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第416話 女王は根を焼く

 その日のアリスは、朝から妙だった。いつもなら三岐透子が差し出した資料の一行目で誤字を見つけ、祝部マコトが余計な冗談を口にすればすぐに睨み、オールドユニオン派遣群から届いた運用報告に「陛下」と書いてあれば訂正させるか、最低でも露骨に嫌そうな顔をする。ところが、その日に限っては何を見せられても反応が一拍遅れた。午前の行政調整会議では、三岐が新しい外交窓口の権限分離について説明している最中、アリスは窓の外を見たまま三度も「うん」と答え、とうとう三岐が資料を閉じた。


「アリス」


「うん」


「今、私は反対意見を説明していました」


「……うん」


「賛成なのですか」


「……え」


 祝部が横から覗き込む。


「今日駄目だ、こいつ」


「駄目じゃない」


「じゃあ今の議題何」


 アリスは三秒考えた。


「……外交」


「広い」


 三岐が額へ指を当てた。


「今日は重要判断を減らします」


「できる」


「できていません」


「できるって」


「では、私が先ほど提示した第二案の問題点を」


「……第二案?」


 祝部。


「休ませろ」


「寝てる」


「何時間」


「……」


「寝てないじゃん」


 昼食でも似たようなものだった。トミーが自分用の葉物を皿の端へ置いていると、アリスが何も考えずに一枚つまみかけた。


「それ俺の」


「うん」


「食う?」


「……え」


 手を見る。葉を見る。トミーを見る。


「いらない」


「何考えてる」


「いっぱい」


「晴翔?」


 アリスは答えなかった。食事を口へ運びながら、頭の中では別のものを並べていた。バンダースナッチが見つけたKYO=KOTUの整備拠点。一般市場を経由する部品。正規契約で借りられた地下保守区画。物流。電力。自動整備。壊れた機体から別の機体へ移される部品。日本国代表団の護衛装備という法的な根を手に入れたTEN=GU。アライアンスに回収されたNU=E、ON=MORAKI、GASYA=DOKURO。晴翔が以前使った歯車と、今使っている歯車と、次に使おうとしている歯車。それらを一つずつ潰すことはできる。しかし、一つ潰したところでまた別の場所から生える。それはもう分かっていた。


 問題は、だから何もしないのか、だった。


 チャールズは忍耐を教えた。急いで最後の安全網にならず、失敗する権利と責任を街へ返し、結果だけでなく過程を見ることを教えた。義弘は晴翔の派手な結果ではなく、地下へ足を運んで傷跡からその前の行動を辿った。榊は映らなかったものを見た。トミーはアリスが自分で決めた停止条件を使い、秘密にしていた調査を義弘たちへ渡した。皆が少しずつ、晴翔の足跡へ追いつき始めている。


 だからこそ、アリスは一日使った。


 急がないために。


 急ぐ方法を考えた。


     *


 夕方、執務室から人がほとんどいなくなった頃、トミーはまだアリスの机の下にいた。アリスは朝から同じ地図を何度も開いていたが、今度はその赤い目がはっきり画面を見ていた。ぼんやりした様子が消えている。


 トミーが耳を動かす。


「決めた?」


「うん」


「何を」


 アリスは新開市地下へ散らばる赤点を見た。


「一回」


 指先で、確認済み整備拠点の一つを押す。


「全部」


 次の点。


「叩く」


 トミーが少し黙った。


「全部って」


「全部は無理」


「今全部って言った」


「できるだけ全部」


「ずるい」


 アリスは地図を縮小する。KYO=KOTUの整備拠点だけではない。三妖機。TEN=GU。晴翔の周囲にできた複数の合法的な経路。どれも単独では晴翔ではない。だからこそ、晴翔を本人だけ捕まえても再生する。


「晴翔、再生する」


「知ってる」


「うん」


 アリスは小さく息を吐いた。


「だから」


 一拍置く。


「再生させる」


 トミーの耳が立った。


「何」


「一回いっぱい壊す」


「それで?」


「次、どこから生えるか見る」


 アリスの声は静かだった。


「どうやって再生するかは、ちょっと分かった。普通の会社、普通の配送、普通の設備、普通の人。誰も全体知らなくても戻る」


「うん」


「でも」


 画面上へ指を滑らせる。


「どこから先に戻るか」


「何捨てるか」


「何の代わり、何使うか」


「誰が勝手に穴埋めるか」


「それ、まだ分かんない」


 トミーがアリスを見る。


「だから傷つける?」


「うん」


「晴翔を?」


「根っこ」


 一拍。


「いっぱい」


「それ、晴翔みたいだな」


 アリスの手が止まった。


「何が」


「相手動かして、どう動くか見る」


「……」


 トミーは毒舌だったが、無駄に刺すことはしなかった。だから、その一言は残った。


 アリスは数秒考えてから頷く。


「似てる」


「嫌じゃない?」


「嫌」


「じゃあやめる?」


「やめない」


「何で」


「晴翔は」


 アリスは地図から目を離さない。


「他人を勝手に歯車にする」


「私は」


 一度、自分の胸元を指す。


「私を使う」


 トミーが嫌そうな顔をした。


「それもあんま良くない」


「知ってる」


「また生贄ごっこ?」


「違う」


「似てる」


 アリスは少しだけ眉を寄せた。


「だから」


「私が戻れなくなったら」


「お前らが戻す」


「勝手」


「うん」


「義弘怒るぞ」


「知ってる」


「チャールズも」


「知ってる」


「真鍋は?」


「もっと怒る」


「じゃあ」


 トミーがため息をつく。


「もう決めた顔してる」


「うん」


 アリスは最初の回線を開いた。


     *


 アライアンスの優先通信が接続された。


『ごきげんよう、アリス』


「三妖機」


 氷の母。


 僅かな沈黙。


『挨拶は?』


「あと」


『そうですか』


 アリスは端末へ三つの識別記録を表示した。


「NU=E」


「ON=MORAKI」


「GASYA=DOKURO」


「新開市治安機関に出して」


『どの権限で?』


 以前なら、その問いだけで身体が強張った。第406話。新開市の女王として。あの言葉から始まったものが、今も完全には終わっていない。


 だが今回は違う。


「私のじゃない」


 アリスは別の書類を送った。


「真鍋」


 一枚。


「治安機関」


 二枚。


「行政」


 三枚。


「正式な証拠物引渡請求」


 氷の母はしばらく確認した。


『受領しました』


「出して」


『合理的です』


「その言い方嫌い」


『何度も伺っています』


「すぐ?」


『保全処置完了後、引き渡します』


「ありがと」


 アリスが切ろうとする。


『アリス』


「何」


『急いでいますね』


 アリスは僅かに目を細めた。


「急がないために」


 一拍。


「急いでる」


 氷の母は意味を問い返さなかった。


『そうですか』


 通信が切れた。


 次。


 真鍋。


『何』


「今から送る」


『何を』


「四十七か所」


『……何の』


「KYO=KOTU」


 真鍋が黙る。


「整備拠点」


『四十七?』


「確認済み」


『いつ調べた』


「あとで怒って」


『今怒る』


「あと」


『アリス』


「一斉に行きたい」


 真鍋は通信の向こうで深く息を吐いた。


『全部同時?』


「できるだけ」


『理由』


「逃げ道潰す」


『それだけ?』


「再生させる」


『……は?』


「あとで説明」


『今説明しろ!』


「時間ない」


『お前なあ!』


 だが真鍋は資料を開いた瞬間、怒鳴るのを止めた。拠点位置、出入口、確認されたKYO=KOTU数、部品搬入経路、利用権限、周辺民間設備、予想される危険。アリスは寝ていなかった。その理由が全部そこにあった。


『捜索令状が必要な場所がある』


「三岐に回してる」


『民間所有も』


「分かってる」


『OUを勝手に入れるな』


「外周だけ」


『サムライは』


「危険排除」


『逮捕は私たち』


「うん」


 真鍋の声が少し低くなる。


『投降した奴まで敵扱いすんなよ』


「分かってる」


『“離席”』


「守る」


 そこで真鍋はようやく答えた。


『……分かった』


 アリス。


「やる?」


『私の治安機関だ』


 一拍。


『やると決めるのは私だ』


 アリスの口元が僅かに緩んだ。


「うん」


『そのうえで』


 真鍋。


『やる』


     *


 そこからの新開市は、夜へ入るにつれて異様な速度で動き始めた。真鍋の治安機関が捜索班を組み、司法側から許可を取った区画から順番に地下へ入る。サムライ・ヒーローは治安機関の代わりに逮捕するのではなく、KYO=KOTUや危険物が出た場合の制圧と救助へ回った。オールドユニオン派遣群には大型地下出入口と主要搬送路の封鎖が求められ、MAXIMILIANは火器を使わず巨大な身体をそのまま壁として配置した。アリスの家族機も動いた。シュヴァロフは電子的な逃走経路の監視、グリンフォンは空から地上出口を追い、コロボチェニィクは重量物の排除と危険区画の開放。バンダースナッチは表へ出なかった。彼らは既に根の位置を探す仕事を終え、今は次に何が動くかを見るため地下の隅へ潜んでいる。


 アリスは全員へ一つずつ命令を飛ばさなかった。臨時安全調整室の中央で、目標だけを出した。


「KYO=KOTUの再生経路」


 一拍。


「今日」


「できるだけ潰す」


 真鍋が別回線から言う。


『南七班、突入』


 サムライ・ヒーロー。


『抵抗個体二!』


『制圧します!』


 別区画。


『作業員三名確認! 武装なし!』


 真鍋。


『敵扱いすんな! 身元確認して外へ出せ!』


 さらに。


『KYO一機、停止状態!』


『押収!』


 オールドユニオン司令官。


『北側大型搬送路、MAXIMILIAN二機で封鎖しました』


「撃たないで」


『承知しています』


 現場のサムライ・ヒーローから通信。


『サムライ・ヴィラン一名!』


 アリス。


「今何してる」


『武器を捨てました』


「じゃあ治安機関へ」


『了解』


 別の声。


『逃走します!』


 真鍋。


『追え。ただし武装解除済みなら殴るな!』


 新開市の悪との戦い。


 だが。


 粛清ではない。


《離席》。


 まだ。


 ある。


 そこだけは。


 アリスは譲らなかった。


     *


 そして、同時にアリスは政治へ手を伸ばした。


 日本国代表団から提出されていたTEN=GUの「代表団護衛正式装備」申請。晴翔が得意げに見せた、新しい根。代表団護衛用であるなら新開市治安への日本国介入ではない。その理屈自体は通っていた。


 だから、アリスはその理屈を壊すのではなく、必要性を消した。


「却下」


 日本側担当者が思わず聞き返した。


『……却下、ですか』


「うん」


 三岐が横で書類を確認する。


「理由は、代表団護衛目的と実運用の乖離。新開市域における治安活動との境界が不明瞭。追加武装を代表団護衛として承認するには過剰です」


 日本側議員。


『しかし、現在の新開市の治安状況を考えますと、代表団の警備能力を低下させることは――』


「下げない」


『では』


「出す」


『何をでしょう』


「グリンフォン」


 日本側。


 沈黙。


「か」


 一拍。


「コロボチェニィク」


『……アリスさん所有の?』


「うん」


『代表団の護衛へ?』


「必要なら」


 日本側の官僚同士が画面外で何か相談する。答えは早かった。


『大変ありがたい申し出です』


「どっち」


『可能であればグリンフォンを』


「分かった」


 三岐がゆっくりアリスを見る。


「アリス」


「何」


「分かっていますか」


「うん」


「何が起こるか」


「うん」


 十分もしないうちに起こった。


 他国代表団。


『日本代表団にアリス所有機が護衛として提供されるとの報道があります』


「うん」


『我々にも同等の安全保証を』


「いいよ」


 三岐。


「アリス」


 別の代表団。


『当方にも護衛資産の追加を希望します』


「いいよ」


 祝部が入ってくる。


「待て待て待て待て」


「何」


「何でも“いいよ”言うな!」


「安全欲しいんでしょ」


「お前の家族機何機いると思ってんだ!」


「足りなかったらOU」


 その瞬間、オールドユニオン司令官が同じ通信室にいたことを祝部は思い出した。


『陛下?』


「MAXIMILIAN」


『何機をお貸しすれば』


「足りるだけ」


 三岐。


「アリス!」


「何!」


「これは外交代表団へ、貴女の運用下にある軍事資産を直接護衛として提供するという意味になります!」


「知ってる!」


 祝部。


 止まる。


「……知ってる?」


「うん」


 以前なら、その意味を聞いただけで顔をしかめ、どうすれば女王と呼ばれずに済むかを探した。今のアリスは違った。


 知っている。


 それでも。


 やる。


     *


 ニュースは爆発した。


《女王アリス、KYO=KOTU地下拠点へ大規模掃討》


《アライアンス回収の三妖機、新開市治安機関へ引き渡し》


《TEN=GUの日本代表団護衛登録をアリスが拒否》


《日本国代表団へ“女王の翼”グリンフォンを提供》


《各国外交団にMAXIMILIAN護衛》


《王冠解体は事実上停止か》


《新開市、女王アリスによる非常統治へ?》


 祝部は自分の端末へ次々流れる見出しを見ながら、とうとう中央調整室へ戻ってきた。


「これ」


「うん」


「すっごい女王っぽいぞ」


「知ってる」


 祝部は何も言えなくなった。


 三岐も黙った。


 アリスが「女王」と呼ばれることを嫌がらずに受け入れたのではない。嫌なのは変わっていない。ただ、今日は訂正する時間を使っていない。


 そこで病院から通信が入った。


『アリス』


「義弘」


『やりすぎ』


「知ってる」


 義弘が黙る。


『分かってんの?』


「うん」


『TEN=GU切って、各国にお前んとこの戦力貸して、OUまで護衛に出したら、何て言われると思ってんだ』


「女王」


『分かってんじゃねえか!』


「うん」


 祝部が横から言う。


「王冠解体、逆回転してるぞ」


「知ってる」


 今度はチャールズが別回線から入った。


『意図的に?』


「うん」


 チャールズの表情が変わった。


『説明してください』


 アリスは少しだけ息を吐いた。


「晴翔」


「再生する」


『はい』


「だから」


 一拍。


「一回」


「いっぱい壊す」


 チャールズはすぐに理解した。


『再生を観察するために』


「うん」


『どの経路が最初に復旧するか』


「うん」


『何を代替として使うか』


「うん」


『誰が、彼の直接指示なしに穴を埋めるか』


「それ」


 義弘が険しい顔をする。


『お前』


「何」


『それで王冠戻ったらどうすんだ』


「頑張って返す」


『返せなかったら』


 アリス。


 少し。


 黙る。


 この一日。


 一番。


 考えた。


 ところ。


「お前らが」


 一拍。


「返して」


 病院側が静かになった。


「義弘」


「トミー」


「チャールズ」


「真鍋」


「三岐」


「祝部」


「ミコト」


「皆いる」


 アリスの声は平坦だった。だからこそ、言っていることの重さが伝わった。


「私が」


「女王アリスに」


「がんじがらめになって」


「自分じゃ戻れなくなっても」


 一拍。


「お前らが戻して」


 義弘の顔が険しくなる。


『ふざけんな』


「何」


『勝手に』


 一拍。


『自分だけ生贄みてえな席座んな』


「生贄じゃない」


『同じだ』


「違う」


『“私が戻れなかったら後よろしく”ってのが同じだって言ってんだ!』


「戻れるように頑張る」


『そういう問題じゃねえ!』


 義弘が立ち上がろうとする。


 病室。


 出口。


 シュヴァロフ。


 まだ。


 いる。


『……おい』


 アリス。


「何」


『こいつどけろ』


「やだ」


『今すぐそっち行く』


「だからやだ」


『アリス!』


「まだリハビリ」


『お前の方が無茶してんだよ!』


 チャールズが割って入る。


『アリスさん』


「何」


『私は反対です』


「うん」


『貴女自身が再び権力集中の中心になります』


「分かってる」


『外交、安全保障、治安調整の象徴が再び一人へ重なる』


「うん」


『社会は、一度便利さを思い出せば簡単には手放さない』


「知ってる」


『なら』


「でも」


 アリスがチャールズを見る。


「晴翔」


「また誰か傷つける」


 チャールズ。


 黙る。


「朔」


「もう入ってる」


「義弘」


「いっぱい傷ついた」


「サムライたち」


「KYO=KOTUに壊された」


「次」


 一拍。


「誰か」


「分かんない」


「だから」


「今」


 アリスは赤い点が一斉に消えていく地下地図を見る。


「叩ける時」


「叩く」


 チャールズはすぐには返事をしなかった。


 やがて。


『貴女は』


 一拍。


『大泉晴翔に』


『少し似たことをしています』


「トミーにも言われた」


『でしょうね』


「嫌」


『なら』


「でも」


 アリスは小さく首を振る。


「私」


「私を賭けてる」


「晴翔」


「他人を賭ける」


 チャールズ。


『それで正当化できるとは言いません』


「うん」


『しかし』


 一拍。


『違いではあります』


 アリス。


「ありがと」


『褒めてはいません』


「知ってる」


     *


 大泉晴翔が、その動きを知ったのは、三つ目の報告が入った時だった。


「先生」


 側近が端末を持ってくる。


「KYO系整備拠点、同時摘発始まってます」


「何か所です?」


「確認だけで四十以上」


 晴翔の笑顔がほんの少し止まる。


「いつ見つけたのでしょう」


「分かりません」


 別の報告。


「アライアンスが三妖機を新開市治安機関へ引き渡します」


「三機とも?」


「はい」


 さらに。


「TEN=GUの代表団護衛登録」


「はい」


「却下されました」


 晴翔が顔を上げる。


「理由は?」


「代表団護衛目的と実運用が一致していない。それと」


「それと?」


「代替護衛として、アリスさん側からグリンフォン提供」


 晴翔。


 黙る。


「日本側」


「受けました」


「そうですか」


「他国まで同じ待遇要求してます」


「でしょうね」


「アリスさん」


 一拍。


「全部受けるらしいです」


「全部?」


「足りなければOUのMAXIMILIAN」


 晴翔が、今度こそ本当に黙った。


 側近。


「先生?」


「……驚きました」


「珍しいですね」


「ええ」


「困った?」


 晴翔。


 少し。


 笑う。


「とても」


「嬉しそう」


 笑み。


 深く。


 なる。


「とても」


 側近は本気で嫌そうな顔をした。


「どっちなんです」


「両方です」


「何でこんな急に」


 晴翔は少し考えた。


 KYO=KOTU。


 三妖機。


 TEN=GU。


 外交代表団。


 いずれも違う根。


 それを。


 同時。


 切る。


 なら。


「私を」


 一拍。


「再生させる気ですね」


 側近。


「何で分かるんです」


「一つだけ切るなら」


「止めたいだけです」


「これだけ一度に切るなら」


 晴翔は静かに笑った。


「次に」


「どこから伸びるか」


「見たいのでしょう」


「じゃあ」


「どうする」


 新しい報告。


《KYO=KOTU稼働推定数:急減》

《補修経路多数停止》

《地下整備所七か所押収完了》

《物流関連口座複数保全》

《TEN=GU外交警護運用根拠失効予定》


 晴翔は画面を眺めた。


 痛い。


 実際。


 痛い。


 ここまで一度に複数系統を叩かれれば、何も失わずに済むわけではない。KYO=KOTUは明日から同じ数を出せない。TEN=GUも「正式護衛装備」という便利な位置を失う。三妖機から旧経路を解析されれば過去の支援網まで遡られるかもしれない。いくつかの企業と仲介者は、もう次に使えない。


 側近。


「どうします」


 晴翔。


 一拍。


「再生しましょう」


「やっぱり」


「ええ」


「見られてますよ」


「承知しています」


「それでも?」


 晴翔。


 笑う。


「だから」


「面白いのでしょう」


     *


 夜半までに、KYO=KOTUの確認済み整備拠点四十七か所のうち三十一か所へ捜索が入り、そのうち二十六か所から何らかの機体、部品、整備記録、電力使用記録が押収された。何も知らず設備を貸していただけの管理者は事情聴取後に帰され、武装抵抗した者だけが拘束された。ある地下区画では、サムライ・ヴィランが一人、TEN=GUの話を聞いて「どうせ捕まえるんだろ」と刀を構えたが、治安機関の後ろにいたサムライ・ヒーローは武器を構えたまま言った。


「置け」


「置いたら終わりかよ」


「今の戦いは」


 一拍。


「終わり」


「俺、前にも騒いだぞ」


「それは」


 ヒーローが真鍋の治安班を顎で示す。


「そっちで話せ」


「お前は?」


「今」


 一拍。


「武器置いたなら」


「敵じゃない」


 ヴィランは数秒、相手を見る。


 やがて。


 刀。


 床。


 置く。


 拘束。


 される。


 殴られない。


 追撃。


 ない。


《離席》。


 街。


 まだ。


 生きている。


     *


 その映像を、神代朔も見ていた。


 TEN=GU。


 強化。


 済み。


 出撃。


 できる。


 しかし。


 今日は。


 呼ばれていない。


 アリスから何度も届いていた通信は、ここ数日ずっと無視していた。自分が「女王の騎士」ではないと証明したかった。アリスに守られることが嫌だった。義弘の代わりだと呼ばれることも嫌だった。だから晴翔から力を借り、自分だけでヴィランを止めようとした。


 そして今日。


 本当に。


 新開市が。


 大きく。


 動いている。


 サムライ・ヒーロー。


 治安機関。


 OU。


 アリスの家族。


 全部。


 違う役割。


 動く。


 投降。


 した。


 ヴィラン。


 敵。


 やめる。


 罪。


 消えない。


 でも。


 席。


 変わる。


 TEN=GUの視界に、映像の中の男のデータが表示された。


《過去騒乱履歴:有》

《武装事件関与:複数》

《再犯可能性:中》

《監視推奨》


 朔はその文字を見つめた。


 ヴィラン。


 武器。


 置いた。


 ヒーロー。


 助け起こす。


 治安機関へ。


 渡す。


 それだけ。


「……また」


 朔は呟きかける。


 また戻る。


 そう言おうとした。


 でも。


 映像の中。


 サムライ・ヒーロー。


 戻る。


 こと。


 分かってる。


 それでも。


 今。


 敵。


 ではない。


 朔。


 TEN=GU。


 AI。


 表示。


 見る。


《監視推奨》


 指。


 動かす。


 消す。


 次。


 別の映像。


 別のサムライ・ヒーロー。


 KYO=KOTU。


 押さえる。


 ヴィラン。


 避難。


 助ける。


 OUのMAXIMILIANが火器を下ろしたまま搬送口を塞ぐ。


 皆。


 そこ。


 いる。


 朔。


 いない。


 アリスの騎士には。


 なりたくなかった。


 だから。


 アリスの通信。


 無視した。


 義弘の忠告。


 老人の嫉妬。


 かもしれない。


 思った。


 晴翔に。


 もっと。


 力。


 頼んだ。


 そして。


 今。


 本当に。


 街。


 守る。


 戦い。


 始まった。


 そこ。


 自分。


 呼ばれて。


 いない。


 朔はヘルメットを外した。


 長い間。


 モニター。


 見る。


「……俺」


 一拍。


「こっちに」


 声。


 小さく。


「いない」


 誰のせいでもなかった。


 晴翔が追放したわけではない。


 アリスが外したわけでもない。


 義弘が席を奪ったわけでもない。


 自分で。


 少しずつ。


 離れた。


 その事実。


 初めて。


 見る。


 できた。


     *


 午前零時を回る頃、新開市中央調整室では、アリスの周囲に報告が積み上がり続けていた。


『陛下、南第三区画、押収完了』


「うん」


 訂正。


 しない。


『女王陛下、MAXIMILIAN第六班、英国代表団宿泊区画へ配置完了』


「了解」


 祝部が横からアリスを見る。


 本当に。


 何も。


 言わない。


 王冠。


 重く。


 なる。


 皆。


 見る。


 アリス。


 決める。


 アリス。


 守る。


 そういう。


 社会。


 また。


 戻る。


 それ。


 分かる。


 でも。


 今。


 アリス。


 バンダースナッチ。


 監視画面。


 見ている。


 叩いた。


 あと。


 何。


 動く。


 そこ。


 大事。


 一つ目の変化は、中古部品市場ではなかった。


 物流でも。


 ない。


 バンダースナッチの一機が、新開市外縁部の古い民間防災備蓄施設へ入る小型配送機を追っている。そこはKYO=KOTUの整備拠点として一度も登録されていない。運営主体は地域の自主防災組合。行政補助を受けた合法団体。購入品目は災害用小型作業ドローンの交換部品。


 だが。


 型番。


 一つ。


 KYO=KOTU。


 互換。


 アリス。


 画面。


 拡大。


 新しい。


 点。


 灯る。


《UNREGISTERED SUPPORT PATH DETECTED》


「……そこ?」


 祝部。


「何」


 アリス。


 少し。


 笑った。


 疲れている。


 でも。


 目。


 起きている。


「来た」


 チャールズから通信。


『何がです』


「晴翔」


 一拍。


「再生」


 アリスは新しい根を指で押した。


「始めた」


 病院側で、義弘もチャールズも榊もトミーも画面を見る。


 晴翔の根。


 一つ。


 焼いた。


 別。


 出た。


 でも。


 今度。


 誰も。


 結果。


 だけ。


 見ていない。


 どこ。


 動いた。


 何。


 使った。


 誰。


 知らないまま。


 穴。


 埋めた。


 全部。


 見る。


 始めている。


 王冠。


 アリスの頭。


 また。


 乗る。


 かもしれない。


 重く。


 なりすぎて。


 今度こそ。


 自分。


 外せなくなる。


 かもしれない。


 それでも。


 アリスは。


 一日。


 考えた。


 怖い。


 嫌。


 逃げたい。


 普通の。


 アリス。


 戻りたい。


 全部。


 そのまま。


 抱えて。


 決めた。


 女王アリスと呼ばれる覚悟。


 した。


 女王。


 なりたい。


 から。


 ではない。


 王冠を。


 晴翔の根へ。


 叩きつける。


 ため。


 だった。


 再生の怪物は、無敵ではない。


 攻撃されれば傷つく。


 傷つけば。


 戻る。


 戻るには。


 時間。


 道。


 根。


 必要。


 なら。


 その瞬間。


 見ればいい。


 アリスが。


 王冠に。


 捕まっている。


 間。


 でも。


 いい。


 義弘。


 チャールズ。


 真鍋。


 祝部。


 三岐。


 トミー。


 榊。


 皆。


 いる。


 自分が。


 全部。


 倒す。


 必要。


 ない。


 昔。


 ゴースト。


 一人。


 全部。


 やった。


 今。


 違う。


 自分。


 囮。


 なっても。


 自分。


 王冠。


 捕まっても。


 後ろ。


 拾う。


 人。


 いる。


 そう。


 信じる。


 それも。


 また。


 アリスが。


 長い。


 遠回り。


 末。


 覚えた。


 新しい。


 強さ。


 だった。


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