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第418話 壊せる怪物

 《MIKOSHI=NYUDO》が新開市の高層建築群の間に立ち上がってから、アライアンスが大泉晴翔へ正式警告を送るまで、それほど時間はかからなかった。都市物流用の昇降フレームを肩に、非常用変電設備を胸に、大型荷役アームを腕にし、通信中継塔と可動式防災設備を巨大な身体へ組み替えたその姿は、単に新開市の民間設備を流用した大型ドローンというだけでは済まなかった。設備を本来の用途から強制的に切り離し、都市機能そのものを身体へ取り込みながら動く以上、それがどこへ向かい、何を壊すつもりであれ、アライアンスにとって看過できる存在ではない。こと新開市において、アライアンスが維持している中立インフラは、市政府にもオールドユニオンにも日本国にも属さない。そこへ影響が及ぶ可能性があるというだけで、話は政治ではなくなる。


 日本国代表宿舎の一室で、大泉晴翔はその警告をコーヒーを飲みながら聞いていた。窓の向こうでは、《MIKOSHI=NYUDO》の巨大な掌に《TEN=GU》が捕らえられたまま、高層ビルの間で宙吊りになっている。側近は窓外と端末を交互に見ていたが、晴翔はカップをソーサーへ置くまで急ぐ様子を見せなかった。


『大泉晴翔』


 アライアンスの優先回線から聞こえてきた声は冷たかった。


『当該大型構造体《MIKOSHI=NYUDO》は、新開市の都市インフラを直接分離、転用し、本来の都市機能へ重大な影響を及ぼしています。アライアンスは同機を、中立都市基盤に対する重大な潜在脅威と認定します』


「潜在的には、そうでしょうね」


『停止させなさい』


 命令だった。交渉の前置きですらない。


 晴翔は少しだけ笑った。


「その点については、ご安心いただいて構いません」


『理由を』


「《MIKOSHI=NYUDO》は、設計上、アライアンス管理下のインフラを身体へ取り込むことができません」


 通信の向こうが一瞬静かになる。晴翔はそれを待っていたように、テーブル上の資料を開いた。


「物理規格だけではありません。認証系統、制御系統ともにアライアンス系列資産を構成部材として選択しないよう除外されています。接続候補として認識した時点で弾かれます。また、戦術AIにもアライアンス管理資産を攻撃対象としない制限を設けています」


『取り込まないことと、害さないことは同義ではありません』


 氷の母の声が重なった。


 晴翔の笑みが、ほんのわずかに固くなった。


「ええ。その通りです」


『民間設備を投擲し、それがアライアンス設備へ衝突する可能性。民間電力を遮断し、その影響が中立通信設備へ波及する可能性。都市構造を損傷し、アライアンス管理線へ二次被害を及ぼす可能性。直接攻撃しないという設計だけでは、十分ではありません』


「完全ではありません」


『ならば警告は継続します』


「承知しました」


 晴翔は素直に頷いた。それから、少し冗談でも言うような口調で付け足す。


「信用いただけないのであれば、私自身をアライアンスの監視下へ置いていただいても構いませんよ」


『貴方を監視しても』


 氷の母は即座に返した。


『街が貴方の代わりに再生するのであれば、十分ではありません』


 今度は晴翔の方が黙った。


 側近が横目で彼を見る。


 数秒後、晴翔は愉快そうに息を漏らした。


「……よくご覧になっていますね」


『褒めていません』


「存じています」


『《MIKOSHI=NYUDO》がアライアンス管理資産へ現実の危害を及ぼす兆候が確認された場合、設計上の制限の有無にかかわらず、我々は介入します』


「それは怖い」


『そうですか』


「非常に」


 そこで通信は切れた。


 側近が晴翔の手を見る。カップを持ち上げた指先が、ほんのわずかに震えていた。


「怖かった?」


「非常に」


「全然そう見えないんですけど」


「怖いから楽しいのでしょう」


「普通は逆です」


「そうでしょうか」


 晴翔は再び窓の外へ目を向けた。その視線の先で、《MIKOSHI=NYUDO》がゆっくり腕を持ち上げていた。


     *


 神代朔が最初に感じたのは、浮遊感だった。


 TEN=GUの全周囲モニターいっぱいに巨大な五指が映り、自分の身体ごとスーツが掌の中へ固定されている。背部翼は半分以上が拘束され、推進ノズルの多くがまともに使えない。強化されたTEN=GUのAIは脱出経路を何度も計算していたが、出てくる数値はどれも似たようなものだった。


《脱出成功率:9%》

《外部拘束圧:増加》

《背部推進器使用可能率:37%》

《衝撃予測:上昇》


「……おい」


 MIKOSHIの腕がさらに高く上がる。


 朔はその意図を理解した。


「待て」


 巨大な腕が振り下ろされた。


《IMPACT PREDICTION》

《重大損傷確率:82%》


「っ!」


 TEN=GUの背部翼を無理やり展開する。逃げるためではない。掴まれたままでは逃げられない。それなら、地面へ叩きつけられる直前だけでも、自分の落下速度を殺す。AIも同時に推力配分を変更し、残ったノズルを最大出力へ切り替えた。


 間に合ったのは、一瞬だけだった。


 巨大な掌ごとTEN=GUが地面へ叩きつけられた。舗装が爆ぜ、道路が陥没し、衝撃が高層建築の低層窓を震わせる。朔の身体が拘束具へ押しつけられ、肺から空気が抜けた。装甲の右半分へ赤い警告が走り、視界が一度暗転してから戻る。


《右腕補助:低下》

《背部主翼:損傷》

《姿勢制御:不安定》

《装着者損傷推定:中程度》


「……っ、は……」


 朔は息を吸おうとした。胸が痛い。


 それでも生きている。


 TEN=GUは耐えた。


 強化した意味はあった。


 だが、MIKOSHIはそれで終わらなかった。巨大な掌がTEN=GUから離れる。朔は割れた道路の上へ転がり、両手をついて立ち上がろうとした。


 視界。


 暗くなる。


 上。


 巨大な足。


 持ち上がる。


《踏圧予測》

《回避不能》


「……ふざけんな」


 その時だった。


 上空から黒い影が落ちた。


 グリンフォン。


 可変翼を閉じるようにして急降下し、《MIKOSHI=NYUDO》の膝から腰にかけて全身を叩きつける。巨体そのものを吹き飛ばすほどの質量差はない。それでも踏み下ろそうとしていた姿勢は崩れ、MIKOSHIの足がTEN=GUのすぐ横へ落ちた。


「グリンフォン……!」


 グリンフォンはそのまま旋回し、地面のTEN=GUへ鳥脚を伸ばした。


 同じだった。


 あの時も。


 自分は囲まれた。


 動けなくなった。


 グリンフォンが来た。


 そして自分は、


 降ろせ。


 まだやれる。


 そう叫んだ。


 今回、朔は伸びてきた脚を見る。


 ほんの一瞬。


 胸の奥に同じ反発が生まれた。


 また守られる。


 また女王の騎士と言われる。


 またアリスの迷惑になる。


 だが次の瞬間には、巨大なMIKOSHIがこちらへ振り向いていた。


 朔は手を伸ばした。


「……頼む」


 グリンフォンがTEN=GUを掴み、持ち上げる。


 朔は抵抗しなかった。


     *


「朔!」


 アリスは中央調整室で、グリンフォンの映像を食い入るように見ていた。MIKOSHI出現以降、真鍋の治安機関、オールドユニオン派遣群、各国代表団の護衛部隊、都市インフラ管理者から報告が同時に押し寄せている。それでも今、アリスの視線はグリンフォンとTEN=GUから離れなかった。


 祝部が横で地図を更新する。


「避難範囲、拡大中。西側三ブロックはほぼ空いた」


「通信は?」


「MIKOSHIが一部中継設備持ってったから不安定。でも代替線回ってる」


 真鍋から通信。


『民間人の避難を最優先。大型機への攻撃は待って』


「うん」


『都市設備そのものを撃ち抜くと何が落ちるか分からない』


「分かってる」


『朔は?』


「グリンフォンが回収中」


『なら一旦下げて』


「そのつもり」


 その時、MIKOSHIが動いた。


 巨大な手が、近くに残っていた民間通信塔へ伸びる。


 基部。


 掴む。


 引く。


 ボルト。


 飛ぶ。


「何する気」


 アリスの声が低くなる。


 通信塔が根元から引き抜かれた。


 祝部。


「まさか」


 MIKOSHIが腕を振る。


「グリンフォン!」


     *


 空中でTEN=GUを抱えていたグリンフォンは、投げられた通信塔の軌道を瞬時に計算した。自分だけが避けるなら難しくない。しかし、そのまま通過させれば通信塔は後方の低層住宅区画へ落ちる。


 グリンフォンはTEN=GUを近くの屋上へ降ろした。


「何して――」


 朔が言い終わる前に、グリンフォンは反転する。


 巨大な通信塔。


 飛来。


 翼。


 開く。


 鳥脚。


 二本。


 掴む。


 衝撃。


 機体。


 大きく。


 沈む。


《GRINFON LOAD LIMIT:87%》


 朔は屋上から見上げた。


 グリンフォンは通信塔を抱えたまま、その落下方向を少しずつ変えていく。近くの空き工事区画。そこなら落としても人的被害は出ない。推進器が唸り、巨大な塔をわずかずつ横へ運び、安全な場所へ降ろす。


「逃げればいいだろ……」


 朔は思わず呟いた。


 勝つだけなら。


 避ければいい。


 自分を救うだけなら。


 通信塔など無視すればいい。


 でも。


 しない。


 グリンフォン。


 あれ。


 アリスの。


 家族。


 だから。


 なのか。


 その瞬間。


 MIKOSHIの巨体が踏み込んだ。


「グリンフォン!」


 通信塔を置いた直後のグリンフォンへ、巨大な拳が横から叩き込まれる。


 直撃。


 翼。


 折れる。


 機体が吹き飛び、建物の外壁を掠めながら地上へ墜落した。


 アリスの端末に警告が溢れる。


《GRINFON STRUCTURAL DAMAGE》

《LEFT WING CONTROL LOST》

《PRIMARY FLIGHT SYSTEM:FAILURE》


「グリンフォン!」


 グリンフォンは地面へ倒れたまま、残った脚で身体を起こそうとした。


 MIKOSHIが近づく。


 足。


 上げる。


 一度。


 踏む。


 地面が震えた。


 グリンフォンの装甲が大きく凹み、翼の基部から火花が散る。


 アリスが椅子から立ち上がった。


「やめろ!」


 聞くはずもない。


 MIKOSHIは再び足を持ち上げる。


 今度は。


 完全に。


 壊す。


 ために。


     *


 神代朔は、自分の身体が痛いことを忘れた。


 TEN=GUのAIが警告を出している。


《戦闘継続非推奨》

《装着者負傷》

《右腕補助低下》

《背部推力不足》


 それでも。


 目。


 グリンフォン。


 見る。


 自分。


 助けた。


 さっき。


 また。


 助けた。


 自分。


 それ。


 嫌だった。


 守られた。


 こと。


 嫌。


 だった。


 でも。


 今。


 グリンフォン。


 踏まれる。


 朔の頭から、晴翔が消えた。


 アリスの騎士という言葉も。


 義弘の後継者という言葉も。


 自分が何者かという問いも。


 一瞬。


 全部。


 消えた。


「やめろ!」


 TEN=GUが屋上から飛び降りる。


 満足に飛べない。


 低空。


 滑る。


 残った推進力を全部使い、地面すれすれを突っ切る。


 MIKOSHIの足が下り始める。


 朔の視界に、AIが一つだけ表示を出した。


《CURRENT HOSTILE ACTION》

《TARGET:GRINFON》

《荷重集中点検出》


 軸足。


 巨大な身体を支えている方。


 その脚部は複数の道路補強架台と荷役用駆動部を繋いで作られていた。


「そこだ!」


 TEN=GU。


 抜刀。


 横。


 一閃。


 巨大な脚そのものを切断する必要はない。


 接続。


 一つ。


 荷重。


 集中。


 している。


 結節。


 斬る。


 金属音。


 火花。


 一本。


 接続部。


 外れる。


 MIKOSHI。


 巨体。


 揺れる。


 踏み下ろすはずだった足が横へ流れ、全重量が一瞬で軸足へ偏る。


 その軸。


 もう。


 切った。


 MIKOSHI=NYUDOが、高層ビルの間へ巨大な地響きを立てて横転した。


 グリンフォンのすぐ横。


 止まる。


 朔は転がりながら着地した。


「……まだ」


 MIKOSHI。


 腕。


 動く。


 起きようとする。


 胸。


 変電ユニット。


 出力。


 生きている。


 TEN=GUのAIが表示した。


《HIGH POWER DISTRIBUTION NODE》

《DESTRUCTION MAY CAUSE LOCAL BLACKOUT》

《CIVIL INFRASTRUCTURE IMPACT:HIGH》


 朔は胸部を見る。


 壊せば止まる。


 でも。


 周辺。


 停電。


 する。


 以前なら。


 自分で。


 決めた。


 今。


 朔は通信を開いた。


「アリス!」


     *


 アリスは即座に応答した。


『朔!』


「胸の変電設備」


『見えてる』


「壊せば止まる」


『うん』


「周り落ちる」


 アリスは真鍋を見る。


「避難」


 真鍋。


『該当区画の人的避難、九割以上完了。医療施設系統は代替電源へ切替済み』


「通信」


 祝部。


「代替線ある。落ちても復旧まで持つ」


 三岐。


「交通制御も手動系へ移行可能です」


 アリスは一秒。


 考える。


 朔。


 待つ。


 勝手に。


 刺さない。


 アリス。


「朔」


『うん』


「やって」


 一拍。


『了解』


 それだけだった。


 命令された騎士。


 ではない。


 判断。


 共有。


 して。


 決めた。


 朔は倒れたMIKOSHIの腕を足場にし、胸部へ駆け上がった。TEN=GUの右腕は補助が落ち、背部翼もまともに動かない。それでも左手で刀を支え、胸に埋め込まれた大型変電ユニットの外装へ刃を突き立てる。


 一度。


 装甲。


 割れる。


 二度。


 内部配線。


 火花。


 三度。


「止まれ!」


 刀。


 深く。


 刺さる。


 変電設備内部。


 閃光。


 走る。


 MIKOSHIの全身に供給されていた出力が一気に落ちた。


《MAIN DISTRIBUTION OUTPUT:62%》

《41%》

《23%》


 だが。


 まだ。


 腕。


 動く。


「朔!」


 巨大な掌が、胸部にいたTEN=GUを掴む。


「っ!」


 そのまま。


 振る。


 近く。


 ビル。


 外壁。


 TEN=GU。


 叩きつける。


 強化装甲。


 砕ける。


 背部翼。


 完全。


 壊れる。


 ヘルメットの一部が割れ、視界の右半分が消えた。


《SYSTEM DAMAGE:SEVERE》

《COMBAT FUNCTION:CRITICAL》

《PILOT CONSCIOUSNESS WARNING》


 朔の意識が一瞬白くなる。


 それでも、胸部へ突き刺した刀は抜けなかった。


 MIKOSHIの出力は戻らない。


     *


『今!』


 真鍋の声が全回線へ飛んだ。


 治安機関の大型拘束車両が複数方向から侵入する。高張力ワイヤがMIKOSHIの残った腕と脚へ撃ち込まれ、建物基部の固定設備へ繋がれる。続いて、オールドユニオン派遣軍のMAXIMILIANが三機、巨体の左右へ展開した。


『左腕固定!』


『右脚荷重を受けます!』


『火器使用不要! 接続部を分離しろ!』


 巨大なMAXIMILIANがMIKOSHIの身体へ体重をかける。MIKOSHIも起き上がろうとするが、胸部出力を失った今、動きは明らかに鈍い。治安機関の工兵班が接続点へ入り、通信塔と胸部変電系を切り離す。


 真鍋。


『頭部通信系落とす!』


『了解!』


『右腕は荷役設備だ! 壊すな、制御だけ切れ!』


 オールドユニオン司令官。


『MAXIMILIAN二番、左肩拘束完了』


『三番、脚部固定』


 MIKOSHIが一度、大きく身を捩る。


 道路。


 震える。


 だが。


 もう。


 立てない。


 最後に頭部を構成していた通信中継塔群の光が一つずつ消えた。


《MIKOSHI=NYUDO》

《PRIMARY CONTROL:OFFLINE》


 巨人。


 止まる。


     *


「……倒した?」


 祝部が聞いた。


 中央調整室には、まだ無数の警告と復旧要求が流れ込んでいる。


 アリスは停止したMIKOSHIを見た。


「今のは」


 一拍。


「うん」


 祝部が少し息を吐く。


「じゃあMIKOSHIは」


 アリスは首を横へ振った。


「倒してない」


「……だよな」


 地図。


 互換設備。


 まだ。


 ある。


《COMPATIBLE INFRASTRUCTURE CLUSTERS:18》

《PARTIAL COMPATIBILITY:63》


 今倒した一体は、もう動かない。


 でも。


 データ。


 残る。


 規格。


 残る。


 街。


 直す。


 そのたび。


 材料。


 戻る。


 目の前の怪物は壊せた。


 《MIKOSHI=NYUDO》という再生方法までは、壊せていない。


 チャールズが通信越しに言った。


『興味深いですね』


 義弘。


『お前まで晴翔みたいなこと言うな』


『失礼しました』


 榊は映像を巻き戻していた。


 義弘。


『何見てる』


「朔」


『朔?』


「今の」


 グリンフォン。


 倒れる。


 MIKOSHI。


 踏む。


 TEN=GU。


 飛び込む。


 榊。


 口元。


 少し。


 緩む。


「やっと」


 一拍。


「映えた」


 義弘。


『そこ?』


「そこだよ」


『何が』


 榊は画面を指した。


「アリスのためじゃない」


「晴翔倒すためでもない」


「義弘さんの代わりでもない」


 一拍。


「グリンフォンが」


「踏まれそうだったから」


「行った」


 義弘は黙る。


 榊。


「誰かに役もらって」


「踏み込んだんじゃない」


「本人が」


「見て」


「選んだ」


 チャールズ。


『榊さんにとっては』


「うん」


「今のが」


 一拍。


「神代朔だ」


     *


 アライアンスから再び通信が入ったのは、MIKOSHI完全停止の確認後だった。


『アライアンス管理資産への直接被害は確認されませんでした』


 氷の母。


 アリス。


「晴翔の言った通り?」


『設計上の制限そのものは、事実だった可能性が高いでしょう』


「じゃあ晴翔悪くない?」


『いいえ』


 即答だった。


『危険を限定する設計を行ったことと、危険そのものを生み出した責任は別です』


「うん」


『また、民間通信塔を投擲し、都市設備を本来用途から外し、広範な停電危険を発生させた時点で、アライアンスは警告を撤回しません』


「止める?」


『現在の個体は停止しています』


「次」


 少し。


 沈黙。


『次が中立インフラへ現実の危害を及ぼすなら』


 一拍。


『止めます』


「分かった」


『アリス』


「何」


『貴女たち自身で止められたことは確認しました』


 褒めてはいない。


 ただ。


 記録。


 確認。


 した。


 アリス。


「うん」


『それでも、次も同じ条件とは限りません』


「知ってる」


『ならばよいでしょう』


 通信が切れた。


     *


「負けましたよ」


 側近は窓の外を見たまま言った。


 MIKOSHI=NYUDOは倒れたまま、治安機関とオールドユニオン派遣軍によって一つずつ都市設備へ戻され始めている。


 晴翔は新しいコーヒーを淹れていた。


「ええ」


「悔しい?」


「かなり」


「嬉しそう」


「それも、かなり」


「何なんですか本当に」


 晴翔はカップを持って窓辺へ戻った。


「神代さんは、よい判断をされました」


「グリンフォン助けたこと?」


「それも」


「先生を殺しに来たことは?」


「あまりよい判断ではありません」


「自分でそうなるようにしたくせに」


「私は、神代さんにこちらへ来いとは言っていません」


「それで責任ないとは言わないんですよね」


 晴翔は少し笑った。


「ええ」


「珍しく学習してる」


「以前から申し上げています。条件を作った責任と、選んだ責任は別です。どちらか一方を消す必要はありません」


 側近は外を見る。


「次、どうするんです?」


「次?」


「MIKOSHI」


「また立てるんでしょう」


「規格が残っていますから」


「同じの?」


 晴翔は首を横へ振った。


「同じものへ戻る必要がありますか?」


「港なら形変わる」


「ええ」


「防災区画ならもっと重い」


「でしょうね」


「それでもMIKOSHI?」


「ええ」


「何で」


「名前とは」


 晴翔はゆっくりコーヒーを飲む。


「身体の形より」


 一拍。


「何を担がせるかの方が」


「重要ですから」


     *


 大破したTEN=GUは、ビルの外壁へ半分埋まったような状態で止まっていた。朔は意識を失ってはいなかったが、自力で出られる状態でもなかった。右腕装甲は裂け、背部翼はほぼ全損、脚部補助も不安定。ヘルメットの一部が割れ、外気が入っている。


「……痛え」


 小さく言う。


 地面。


 音。


 何か。


 這う。


 朔が顔を動かす。


 グリンフォン。


 片翼。


 壊れてる。


 胸部装甲。


 凹んでる。


 脚。


 一つ。


 引きずる。


 それでも。


 TEN=GU。


 向かって。


 来る。


「……来んな」


 グリンフォン。


 来る。


「お前も壊れてんだろ」


 止まらない。


「だから」


 グリンフォンはTEN=GUの前まで来ると、残った鳥脚で壊れた外壁を少しずつ剥がし始めた。


 朔。


 見て。


 少し。


 笑う。


「ほんと」


 一拍。


「アリスに似てるな」


『聞こえてる』


 通信。


 アリス。


 朔。


 顔。


 しかめる。


「……最悪」


『何が』


「何でもない」


『あとで』


 一拍。


『いっぱい』


『話あるから』


「うん」


『逃げんなよ』


 朔は一瞬黙った。


 前なら。


 切った。


 かもしれない。


 今。


「分かった」


 アリスも少し黙る。


『……うん』


 それだけ。


 グリンフォンは壊れたTEN=GUの周囲から瓦礫を外し続けた。


     *


 夜、新開市ではもう復旧作業が始まっていた。MIKOSHIの胸部に使われた変電設備は代替ユニットへ交換され、引き抜かれた通信塔は仮設設備で穴を埋められ、壊された物流フレームの代わりに別の搬送機材が運び込まれる。道路補強架台も、防災壁も、街の生活に必要だから戻さなければならない。MIKOSHIに使われたからといって、もう二度と変電設備を使わないわけにはいかない。物流を止めるわけにも、通信を捨てるわけにもいかない。


 アリスは復旧計画を見ながら、露骨に嫌そうな顔をした。


「直さないと」


 三岐。


「街が困ります」


「うん」


「しかし、同規格で直せば」


「また立つ」


「可能性があります」


「ほんっと嫌い」


 義弘が病院から言う。


『なら』


「何」


『噛み合わせ変える』


 アリスが画面を見る。


「全部?」


『全部一気に変えたら街止まる』


「うん」


『だから少しずつ』


 チャールズ。


『機能は維持する』


 三岐。


「ただし、MIKOSHI再構成アルゴリズムが前提とする接続条件から外していく」


 義弘。


『晴翔だけ立てなくする』


 アリスは黙って地図を見る。


 怪物。


 一体。


 倒した。


 でも。


 終わってない。


 むしろ。


 壊したから。


 問題。


 はっきり。


 見えた。


 晴翔は、壊せない怪物を作ったわけではない。


 壊しても。


 また。


 立つ。


 怪物。


 作った。


 だから。


 壊す。


 だけ。


 では。


 足りない。


 街。


 捨てる。


 わけ。


 にも。


 いかない。


 なら。


 街。


 暮らせる。


 まま。


 晴翔。


 だけ。


 噛み合わない。


 ように。


 変える。


 それは派手な戦いではなかった。


 巨大な敵へ刀を突き立てることでもない。


 目立つ。


 勝利。


 でもない。


 何千。


 何万。


 ある。


 小さな。


 規格。


 接続。


 承認。


 設備。


 一つずつ。


 変える。


 気の遠くなる。


 調整。


 でも。


 晴翔が。


 再生。


 得意。


 なら。


 こちら。


 再生。


 させない。


 街。


 作ればいい。


     *


 MIKOSHI=NYUDO第一個体は、日付が変わる前に完全停止状態へ移された。


 戦闘だけを見れば、新開市側の勝利だった。


 民間人の死者なし。


 アライアンス資産への被害なし。


 MIKOSHI停止。


 TEN=GU装着者、神代朔生存。


 グリンフォン、重損傷ながら回収可能。


 それでも、誰も「MIKOSHI=NYUDOを倒した」とは記録しなかった。


 倒したのは。


 一体。


 だけ。


 データ。


 残る。


 規格。


 残る。


 街。


 残る。


 なら。


 また。


 立つ。


 かもしれない。


 その一方で、神代朔は大破したTEN=GUから救出され、搬送車両の中でぼんやり天井を見ていた。グリンフォンも隣の大型搬送台へ固定され、壊れた翼を畳むことすらできない状態で運ばれている。


 朔はそちらを見る。


 今日。


 自分は。


 晴翔。


 倒そうとした。


 アリス。


 役に立とうとした。


 義弘。


 代わり。


 なろうとした。


 全部。


 途中。


 消えた。


 グリンフォン。


 踏まれる。


 見た。


 それだけ。


 嫌。


 だった。


 だから。


 斬った。


 そして。


 胸。


 壊す。


 時。


 アリス。


 聞いた。


 自分。


 一人。


 決めなかった。


 それだけ。


 たった。


 二つ。


 でも。


 TEN=GUを着てから。


 初めて。


 自分。


 少し。


 戻った。


 気がした。


 誰かを倒すためではなく。


 誰かを助けるために。


 剣を振った。


 正義の味方になり過ぎた神代朔は、その日ようやく、正義より先に誰かの顔を見ることを思い出していた。


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