第413話 守られた騎士
《TEN=GU》が新開市に姿を現してから、街の空気は目に見えて変わっていた。あれほど毎日のように発生していたサムライ・ヴィランによる公開決闘、挑戦状、勝手なヒーローショーまがいの騒動は、数日のうちに急激に減少した。一日十二件あったものが七件になり、四件になり、ついには二件。理由は単純だった。TEN=GUは強い。しかも、妙な意味で公平だった。武器を収めたヴィランは追わない。逃げる者も追わない。しかし、目の前で攻撃を選んだ者は、ほとんど一刀でサムライ・スーツの駆動部だけを切られ、戦闘継続能力を奪われる。それだけなら「強いサムライ」で済んだかもしれないが、TEN=GUは名乗らず、所属も示さず、アリスへの忠誠すら口にしない。その沈黙が逆に新開市の想像力を刺激し、今や街はこの謎のサムライの正体で持ち切りになっていた。
《日本国から来た“女王の騎士”》
《津田義弘に代わる新たな守護者》
《アリス女王陛下の秘密サムライ》
《TEN=GUの正体は誰だ》
新開市治安機関にとって、状況だけを見ればありがたい話だった。真鍋は捜査会議の席で、複雑そうな顔をしながらも数字だけは認めていた。
「サムライ・ヴィラン関連の緊急出動は四割減。暴走ドローンも便乗型が減ってる。認めたくないけど、助かってる」
アリスはその報告を聞いて、机へ頬杖をついた。
「良いことしてるのが一番むかつく」
「感情と評価は分けろ」
「分けてるからむかついてる」
三岐透子が資料を送りながら言った。
「現時点ではTEN=GUの活動による民間人負傷者は確認されていません。サムライ・ヴィラン側も、戦闘停止後の追撃被害なし」
「分かってる」
「なら」
「分かってるって!」
祝部マコトが横から端末を見せた。
「人気投票だと、もうお前の次くらいだぞ」
「何の人気投票!」
「新開市で今一番会いたい守護者」
「そんなの作るな!」
「俺じゃない」
「社会?」
チャールズ・ブラウンが静かに紅茶を飲みながら言った。
「今回は先に言われましたね」
「学習した」
アリスが頭を抱えている一方で、そのニュースを病院のリハビリ室で眺めていた津田義弘は、別の意味で眉をひそめていた。TEN=GUが活躍していること自体を嫌っているのではない。若いヒーローが自分より強いことを妬んでいるわけでもない。むしろ、強くて人を殺さず、ヴィラン騒ぎまで減らしているなら、それだけ見れば喜ばしい。義弘が心配していたのは、その次だった。自分は長い間、新開市でサムライ・ヒーローとして活動してきた。だから知っている。新開市では、強い者が現れる。話題になる。褒められる。その次に起こることがある。
「……そろそろ来るな」
ベンチの横でトミーが葉物野菜を齧りながら耳を立てた。
「何が」
「次の連中」
「次?」
義弘は壁面モニターへ映るTEN=GUの戦闘映像を指した。
「褒められてるうちは前半なんだよ」
「後半は?」
「的になる」
トミーが少し考えた。
「義弘も?」
「しょっちゅうだよ」
「人気あったんだ」
「今そこじゃねえ」
津田義弘を倒せば名が上がる。白いサムライを倒したと言えば配信が伸びる。ヒーローへ挑んだヴィランとして名前が売れる。理由はそれだけで十分だった。一対一で正々堂々と来る者など、むしろ少数だった。待ち伏せ。狙撃。事故に見せた襲撃。複数人。大量のドローン。義弘はそれを何度も経験している。そしてTEN=GUの中身が誰か、義弘には既にほぼ分かっていた。
*
その日の夕方、義弘は病室から神代朔へ連絡を入れた。アリスには言わなかった。TEN=GUが神代朔であることが正式に表へ出れば、単なる新型スーツの問題では済まない。大泉晴翔が関与する日本系未登録機を、アリスの周辺で活動してきたサムライ・ヒーローが秘密裏に使用している。政治的にも治安上も扱いが難しい。だから義弘は、まず本人へだけ話すことにした。
『義弘さん?』
「よう」
『何です』
「最近どうだ」
『別に』
「肩」
『平気です』
「TEN=GU着てりゃ、だろ」
通信の向こうで一瞬、沈黙があった。
『……何の話です』
「そういうのいいから」
『何で知ってるんです』
「剣筋見りゃ分かる」
『そんなに似てました?』
「お前、自分で思ってるより癖あるぞ」
朔は少し黙った。義弘は声を柔らかくする。
「身体はどうだ」
『だから平気です』
「スーツじゃなくてお前の身体」
『医者には無理するなって言われてます』
「それ守ってる?」
『TEN=GUなら補助が入る』
「それ、守ってねえって意味だぞ」
『大丈夫です』
義弘は小さく息を吐いた。
「朔」
『はい』
「身の回り、もっとよく見ろ」
『……何ですか急に』
「お前、今目立ちすぎてる」
『それは』
「新開市じゃ、目立った奴は次に狙われる」
朔の声が少し硬くなった。
『今までのヴィランなら、TEN=GUで対処できます』
「そういう話じゃねえ」
『じゃあ何です』
「勝てる相手だけがお前を狙うとは限らねえって話だ」
『分かってますよ』
「分かってねえ顔してる」
『顔見えてないでしょう』
「声で分かる」
朔は苛立ったように息を吐いた。画面には出ていないが、義弘には何となくその表情まで見える気がした。神代朔は若い。それは欠点ではない。若いから動ける。若いから立ち直る。若いから、自分で選んで前へ出る力がある。しかし、若さは成功を身体の芯まで染み込ませるのも早い。TEN=GUを着れば飛べる。ヴィランを一刀で止められる。街の騒動まで減った。その全部が事実だった。
『俺もヒーローです』
その一言に、義弘は目を細めた。
「だから言ってんだよ」
『義弘さん』
「何」
『俺が何か失敗するの待ってません?』
義弘の眉が動いた。
「は?」
『いや』
「何だそれ」
『別に』
「言えよ」
朔は少し黙ってから、結局言わなかった。
『大丈夫です。気をつけます』
「朔」
『また』
「おい」
通信が切れた。
義弘は端末を見つめたまま動かなかった。
トミー。
「まずい?」
「ああ」
「何が」
「自信つけるのはいい」
一拍。
「自信が、他人の言葉を全部小さく聞かせ始めたらまずい」
その頃、通信を切った朔も同じように端末を見ていた。義弘を嫌っているわけではない。むしろ尊敬している。KASANEを失った自分へ声をかけてくれたことも、心配しているのだと理屈では分かっている。それでも、ほんの一瞬だけ、頭の奥に嫌な考えが浮かんだ。
――俺が、義弘さんの代わりみたいに言われてるからか。
朔はすぐに自分自身へ腹を立てた。
「何考えてんだ」
だが、その考えは消えなかった。《津田義弘の後継者》《女王の新たな騎士》。何度も何度も見た言葉だった。義弘が病院にいて、自分が街を飛んでいる。それも事実。TEN=GUでサムライ・ヴィランが減ったのも事実。だからこそ、義弘の忠告がほんの少しだけ、老人が若者を諫める言葉のように聞こえてしまった。
*
義弘はその夜、もっと悪い相手へ連絡した。
『津田さん』
「おう」
『お加減はいかがですか』
「お前に心配されたくねえ」
『残念です』
「TEN=GU」
一拍。
『はい』
義弘の目が細くなる。
「やっぱお前か」
『何のことでしょう』
「政治家やるな」
『政治家ですので』
「朔に何着せた」
晴翔はすぐには答えなかった。
『TEN=GUが新開市の治安改善に一定の寄与をしていることは、私も喜ばしく思っています』
「聞いてねえ」
『サムライ・ヴィラン関連事件も減少しているそうですね』
「朔使ってな」
『神代さんは、ご自身の判断で――』
義弘。
止まる。
晴翔も。
一瞬。
止まる。
「……お前」
『何でしょう』
「今、名前出したな」
『出しましたね』
「認めた?」
『何をでしょう』
「ほんっと政治家だなお前!」
晴翔は笑った。
『褒め言葉として受け取ります』
「褒めてねえよ」
病室の隅では、ちょうど資料を持って訪れていたチャールズと榊圭吾が顔を上げていた。義弘は二人に背を向けたまま会話を続ける。
「朔がこのまま活躍し続けたら、次に何が来るか分かってるだろ」
『称賛でしょうか』
「その次だ」
晴翔。
数秒。
『挑戦者』
「分かってんじゃねえか」
『人気者の宿命ですね』
「狩られる」
『少し表現が強いのでは』
「新開市だぞ」
『それは』
晴翔が少し笑う。
『確かに』
「止めろ」
『何をです』
「朔を前に出すの」
『私が出しているわけではありません』
「TEN=GU止めろ」
『新開市の治安が悪化しても?』
「そういう言い方すんな」
『神代さんは若い。気力、体力ともに充実している。TEN=GUも優秀です。多少の困難であれば、十分に乗り越えられるでしょう』
「“多少”を決めんの、お前じゃねえだろ」
『もちろん』
一拍。
『神代さんです』
義弘は即座に返した。
「違う」
『では?』
「襲う側だ」
晴翔は少し黙った。
『なるほど』
「感心すんな」
『津田さんは、やはり経験豊富ですね』
「お前、知っててやってるだろ」
『何をでしょう』
「朔がどこまで行くか」
晴翔の声は最後まで穏やかだった。
『私は神代さんの選択を尊重しています』
「その言い方が一番信用ならねえ」
『残念です』
「晴翔」
『はい』
「朔、壊したら」
義弘は一瞬、言葉を選んだ。
「お前」
『私を殴りますか?』
「アリスと一緒にすんな」
『少し安心しました』
通信を切った。
義弘が振り返る。
チャールズ。
榊。
二人とも。
見ている。
「……何だよ」
チャールズ。
「津田さん」
「何」
「神代さんですね」
「何が」
榊が乾いた声で言う。
「その芝居、下手だな」
「うるせえ」
「TEN=GU」
榊。
「朔なんだろ」
義弘は数秒黙った。
「……アリスには言うなよ」
チャールズが額を押さえた。
「まず、なぜ私たちにまで黙っていたのです」
「政治的に面倒だろ」
「本人の方が面倒になっています」
「分かってる」
榊は端末へTEN=GUの映像を出した。無言で降りる。刀を抜く。相手が先に動く。スーツだけを切る。飛び去る。その映像へ《女王の騎士》《白のサムライ後継者》という文字が何重にも付いている。
「もう」
榊が言った。
「朔本人より」
一拍。
「TEN=GUの方が映えてる」
義弘。
「どういう意味だ」
「役が先に出来上がってる」
榊は画面を指でなぞる。
「女王の騎士。ヴィラン狩り。義弘さんの後継者。日本の秘密兵器。誰も朔本人に聞いてねえのに、周りが勝手に役を作ってる」
チャールズ。
「本人が、その役を自分の選択だと思い始める危険がありますね」
榊。
「そう」
彼の目が細くなる。
「人間が自分で踏み込む前に、周りが踏み込む場所を決めちまう。それが一番つまらない」
「榊さんにとっては?」
「映えを殺す」
義弘はTEN=GUの映像を見た。
「助ける方法あるか」
チャールズ。
「まずは止めることではなく」
「うん」
「本人が何を選んでいるのかを、本人自身に確認させる必要があります」
榊。
「その前に狩られなきゃな」
病室が静かになった。
*
アリスは、もう知っていた。
義弘が晴翔へ連絡した通信を盗み聞きしたわけではない。そんなことをすれば、自分がここまで必死に覚えてきた「人の領域へ勝手に入らない」を自分で壊す。義弘がTEN=GUの剣筋を見て妙な顔をした。右肩を庇う動き。KASANEが壊れた直後に現れた新型サムライ。朔は最近、連絡を入れると微妙に返事が遅い。何より、TEN=GUが戦闘で見せる判断は、神代朔のものに似ていた。
「……馬鹿」
アリスは一人で映像を見ながら呟いた。
シュヴァロフを呼ぼうとして。
やめる。
自分で行こうとして。
それも。
やめる。
真鍋へ「TEN=GUを護衛して」と言えば、政治的にはほとんど所属確認になる。自分が堂々とTEN=GUの前へ出れば、《女王が秘密の騎士を召喚》という記事が一時間以内に出る。
だから。
アリスは別の家族を呼んだ。
「グリンフォン」
窓の外。
可変翼を畳んだ飛行型ドローンが静かに浮かぶ。
「TEN=GU」
一拍。
「追って」
グリンフォン。
微かな機械音。
「でも」
アリスが睨む。
「近づかない」
応答。
「朔が」
一瞬。
名前を出す。
「自分で勝てるなら」
「何もしなくていい」
グリンフォン。
翼。
少し。
動く。
「でも」
アリス。
「死ぬとか」
「戻れなくなるとか」
「そこまで行ったら」
一拍。
「助けて」
そして。
「連れて帰らなくていい」
グリンフォンは無言で窓外へ身を翻し、光学迷彩を起動して新開市の空へ消えた。
*
義弘の予想は、三日と外れなかった。
最初は、一対一だった。
《TEN=GUへ果たし状》
《謎のサムライへ正式挑戦》
《女王の騎士を倒せば俺が新守護者》
その程度なら、まだ可愛いものだった。TEN=GUは現れ、相手が武器を捨てれば帰り、戦えば一刀で止める。だが新開市では、勝てない相手へ何度も正面から挑み続けることだけが名を上げる方法ではない。
《#天狗狩り》
いつの間にか、そんなタグが生まれた。
「一対一で勝てないなら?」
「一対一じゃなきゃいい」
誰が最初に言ったのかは、もう分からなかった。
あるサムライ・ヴィランがTEN=GUへ公開果たし状を出した。場所は旧物流区画。民間人は少なく、見通しもよい。一見すれば、またいつもの挑戦だった。
朔は行った。
TEN=GUが空から降りる。正面。ヴィラン一名。
「来たか」
相手。
構える。
朔は刀へ手をかけた。
その遥か上空。
光学迷彩をかけたグリンフォンが。
見ている。
周辺。
倉庫。
廃車両。
搬送デッキ。
反応。
多い。
アリスの端末にも、その観測情報は届いていた。
「……多い」
アリスは低く呟く。
TEN=GU側。
朔。
まだ。
気づかない。
サムライ・ヴィランが走る。
刀。
振る。
朔。
抜刀。
一刀。
相手の肩部駆動を切る。
停止。
その瞬間。
旧物流区画のシャッターが。
一斉に。
開いた。
ドローン。
十二。
右。
サムライ・ヴィラン。
四。
左。
妨害機。
二。
背後。
三人。
上空。
さらに。
小型機。
朔。
「……は?」
TEN=GUの戦術支援表示が一気に増える。
《敵性反応増加》
《敵性反応増加》
《多方向攻撃予測》
《優先制圧対象更新》
《優先制圧対象更新》
《優先制圧対象更新》
一人目。
斬る。
二人目。
かわす。
ドローン。
二機。
落とす。
三機目。
背後から。
TEN=GUの翼。
かすめる。
朔。
旋回。
膝。
一人。
叩く。
強い。
実際。
TEN=GU。
強い。
一対一。
二対一。
程度。
問題。
ない。
でも。
敵。
増える。
前。
処理。
している。
間。
後ろ。
来る。
上。
降る。
ワイヤ。
脚。
絡む。
「ちっ!」
朔が切る。
次。
《左後方敵性》
斬る。
《上方敵性》
落とす。
《右前方敵性》
止める。
《背部防御低下》
TEN=GUの背部翼へ衝撃。
装甲。
一部。
破損。
その時。
朔の中で。
地下。
蘇る。
KYO=KOTU。
暗い。
地下通路。
天井。
床。
左右。
全部。
敵。
KASANE。
壊れる。
「……また」
朔の呼吸が荒くなる。
「またこれかよ!」
刀。
振る。
一人。
倒す。
でも。
次。
来る。
TEN=GUの表示。
《推奨制圧対象:更新》
《推奨制圧対象:更新》
《推奨制圧対象:更新》
処理。
追いつかない。
義弘。
言った。
《勝てる相手だけがお前を狙うとは限らねえ》
朔の奥に、一瞬浮かんだ醜い考え。
――老人の嫉妬。
違った。
あれは。
経験。
だった。
「……義弘さん」
誰にも聞こえないほど小さく漏れる。
左脚。
衝撃。
《左脚補助出力低下》
背部翼。
もう一枚。
損傷。
刀。
弾かれる。
TEN=GU。
一歩。
下がる。
そこへ。
三方向。
一斉。
来る。
朔。
間に合わない。
その瞬間。
空。
裂けた。
*
グリンフォンは、音よりも先に影を落とした。
急降下。
可変翼。
開く。
一機。
蹴り飛ばす。
二機目。
翼端。
弾く。
三人目のサムライ・ヴィランがTEN=GUへ刀を振る直前、グリンフォンの鳥脚が腕部を横から払った。
「何だ!?」
朔。
顔。
上げる。
黒い。
飛行機体。
知っている。
「……グリンフォン?」
グリンフォンは答えない。
TEN=GUの胴を一度掴む。
朔。
「待て!」
持ち上げる。
「降ろせ!」
飛翔。
「俺まだ!」
戦場。
離れる。
「やれる!」
グリンフォン。
止まらない。
TEN=GUの背部翼は既に一枚が壊れ、左脚出力も落ちている。あと数分続ければ、逃げることすら難しくなっていた。
朔。
「降ろせ!」
でも。
グリンフォン。
戦わない。
追わない。
ただ。
救う。
その様子を。
カメラ。
何台。
見ていた。
*
十分後。
新開市。
沸騰。
《女王の翼、TEN=GUを救出》
《謎の騎士、アリス直轄ドローンによって救われる》
《TEN=GUはやはり“女王の騎士”》
《津田義弘からTEN=GUへ――新開市守護者の交代》
《女王陛下、自ら秘密騎士を守る》
アリス。
「違う!」
祝部。
端末。
見て。
「これは」
一拍。
「かなり違わないように見える」
「助けただけ!」
三岐。
「社会的には、護衛関係または所属関係の確認と解釈されています」
「知らない!」
「解釈する側は、アリスの意図を必要としません」
「だから嫌!」
真鍋。
『救出判断自体は妥当』
「でしょ!」
『政治的には最悪』
「そっち言わなくていい!」
チャールズも映像を見ていた。グリンフォンがTEN=GUを掴み、複数のサムライ・ヴィランから救出する。誰が見ても、物語として完成している。
榊。
その映像。
見る。
顔。
曇る。
「最悪だ」
義弘。
「何が」
「綺麗な絵になりすぎた」
チャールズ。
「どういう意味です」
榊は画面を指す。
「朔が、自分でTEN=GU着て、自分でヴィラン止めてた話が」
一拍。
「女王に救われた騎士の話に」
「全部」
「食われた」
義弘の顔が険しくなる。
榊。
「これ」
「朔」
一拍。
「次」
「自分で立ったって」
「証明したくなるぞ」
チャールズも。
気づく。
「自分がアリスさんの騎士ではないと」
「証明するために」
「より強く」
「一人で」
「立とうとする」
義弘。
「……まずい」
*
病院の別室では、トミーがニュースを眺めていた。
《津田義弘からTEN=GUへ》
「義弘」
「何」
「席取られた」
義弘は一瞬だけ画面を見た。
「別に」
「怒らない?」
「俺の席じゃねえ」
「じゃあ何が嫌」
義弘。
ゆっくり。
言う。
「朔が」
一拍。
「他人の席に」
「押し込まれるのが」
「嫌だ」
トミーはそれ以上何も言わなかった。
*
グリンフォンはTEN=GUを人の少ない高層施設の屋上へ降ろした。
朔。
着地。
左脚。
よろける。
ヘルメット。
開く。
息。
荒い。
手。
震える。
グリンフォンは少し離れた位置で、ただ待っていた。
「……帰れ」
動かない。
「アリスに」
朔。
一拍。
「帰れって」
グリンフォン。
観測。
続ける。
「大丈夫だから」
数秒。
朔の生命反応。
危険。
なし。
グリンフォン。
翼。
開く。
飛ぶ。
朔。
一人。
残る。
端末。
通知。
大量。
《女王の騎士救出》
《アリスの翼がTEN=GUを守る》
《新しい守護者》
《義弘の後継者》
「違う」
朔。
呟く。
違う。
自分。
アリス。
命令。
されてない。
騎士。
違う。
義弘。
代わり。
違う。
でも。
もっと。
悔しい。
のは。
そこ。
ではない。
また。
負けた。
KYO=KOTU。
物量。
負けた。
今日。
また。
物量。
負けた。
KASANEより。
強い。
TEN=GU。
それでも。
囲まれたら。
駄目。
手。
震える。
悔しい。
怖い。
その両方。
混じる。
端末。
開く。
連絡先。
《OIZUMI HARUTO》
朔は数秒見ていた。
晴翔からは。
連絡。
来ていない。
だから。
自分から。
押す。
『神代さん』
すぐ出る。
それも。
腹立つ。
「TEN=GU」
『はい』
「強くできるか」
晴翔。
一瞬。
黙る。
『何を』
一拍。
『強くしたいのでしょう』
「全部」
『曖昧ですね』
「物量」
朔。
握る。
震える。
手。
「多い相手に」
「負けないように」
晴翔。
『可能です』
朔。
「武装」
『はい』
「増やしてくれ」
『どの程度を』
KYO=KOTU。
今日。
重なる。
「もう」
一拍。
「囲まれても」
「負けないくらい」
晴翔。
声。
変えない。
『分かりました』
朔はまだ。
終わらない。
「もっと」
自分。
何。
言う。
分かってる。
でも。
止めない。
「正義を」
一拍。
「遂行できるように」
晴翔。
少しの。
沈黙。
『承知しました』
通信。
切れる。
朔は屋上に一人残った。
その手の震えは。
まだ。
止まっていなかった。
*
「強化するんですか」
晴翔の側近が聞いた。
「本人の希望ですから」
「狙ってた?」
「こうなる可能性は」
晴翔は少し考える。
「高いとは思っていました」
「TEN=GU狩り」
「私ではありません」
「本当に?」
「ええ」
「誰かにやらせた?」
「いいえ」
「でもこうなると思ってた」
「新開市ですから」
側近。
嫌な顔。
する。
「最悪ですね」
「最近それをよく言われます」
「先生」
「はい」
「神代さん、グリンフォンに助けられて」
「はい」
「それで余計に強くなりたいって」
「はい」
「これ」
「アリスさんが助けなかった方がよかった?」
晴翔は即座に首を横へ振った。
「いいえ」
「死んでいたかもしれません」
「でも」
「助けた結果」
「もっと強くなりたい」
「ええ」
晴翔は穏やかに言う。
「正しいことをすると」
一拍。
「次の問題が」
「なくなるとは」
「限りません」
側近。
「先生が言うと本当に嫌だ」
「そうでしょうか」
「何積むんです」
「TEN=GUに」
晴翔は別画面を開く。
追加装備。
複数。
表示。
《対群体近接制圧ユニット》
《広域迎撃補助翼》
《分散目標追尾刃》
《重装甲外套》
《高出力補助電源》
側近。
「これ」
「ヒーローの装備?」
晴翔。
「サムライ・スーツです」
「重武装化しすぎじゃ」
「本人が」
「囲まれても負けない程度を」
「望んでいます」
「だからって全部載せる?」
晴翔は少しだけ笑った。
「全部は」
「まだ」
側近。
「まだ?」
「神代さんが」
「どこまで」
「欲しがるか」
「見ます」
「……」
側近は画面から目を逸らした。
「正義を強化するんですね」
晴翔。
「いいえ」
「では?」
「力を」
一拍。
「強化します」
そして。
静かに。
「正義が」
「どこまで」
「それを」
「使うかは」
「神代さんです」
*
同じ頃、榊圭吾は救出映像を何度も止めていた。
TEN=GU。
囲まれる。
戦う。
押される。
グリンフォン。
降りる。
救う。
空。
飛ぶ。
画面。
完璧。
すぎる。
「榊」
義弘。
「何見てる」
「朔」
「映ってないだろ」
「だからだよ」
榊はTEN=GUの装甲を指した。
「もう」
「この絵の中に」
「朔がいない」
チャールズ。
「TEN=GUと」
「女王の騎士という役だけが」
「残っている?」
「そう」
榊は乾いた笑いを浮かべた。
「映えは」
「人間が自分で踏み込んだ瞬間に」
「出るもんだ」
「でも」
「今の朔は」
一拍。
「周りが作った舞台の上で」
「周りが決めた役を」
「否定するために」
「もっと前へ」
「踏み込もうとしてる」
義弘の顔が変わる。
「それ」
「本人の選択じゃねえのか」
「本人の選択だよ」
榊。
「だから」
「厄介なんだ」
チャールズも静かに頷いた。
「外から強制されているのではない」
「しかし」
「選択肢の配置が」
「既に」
「彼の周囲で」
「決められている」
榊。
「晴翔って奴」
一拍。
「一番映えそうな奴に」
「一番映えを殺しやすい道具」
「渡してやがる」
義弘は窓の外を見た。
新開市。
夜。
空。
遠く。
グリンフォン。
帰ってくる。
「間に合うかな」
チャールズ。
「何に」
「朔が」
一拍。
「自分で」
「戻れるうちに」
*
中央行政区。
グリンフォンが窓外へ戻る。
アリス。
「ありがと」
機体。
着地。
アリスは軽く装甲へ手を触れた。
「朔」
生きてる。
それだけ。
良かった。
でも。
ニュース。
見る。
《女王の騎士》
《アリス直轄》
《新たな守護者》
「……最悪」
アリス。
自分。
助けた。
だけ。
でも。
それ。
王冠。
また。
部品。
増やす。
朔。
騎士。
する。
つもり。
ない。
なのに。
守った。
ことで。
騎士。
完成。
していく。
アリスは端末を握る。
朔へ。
連絡。
しよう。
指。
止まる。
今。
問い詰めれば。
また。
自分。
中心。
なる。
だから。
待つ。
嫌。
でも。
待つ。
「……馬鹿」
誰に。
言った。
分からない。
朔。
晴翔。
自分。
新開市。
多分。
全部。
その夜。
《TEN=GU》の追加装備設計が、日本側の秘匿サーバで静かに更新され始めた。
神代朔は。
命令。
されていない。
洗脳。
されていない。
誰かに。
強制。
された。
わけでもない。
ただ。
一度。
守られた。
それが。
悔しかった。
だから。
自分から。
もっと。
力を。
求めた。
守られた騎士は。
守られないために。
より。
強い。
鎧を。
望んだ。
その鎧が。
次に。
何を。
守るのか。
まだ。
誰にも。
分からなかった。




