第414話 ゴーストは根を辿る
新開市でアリスの家族機を知らない者は、もうそれほど多くなかった。黒い巨体に光学迷彩をまとい、巨大な腕と爪を背負ってアリスの傍らへ現れるシュヴァロフはもちろん、空を駆けるグリンフォンは先日の《TEN=GU》救出で「女王の翼」などというアリス本人が聞けば露骨に嫌な顔をする呼び名まで付けられている。コロボチェニィクも救助映像で知られ、トウィードルダムとトウィードルディーは工事現場や災害対応で何度も市民の前へ姿を見せた。ブージャムに至っては、かつて新開市を騒がせた怪物でありながら、今では半ば街の昔話のように扱われている。それなのに、同じアリスの家族機でありながら、ほとんど誰にも知られていないものがあった。
《バンダースナッチ》。
名前だけ聞けば、シュヴァロフやグリンフォンにも負けないほど物々しい。しかし実物は、一機の巨大ドローンではなかった。OCM系の小型作業機、旧式偵察機、保守用多脚機、簡易飛行機、廃止された警備ユニットの改造品まで、出自も規格も大きさもばらばらな機体を束ねた群体だった。どれも単体では目立つものではなく、何より扱いづらい。電池規格が違う。駆動系が違う。交換部品が違う。製造時期によってセンサー特性まで異なる。群れとしてまともに動かそうと思えば、それぞれに搭載されたAIの判断基準を頻繁に統合し、共有情報の癖を整え、互いを仲間として認識し続けられるよう手をかけなければならない。数が多いから故障も多く、数が多いから整備箇所も多い。企業なら専門部署を一つ置いて管理するような代物を、アリスは個人で抱えていた。当然、出番は少なかった。
「これ、家族っていうより物置じゃない?」
深夜、アリスの作業部屋を覗き込んだトミーが言った。
「うるさい。家族」
「家族の半分、脚外れてるけど」
「今直してる」
「こっち羽ない」
「あとで付ける」
「これ何?」
「それ触るな!」
トミーが鼻先を寄せたのは、床に並べられた薄い外装材だった。灰色、くすんだ白、配管と同じ黄土色、工事区画によく使われる青灰色。どれもヒーロー機らしい色ではない。むしろ、目につかないための色だった。アリスは床へ座り込み、小型多脚機の一台から外装板を外すと、表面を研磨し、新開市地下の保守機に似せた塗装パネルへ交換していく。別の一機には、工事用監視機に紛れるための薄い反射材を貼る。識別信号そのものを偽装するような危険なことはしない。ただ、合法な範囲で余計な自己主張を削り、一般の都市設備に混ざった時に誰も二度見しない外見へ近づけていく。
「何時?」
「知らない」
「時計ある」
「見ない」
「寝ろ」
「あと三機」
「昨日もあと三機って言ってた」
アリスの手が止まった。
「……昨日は昨日の三機」
「今日は今日の三機?」
「そう」
「永遠に終わらないやつ」
「うるさい」
トミーはしばらく彼女を見ていた。アリスの髪はいつも以上に乱れ、白いパーカーの袖には塗料が付いている。目の下にも薄く疲れが溜まっていた。ここ数日、彼女は表向きには《TEN=GU》騒動への対応や王冠解体の調整を続けている。その裏で夜になると、誰にも言わずバンダースナッチを引っ張り出し、一機ずつ整備していた。
「それ」
トミーが言う。
「前のやり方じゃない?」
「何が」
「何でも自分でやって、寝ないで、最後ぶっ倒れるやつ」
アリスは返事をしなかった。小型機の脚部を取り付け直し、締め付けトルクを確認してから、ようやく口を開いた。
「今回は、誰にも見つからないのが仕事だから」
「言い訳には聞こえる」
「……分かってる」
意外にも素直な返事だった。
トミーが耳を少し動かす。
「で、何やってるの」
アリスは作業台の横に置いていた端末を手元へ引き寄せた。新開市地下構造の地図が表示される。旧搬送路、保守坑、排水系統、未使用インフラ区画。複雑に重なる線の上へ、いくつか小さな赤点が置かれていた。
「KYO=KOTU」
「地下の?」
「うん」
「探してる?」
「壊す場所じゃない」
「じゃあ」
「食べる場所」
トミーの耳が立つ。
「ドローン食うの?」
「電気。部品。冷却。整備」
アリスは床のバンダースナッチを見回した。
「群れって、面倒」
「知ってる。今見てる」
「一機なら壊れたら一機直せばいい。群れは違う。一個一個状態違うし、全部同じ日に壊れないし、全部同じ場所で充電できない。AIも放っとくと癖ずれる」
「バンダースナッチみたいに」
「そう」
アリスは赤点の一つを拡大した。
「KYO=KOTUも同じ」
「晴翔のだから高性能なんじゃない?」
「高性能でも腹は減る」
トミーが少し笑った。
「群れでも?」
「群れでも」
一拍置いて、アリスは小さく付け足した。
「だから追える」
*
バンダースナッチを一つの群れとして使わない。それがアリスの最初の工夫だった。今までなら、群体を効率良く扱うために統合AIへ大量の情報を集め、全体の判断を揃えようとしていた。しかし、それでは通信量が増える。相互確認が増える。KYO=KOTU側にとっても、妙な群れが地下をうろついていると見つけやすくなる。そこで今回のアリスは、一機一機に与える仕事を極端に単純化した。
「見つける」
「追う」
「近づきすぎない」
「帰れるなら帰る」
トミーが横で聞いている。
「それだけ?」
「それだけ」
「統合は?」
「最低限」
「迷子になったら」
「帰れそうなら帰る。無理なら隠れる」
「家族に雑じゃない?」
「死ぬよりいい」
それぞれが勝手に動く。必要以上に情報を共有しない。途中で別のバンダースナッチと遭遇しても、無理に合流しない。KYO=KOTUらしき個体を見つけた場合も、戦わない。ただ距離を取って追い、行き先だけ記録する。アリスが《KYO=KOTU》から学んだ、群れの使い方だった。
最初の一機が成果を持ち帰ったのは、翌日の午前三時過ぎだった。旧地下電力設備の脇、十年以上前に閉鎖された補助保守区画。アリスが映像を確認すると、予想していたものとはまるで違った。
「……小さ」
トミーが画面を覗く。
「倉庫?」
「整備所」
「これが?」
壁際に固定されたKYO=KOTUが一機。横には交換用バッテリー。脚部関節の予備。簡易充電設備。小型工具。それだけだった。大型の工作機械もない。大量の予備機もいない。秘密基地というより、誰かがビルの掃除道具を置いておくための物置に近い。
二か所目は、廃排水制御室。
KYO=KOTU、二機。
三か所目は、旧物流トンネル脇の保守凹部。
一機。
四か所目は空だった。しかし、床に新しい油染みと充電跡が残っている。
五。
八。
十二。
十九。
バンダースナッチから届く地点は、日を追うごとに増えた。どこも小さい。どこにも全体を動かすような中枢はない。一か所見つけて治安機関が踏み込んでも、確保できるのは一機か二機。翌日には別の場所で別の個体が動き始める。
三十を超えたところで、アリスは地図を引いた。
赤い点が、新開市地下へ散っている。
「巣?」
トミーが言った。
「……違う」
アリスは首を振った。
「じゃあ何」
「根っこ」
トミーが地図を見直す。
「多いな」
「うん」
「何個あると思う?」
「分かんない」
「百?」
「あるかも」
「もっと?」
「あるかも」
その言葉を口にした瞬間、アリスの背中に薄い寒気が走った。大規模な秘密基地なら、見つければ終わる。巨大な工場なら電力使用量や物流から追える。けれど一機か二機しか置けない小さな整備所が、新開市地下に数十、百、それ以上散っていたらどうなる。一つ一つは都市の隙間に過ぎない。だから見つけにくい。そして見つけたところで、全体へ与える損害は小さい。
晴翔は、壊されないものを作っているのではない。
壊されても困らないものを作っている。
*
決定的だったのは、バンダースナッチの二十七号機が持ち帰った映像だった。脚部を損傷したKYO=KOTUを三時間以上追跡し、旧ケーブル敷設区画の奥へ入るところまで捉えている。バンダースナッチはそこで距離を取り、壁面の保守穴へ潜って監視を続けた。
整備所には人間がいなかった。
小型の自動アーム。充電ポート。部品ラック。最低限の診断設備。損傷したKYO=KOTUが定位置へ入ると、自動アームが脚部を固定し、破損した駆動部を外す。そこまではアリスの予想通りだった。
だが、外された部品は捨てられなかった。
まだ生きているサーボ。
センサー。
接続端子。
それだけ。
別ラック。
移す。
隅に置かれていた別のKYO=KOTU。
未完成。
そちらへ。
使う。
アリスは映像を止めた。
「……こいつら」
トミー。
「何」
「同じ奴に戻る必要ない」
「どういうこと」
「壊れた一機を直して、同じ一機に戻すんじゃない」
映像を少し戻す。
「使えるもの取って」
別の未完成機。
「次の一機にする」
トミーはしばらく黙っていた。
「それ、再生?」
「うん」
「でも同じじゃない」
「晴翔には、多分どうでもいい」
アリスの声が低くなる。
「同じ個体じゃなくていい。KYO=KOTUがまた外に出ればいい」
個体ではなく、機能が戻る。
一機を破壊しても、使える部品が次へ移る。
一つの整備所を潰しても、別の場所で作り直せる。
全体を指揮する親機を壊しても、そもそも群れに絶対的な親機が存在しない。
「再生の怪物」
アリスが呟く。
晴翔。
悪党になる。
止められる。
政治家として戻る。
協力者になる。
被害者にもなる。
責任を持ちながら、別の席へ座る。
壊された一つの姿を元通りにする必要がない。
役割さえ街へ戻せればいい。
アリスの思考は、そこから自然にもう一人へ向かった。
「……朔も」
トミー。
「何」
「同じにされてるかも」
「ドローンと?」
「違う」
アリスはすぐに否定した。
「朔は朔」
「じゃあ」
「でも晴翔のやり方」
壊れたKASANE。
戦えない神代朔。
そこへTEN=GU。
TEN=GUで負けた。
次は、もっと強いTEN=GU。
同じ形へ戻す必要はない。
敗北を次の形への材料にする。
KYO=KOTUが壊れた部品を新しい個体へ移すように、晴翔は人間の敗北や怒りや悔しさを、次の役割へ移すのではないか。
「壊れたら」
アリスは言う。
「次の形で戻ればいいって」
「晴翔が?」
「……多分」
断定はしなかった。まだ仮説だった。TEN=GUの詳細も、晴翔が朔へどこまで何を話しているかも分からない。だからこそ、すぐ誰かへ話して騒ぎを大きくするべきではないとも思った。
ただ。
急ぎたかった。
義弘は何度も晴翔の歯車に巻き込まれて傷ついた。朔もすでに二度、物量に追い詰められている。何の罪もないサムライ・ヒーローたちがKYO=KOTUの試験台にされた。新開市の市民は、晴翔本人を見たことすらないのに、晴翔が作った「やり方」を真似し、自分から歯車を回している。
アリスの指が、端末の共有ボタンへ伸びた。
真鍋へ送る。
整備地点。
全部。
治安機関。
一斉。
踏み込む。
できる。
三十七か所。
今すぐ。
潰せる。
指が止まった。
チャールズの声が浮かぶ。
忍耐。
待つこと。
失敗を許すこと。
すぐに自分が最後の安全網にならないこと。
「……くそ」
アリスは手を離した。
トミー。
「潰さないの」
「まだ」
「場所分かってるのに?」
「全部じゃない」
「でもいっぱいある」
「だから」
アリスは地図を見る。
「これ」
「巣じゃない」
「根っこ?」
「うん」
一拍。
「でも」
「場所が根っこじゃない」
トミーが耳を傾ける。
「何でこんなにいっぱい作れるのか」
アリスは赤点を一つずつ消すように指でなぞった。
「そっち」
*
そこから、アリスの調査は変わった。
KYO=KOTUを追うだけではない。整備所へ入ってくる交換部品を追う。バッテリーの型番を見る。どの充電設備が使われているか調べる。自動アームの保守履歴を照合する。地下区画の利用権限。古い工事用スペースの再認証。小額決済。民間修理業者への部品発注。無人配送ドローンが運んだ荷物。
すると、別の意味で気味の悪いものが見え始めた。
誰も。
全体を。
知らない。
ある修理業者は、型落ちサーボを三個売っただけ。
配送会社は、封印された箱を地下保守区画へ運んだだけ。
施設管理AIは、正規認証を持つ保守利用者へ空きスペースを貸しただけ。
電力設備は、規定内の小容量充電へ電気を供給しただけ。
中古部品市場では、KYO=KOTU用とすら知らずセンサーが売買されている。
どの一件も、それだけなら怪しくない。
全部。
合わせる。
KYO=KOTU。
戻る。
「晴翔の会社」
トミーが聞く。
「使ってない?」
「使ってるのもあるかも」
「じゃあそこ潰せば」
「違う」
アリスは複数の取引記録を重ねる。
「これ、一社じゃない」
「いっぱい?」
「普通の会社」
「知らないで?」
「多分」
悪党の秘密組織が地下へ巨大工場を作っているのではない。
普通の街の、普通のサービス。
少しずつ。
使う。
誰も。
怪物を。
作っている。
つもり。
ない。
それでも。
怪物。
再生。
する。
アリスは地図を縮小した。地下だけではない。地上の配送網。企業区画。中古部品店。自動倉庫。電力線。行政の空き施設管理。無数の細い線が整備地点へ伸びている。
「……違う」
トミー。
「何が」
「晴翔」
アリスの赤い目が、地図全体を見る。
「街に根を張ってるんじゃない」
トミー。
「じゃあ」
アリスは静かに言った。
「街を」
一拍。
「根っこにしてる」
*
トミーだけには、最初から調査の経過を見せていた。理由は単純だった。トミーはウサギだった。そして恐らく、この新開市で大泉晴翔の「役割」の対象になっていない数少ない存在だった。政治家でもない。ヒーローでもない。ヴィランでもない。候補者でもない。企業人でも研究者でもない。アリスの話し相手で、義弘に懐き、葉物野菜を食べて悪態をつくウサギ。晴翔がそこへ何かの席を用意した形跡は、少なくとも今のところない。
それに、口は悪いが軽くない。
「トミー」
「何」
「これ」
アリスが小さな記録媒体を差し出した。
「何」
「全部」
「調査?」
「うん」
「義弘には?」
「まだ」
「チャールズも?」
「まだ」
「真鍋」
「まだ」
トミーがアリスを見る。
「独り占め?」
「……違う」
「似てる」
「分かってる」
アリスは記録媒体をトミーの前へ置いた。
「私が連絡しなくなったら」
「何時間」
「十二」
「長い」
「じゃあ八」
「まだ長い」
「六」
「よし」
「何でお前が決めるの」
「今お前が頼んでる」
「……そうだった」
アリスは少し不機嫌そうに続ける。
「六時間、私から何も連絡なかったら義弘に渡して」
「うん」
「あと」
言いにくそうに一瞬止まる。
「私が“まだ言うな”って言ってても」
トミー。
「うん」
「お前がヤバいと思ったら」
一拍。
「言っていい」
トミーの耳が動いた。
「俺が決めて?」
「うん」
「アリス止める権限」
「大げさ」
「でもそうだろ」
「……まあ」
トミーは記録媒体を鼻先で寄せた。
「ウサギに権限渡す街」
「お前ウサギでしょ」
「ウサギ差別だな」
「晴翔、お前を歯車にしてない」
「今お前がしてる」
アリスが止まった。
数秒。
「……ごめん」
「別に」
「嫌ならやめていい」
「やるよ」
「本当に?」
「やる」
トミーは媒体を自分のバッグの横へ押した。
「俺が決めた」
アリスは少しだけ笑った。
「ありがと」
「寝ろ」
「あと二機」
「さっき三機だった」
「一機終わった」
「進歩したな」
*
日が経つにつれ、バンダースナッチも変わっていった。最初はアリスが細かく指示を与えなければ戻れなかった個体が、自分の癖に合わせて追跡距離を覚え始めた。壁面移動が得意な機体は天井裏へ潜り、飛行型は地上へ上がる配送機を追う。旧式の多脚保守機は速度こそ遅いが、地下設備の隙間へ誰より自然に紛れた。統一された完璧な群れではない。それぞれがばらばらのまま、自分にできることだけをやる。
アリスはそれを見ながら、少し皮肉な気分になった。
昔なら。
揃えた。
全部。
自分の指。
一本。
動く。
ように。
でも今。
揃わない。
まま。
使う。
その方が。
強い。
こと。
ある。
晴翔。
嫌な。
先生。
だった。
そんなことを考えた自分が腹立たしくなり、アリスは作業台のネジを強く締めすぎた。
「壊すぞ」
トミー。
「分かってる」
「今の晴翔に腹立てた?」
「何で分かるの」
「顔」
「ウサギのくせに」
「差別二回目」
アリスは工具を置いた。
急ぎたい。
本当は。
今すぐ晴翔を。
止めたい。
義弘がまた傷つく前。
朔が晴翔の武器に変わる前。
新開市の誰かが。
また。
実験。
使われる。
前。
でも。
早く。
結果。
欲しがる。
それ。
晴翔が。
待ってる。
場所。
かもしれない。
チャールズは言った。
忍耐。
榊は。
映らないもの。
見た。
義弘は。
地下。
歩いて。
傷。
一つずつ。
拾った。
なら。
私。
できる。
アリスは端末へ向き直った。
「急がない」
トミー。
「珍しい」
「うるさい」
「でも寝ない」
「……寝る」
「いつ」
「これ送ったら」
「何を」
「バンダースナッチ」
「何機」
「四」
「増えてる」
「必要になった」
「寝ろ」
「分かった!」
*
その夜、午前四時十九分。
一機のバンダースナッチが戻ってきた。
都市迷彩の外装は片側が剥がれ、右前脚の関節から小さな異音がしている。アリスはすぐに床へ座り込み、機体を自分の膝の前へ引き寄せた。
「おかえり」
小さな機械音。
「壊れてるじゃん」
トミーはソファの上で半分眠そうにしている。
「帰ってきたからいい」
「直すの?」
「うん」
「今?」
「うん」
「寝ろ」
「これだけ」
「信用ない」
アリスは脚部カバーを外しながら、機体の記録を読み出した。
新しい地点。
一つ。
地図。
追加。
《CONFIRMED MAINTENANCE SITES:47》
《PROBABLE:83》
《UNRESOLVED SUPPORT SIGNALS:119》
トミーが画面を見る。
「……これ、何個あるんだよ」
「分かんない」
「百じゃ足りない?」
「多分」
「全部探す?」
アリスの手が止まった。
画面には無数の点。
赤。
黄。
灰。
地下。
街。
散る。
全部。
潰す。
できない。
潰しても。
戻る。
だから。
アリスは首を横に振った。
「ううん」
「じゃあ」
「作り方」
一拍。
「探す」
トミーはそれ以上聞かなかった。
アリスは壊れたバンダースナッチの脚を外し、予備関節へ交換する。昔、“ゴースト”と呼ばれていた頃も、こんなふうに誰にも知られず、誰も見ていない場所で端末と機械だけを相手にしていた。危険なネットワークの隙間へ潜り、相手の気づかないところから経路を辿り、見つけたものをすぐ壊すのではなく、もっと奥にある中枢まで我慢して追った。
昔と。
似ている。
でも。
同じではない。
あの頃。
一人。
だった。
今。
トミー。
いる。
義弘。
いる。
チャールズ。
榊。
真鍋。
ミコト。
祝部。
三岐。
皆。
いる。
まだ。
話してない。
だけ。
いつか。
渡す。
その時。
自分だけで。
決めない。
ために。
トミー。
止める。
権利。
持ってる。
アリスは修理を終えたバンダースナッチの脚を軽く動かし、問題がないことを確認した。
「よし」
小型機が立ち上がる。
「もう行く?」
トミー。
「明日」
「偉い」
「褒め方腹立つ」
機体を充電ポートへ置き、アリスは最後にもう一度、新開市の地図を見た。
晴翔。
地図。
どこ。
にも。
いない。
でも。
晴翔。
やり方。
街。
全部。
散ってる。
物。
人。
会社。
制度。
怒り。
正義。
出口。
失敗。
再生。
全部。
少しずつ。
歯車。
なる。
だから。
本人。
捕まえる。
だけ。
足りない。
金。
止める。
だけ。
足りない。
武器。
壊す。
だけ。
足りない。
どうして。
戻れる。
どうして。
誰か。
次。
歯車。
なる。
そこ。
探す。
アリスは地図の暗い地下部分へ指を置いた。
「晴翔」
声は小さい。
誰にも。
聞かせる。
ため。
ではない。
「お前の」
一拍。
「根っこ」
赤い目が細くなる。
「見つけるから」
外では新開市が眠りきれずに光っていた。TEN=GUの正体を追う配信がまだ続き、女王の騎士だ、義弘の後継者だ、新しい守護者だと誰かが騒ぎ、地上ではまた次の派手な結果が人々の視線を奪っている。
その下。
誰も。
見ていない。
地下。
小さな。
バンダースナッチ。
何十機。
静か。
潜る。
女王。
命令。
ではない。
外交。
でもない。
大勢。
動かす。
必要。
ない。
昔。
ゴースト。
呼ばれた。
一人の少女。
得意だった。
仕事。
ただし今度は、戻る場所を持ったまま。
急がず。
騒がず。
誰にも見つからず。
晴翔の。
派手な。
結果。
下。
埋まっている。
長い。
長い。
過程。
辿っていく。
ゴーストは、ようやく怪物の根へ手をかけ始めていた。




