第419話 鏡の国の悪党
二体目の《MIKOSHI=NYUDO》が新開市南西部で立ち上がった時、チャールズ・ブラウンは論文を書いていた。第一個体よりずんぐりとした巨人だった。物流設備を多用した最初の個体とは違い、今回は災害対策区画に増設されていた可動防災壁と大型道路補強材の比率が高く、両肩は異様に分厚く、脚部は短い代わりに何重もの荷重分散機構が重なっている。遠くでは警報が鳴り、真鍋の治安機関が交通を止め、オールドユニオン派遣軍のMAXIMILIANが進路を塞ぐために移動し、アリスの家族機が周辺住民の避難を手伝っていた。第一個体を倒した経験から対応そのものは早くなっていたが、だからといって楽になったわけではない。形が違えば重心も違う。使われているインフラが違えば、壊してよい部分も違う。前回胸部にあった高出力変電設備は今回は腰部へ回され、胸には災害用大型蓄電設備と通信交換機が入っている。つまり、昨日の正解をそのまま使えば都市側へ余計な被害を出す。
そんな光景を病院の高層階から見下ろしながら、チャールズは膝の上の端末へ文章を打ち続けていた。
「教授」
窓際で杖を持っていた義弘が言った。
「はい」
「二匹目立ったぞ」
「見えています」
「何してる」
「論文を書いています」
義弘は一度、窓外の巨大なMIKOSHIを見た。それからチャールズを見る。
「何で今」
「今だからです」
「何が」
「非常に良い観察対象です」
横で寝転がっていたトミーが顔を上げた。
「新開市で言うと怒られるやつだな」
榊圭吾は窓辺へ寄り、遠くのMIKOSHIとチャールズを交互に見た。
「この街、変な奴しかいねえな」
「お前も入ってるぞ」
「俺は自覚ある」
「それは偉くない」
チャールズは会話に参加しながらも手を止めなかった。画面上には仮題が表示されている。
――《社会における生物の再生》。
学術論文としてはいささか扇情的だった。本人も分かっている。それでも今は、それ以外の表題が思いつかなかった。
*
チャールズが大泉晴翔という人間について考え始めてから、長い時間が経っていた。最初は責任の問題だった。悪党の席から降りても、過去の責任まで消えるわけではない。だから、人間が社会へ戻る権利を守りながら、以前の席で生じた責任を持ち越す方法を考えた。しかし晴翔は、その程度では止まらなかった。責任を認めても戻れる。謝罪しても戻れる。政治家、被害者、協力者、敵、外交関係者、アリスの王冠を外す協力者、その王冠を重くする敵。互いに矛盾する役割を同時に持ち、それぞれの場所から社会へ食い込む。さらにKYO=KOTUでは、一つの身体へ戻る必要さえないことを示した。壊れた部品は別の個体へ移り、個体そのものが変わっても機能だけは再生する。そして《MIKOSHI=NYUDO》では、とうとう再生作業そのものを街へ渡した。インフラが直れば怪物の材料も直る。市民が生活を取り戻そうとすれば、晴翔の再構成可能性も戻る。
チャールズは、そこで生物の脱皮を思い浮かべた。
「津田さん」
「何」
「大泉さんは、傷を治しているのではないのかもしれません」
「急だな」
「傷ついた身体ごと、脱いでいる」
義弘の眉が動いた。
「脱皮?」
「はい」
チャールズは文章を保存し、少しだけ義弘へ画面を向けた。
「傷を受けた生物が、その損傷を完全に修復して元の形へ戻るのではなく、成長とともに古い外殻を捨て、新しい姿へ移る。もちろん厳密な生物学的比喩ではありません。しかし、社会的な役割の遷移として考えると、大泉さんの行動にはよく似た部分があります」
榊が言った。
「古い皮は捨ててるように見えねえけどな」
「そこが面白いのです」
「面白がるなよ」
「失礼」
チャールズは少し笑った。
「脱いだ皮を、後で道具として再利用している」
義弘が窓外から目を離した。
「三妖機」
「それも」
「KYO」
「それも」
「昔の人脈」
「それもでしょう」
「敵だった時の評判まで?」
「使えるなら」
榊。
「最悪のリサイクル屋だな」
「ええ」
チャールズは画面に一文を加えた。旧役割は廃棄されず、脱ぎ殻として再利用される。晴翔は以前の自分を完全に捨てない。必要な時にだけ取り出し、新しい自分へ接続する。だから再生するたびに選択肢が増える。本来なら古い身体の制約になるはずの過去が、晴翔にとっては新しい身体を作るための素材になる。
しかし、生物的な再生にはもう一つの側面がある。
チャールズの指が止まった。
「どうした」
義弘が聞く。
「再生は、正しい形に戻るとは限りません」
「何の話だ」
「細胞が増える。傷を埋める。組織を再構築する。それ自体は必要です。しかし、増殖が制御から外れれば」
トミーが耳を動かす。
「癌?」
チャールズはトミーを見る。
「はい」
榊。
「晴翔が癌って話?」
「いいえ」
チャールズは即座に否定した。
「大泉晴翔という人間そのものを癌と呼ぶつもりはありません。比喩にしても乱暴すぎます」
「じゃあ何が」
「本人から切り離された『大泉晴翔』です」
義弘。
「……ああ」
チャールズは、以前自分が新開市を《鏡の国》と呼んだ時のことを思い出していた。アリス本人は王になることを望んでいない。それでも人々の期待、外交文書、契約、安全への依存、映像、支持者の願望、それらが勝手に結びついて「女王アリス」を作った。本人の意図とは無関係に増殖し、本人が否定しても消えず、むしろ否定さえ「謙虚な女王」という新しい物語の材料にした。
「女王アリス」
榊が先に言った。
「はい」
「本人から離れて勝手に増えた」
「ええ」
チャールズはゆっくりと頷く。
「新開市では、人間の役割が本人の所有物でなくなることがある。大勢が同じ人物を見て、同じ物語を共有し始めれば、その人物像は本人の指令を聞かなくなる」
義弘。
「社会的な癌細胞」
「比喩としては」
チャールズは少し迷ってから答えた。
「そう呼べるかもしれません」
*
二体目の《MIKOSHI=NYUDO》は、第一個体より三十七分長く抵抗した。重装甲化された防災壁をまとい、何度かMAXIMILIANを押し返したが、アリスたちは前回よりも慎重に構成設備を解析し、蓄電系、通信系、荷重結節を順番に切り離した。最後はコロボチェニィクが肩部の防災設備を支え、治安機関の工兵が内側の接続部へ入り、OU側が倒壊方向を限定した上で巨体を横倒しにした。死者は出なかった。大きな勝利だったはずなのに、街では既に次の互換設備群が警戒対象として表示されている。
チャールズは論文を書き続けた。
義弘が呆れた。
「終わったぞ」
「はい」
「二匹目」
「見ていました」
「論文は」
「まだです」
「そっちの方が長いのかよ」
「学術とは忍耐です」
トミー。
「便利な言葉覚えたな」
「以前から知っています」
その日の夜、論文の第一稿が完成した。
チャールズは何度も読み返した。タイトルは結局そのままにした。
《社会における生物の再生――役割、脱皮、分散構造と社会的異常増殖について》。
論文だけでは足りないと思った。
もう一つ。
報告書。
こちらは学術的な文体ではない。
《大泉晴翔関連事象・役割推移および再生経路暫定整理》。
三妖機。折原。サムライ・ヴィラン。KYO=KOTU。TEN=GU。日本代表団。MIKOSHI=NYUDO。晴翔が直接関与したと確認できる事項と、関係が推定される事項と、証明されていない事項を明確に分ける。意図的に断定を避け、時系列と役割だけを並べる。
榊が後ろから覗いた。
「何すんの、それ」
「公開します」
「論文?」
「両方」
義弘が顔をしかめた。
「今?」
「はい」
「ニュース全部MIKOSHIだぞ。誰も読まねえぞ」
「今は、それで結構です」
「何で」
チャールズは公開画面へカーソルを合わせた。
「一度、社会へ出せば」
一拍。
「誰かが見ます」
クリック。
公開。
記者会見はしない。
大々的な告知も出さない。
公式な大学名義すら使わない。
ただ、検証可能な資料としてネットワーク上へ置いた。
榊の目が細くなる。
「お前」
「はい」
「導線引いてるな」
チャールズは榊を見る。
「そうですね」
「俺らと同じこと始めてるぞ」
「光栄ではありませんね」
「褒めてねえよ」
チャールズも笑わなかった。
「私もです」
*
三体目の《MIKOSHI=NYUDO》が立ち上がったのは、その翌日の午後だった。
今度は港湾地区だった。
長い。
異様なほど。
第一、第二個体より明らかに背が高い。港湾クレーン二基を左右の腕に使い、胸部にはコンテナ搬送用大型蓄電設備、脚には荷役用多脚フレームを転用している。首にあたる部分には海運用通信設備が何層も重なり、腕を広げた姿は高層ビルではなく港湾施設そのものが起き上がったように見えた。
新開市の話題は当然、それ一色になった。
《三体目出現》
《港の巨人》
《女王アリス、現場へ》
《MIKOSHI=NYUDO再生》
チャールズの論文。
閲覧数。
六十三。
二時間後。
百十四。
夕方。
二百七。
義弘が端末を見る。
「教授」
「はい」
「全然伸びてねえ」
「忍耐です」
「昨日からそればっかだな」
「重要ですから」
そこへ祝部マコトが入ってきた。
「呼んだ?」
「はい」
「嫌な予感しかしない」
チャールズは自分の論文と報告書を見せた。
「これを広めないでください」
祝部。
「は?」
「ただし」
一拍。
「見つけやすくしてください」
祝部は数秒、チャールズを見た。
「言ってることやばいの分かってる?」
「はい」
「俺に導線作れってことだろ」
「はい」
榊が壁際から言った。
「やっぱ導線屋じゃねえか」
チャールズ。
「私は社会学者です」
「今は言い訳に聞こえる」
祝部は報告書を読み始めた。
「何流す」
「断定はしないでください」
「じゃあ」
「問いを」
「問い?」
「《MIKOSHI=NYUDOの規格設計者は誰か》」
祝部の指が止まる。
「《TEN=GU提供経路とKYO=KOTU襲撃の時系列》」
「うん」
「《三妖機、KYO、TEN=GU、MIKOSHIに共通する関係者》」
祝部。
「答えほぼ書いてあるじゃん」
「資料には」
「チャールズ」
義弘が険しい声で呼ぶ。
「何する気だ」
チャールズはしばらく答えなかった。やがて、港湾地区で戦う第三MIKOSHIの映像を見た。
「大泉晴翔を」
一拍。
「作ります」
トミー。
「もういるぞ」
「本人ではありません」
チャールズ。
「社会が考える」
「大泉晴翔を」
*
最初に拾ったのは、小さな政治系配信者だった。
《これ、三体のMIKOSHIの規格資料と大泉晴翔の関係、整理してる人いる》
リンク。
閲覧。
三百。
次に、工学系の大学院生。
《MIKOSHIの互換設計思想、KYO=KOTUの分散運用と発想が近い。設計者が同じとは断定できないけど、このレポート面白い》
次。
サムライ・ヴィラン関連を追っていたまとめアカウント。
《TEN=GU提供元の人、KYO=KOTU時の日本代表団にもいたんだ》
さらに。
《あれ、アリスに殴られた議員じゃない?》
《そう》
《女王怒らせた奴》
《KYOでヒーロー壊した件もこいつ?》
《確定ではない》
《でもTEN=GUもこいつだろ》
《MIKOSHIも?》
《報告書読むとかなり臭い》
祝部が画面を見ている。
「始まった」
チャールズ。
「はい」
榊。
「思ったより早いな」
「新開市ですから」
言葉が増える。
《再生の怪物》
これはチャールズの論文から拾われた。
《女王の宿敵》
これは以前からあった。
《サムライ・ヒーロー狩りの黒幕》
少し雑だった。
《巨人を生やす政治家》
さらに雑。
《日本から来たマッド議員》
《アリスのラスボス》
《新開市最大のヴィラン》
そして。
とうとう。
《テロリスト大泉晴翔》
祝部の顔が曇る。
「そこまで行ったぞ」
チャールズも画面を見る。
「私は」
一拍。
「そうは書いていません」
榊が冷たく言った。
「でも」
「そうなる場所には置いた」
チャールズは返せなかった。
義弘も黙っている。
トミーだけがチャールズを見ていた。
数秒。
チャールズは頷いた。
「はい」
「条件を作った責任は」
一拍。
「私にあります」
榊の目が少しだけ変わった。
「晴翔みたいに、“俺は言ってない”って逃げないんだな」
「逃げられません」
「その差だけで十分だと思う?」
「いいえ」
チャールズは静かに言った。
「全く」
*
第三MIKOSHI=NYUDOが港で停止させられた頃には、大泉晴翔本人よりも、社会の中で語られる「大泉晴翔」の方が忙しく動き始めていた。
記者会見。
日本国代表団宿舎。
晴翔は記者から質問を受ける。
「《MIKOSHI=NYUDO》について、大泉議員が設計に関与したという資料が公開されています」
「一部の設計思想については、関与を否定しません」
「では、三体目も大泉議員が起動した?」
「起動という表現は正確では――」
「KYO=KOTUとの技術的連続性は?」
「複数の設計思想に――」
「サムライ・ヒーローを意図的に減らしたうえでTEN=GUを投入したという指摘があります」
「その表現については――」
「女王アリスとの対立を目的とした一連の計画ですか」
「いいえ」
「では、なぜアリスさんが大泉議員の関連経路を一斉に摘発したのでしょう」
「それは新開市側の――」
「次のMIKOSHIも大泉議員が?」
晴翔。
少し。
黙る。
自分。
説明。
している。
でも。
届かない。
記者たちは、もう。
人物像。
持ってる。
晴翔が政治家として説明すれば、「悪党政治家が弁明している」。
技術者として答えれば、「怪物設計者が語っている」。
被害を受けた立場を示せば、「自作自演ではないか」と疑われる。
アリスの王冠解体へ協力した過去を話せば、「女王へ近づくためだったのでは」と読まれる。
晴翔がどの席へ移っても。
同じ。
大泉晴翔。
追う。
*
「なるほど」
会見後、晴翔は控室で端末を眺めていた。
側近。
「何がです」
「私にも」
一拍。
「女王が」
「できました」
「……は?」
晴翔は画面を見せる。
《女王の宿敵・大泉晴翔》
《再生の怪物》
《テロ政治家》
《新開市最大のヴィラン》
一部は事実に基づく。
一部は誇張。
一部は完全な誤解。
しかし、それらが互いに補強し始めている。
「アリスさん本人と」
晴翔。
「女王アリス」
「同じように」
一拍。
「私と」
「悪党・大泉晴翔」
側近は嫌そうな顔をした。
「喜んでる?」
「非常に興味深いです」
「でも」
側近。
画面。
指す。
「これ」
「まずくない?」
晴翔の笑み。
ほんの少し。
薄くなる。
「ええ」
即答。
「かなり」
「珍しい」
「そうですか?」
「だって先生」
「何しても役変えて戻ってきたじゃないですか」
「ええ」
「でもこれ」
側近は《テロリスト大泉晴翔》というタグを開く。
「政治家に戻っても」
「ついてくる」
「そうですね」
「被害者になっても」
「ついてくるでしょう」
「協力者になっても」
「恐らく」
「じゃあ」
晴翔は黙った。
それこそ。
問題。
だった。
脱皮。
する。
新しい。
身体。
作る。
でも。
社会。
古い皮。
拾う。
新しい身体。
貼る。
なら。
脱皮。
意味。
なくなる。
側近。
「先生」
「はい」
「チャールズ・ブラウン?」
晴翔は論文を開いた。
最初から最後まで読む。
長い。
慎重。
断定。
少ない。
でも。
意図。
見える。
晴翔。
笑う。
「やりましたね」
「怒る?」
「少し」
「嬉しい?」
「少し」
「割合逆じゃない?」
「今回は」
一拍。
「そうかもしれません」
*
「アリスさん」
『忙しい!』
チャールズは第三MIKOSHIの制圧直後、中央調整室へ通信を繋いだ。
「申し訳ありません」
『何!』
「大泉晴翔を」
一拍。
「作りました」
アリスが止まる。
『……何?』
祝部が横で目を逸らした。
アリス。
その動き。
見る。
『祝部』
「俺もちょっと」
『何した!』
「いや、俺は見つけやすくしただけで」
『何を!』
チャールズが説明した。論文。報告書。公開された事実。問いだけを投げた導線。そこから勝手に生まれ始めた「大泉晴翔」という社会的人物像。
アリスの顔がみるみる険しくなる。
『人を』
一拍。
『敵に』
『固定したの!?』
「まだ、固定されきってはいません」
『同じ!』
「はい」
チャールズは否定しなかった。
アリス。
『《離席》どうすんの』
「そこが問題です」
『問題って分かっててやったの!?』
「はい」
『馬鹿!』
「返す言葉がありません」
祝部。
「俺も?」
『お前も!』
「はい」
義弘が病院側から通信へ割って入る。
『アリス』
「何!」
『一回聞け』
『聞いてる!』
『最後まで』
アリスは黙る。
チャールズ。
「大泉晴翔の最大の強みは」
「役割を変更しても」
「戻れることです」
『うん』
「ならば」
「役割を変更しても」
「同じ大泉晴翔が追従すれば」
一拍。
「再生は著しく難しくなる」
アリス。
嫌そう。
顔。
『分かる』
「はい」
『だから嫌』
「私もです」
『じゃあ何で』
「今のところ」
一拍。
「これ以上に彼の再生そのものへ直接作用する方法を」
「私は知りません」
アリスは長く黙った。
画面の外では、三体目のMIKOSHIが港湾設備へ一つずつ解体されている。
『晴翔』
「はい」
『悪党の席から』
『降りられなくなる』
「はい」
『それ』
『私たちが』
『やっちゃいけないって』
『ずっと言ってた』
「はい」
チャールズは画面越しにアリスを見る。
「だから」
一拍。
「完成させてはいけません」
『何を』
「社会が作った」
「大泉晴翔を」
*
その夜、義弘はチャールズの論文を最初から最後まで読んだ。途中で二度眠くなり、トミーに「教授の文章長い」と文句を言いながら、それでも最後まで読んだ。
「教授」
「はい」
「これで晴翔」
一拍。
「戻れなくなるかもな」
「はい」
「それ」
義弘は端末を閉じる。
「俺らが」
「やっちゃいけねえって」
「言ってた奴じゃね?」
「その通りです」
「じゃあ」
「このままじゃ駄目」
「はい」
榊も壁にもたれたまま聞いている。
「お前、癌作った後で治療考えるのか」
「癌を作るつもりだったわけではありません」
「でも増えると思ってた」
「はい」
「導線作った」
「はい」
「趣味悪いな」
「否定しません」
榊は少し笑った。
「晴翔に似てきたぞ」
チャールズの表情が僅かに曇る。
「それが」
一拍。
「最も困っています」
トミー。
「でも晴翔と違うとこある」
義弘。
「何」
「嫌がってる」
チャールズがトミーを見る。
「大泉さんも、自分のやり方を全て好んでいるとは限りませんよ」
「でも」
トミー。
「教授は」
「終わらせる方法まで」
「考えるんだろ」
チャールズは少しだけ頷いた。
「はい」
「なら」
「まだマシ」
義弘。
「ウサギの採点甘くね?」
「義弘よりは」
「何で俺減点されてんの」
*
新開市のネットワーク上では、「大泉晴翔」が増え続けていた。
本人ではない。
映像。
切り抜き。
記事。
論文。
噂。
時系列。
怒った市民。
サムライ・ヴィラン。
アリス支持者。
反王政派。
日本国批判。
日本擁護。
全然違う人間たち。
それぞれ。
自分の。
大泉晴翔。
作る。
でも。
少しずつ。
重なる。
《再生の怪物》。
《女王の宿敵》。
《サムライ・ヒーローの敵》。
《MIKOSHIの設計者》。
《新開市を実験場にする政治家》。
どこまで。
真実。
どこから。
物語。
境界。
ぼやける。
それでも。
人物像。
固まる。
アリスがずっと苦しめられてきた現象だった。
本人が否定しても。
社会。
勝手。
作る。
鏡。
本人。
映す。
でも。
鏡像。
勝手。
歩く。
そして今。
鏡の国。
新しい。
住人。
作った。
女王アリス。
対。
悪党・大泉晴翔。
本人たち。
望んでいる。
か。
関係。
ない。
*
大泉晴翔は一人で、その流れを眺めていた。
側近が聞く。
「消します?」
「何を」
「噂」
「無理でしょう」
「訂正は」
「追いつきません」
「日本国側から正式声明」
「一部には効くでしょうね」
「じゃあ」
「やりますか?」
晴翔は少し考えた。
その間にも通知。
《MIKOSHI第四個体の可能性》
《大泉議員、新開市への継続的干渉を否定》
《再生の怪物がまた否定》
《女王の敵が弁明》
晴翔。
苦笑。
「否定すれば」
「否定したことが」
「物語になりますね」
「どうします」
晴翔は画面を閉じた。
「考えます」
「何を」
少し。
沈黙。
晴翔。
笑う。
でも。
以前ほど。
余裕。
ない。
「私が」
一拍。
「私から」
「どう離席するか」
側近が何も言えなくなる。
晴翔は窓外を見る。港湾地区では第三MIKOSHIの解体が続き、アリスたちはもう次の互換規格の追跡を始めている。
「なるほど」
晴翔。
小さく。
笑う。
「これは」
「難しい」
それは、大泉晴翔がヒーローや制度や正義を見ながら、何度も楽しそうに口にしてきた言葉だった。
今度は。
自分。
番。
だった。
*
チャールズは夜遅く、論文の最後へ追記した。
――社会的異常増殖によって形成された人格像は、対象本人の役割変更能力を制限し得る。しかし、その効力が高いほど対象を固定的役割へ拘束し、社会復帰および役割離脱の可能性を侵害する。ゆえに、この現象は対抗手段として完成されてはならない。必要なのは、社会的記憶を保持しながら、社会的人格像そのものにも離席可能性を与えることである。
チャールズは文章を読み返した。
難しい。
まだ。
答え。
ない。
社会が。
作った。
悪党。
どう。
社会。
戻す。
本人。
反省。
すれば。
済む。
話。
ではない。
社会。
本人。
無視。
して。
増えた。
なら。
社会。
自分。
止める。
必要。
ある。
女王アリス。
同じ。
本人。
王冠。
脱ぐ。
だけ。
では。
終わらなかった。
支持者。
制度。
外交。
市民。
皆。
自分。
手。
離す。
必要。
あった。
なら。
悪党・大泉晴翔。
同じ。
かもしれない。
晴翔。
一人。
離席。
した。
だけ。
では。
足りない。
新開市。
全体。
晴翔。
敵。
という。
席。
空ける。
必要。
ある。
そこまで。
できて。
初めて。
この。
武器。
使える。
チャールズは端末を閉じた。
窓の外では、三体目のMIKOSHIが解体されている。
でも。
四体目。
立つ。
可能性。
ある。
同じように。
悪党・大泉晴翔。
今。
増殖。
している。
止めなければ。
いつか。
本人。
関係。
なく。
歩く。
アリスが「女王アリス」に苦しめられたように。
だからチャールズは、自分が生んだかもしれないその怪物を見ながら、次の論文の題を考え始めていた。
大泉晴翔に。
大泉晴翔を。
ぶつける。
それ。
出来た。
次。
必要。
なのは。
ぶつけた。
あと。
どちらも。
社会。
戻す。
方法。
だった。
鏡の国では、怪物を映す鏡そのものが、ときに怪物になる。
チャールズ・ブラウンはようやく、その鏡へ自分自身も映り込んでいることを、はっきり理解し始めていた。




