあるなら署で聞く」
晴翔。
「私にもでしょうか」
真鍋。
「特にお前」
「光栄です」
「褒めてない」
真鍋は捜査官へ合図した。
「大泉晴翔。KYO=KOTUを用いた襲撃への関与、MIKOSHI=NYUDO関連データの不正運用および都市危険行為への関与、その他複数の容疑について、新開市治安機関の管理下へ移す」
晴翔は抵抗しなかった。
両手。
前。
出す。
「完敗です」
アリスがまた腹を立てた。
「何で!」
「何がでしょう」
「負けた奴が一番嬉しそうなんだよ!」
晴翔は少し考える。
「私自身」
一拍。
「敗北した時」
「どう感じるのか」
「知らなかったからでしょうね」
「今知った?」
「ええ」
「どうだった」
「素晴らしい経験です」
「最悪!」
晴翔は楽しそうに笑った。
*
真鍋が拘束具を準備させた、その時だった。
「ただ」
晴翔が言った。
「何」
「一つだけ」
「却下」
真鍋。
即答。
晴翔が笑う。
「まだ内容を申し上げていません」
「却下」
「厳しいですね」
「お前相手には遅いくらい」
「では」
晴翔の視線がテーブルへ落ちる。
「かつての新開市のヴィランのように」
一拍。
「少し」
「悪あがきをさせてください」
真鍋の顔が変わった。
「端末!」
晴翔の指が動く。
机の上。
一度。
弾くように。
触れる。
アリスが飛び込む。
「晴翔!」
端末を掴み、晴翔の手から引き離す。
真鍋の捜査官が晴翔を椅子から立たせ、その両腕を拘束する。
「何した!」
アリスは画面を見る。
最初。
文字。
理解。
追いつかない。
《MIKOSHI=NYUDO》
《EMERGENCY RECONSTRUCTION MODE》
《DISTRIBUTED INSTANCE WAKEUP》
《SYNCHRONIZATION KEY:ACCEPTED》
その下。
新しい。
名称。
《DAIGYORETSU PROTOCOL》
アリスの目が見開かれる。
「……大行列?」
真鍋。
「何」
「全MIKOSHI」
アリスが画面を送る。
「起動要求」
「は?」
「止まってるのも」
「壊れたのも」
「互換設備も」
「全部!」
晴翔。
拘束。
されながら。
笑う。
「最後の切り札です」
*
警報は、ほぼ同時だった。
新開市北部。解体途中だった第二MIKOSHIの腕部を構成していた防災壁が、工事固定具を引き千切って動き始める。港湾地区では第三個体に使われたクレーンが復旧作業を中断するように旋回し、再び接続姿勢へ入る。外縁部では、昨日まで一度もMIKOSHIを構成していなかった物流設備群が互いへ接続要求を出し始めた。公開された簡易MIKOSHIの残骸まで、コア制御層が生きている個体は一斉に再起動する。
中央調整室。
警告。
溢れる。
《POWER DISTRIBUTION ANOMALY》
《LOGISTICS SYSTEM DETACHMENT》
《CIVIL COMMUNICATION NODE MOVEMENT》
《STRUCTURAL SUPPORT RELEASE》
《MULTIPLE LARGE-SCALE RECONFIGURATION EVENTS》
祝部が叫ぶ。
「また何体!?」
三岐。
「数ではありません!」
「何!?」
「全個体が互いに同期しています!」
アリスは晴翔の端末を見た。
起動したMIKOSHIは、単独で戦うために立ち上がっているのではない。
互い。
移動。
始める。
一体。
右腕。
ない。
別個体。
大型荷役アーム。
外す。
接続候補。
送る。
一体。
電力。
足りない。
別の変電ユニット。
接続。
始める。
港。
通信塔。
一つ。
頭部。
候補。
複数のMIKOSHIが、それぞれの不足を補い合いながら、同じ場所へ向かっている。
「合体……?」
真鍋が低く言った。
晴翔。
「正確には」
一拍。
「共同再構成です」
「黙れ!」
アリスが怒鳴る。
*
《Ō=MIDUCHI》とは違った。大蛟は、小さな互換ドローンが集まり、一つの巨大な身体へ成長した怪物だった。分散したものが中央へ集まり、一匹になる。その構造は、かつてアリスが背負わされた王冠そのものに似ていた。
《大行列》は違う。
既に巨大な身体を持っているMIKOSHIたちが歩く。
それぞれ別の姿。
別の規格。
別の場所。
でも。
同じ。
鍵。
受け取る。
腕。
足。
電力。
通信。
防護。
互い。
足りない。
部分。
担ぐ。
御輿。
一つ。
作る。
ため。
街中の巨人が。
行列。
始める。
晴翔は、自分の手からMIKOSHIを離したと言った。
それは完全な嘘ではなかった。
誰でも使える。
誰でも改造できる。
誰でも立ち上げられる。
だが。
その深いところ。
一つ。
共通。
同期。
鍵。
残した。
そして。
最後。
自分。
押した。
アリスがゆっくり晴翔を見る。
「……お前」
「はい」
「今」
晴翔。
笑み。
少し。
弱く。
なる。
「命令した」
部屋。
静か。
なる。
「街じゃない」
「使った人でもない」
「偶然でもない」
一歩。
アリス。
近づく。
「お前が」
一拍。
「命令した」
晴翔は否定しなかった。
「……ええ」
アリスの顔に、怒りとは少し違うものが浮かんだ。
「お前」
一拍。
「最後に」
「王様になった」
晴翔。
本当に。
止まる。
その言葉。
効く。
これまで。
人。
選ぶ。
言った。
社会。
自走。
言った。
悪党。
席。
回る。
言った。
命令。
しない。
条件。
置く。
だけ。
言った。
なのに。
最後。
全MIKOSHI。
一つ。
鍵。
握る。
自分。
命令。
した。
「……これは」
晴翔が苦笑した。
「手厳しい」
「違う?」
アリス。
聞く。
晴翔はしばらく考えた。
そして。
「いいえ」
一拍。
「そうかもしれません」
その瞬間。
大泉晴翔。
負ける。
逮捕。
より。
深く。
自分。
やり方。
最後。
自分。
裏切った。
*
アライアンスからの通信は、それから数秒後だった。
『アリス』
「見えてる!」
氷の母。
いつもより。
声。
硬い。
『原型MIKOSHIに設定されていたアライアンス管理資産への制限を逸脱する再構成個体が複数確認されています』
「うん!」
『そのうち三群が中立通信および電力管理区域へ接近中』
「止める?」
一拍。
『これは警告ではありません』
新開市の空。
遠く。
大型輸送。
反応。
増える。
『介入します』
F.QRE.D.QVE。
VPVD。
そして。
巨大な。
高機動重ドローン。
《SOFFest》
出動。
開始。
晴翔。
その通信。
聞く。
拘束された手。
僅かに。
震える。
真鍋。
それ。
見る。
「怖い?」
晴翔。
笑う。
「非常に」
「なのにやった」
「ええ」
アリス。
「馬鹿」
「否定できません」
真鍋が晴翔を押す。
「歩け」
「街は?」
「こっちで止める」
「私の協力が必要かもしれませんよ」
「必要なら署で聞く」
「制御鍵についても?」
「聞く」
「私を現場に――」
「出さない」
真鍋の声。
冷たい。
「お前を」
「また」
「危機を止められる特別な奴の席に」
「戻さない」
晴翔の笑み。
少し。
消える。
アリスも言う。
「お前いなくても」
一拍。
「止める」
晴翔がアリスを見る。
その言葉。
晴翔。
欲しかった。
はず。
人。
自分。
いなくても。
動く。
社会。
自走。
する。
それ。
ずっと。
面白がった。
でも。
今。
自分。
必要。
ない。
言われる。
胸。
ほんの少し。
寂しい。
晴翔自身。
その感情。
気づいて。
余計。
嬉しく。
なる。
「……そうですか」
*
アリスは治安機関に連行されようとする晴翔を見た。
「晴翔」
晴翔が振り返る。
「はい」
「見たかったんでしょ」
「何をでしょう」
「勝った奴の」
一拍。
「顔」
晴翔の目が少しだけ細くなる。
「ええ」
アリスは、ものすごく嫌そうな顔をした。
「よく見ろ」
「はい」
「最悪」
「……」
「全然」
「嬉しくない」
晴翔は黙って見る。
「チャールズ」
「まだ手術」
「朔」
「怪我」
「グリンフォン」
「壊れた」
「街」
「まためちゃくちゃ」
「王冠」
「また重い」
一つ。
一つ。
言う。
「だから」
アリス。
晴翔。
睨む。
「勝った感じ」
「全然」
「しない」
「ですが」
「でも」
一拍。
「お前」
「捕まえた」
晴翔の笑みが、今度は静かになる。
「次」
アリス。
窓外。
巨大な。
MIKOSHI。
歩く。
見る。
「お前の怪物」
「止める」
晴翔は長くアリスを見た。
敗北。
顔。
違う。
勝利。
顔。
違う。
ただ。
次。
仕事。
する。
人。
顔。
それ。
晴翔。
たまらなく。
好き。
「……素晴らしい」
「うるさい」
真鍋。
「黙って歩け」
「はい」
*
大泉晴翔が新開市治安機関の管理下へ移された頃、市内各地では《大行列》が始まっていた。北部の防災型MIKOSHIが道路補強設備を引きずりながら南へ進み、港湾地区の長腕型はクレーンを両腕にしたまま内陸へ向かう。外縁部では三体の出来損ないが互いに接続し、一体は脚を失いながらも別個体の肩へ載せられて移動していた。停止していた設備まで動き始め、新開市の電力網には穴が空き、物流線が止まり、通信中継が一時的に失われる。巨大な最終形が完成する前から、街そのものが少しずつ身体を剥がされていた。
中央調整室へ戻ったアリスを、祝部と三岐が待っていた。
「何体?」
「『何体』では管理できません」
三岐が答える。
「構成群十一。部分起動二十八。再構成要求を受けている互換設備は百を超えています」
「アライアンス」
「北東二群へF.QRE.D.QVE。中立通信基盤前へSOFFest展開中」
「OU」
「MAXIMILIANを主要経路へ配置」
「真鍋」
「晴翔を確保。そのままKYOと同期鍵を解析」
「義弘」
祝部。
「病院」
「走ってない?」
「今それ?」
「大事」
「トミーに見張らせてる」
「よし」
アリスは画面を見る。
街。
巨大。
行列。
動く。
一つ。
なる。
ため。
晴翔。
最後。
命令。
した。
でも。
晴翔。
もう。
ここ。
いない。
連行。
された。
なら。
自分たち。
止める。
アリス。
「次」
三岐。
「何を」
「大行列」
一拍。
「止める」
*
治安機関の車両へ乗せられる直前、晴翔は一度だけ振り返った。
新開市の夜。
複数の巨大な影。
歩く。
遠く。
SOFFest。
展開。
する。
OU。
動く。
治安。
走る。
アリス。
中央。
戻る。
自分。
そこ。
いない。
初めて。
完全。
外。
いる。
晴翔は少し笑った。
「さて」
真鍋。
「何」
「勝者は」
一拍。
「次に」
「何をするのでしょうね」
真鍋は晴翔の背を押した。
「黙って歩け」
「はい」
扉。
閉じる。
大泉晴翔という怪物は、そこで初めて新開市の盤面から物理的に外された。
しかし、彼が最後に一度だけ「王」として押した命令は、まだ街を走っていた。防災壁が歩き、通信塔が揺れ、物流設備が巨人の腕になり、変電設備が胸へ集まり、何体ものMIKOSHI=NYUDOが互いを担ぎながら一つの方向へ進んでいく。その列は、誰か一人が先頭に立っているようには見えなかった。それでも全部が、同じ鍵を受け、同じ目的へ向かっていた。
《大行列》。
始まった。
アリスは中央調整室の大画面に映る無数の進路を見つめた。晴翔はいない。チャールズは手術中。朔は負傷。義弘はまだリハビリ。グリンフォンは重損傷。状況だけ見れば、最悪だった。
でも。
真鍋。
いる。
三岐。
いる。
祝部。
いる。
OU。
いる。
アライアンス。
いる。
サムライ。
いる。
街。
いる。
晴翔。
いなくても。
止める。
それこそ。
ずっと。
作ろう。
してきた。
もの。
だった。
アリスは端末を握り直した。
「行くよ」
誰に向けた言葉かは、もう一人に限らなかった。
新開市全体が、大泉晴翔の最後の悪あがきへ向き直る。
その一方で、護送車の中の晴翔は目を閉じ、身体の奥に残る恐怖と歓喜を噛みしめていた。勝者の顔は見た。自分は負けた。そして最後の最後で、自分がずっと避けてきた王の席へ座り、自分自身の思想まで裏切った。
それすら。
新しい。
経験。
だった。
晴翔は小さく笑った。
もう、自分には何も命令できない。
だからこそ。
この先。
何が起こるか。
本当に。
分からない。
それは彼にとって、敗北と呼ぶにはあまりにも魅力的な景色だった。
そして新開市では、晴翔がいなくても動ける街と、晴翔がいなくても動き続ける怪物が、初めて真正面からぶつかろうとしていた。




