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第417話 再生は同じ顔をしない

 大泉晴翔は、再生することに慣れていた。失敗を経験したことがないという意味ではない。むしろ逆だった。企図したものを壊され、用意した役割を奪われ、協力者を失い、自分自身が悪党の席へ押し込まれ、それでも別の顔で社会へ戻ってきた回数なら、おそらく今の新開市に晴翔の右へ出る者はいない。だから彼にとって「再生」とは、傷つく前の形へ戻ることではなかった。壊されたKYO=KOTUを同じ数だけ作り直すことでも、回収された三妖機の代替品を用意することでも、TEN=GUへ再び「日本国代表団護衛装備」という同じ肩書きを与えることでもない。昨日までの自分を完全に復元しなければ生きていることにならないのなら、それは再生ではなく復元だ。晴翔にとって重要なのは、壊された後にも次の形で社会の中へ立てることだった。


「KYO=KOTUの再建、進めなくていいんですか」


 側近は、不思議そうに報告書を持ってきた。アリスの一斉攻勢によって、地下整備網は壊滅とは言わないまでも甚大な損害を受けている。確認されていた整備点の多くが押収され、部品調達経路も洗われ、アライアンスから引き渡された三妖機の解析まで始まっていた。


「必要ですか?」


「必要って……あれだけ壊されましたよ」


「ええ」


「だから、また作らないと」


 晴翔は窓際に立ったまま、眼下の新開市を眺めた。


「同じものへ戻る理由がありません」


「……それ、再生って言うんですか」


「以前と同じ形へ戻ることだけを再生と呼ぶなら」


 晴翔は穏やかに笑った。


「私は、あまり再生が上手ではないでしょうね」


「じゃあ先生の再生って何なんです」


「生きていることです」


 一拍置く。


「別の形でも」


 側近は、また嫌そうな顔をした。だが晴翔は気にしなかった。彼の視線の先では、アリスたちの一斉摘発によって空いた区画へ、もう別の人間たちが入っている。治安機関が危険な設備を撤去し、地下に点在していた違法利用を整理すれば、その場所は空白になる。そして新開市では、空白は長く空白のままではいられない。住む場所を探す者がいる。荷物を置く場所を探す者がいる。安い電力を求める小さな事業者がいる。外縁部から住宅機能を延ばそうとする施工屋がいる。物流会社が小型の搬送線を引き、電気工事業者がケーブルを通し、通信業者が中継器を置き、防災組合が非常用設備を追加する。誰も晴翔のためにやっているわけではない。誰もKYO=KOTUの再生へ協力しているつもりもない。ただ、生活と商売と安全のために、空いた場所を使い始める。


 それを、晴翔は待っていた。


     *


「……遅い」


 アリスが言った。


 中央調整室の隅では、バンダースナッチが持ち帰る新しい記録が絶えず更新されている。一斉摘発から数日。確認済みだったKYO=KOTUの整備拠点は次々封鎖され、稼働数も明確に落ちた。それなのに、アリスが予想していた「別の場所からのKYO=KOTU再生」が、ほとんど起きていない。


 チャールズが画面を見る。


「何がでしょう」


「晴翔」


「大泉さんの?」


「再生」


「遅い」


 真鍋は別端末で押収品目を確認しながら顔を上げた。


「遅い方がいいんじゃないの」


「よくない」


「普通は逆」


「晴翔だから」


 アリスは地図を縮小した。古い整備所へ部品が戻る動きは少ない。以前使われていた物流口座も、大半は凍結されたまま。KYO=KOTUの修理設備を別名義で再配置するような露骨な動きも見えない。


「捨てた?」


 祝部が聞く。


「何を」


「KYO=KOTU」


「かも」


 チャールズが静かに言った。


「再生とは、同じ組織や装置を元の形へ戻すこととは限りません」


 アリスは少し嫌そうな顔をした。


「分かってる」


「なら、見るべき場所を変えた方がよいかもしれません」


「どこ」


「空いた場所です」


 アリスの指が止まった。


 治安機関が摘発した後の地下区画には、当然のように新しい利用者が入っていた。真鍋たちは危険物の撤去と証拠保全を終えたあと、合法的に利用可能な場所まで永久封鎖するつもりはなかった。もともと新開市は、計画された都市の上へ無数の非公式利用が積み重なって成立している。空いている区画があれば、誰かが使う。違法利用を排除したからといって、そこで生活まで止めるわけにはいかない。


「バンダースナッチ」


 アリスが呼ぶ。


 小型群体機から返ってきた記録を、摘発前ではなく摘発後の時間軸で並べ替える。すると、最初は何の関係もないように見えた変化が見え始めた。


 ある旧物流区画には、小規模配送業者が入った。荷役効率のために、新型の昇降フレームを設置している。別の地下保守区画では、居住区拡張に伴って非常用変電ユニットが追加された。三つ先の区画では、道路崩落への備えとして可動式防災壁が新設されている。通信会社は中継塔を増設し、外縁部の施工組合は大型資材を移動するための荷役アームを導入した。


 どれも普通だった。


 だから、最初は誰も気にしなかった。


「……待って」


 アリスが変電ユニットの仕様を拡大する。


「何」


 祝部が覗く。


「これ」


「電力設備だろ」


「接続部」


 標準規格に見える。しかし、その余剰接続ポートの数が妙に多い。今の用途だけなら必要ない。


「こっちも」


 昇降フレーム。


 基礎固定部。


 荷重限界。


 必要以上。


 高い。


 通信中継塔。


 信号処理容量。


 通常利用なら余る。


 防災壁。


 展開駆動部。


 単独設備としては不自然な角度まで回る。


 アリスの表情が変わる。


「これ」


 一つずつ重ねる。


「KYOのためじゃない」


 チャールズ。


「では?」


 アリスは答えず、各設備の三次元モデルを仮想空間へ置いた。物流フレームを一つ。変電ユニットを横へ。大型荷役アーム。防災壁。通信塔。道路補強用の可動架台。


 個別に見れば、ただの都市設備。


 配置を変える。


 接続する。


 もう一度。


 角度を変える。


 祝部が顔をしかめた。


「……人?」


 アリス。


「でかい」


 真鍋が端末を取り上げるように見る。


「冗談でしょ」


 アリスは答えなかった。


     *


 神代朔は、新開市の空を飛んでいた。


 強化されたTEN=GUの背部翼は、以前より長時間の飛行を苦にしない。上空から見れば、街は以前より静かだった。サムライ・ヴィランによる騒動は減り、KYO=KOTUの出現も一斉摘発以降は明らかに少ない。治安機関とサムライ・ヒーローはアリスの《離席》を前提に現場を回し、抵抗する者は止め、武器を捨てた者は治安機関へ引き渡し、過去の罪と現在の敵性を区別している。


 自分が望んだはずの光景だった。


 アリスが困らない街。


 サムライ・ヴィランが好き勝手に暴れない街。


 義弘一人が全部背負わなくていい街。


 そのはずなのに、朔は自分がどこにいるべきなのか分からなくなっていた。一斉摘発では、TEN=GUは呼ばれなかった。いや、正確には呼ばれなかったのではない。アリスからの連絡を、自分が何度も無視していた。その積み重ねの先で、アリスたちはTEN=GU抜きでも動く方法を選んだだけだった。


《治安警報:低》

《介入推奨案件:なし》


 表示。


 何もない。


 朔は高層ビルの上空で速度を落とした。


「……じゃあ」


 誰に聞かせるでもなく呟く。


「俺、何するんだよ」


 サムライ・ヒーローとしてアリスの役に立ちたかった。


 だがアリスは、治安機関を動かし、OUを動かし、家族機を使い、サムライたちへ役割を渡し、自分で使える資源を全部使って晴翔の根を叩いた。


 自分がいなくても。


 困っていない。


 むしろ、自分がTEN=GUとして暴れた時の方が、グリンフォンやコロボチェニィクを余計に出させ、アリスを「女王の騎士を守る女王」にしてしまった。


「何のために」


 TEN=GUの装甲へ視線を落とす。


「これ着たんだ」


 答えはない。


 胸の奥が苦しくなった。


 誰かに話したかった。


 朔は端末を開く。


《ALICE》


 指が止まる。


 何度。


 無視。


 した。


 助けられた時。


 迷惑そうにした。


 通信を切った。


 今さら。


 何て言う。


 次。


《TSUDA YOSHIHIRO》


 もっと。


 押せない。


 義弘は正しかった。狙われる。物量が来る。自信が他人の言葉を小さく聞かせ始めたら危ない。全部。


 正しかった。


 だからこそ。


 恥ずかしい。


「……くそ」


 端末を閉じようとする。


 その瞬間。


 一つ。


 名前。


 目に入る。


《OIZUMI HARUTO》


 朔の目が止まった。


 大泉晴翔。


 まだ。


 いる。


 アリスが手を出せない悪。


 証拠が足りない。


 日本国議員。


 代表団と一緒にいる。


 外交。


 制度。


 法。


 全部の隙間。


 笑って。


 立っている。


「……そうだ」


 朔の中に、危険なほど単純な答えが落ちた。


 アリスたちが新開市の悪を止められるなら。


 自分は。


 アリスが止められない悪を。


 止めればいい。


 それなら。


 まだ。


 役に立てる。


「俺が」


 一拍。


「やればいい」


 TEN=GUの進路が変わった。


     *


《目的地変更》

《日本国代表団宿泊区画》

《外交安全区域》

《武装進入制限》


 TEN=GUのAIが警告を出す。


 朔は無視した。


《介入理由を入力してください》


「大泉晴翔」


《対象:公的敵性認定なし》

《拘束令状:なし》

《現行敵対行動:確認されず》


「知ってる」


《武装介入非推奨》


「知ってるって」


《治安機関への通報を推奨》


「それで止まらないだろ!」


 AIは反論しない。


 ただ。


《武装介入非推奨》


 同じ表示。


 出す。


 朔は苛立って手動操作へ切り替えた。


「お前まで邪魔すんな」


 自分を「正しい近道」へ導いていたTEN=GUのAI。その支援すら、今の朔には遅く感じた。法的根拠を確認する。現在の敵性行動を待つ。治安機関へ渡す。そんなことをしている間に、晴翔はまた次の誰かを使うかもしれない。


 止める。


 自分が。


 今。


 朔は、自分にはそう言った。


 殺すつもりではない。


 拘束する。


 証拠を取る。


 二度とアリスへ近づけない。


 そう言い聞かせていた。


 だが外から見れば、重武装した未登録同然のサムライ・スーツが、外国代表団宿泊区画へ高速接近している。


 それが何を意味するのか。


 朔自身が。


 一番。


 見ない。


 ように。


 していた。


     *


「TEN=GU、進路変更」


 真鍋から緊急通信が入った。


 アリスは、MIKOSHIの仮想モデルから顔を上げる。


「どこ」


『日本代表宿舎』


 アリスの表情が消えた。


「朔」


 呼ぶ。


 応答。


 なし。


「朔!」


 もう一度。


 出ない。


 祝部。


「まさか晴翔?」


「馬鹿!」


 アリスはグリンフォンへ指示を飛ばそうとする。しかし、日本代表団には既にグリンフォンを正式護衛として提供している。宿泊区画周辺にいる。間に合う可能性は高い。


「グリンフォン!」


 応答。


「TEN=GU止めて!」


 その直後。


 別の警告。


 バンダースナッチ。


 複数。


 同時。


 発報。


《INFRASTRUCTURE MOTION DETECTED》


 アリス。


「何」


 地図。


 見る。


 さっき重ねた。


 設備。


 一つ。


 動く。


 では。


 ない。


 物流フレーム。


 変形。


 変電ユニット。


 固定。


 外れる。


 大型荷役アーム。


 道路。


 持ち上げる。


 通信塔。


 中継。


 切り替わる。


 可動防災壁。


 折れる。


 接続。


 始まる。


「……うそ」


 祝部。


「何が起きてる」


「立つ」


「何が」


 アリスの赤い目が見開かれた。


「街」


     *


 TEN=GUは、高層ビル群の間を抜けて日本国代表宿舎へ向かっていた。前方には宿泊区画の上部が見えている。グリンフォンの反応もある。朔は速度を落とさない。


《大型構造物変位》


 AI。


 警告。


 出る。


「どけ!」


 朔はグリンフォンへの言葉だと思って叫んだ。


 だが。


 グリンフォンではない。


 右。


 高層ビルの。


 下。


 影。


 動く。


「……何」


 巨大なもの。


 上。


 伸びる。


 最初。


 クレーン。


 かと。


 思った。


 違う。


 五本。


 指。


 ある。


「は?」


 TEN=GUの回避AIが一斉に経路を出す。


《巨大可動体接近》

《回避経路:左上》

《再計算》

《回避経路消失》


「っ!」


 巨大な手が、空を飛ぶTEN=GUを丸ごと鷲掴みにした。


 朔の身体がシートへ叩きつけられる。重装甲外套が自動展開し、圧力を分散する。しかし、外から加わる力が桁違いだった。


《EXTERNAL FORCE:OVER LIMIT》

《FLIGHT CONTROL LOST》

《STRUCTURAL LOAD 72%》


「離せ!」


 背部推進。


 最大。


 逃げない。


 巨大な指。


 さらに。


 閉じる。


 TEN=GUの装甲。


 軋む。


 朔が顔を上げる。


 高層ビルの隙間から。


 それ。


 立っている。


 いや。


 今。


 立ち上がっている。


 肩。


 だと思ったもの。


 物流用昇降フレーム。


 胸。


 巨大な非常用変電ユニット。


 腕。


 大型荷役アーム。


 装甲。


 可動防災壁。


 背中。


 複数の通信中継塔。


 脚部。


 道路補強用可動架台。


 昨日まで。


 街。


 普通に。


 使っていた。


 設備。


 それ。


 繋がる。


 巨大な。


 人型。


 なる。


《IDENTIFICATION FAILED》

《MULTIPLE CIVIL INFRASTRUCTURE MODULES》

《COMPOSITE MOBILE STRUCTURE》


 そして。


 一つ。


 識別名。


 浮かぶ。


《MIKOSHI=NYUDO》


 朔は息を呑んだ。


「……御輿入道」


 巨人の頭部にあたる通信塔群が、ゆっくりTEN=GUへ向く。複数の光学センサーが点灯する。


     *


「MIKOSHI=NYUDO」


 中央調整室でも、同じ識別名が表示された。


 祝部が画面へ顔を近づける。


「これが晴翔の残り一機?」


「違う」


 アリス。


 即答。


「何が」


「一機じゃない」


 真鍋。


『今、出てるのは一機でしょ』


「そうじゃない」


 アリスはMIKOSHIを構成する設備一つ一つの型式を検索にかける。物流フレーム。該当規格、十四区画。非常用変電ユニット、二十七。可動防災壁、四十一。荷役アーム、十六。道路補強架台、三十三。完全一致ではない。だが、規格互換性を広げると数字が一気に増える。


 十。


 五十。


 百。


 さらに。


 増える。


「……待って」


 祝部。


「何」


 アリスは地図へ互換設備を重ねた。


 新開市。


 あちこち。


 点。


 灯る。


「これ」


 一拍。


「一匹じゃない」


 祝部の顔色が変わった。


「他にもいるのか?」


「今はいない」


「じゃあ」


「何匹でも」


 アリス。


 画面。


 見る。


「なれる」


 真鍋。


『どういう意味』


 アリスはMIKOSHIの構成データを掘る。そこには「右腕はこの型式」「胸部はこの型番」といった固定設計がない。必要機能だけが定義されている。一定以上の出力を持つ荷役機構。一定量の電力を供給できる蓄電・変電設備。重量を支えられる構造材。広域通信能力。可動式の防護部材。条件を満たす設備を、その場にある規格から選び、接続方法を計算し直す。


「設計図じゃない」


 チャールズの通信が入る。


『では?』


「作り方」


 一拍。


「その場所にあるもので」


「身体」


「作る」


 チャールズの顔が強張った。


『設計アルゴリズム』


「うん」


 三岐もデータを確認する。


「固定部品ではなく、機能要件と接続規格を定義している……」


 祝部。


「じゃあ今のこいつ壊せば」


「また作れる」


「同じ場所?」


「違う」


 アリスは別地区を指す。


「港なら」


 クレーン。


 荷役設備。


 港湾蓄電池。


「もっと腕長い」


 別。


 防災区画。


 大型防護壁。


 道路機材。


「こっちは」


「多分」


「重い」


 真鍋。


『形まで変わるってこと?』


「うん」


 チャールズが低く言った。


『これは機体ではありませんね』


 義弘も病院から通信へ入っていた。


『じゃあ何だ』


『形式です』


 一拍。


『あるいは』


『再生方法そのものです』


 アリス。


 画面。


 見る。


「身体が」


 一拍。


「本体じゃない」


     *


 MIKOSHI=NYUDOの危険性は、その巨大さではなかった。目の前の個体だけを見れば、確かに恐ろしい。高層建築に届くほどの巨体。荷役アームを転用した腕はTEN=GUを片手で拘束し、胸部の変電ユニットは大出力を供給し、通信塔群は複数ネットワークを中継できる。防災壁を組み替えた装甲は、市街地用大型兵器として十分な防御力を持つ。


 だが。


 それ。


 壊せる。


 SOFFest。


 OU。


 大型サムライ。


 家族機。


 総力。


 使えば。


 きっと。


 壊せる。


 問題。


 その後。


 街。


 電気。


 必要。


 だから。


 変電設備。


 直す。


 物流。


 必要。


 だから。


 昇降フレーム。


 置く。


 防災。


 必要。


 だから。


 防災壁。


 戻す。


 通信。


 必要。


 だから。


 中継塔。


 建てる。


 すると。


 規格。


 また。


 揃う。


 MIKOSHI=NYUDO。


 また。


 立つ。


「……最悪」


 祝部が呟く。


 三岐は青ざめた顔で規格置換費用の概算を走らせている。


「該当する互換規格を都市インフラから完全排除する場合」


 画面。


 数字。


 増える。


「既存設備の大規模更新が必要です」


「金、いくら」


「金額以前に」


 一拍。


「街が止まります」


 アリス。


「じゃあ」


「規格」


「捨てられない」


 三岐。


「少なくとも、一括では」


 義弘。


『便利だから使ってる規格ってことか』


「うん」


 チャールズ。


『大泉さんは、悪い設備を街へ撒いたのではない』


「便利な設備」


『社会が自分から維持するものへ』


 一拍。


『再構成可能性を埋め込んだ』


 アリスは第419話で自分が言った言葉を思い出した。


 街へ。


 根。


 張る。


 違う。


 街。


 根っこ。


 する。


 MIKOSHI=NYUDOは、その答えを巨大な身体で見せていた。


     *


「先生」


 日本代表宿舎の窓から、側近が巨人を見上げていた。MIKOSHI=NYUDOの手にはTEN=GUが捕まっている。


「神代さん、先生狙ってましたよ」


「ええ」


「驚かないんですか」


「少し」


「少し?」


 晴翔は外を見る。


「予想より」


 一拍。


「早かったですね」


「何が」


「彼が、こちらへ来るのが」


 側近は嫌な顔をした。


「MIKOSHI使ったんですか」


「使われましたね」


「誰に」


 晴翔は新開市を見る。


「街に」


「……またそういうこと言う」


「事実ですよ」


「先生がデータ仕込んだんでしょう」


「ええ」


「規格合わせたのも」


「全てではありません。私が設計したものもあれば、既存規格へ適合させたものもあります」


「じゃあ先生が作ったんじゃないですか」


「御輿は」


 一拍。


「一人では担げません」


 側近。


「そういう名前?」


「ええ」


「悪趣味」


「ありがとうございます」


「褒めてません」


 晴翔は笑った。


「私は」


「MIKOSHI=NYUDOを」


「一度作ればよかった」


「一度?」


「データと」


「規格が」


「街へ残れば」


 一拍。


「次からは」


「私が」


「再生させる必要すらありません」


 側近。


「壊されたら?」


「新開市には」


 晴翔は窓の外へ手を向けた。


「電気が必要です」


「物流も」


「通信も」


「防災設備も」


「壊れれば」


 一拍。


「皆さんが」


「直してくださいます」


「それで」


「また立つ」


「規格が合えば」


「ええ」


 側近は本気で黙った。


 晴翔。


 笑う。


「便利でしょう」


     *


 TEN=GUの内部で、朔は巨大な指から抜け出そうとしていた。


《拘束圧増加》

《右背部翼展開不能》

《対群体装備:使用不可》

《脱出成功率:8%》


「ふざけんな!」


 刀を引き抜こうとする。


 腕。


 動かない。


 強化。


 した。


 物量。


 負けない。


 ように。


 した。


 ARBALEST。


 倒した。


 サムライ・ヴィラン。


 何人。


 来ても。


 跳ね返せる。


 その自分。


 今。


 巨大な。


 手。


 一つ。


 動けない。


「また……」


 朔の声が震えた。


 KYO=KOTU。


 群れ。


 負けた。


 強く。


 した。


 次。


 MIKOSHI。


 もっと。


 大きい。


 何度。


 強く。


 なれば。


 追いつく。


 何度。


 力。


 足せば。


 全部。


 止められる。


 その時。


 通信。


 入る。


《OIZUMI HARUTO》


 朔の顔が歪んだ。


「……お前」


『神代さん』


 いつもの。


 穏やかな。


 声。


「離せ!」


『それは』


 一拍。


『MIKOSHI=NYUDOに』


『お願いしてください』


「お前が動かしてんだろ!」


『一部の起動条件は、確かに私が用意しました』


「同じだ!」


『そうでしょうか』


 朔は刀を握る。


「俺を」


「アリスの邪魔にして」


「今度は何だよ!」


『私は』


 晴翔。


 声。


 変えない。


『貴方へ』


『来てくださいとは』


『一度も』


『申し上げていません』


 その言葉。


 朔。


 何も。


 返せない。


 自分から。


 来た。


 自分。


 晴翔。


 選んだ。


 誰にも。


 命令。


 されてない。


『神代さん』


「……何だよ」


『お話を』


 一拍。


『しましょうか』


「嫌だ」


『そうですか』


「俺は」


 朔は息を荒くする。


「お前を止める」


『何のために?』


「アリスのためだ!」


 即答。


 した。


 でも。


 言った。


 瞬間。


 自分。


 痛い。


 アリス。


 頼んでない。


 それ。


 知ってる。


     *


「朔!」


 アリスの通信。


 今度。


 TEN=GUへ。


 入る。


 朔。


 画面。


 見る。


 アリス。


《ACCEPT》


 押せない。


 晴翔。


 回線。


 まだ。


 ある。


 アリス。


 着信。


 鳴る。


 自分。


 助け。


 来る。


 また。


 守られる。


 また。


 女王の騎士。


 言われる。


 でも。


 今。


 自分。


 MIKOSHIの手。


 中。


 動けない。


「……」


 指。


 震える。


 アリス。


 呼ぶ。


 何度。


 でも。


 朔。


 押せない。


 その間にも、中央調整室ではMIKOSHIの互換設備地図が拡張され続けていた。


《COMPATIBLE INFRASTRUCTURE CLUSTERS:18》


《PARTIAL COMPATIBILITY:63》


《RECONSTRUCTION FEASIBILITY:CALCULATING》


 祝部が青ざめる。


「十八?」


 アリス。


「全部」


「今すぐ立つわけじゃない」


「でも」


 一拍。


「条件」


「揃えば」


 チャールズ。


『何度でも』


「うん」


 義弘。


『じゃあ目の前の一体倒しても』


「終わらない」


 真鍋。


『最悪ね』


「うん」


 アリスはMIKOSHIの巨体ではなく、その背後に広がる新開市の地図を見ていた。


 初めて。


 見えた。


 晴翔。


 再生。


 姿。


 KYO=KOTU。


 戻らなかった。


 三妖機。


 代わり。


 作らなかった。


 TEN=GU。


 護衛資格。


 取り返さなかった。


 全部。


 捨てて。


 次。


 形。


 作った。


「再生」


 アリスが呟く。


 祝部。


「これが?」


「うん」


「全然違うじゃん」


「だから」


 アリス。


 赤い目。


 細める。


「再生」


 チャールズ。


『以前の身体に戻る必要がない』


「うん」


『役割が戻ればよい』


「違う」


 アリス。


 少し。


 考える。


「役割も」


「同じじゃなくていい」


 一拍。


「晴翔が」


「また」


「街に立てれば」


 それ。


 再生。


 なのだ。


     *


 MIKOSHI=NYUDOが、TEN=GUを掴んだまま高層ビルの間で立っている。下では一般市民の避難が始まり、真鍋の治安機関が封鎖線を引き、アリス指揮下のOU戦力も展開準備へ入っていた。しかし、誰も簡単には撃てない。MIKOSHIの身体を構成しているものの多くが、ついさっきまで都市インフラとして使われていた。胸部の変電設備を破壊すれば周辺電力が落ちる。通信塔群を壊せば一部地域の通信が不安定になる。脚部の道路補強設備は、今も道路構造と一部接続したままだ。


 そして。


 仮に。


 全部。


 壊しても。


 街。


 直す。


 生活。


 戻す。


 その時。


 また。


 材料。


 揃う。


 アリスはその構造を見ながら、ようやく第421話で自分が仕掛けた攻撃への答えを理解した。


「見つけた」


 チャールズ。


『何を』


「晴翔の」


 一拍。


「次の戻り方」


 そして、もう一つ。


「でも」


『はい』


「これ」


 地図。


 見る。


「倒し方」


「まだ」


「分かんない」


 義弘の声が入る。


『身体じゃなくて』


「規格」


『規格全部捨てたら街止まる』


「うん」


『じゃあ』


 義弘。


 少し。


 考える。


『噛み合わせ』


 アリス。


 止まる。


「何」


『同じ機能残して』


 一拍。


『晴翔の作り方とだけ』


『噛み合わなくする』


 チャールズも反応した。


『全面排除ではなく』


『段階的な規格調整』


 三岐。


「可能性はあります。ただし都市規模になります」


 義弘。


『得意だろ』


「誰が」


『調整』


 アリス。


 一瞬。


 義弘。


 見る。


 病院。


 まだ。


 杖。


 持ってる。


 でも。


 顔。


 サムライ。


 ヒーロー。


 戻ってる。


 アリス。


「……まだ走るなよ」


『今その話?』


「大事」


『走らねえよ』


 横でトミー。


『信用ないな』


「あるから言ってる」


『前も聞いた』


 ほんの一瞬だけ、中央調整室の空気が緩む。


 しかし。


 巨大なMIKOSHI。


 まだ。


 TEN=GU。


 掴む。


 アリス。


 顔。


 戻す。


「まず」


 一拍。


「朔」


     *


 TEN=GUの内部では、アリスからの着信がまだ光っていた。


《ALICE》


 朔はそれを見る。


 晴翔の回線。


 見る。


 MIKOSHI。


 警告。


 見る。


 自分。


 何。


 した。


 考える。


 アリス。


 手。


 出せない。


 悪。


 自分。


 倒す。


 はず。


 だった。


 結果。


 日本代表宿舎。


 武装。


 突撃。


 して。


 晴翔。


 怪物。


 引き出して。


 また。


 アリス。


 困らせる。


「……俺」


 声。


 出る。


「何やってんだ」


 晴翔。


 通信。


 向こう。


 聞いてる。


 でも。


 何も。


 言わない。


 それが。


 余計。


 腹立つ。


 朔。


 指。


 動かす。


 今度。


《ALICE》


 押す。


 通信。


 繋がる。


『朔!』


 アリス。


 怒鳴る。


「……悪い」


『今それいい!』


「俺」


『生きてる!?』


「生きてる」


『怪我』


「多分ない」


『動ける?』


「無理」


『分かった』


 即答。


 アリス。


 責めない。


 今。


 先。


 助ける。


「アリス」


『何』


「俺」


 一拍。


「後で」


「話していい?」


 アリス。


 一瞬。


 黙る。


『今でも』


「今は」


 朔は巨大な指を見る。


「ちょっと」


「無理」


『……分かった』


「悪い」


『だから後!』


 通信。


 続く。


 朔。


 少し。


 息。


 吐く。


 晴翔。


 回線。


 まだ。


 ある。


 朔。


 そっち。


 切る。


 初めて。


 自分から。


 切る。


 晴翔の声は、それ以上届かなかった。


     *


 日本代表宿舎の窓辺で、晴翔は切断された回線を見た。


 側近。


「切られました?」


「ええ」


「残念?」


 晴翔。


 少し。


 考える。


「いいえ」


「また?」


「本人が」


 一拍。


「選びましたから」


 側近。


「先生、神代さんが戻ったら困るんじゃないですか」


「どこへ?」


「アリスさんたちの方」


 晴翔は窓の外を見る。


 MIKOSHI=NYUDO。


 TEN=GU。


 新開市。


 全部。


「戻る」


「ですか」


 一拍。


「同じ場所へ」


「戻れるでしょうか」


 側近は、答えられなかった。


 晴翔は楽しそうに笑った。


「それを」


「見たいのです」


     *


 新開市の地図には、互換設備の点が増え続けていた。今、立っているMIKOSHI=NYUDOは一体だけ。だが、その一体が破壊されても終わらない。別の場所で、別の物流設備を肩にし、別の変電施設を胸にし、別の防災設備を装甲にした、別の姿の巨人が立つ可能性がある。形は同じでなくていい。構成部品も同じでなくていい。必要なのは、MIKOSHI=NYUDOという再構成データと、それに噛み合う都市規格だけだった。


 だから。


 危険。


 性能。


 ではない。


 巨大。


 だから。


 でもない。


 壊せない。


 から。


 でもない。


 壊せる。


 でも。


 また。


 立つ。


 新開市が。


 自分。


 生活。


 守る。


 ため。


 インフラ。


 直す。


 たび。


 晴翔。


 身体。


 材料。


 戻る。


 その再生性こそが、《MIKOSHI=NYUDO》最大の脅威だった。


 アリスは地図を見る。


「身体」


「壊すだけじゃ」


「駄目」


 チャールズ。


『はい』


「街」


「壊すのも」


「駄目」


『当然です』


 義弘。


『なら』


 一拍。


『街はそのまま』


『晴翔だけ』


『立てなくする』


 アリス。


 その言葉。


 見る。


「できる?」


 義弘。


『知らん』


「おい」


『だから考えるんだろ』


 トミー。


『珍しくヒーローっぽい』


『俺ヒーローだから』


『病人だけど』


『うるせえ』


 アリスは少しだけ笑った。


 そして、巨大なMIKOSHI=NYUDOへ視線を戻した。


 晴翔。


 再生。


 した。


 前。


 同じ。


 顔。


 ではない。


 むしろ。


 前。


 壊された。


 傷。


 全部。


 材料。


 して。


 もっと。


 別。


 怪物。


 なった。


 でも。


 今度。


 アリスたち。


 その。


 瞬間。


 見た。


 どこ。


 空いた。


 何。


 入った。


 規格。


 どう。


 繋いだ。


 誰。


 生活。


 ため。


 直した。


 全部。


 完全。


 ではない。


 でも。


 前より。


 見えてる。


 再生の怪物は、また立ち上がった。


 けれど今度は、その再生を誰も「突然現れた新しい怪物」だとは思わなかった。


 地面から。


 生えた。


 わけ。


 ではない。


 街。


 自分。


 直す。


 力。


 そこ。


 晴翔。


 自分。


 身体。


 潜ませた。


 なら。


 次に。


 変える。


 べき。


 もの。


 晴翔。


 ではない。


 街。


 でもない。


 その。


 間。


 噛み合わせ。


 だった。


 そして高層ビルの狭間では、何度でも立ち上がれる巨人が、まだ最初の一体としてTEN=GUを掌に握り、新開市を見下ろしていた。


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