第412話 映らない過程
津田義弘がようやく「ベッドに縛り付けられている期間」を終えたのは、《KYO=KOTU》襲撃から数日後だった。もちろん退院を許されたわけではない。胸部の損傷はほぼ安定したものの、左膝も右肩も長期間動かさなかった影響が残っており、担当医から告げられたのは「院内とその周辺で短時間の歩行を始めましょう」「無理のない範囲で少しずつ運動量を増やしてください」という、ごく常識的なリハビリ開始の許可だった。だが、その日の午後には義弘は病院の外にいた。杖を一本つき、白いサムライ・スーツは当然着ていない。同行者は二人。一人は英国から来た社会学者チャールズ・ブラウン。もう一人はオスカーから一時的に借りてきたゴースト・ヒーロー、榊だった。三人が立っている場所は、新開市地下構造体、第七巡回区旧アクセス第一層。《KYO=KOTU》が神代朔たちサムライ・ヒーローを誘い込んだ、まさにその現場である。
「津田さん」
「何だい教授」
「医師がおっしゃった“少々の運動”は、おそらく地下構造体の現地調査を意味していません」
「歩いてるだろ」
「そういう問題ではありません」
「走ってない」
「基準が低すぎます」
榊が二人の少し前を歩きながら振り返った。細身で、戦闘用というより撮影現場の技術屋に見える男だった。実際、ゴースト・ヒーローとしての能力より、今の彼がOCM周辺で重宝されている最大の理由は「どう見えるか」を読む能力にある。ヒーローがどこから現れれば群衆に安心感を与え、どんな立ち位置なら悪役と民間人が一枚の画面に収まり、どの角度からの光なら装甲の輪郭が最も強く見えるか。CRADLE IDOL GUARDほど組織的な演出をするわけではないが、榊は新開市において既に一種の「映えの専門家」だった。
「まあ、倒れたら俺が病院に返しますよ」
「聞いたか教授。安全だ」
「榊さん」
「はい」
「貴方まで悪化させないでください」
「社会学者って真面目ですね」
「昨日、オスカーさんにも同じことを言われました」
義弘の端末が鳴った。画面を見る。アリス。
「はい」
『義弘』
「何だ」
『どこ』
「散歩」
数秒。
『景色見せて』
「疑ってんな」
『早く』
義弘は端末のカメラを前へ向けた。古いコンクリート壁。無数の配管。破損した照明。戦闘時にKYO=KOTUが食い破った保守孔。壁にはサムライ・スーツが叩きつけられた跡がまだ残っている。
画面の向こうでアリスが無言になった。
「地下にも景色はある」
『帰れ!』
「医者から運動しろって」
『地下行けって言われてない!』
「走ってないぞ」
『それチャールズも言ったでしょ!』
チャールズが横から端末へ顔を寄せた。
「申し上げました」
『何で止めなかった!』
「私は成人男性を物理的に拘束する訓練を受けていません」
「教授、そこで逃げるなよ」
『榊!』
突然呼ばれた榊が顔を出した。
「はい」
『義弘倒れたら運んで』
「了解」
『あと走らせない』
「了解」
「お前ら俺を何だと思ってんだ」
『患者!』
一方的に通信が切れた。義弘は端末をしまい、肩をすくめる。
「過保護だなあ」
チャールズ。
「妥当だと思います」
*
三人が地下へ来た理由は、《KYO=KOTU》をもう一度見るためだった。ただし機体そのものを調べるのではない。それなら既に真鍋の治安機関とOCMの技術班がやっている。義弘が見たかったのは、「なぜここで、こう戦ったのか」だった。そして、そのために彼が選んだのが榊だった。
前日、義弘から人員貸与を頼まれたオスカーは、珍しくすぐには断らなかった。
「なぜ榊を?」
「映像に映らなかったもんを、映像屋に見てもらいたい」
オスカーは少しだけ考えた。
「なるほど」
「貸して」
「物のように言わないでください」
「本人にも聞くよ」
「それなら構いません」
そして今、榊は戦闘痕の残る地下通路を歩き回り、壁、天井、監視カメラ、サムライ側が通ってきた経路を何度も見比べていた。義弘とチャールズは黙って待つ。映像を読む人間が現場に立った時、最初にどこを見るのか。それ自体も義弘には興味があった。
十分ほどして、榊がぽつりと言った。
「映えないな」
チャールズ。
「地下ですから?」
「違う」
榊は天井の監視カメラを指した。
「襲った側が、カメラ映えを意識してない」
義弘。
「珍しい?」
「今の新開市じゃ、かなり」
榊は床に残っていた黒灰色の装甲片を靴先で軽く動かした。
「新開市の人間なら、嫌でもカメラの導線を意識する。なにせ四六時中、配信者、導線屋、野次馬、企業広報、政治活動家が街をうろついてるからな。事件起こす側まで、どこから撮られるか知ってる。もう本能みたいなもんですよ」
チャールズが少し首を傾ける。
「なぜ襲撃者が“映え”を意識するのですか?」
榊は逆に驚いたような顔をした。
「見せつけたいからですよ」
「誰に?」
「誰でもいい。市民。敵。味方。スポンサー。女王陛下」
「最後は本人が怒りますね」
「じゃあアリスさん」
「それでも怒るでしょう」
「難しいな」
榊は肩をすくめてから、壁に残った刃痕へ手を伸ばした。
「襲う側ってのは、自分の襲撃に意味を持たせたがるんです。俺がここで何をした。誰に怒ってる。何を変えたい。誰が敵だ。誰に見てほしい。映像に乗れば、それだけで事件に意味が付く。サムライ・ヴィランなんか特にそうですよ。名乗る。ポーズ取る。相手を指さす。やたら高い場所へ登る。意味もなく逆光に立つ」
義弘。
「意味ないの?」
「絵としてはあります」
「じゃあ意味あるじゃん」
「面倒ですね、この人」
チャールズ。
「今頃お気づきで?」
榊は苦笑して、壊れたKYO=KOTUの装甲片をもう一度見た。
「だが、こいつにはそういう趣味がない」
チャールズの表情が少し変わる。
「根拠は?」
「カメラの前へ出ようとしてない。だからって、映像を完全に消そうともしてない。ここ」
監視映像の配置図を端末に出す。
「この角を使えば固定カメラから完全に死角になれた。でも使ってない。サムライのボディカメラも壊せたはずなのに壊してない。通信妨害も記録そのものを消すほど強くはない」
義弘。
「隠したいわけでもない」
「そう」
「見せたいわけでもない」
「そう」
チャールズはゆっくり周囲を見た。
「襲撃自体が」
一拍。
「情報として重要ではなかった」
榊。
「俺にはそう見える」
義弘は杖をつきながら、KASANEが最後に立っていた位置まで歩いた。床に深い擦過痕がある。そこから先、壊れたKASANEスーツが倒れた場所まで数メートル。
「試験か」
義弘が言った。
「実験か」
一拍。
「それとも、何か探してたか」
チャールズ。
「何を?」
「まだ分かんねえ」
義弘は床を見る。
「でも、たまたま今回はサムライ側の通信で中身が分かっただけだ。映像なくてもよかったんじゃねえかな」
「結果だけあれば?」
「ああ」
義弘は指を一本立てた。
「サムライ・ヒーローが襲われる」
二本。
「サムライ・スーツが壊れる」
三本。
「戦えるヒーローが減る」
そして手を下ろす。
「晴翔にとっちゃ、そっちの結果が残れば十分だった」
チャールズは頷いた。
「大泉晴翔は」
一拍。
「過程そのものより、結果を社会的な武器として利用する傾向があります」
榊。
「合理的ですね」
チャールズ。
「それはそれとして」
少し間を置く。
「過程は大変楽しむようですが」
榊。
「そいつはひどい趣味だな」
義弘。
「今さらだ」
*
三人は、そこからさらに二時間近く地下を歩いた。正確には義弘の体力を考慮し、十五分歩いて五分休み、時折もっと長く座り込みながら進んだ。派手な発見はない。晴翔の署名が落ちているわけでもなければ、《TEN=GU》と書かれた設計図が壁に貼ってあるわけでもない。あるのは傷だけだった。一人目のサムライが脚部を壊された場所。二人目が視界を奪われた角。三人目が短距離通信を切られ、別通路へ分断された地点。KASANEが他のヒーローを退かせるため最後に残った場所。義弘たちはそれを一つずつ、戦闘ログと現場を照合しながら拾っていった。
最初に立ち止まったのは義弘だった。
「教授」
「はい」
「晴翔、ヒーロー減らしたかっただけかな」
チャールズが振り返る。
「違うと?」
「それなら、全員同じ壊し方でいいだろ」
榊も戻ってくる。
「どういう意味です?」
「一人目」
義弘はログを指す。
「脚」
「はい」
「動けなくなった時、そいつは撤退選んだ」
「ええ」
「二人目」
「視界」
「手動へ切り替えて仲間の位置を優先しました」
「三人目」
「通信」
チャールズが先を言った。
「指揮を失った後、自分で撤退経路を選んだ」
義弘。
「朔」
三人の視線が、KASANEのスーツが破壊された場所へ向く。
義弘は言った。
「仲間逃がすか」
「自分も一緒に逃げるか」
榊の顔から軽さが消えた。
「……これ」
一拍。
「戦ってるんじゃない?」
義弘。
「質問してやがる」
チャールズは戦闘ログを急いで遡った。襲撃者の数。攻撃方向。サムライごとに変化する標的部位。戦闘不能になった後は追わない。神代朔がKASANEを緊急脱着した後、生身の彼へ一切攻撃していない。
「殺害が目的ではない」
「最初からな」
「戦闘能力を失わせるだけなら、もう少し効率的な方法もある」
「うん」
「つまり」
チャールズの声が低くなる。
「試験」
義弘。
「だよな」
榊。
「誰の?」
義弘は返事をしなかった。
チャールズが代わりに言う。
「サムライ・ヒーローの」
三人とも黙った。
第415話。
晴翔は。
何を測ったのか。
そう問われ。
ただ。
「人です」
答えた。
今になって、その意味が輪郭を持ち始める。
チャールズはメモを開いた。
《第一目的:サムライ・ヒーロー稼働数減少》
《第二目的:個別行動評価》
そこで手を止める。
《選抜?》
義弘が覗く。
「何に使うかが分かんねえ」
「はい」
「でも」
義弘はKASANEの傷跡を見る。
「誰か探してた」
「その可能性は高いでしょう」
榊。
「選んでどうするんです?」
「それを」
義弘は杖を握り直した。
「今から追う」
*
その頃、地上では。
新開市の空を。
一人のサムライが飛んでいた。
飛行型サムライ・スーツは珍しい。しかし、目撃者の誰もその機体を見たことがなかった。細身の装甲。従来の日本式サムライ・スーツより身体へ密着する輪郭。背部に展開された複数の可動翼は固定翼というより姿勢制御器に近く、急旋回のたびに角度を変える。白でも黒でもない、光を吸うような暗い外装。頭部の輪郭には、どこか長い鼻を持つ仮面を思わせる意匠があった。
《TEN=GU》
まだ、その名を知る者はいない。
地上では、今日もサムライ・ヴィランが騒いでいた。《#新開サムライリーグ》などという最悪の呼び名が定着し始め、女王アリスの注意を引きたい者、空いたヒーロー枠へ入りたい者、単純に売名したい者、政治パフォーマンスとして戦う者が、好き勝手な未来予想と状況判断を根拠に街へ出ている。
「女王がヒーロー補充する前に、こっちで実績作る!」
あるサムライ・ヴィランが、大通りでそう叫んでいた。
「今日の相手誰だ! KUSANAGIでもKAGUTSUCHIでもいいぞ!」
観客。
配信。
スマートフォン。
誰も相手にしていないのに。
舞台だけは。
完成している。
そこへ。
影。
落ちた。
風圧。
人々が顔を上げる。
TEN=GUが道路中央へ降り立った。
名乗らない。
ポーズもない。
観客を見ない。
カメラも見ない。
サムライ・ヴィランが一歩引いた。
「……誰だ、お前」
TEN=GUは答えない。
「聞いてんだよ」
ゆっくり。
腰。
刀。
抜く。
観客が騒めく。
「何だよ」
ヴィランの声が荒くなる。
「やる気か?」
無言。
TEN=GUはただ構える。
「上等!」
ヴィランが先に出た。
刀を振り上げる。
TEN=GU。
一歩。
だけ。
前。
一閃。
金属音。
サムライ・ヴィランの身体が止まる。
「……は?」
胸。
切れて。
ない。
人。
無傷。
でも。
肩部と腰部。
スーツ。
駆動系。
同時に。
断たれている。
機体警告。
《右腕駆動喪失》
《腰部補助電源遮断》
ヴィランが膝をつく。
TEN=GUは追撃しない。
刀。
払う。
納刀。
そして。
何も。
言わず。
飛ぶ。
数秒。
静寂。
次。
歓声。
「何だ今の!」
「一発!?」
「誰!?」
「撮った!?」
「全部撮った!」
誰よりも映えようとしていないサムライが。
その日。
新開市で。
一番。
映えた。
*
二件目は、二十分後だった。企業区画南側。サムライ・ヴィラン二名が無許可の公開決闘を始めようとしていたところへ、TEN=GUが再び降りる。
「またあいつだ!」
「謎のサムライ!」
「配信回せ!」
一人目のヴィランは、既に先ほどの映像を見ていた。
「……来んな」
TEN=GU。
無言。
刀。
抜く。
ヴィラン。
一歩。
下がる。
「俺はやめる」
TEN=GU。
動かない。
「今日はやめる!」
ヴィランが武器をしまい、後退する。
TEN=GUは追わなかった。
一切。
次。
もう一人。
「舐めんな!」
そちらは前へ出た。
一閃。
左脚部。
主電源。
切断。
スーツ。
停止。
人間。
無傷。
TEN=GU。
また。
何も。
言わず。
飛ぶ。
観客。
さらに。
熱狂。
「退いた奴は追わなかった!」
「今やってる奴だけ止めた!」
「アリス方式じゃん!」
「女王の新しいサムライ!?」
「新しい騎士だ!」
*
「違う!」
中央行政区で、その映像を見たアリスが叫んだ。
祝部。
「何が」
「私のじゃない!」
「誰も正式にはそう言ってない」
「タグ!」
表示。
《#女王の新騎士》
「消せ!」
「俺に言うな!」
三岐が映像を止めた。
「機体登録は?」
真鍋の通信。
『なし。国内外照会中。日本系サムライ規格にかなり近いが、登録一致なし』
アリス。
「晴翔」
『証拠ない』
「絶対晴翔」
『私もそう思うが証拠ない』
「じゃあ捕まえる?」
真鍋。
『何で』
「無登録」
『それは確認する。ただ、今のところ民間人への攻撃なし。相手が退いた時は追撃もしてない。先に殴った映像もない』
「刀抜いてる!」
『それだけじゃ現場で撃ち落とす理由にならん』
アリスは物凄く嫌そうな顔をした。
「助けてる?」
『今のところは』
「ヴィランしか止めてない?」
『今のところは』
「人、切ってない?」
『スーツだけ』
アリス。
頭。
抱える。
「良いことしてる」
三岐。
「現在行動だけなら」
「……良い」
祝部。
「人気すごいぞ」
「それが嫌!」
「そこ?」
「女王の騎士にすんな!」
*
義弘たちが地上へ戻ってきた時には、TEN=GUの映像は新開市中へ広がっていた。病院へ戻るための車両へ乗り込む直前、榊が端末を受け取り、二度、三度と映像を再生する。無言。着地。抜刀。相手が動く。反撃。一刀。離脱。
「……こいつも」
榊が言った。
「映え狙ってないな」
アリスが通信越しに聞く。
『KYO=KOTUと同じ?』
「違う」
『何が』
「地下の奴は、映る必要がなかった」
榊はTEN=GUが納刀して飛び去る場面を止めた。
「こいつは」
一拍。
「映ろうとしてないのに」
「勝手に映える」
祝部。
『分かる』
アリス。
『分かるな!』
チャールズも映像を見る。名乗らない。思想を語らない。所属を示さない。だから、市民が勝手に意味を入れている。女王の騎士。日本から送られた贖罪のヒーロー。反ヴィラン執行者。新しい独立サムライ。アリス式現在行動評価の完成形。
どれも。
本人。
言っていない。
「空席だな」
義弘が言った。
チャールズ。
「何がです?」
「物語の」
義弘は画面を指す。
「誰でも好きな意味入れられる」
榊。
「映像としては強いですよ。喋らない奴ほど見る側が勝手に格好良くしてくれる」
チャールズ。
「大泉議員が意図していると?」
「晴翔なら」
義弘は言いかけて、映像を戻した。
「ちょっと待て」
『何』
「そこ」
TEN=GUが一人目のヴィランを斬る直前。
「もう一回」
再生。
一歩。
踏み込む。
右肩。
僅かに。
後ろ。
残る。
重心。
左。
義弘の顔が変わる。
榊。
「何か?」
「似てる」
チャールズ。
「誰に?」
義弘はすぐに答えなかった。
もう一度。
再生。
刀を抜いた後、相手の正中を真正面から取らず、わずかに左へ外す。相手の初撃を誘い、自分の右肩を守りながら切り返す。
第415話。
壊れた。
右腕。
そして。
サムライ。
「……いや」
義弘は首を横に振った。
「まだ分かんねえ」
アリス。
『誰』
「似てるだけだ」
『誰に!』
「確証取ってから」
『義弘!』
義弘は通信を切った。
チャールズ。
「怒られますよ」
「慣れてる」
*
TEN=GUは三人目のサムライ・ヴィランへ向かっていた。
今度の相手は、TEN=GUが来ると聞いて逃げなかった。
「やっと来たか!」
公開駐車区画。
観客。
すでに。
集まっている。
「俺を倒せば女王に報告するんだろ!」
TEN=GU。
無言。
「だったら来いよ!」
刀。
抜く。
TEN=GU。
まだ。
抜かない。
相手。
構える。
TEN=GU。
ゆっくり。
抜く。
サムライ・ヴィランが笑う。
「その澄ました態度!」
地面を蹴る。
TEN=GUの視界内。
表示。
《敵性行動確認》
《反撃権限成立》
《推奨制圧点:右大腿駆動節》
《人的損傷予測:低》
TEN=GU。
一歩。
入る。
斬撃。
スーツの大腿部だけが開く。
ヴィラン。
倒れる。
追撃。
なし。
TEN=GU。
納刀。
飛翔。
完璧。
だった。
合法的。
効率的。
非致死。
必要最低限。
そして。
一つ。
だけ。
なかった。
「やめろ」
「帰れ」
「武器を置け」
その言葉。
一度も。
言っていない。
*
高層建築の屋上へ降りたTEN=GUは、人目がないことを確認してからヘルメットのロックを外した。装甲が左右へ開く。
神代朔。
息。
荒い。
額。
汗。
まだ右肩。
痛い。
KYO=KOTU戦の傷は戦闘不能になるほどではないが、完治していない。KASANEなら復帰を許されない状態だった。しかしTEN=GUの補助フレームは、身体の不足を埋めるように働いた。右肩への負荷を自動で逃し、脚部補助出力もKASANEより強い。
朔は眼下の街を見る。
「……三人」
それだけ。
三人。
止めた。
誰も。
怪我。
させてない。
やめた一人。
追ってない。
それで。
いい。
はず。
端末へ通信。
《OIZUMI HARUTO》
朔は切った。
もう一度。
来ない。
晴翔は。
命令。
しない。
それも。
腹立つ。
朔は先ほどの戦闘ログを見た。
《敵性行動確認まで待機》
《反撃権限成立》
《最小損傷制圧経路》
全部。
正しい。
先に殴ってない。
相手がやめたら追ってない。
人間。
傷つけてない。
でも。
最初のヴィランに。
「やめろ」
言えた。
はず。
二人目にも。
三人目にも。
言わなかった。
なぜ。
朔は少し考える。
答え。
すぐ。
出ない。
その時。
新しい警報。
《サムライ・ヴィラン活動確認》
《距離:2.7km》
《介入推奨》
朔は目を閉じた。
アリスの声を思い出す。
『無理すんなよ』
晴翔。
『それだけなら、着ますか?』
「……一人だけ」
誰に言ったわけでもない。
ヘルメット。
閉じる。
TEN=GU。
屋上。
蹴る。
空。
飛ぶ。
*
病院へ戻った義弘は、さすがに担当医とアリスの両方から相当怒られた。幸い膝の状態に悪化はなく、「歩行量としては多すぎるが、今回は問題なし」と診断されたため、義弘は説教のほとんどを聞き流しながらベッドへ座っていた。チャールズと榊は病室の机を使って、今日拾った情報をまとめている。
《KYO=KOTU襲撃》
《映像的主張:なし》
《隠蔽目的:低》
《結果利用:サムライ・ヒーロー稼働数減少》
《戦闘行動:対象ごとに異なる》
《殺害意図:低》
《個別反応記録:高》
チャールズがその下へ書く。
《襲撃ではなく試験》
少し考え。
《第二目的:選抜?》
義弘はベッドからそれを眺める。
「晴翔が」
一拍。
「探してた奴」
チャールズ。
「はい」
「何に使うか」
「まだ」
榊がTEN=GUの映像を横へ出す。
「でも今日」
「新しいサムライ出た」
「偶然と思います?」
義弘は答えなかった。
TEN=GUが。
飛ぶ。
着地。
刀。
抜く。
相手。
待つ。
斬る。
去る。
義弘。
もう一度。
見る。
「……教授」
「はい」
「俺ら」
一拍。
「一歩」
「遅かったかもな」
チャールズがTEN=GUを見る。
「既に」
「選んだ後?」
「ああ」
チャールズは今日書いた《選抜?》の文字へ目を落とした。
「それでも」
「何」
「以前よりは」
一拍。
「近い」
義弘が少し笑う。
「そうだな」
晴翔が結果を出す。
皆。
結果。
見る。
その間。
晴翔。
次の。
過程。
始める。
今まで。
ずっと。
それ。
だった。
でも。
今日。
義弘。
チャールズ。
榊。
地面。
歩いた。
地下。
傷。
見た。
映らなかった。
位置。
拾った。
誰も。
気にしなかった。
壊れ方。
比べた。
結果。
ではなく。
その前。
探した。
晴翔。
まだ。
一歩。
先。
いる。
だが。
以前のように。
どこを。
歩いているか。
分からない。
怪物。
ではない。
足跡。
見える。
ように。
なり始めている。
*
大泉晴翔は、TEN=GUの戦闘ログを見ていた。
側近。
「神代さん」
「四件目へ向かっています」
「そうみたいですね」
「指示した?」
「いいえ」
「本当に?」
「一度も」
「止められる?」
「機体側の緊急停止権限はあります」
「使う?」
晴翔。
「なぜ?」
「暴走したら」
「その時考えます」
「それじゃ遅いでしょう」
「そうでしょうか」
側近は嫌そうな顔をした。
「何させたいんです」
晴翔は少し考えた。
「正義を」
「もうやってる」
「ええ」
「じゃあ」
「どこまで」
一拍。
「正義でいるかを」
「……」
画面。
TEN=GU。
反撃。
だけ。
している。
逃げた。
ヴィラン。
追わない。
人。
切らない。
今。
何も。
間違ってない。
側近。
「神代さんを」
「行き過ぎた正義にしたい?」
「したい」
「ではありません」
「じゃあ」
「見るんです」
晴翔は穏やかに言った。
「そうなるかどうか」
「状況作ってるの先生でしょう」
「少し」
「少しじゃない」
「でも」
晴翔は画面を指す。
「最後に」
「刀を振るのは」
「神代さんです」
「だから責任ない?」
「いいえ」
晴翔は即座に否定した。
「私にも」
「ありますよ」
一拍。
「でも」
「彼にも」
「ある」
側近は黙った。
晴翔。
笑う。
「良い人が」
「疑うから」
「意味があるんです」
「何を」
「出口を」
一拍。
「悪党は」
「何度でも」
「離席できる」
「今やめたなら」
「今は敵ではない」
「良い考えです」
「先生が言うと嫌だ」
「でも」
晴翔。
「では」
「昨日やめて」
「今日戻ってきた人は?」
「……」
「三度離席して」
「四度目に刀を持った人は?」
「……」
「出口から」
「戻ってくる人を」
「疑う正義が」
「出てきても」
「不思議ではないでしょう」
側近。
「それを」
「神代さんに」
「やらせたい」
晴翔は首を横に振った。
「神代さんに」
「選んでほしい」
「同じだ」
「違いますよ」
晴翔は本当に楽しそうだった。
「神代さんは」
「アリスさんの騎士ではない」
「私の駒でもない」
一拍。
「だから」
「自分で」
「間違えられる」
側近の顔が、今度こそ完全に嫌悪へ変わった。
「最悪ですね」
「ええ」
晴翔は否定しなかった。
*
その夜。
新開市の空を。
TEN=GUが。
飛ぶ。
その下。
誰か。
配信。
始める。
《謎のサムライ、また出現!》
別。
《女王の新騎士か》
別。
《ヴィラン専門の執行者》
別。
《日本の秘密兵器?》
朔。
それ。
知らない。
いや。
知ろうと。
していない。
自分。
やる。
こと。
一つ。
街。
騒ぐ。
ヴィラン。
止める。
ただ。
それだけ。
だった。
でも。
新開市では。
本人が。
意味を。
語らなければ。
周りが。
意味を。
作る。
榊。
言った。
映ろうとしていないのに。
勝手に。
映える。
だから。
TEN=GUは。
空席。
だった。
皆。
好きな。
正義。
そこへ。
入れる。
晴翔が。
誰かを。
選ぶために。
地下へ。
置いた。
見えない。
試験。
その答え。
今。
新開市の。
空。
飛んでいる。
義弘たちは。
ようやく。
晴翔の。
過程へ。
辿り着いた。
ただ。
その頃には。
結果が。
もう。
飛び始めていた。




