第411話 女王の拳
アリス・ヴァーツラフコヴァーは、その日の午前中いっぱいを使って、自分が人を殴ったことについて謝罪する羽目になった。相手が大泉晴翔であることを考えれば、本人へ頭を下げるなど死んでも嫌だったが、だからといって日本国の正式代表団との会談中に感情任せで拳を振るった事実まで消えるわけではない。第414話で河島玄隆へ「今、人を助けたことと、怪物を作ったことは別だ」と言ったばかりの自分が、晴翔が何をしたかと自分が何をしたかを同じ袋へ押し込むわけにもいかなかった。三岐透子が作った謝罪文の第一稿を前に、アリスは十分近く不機嫌そうに黙り込み、最終的には文章の半分を削って、自分の言葉で話すことにした。
「昨日の会談中、私は大泉晴翔議員を殴りました」
記者会見場には新開市内外の報道が集まっていた。アリスは壇上の中央ではなく、市代表者たちと同じ高さの席に座っている。
「晴翔が何したか。私が晴翔をどう思ってるか。それとは別に、私が殴ったことは私の責任です」
一瞬だけ、横に座る三岐を見る。
「日本国代表団と、同席してた人たちに謝ります。ごめんなさい」
記者席から一斉に手が上がった。
『大泉議員ご本人への謝罪は?』
アリスの眉が動く。
「今言った」
『日本国代表団への謝罪と、大泉議員個人への謝罪は別では?』
「……殴ったことは悪かった」
『では大泉議員へも正式に――』
「悪かった!」
三岐が小さく咳をした。
「アリス」
「分かってる!」
別の記者。
『大泉議員の新開市での活動について、今後制限を求めますか』
「それは捜査と法律で決める。私がむかつくから追い出す、はしない」
『今回の暴行が、大泉議員の《KYO=KOTU》事件への関与を確信した結果だったという報道があります』
「確信してない」
『では、なぜ殴ったのですか』
「……」
アリスは一瞬黙った。
「怒ったから」
その場にいたチャールズ・ブラウンが、わずかに目を閉じた。正直ではある。政治的には最悪である。
*
会見から二時間後には、アリス自身が何を言ったかなど半分ほどどうでもよくなっていた。
《大泉晴翔、女王アリスを激怒させる》
《日本国議員、新開市女王への礼節を欠いたか》
《女王陛下、自ら鉄拳制裁》
《大泉晴翔、新開市追放論が急浮上》
《日本国、新開市を格下扱い?》
《“女王の拳”は独立外交の象徴か》
中央行政区の執務室で、アリスは壁面に並んだ見出しを見ていた。祝部マコトが指で記事を送りながら、妙に楽しそうな顔をしている。
「……違う」
「何が」
「全部」
「全部は言い過ぎだろ」
「私が謝った!」
「そこは載ってる」
「小さい!」
「殴った方が絵になるから」
「何で!」
さらに表示を切り替える。
前日まで検索上位だった《KYO=KOTU》関連の話題は、すでに五番目、六番目へ落ちていた。五人のサムライ・ヒーローが一時戦闘不能となり、神代朔のKASANEスーツが完全破壊され、未知の群体型ドローンが新開市地下へ潜伏している。治安上はこちらの方が遥かに重大だった。
なのに。
皆。
アリスと。
日本。
晴翔。
そればかり。
「KYO=KOTU、消えてるじゃん」
アリスが言う。
チャールズは画面を眺めながら、渋い顔をした。
「消えてはいません」
「でも話題」
「弱くなっていますね」
「何で」
「分かりやすさです」
「何が」
「群体型ドローンによる地下構造を利用したサムライ狩りは、説明に時間がかかります」
一拍。
「女王が日本の国会議員を殴った」
「……」
「こちらは一行です」
アリスは机に額をつけた。
「最悪」
「情報社会では、複雑な危険より単純な物語が勝つことがあります」
「晴翔のせい」
「その部分は否定しません」
「殴ったの私」
「はい」
「それ言わなくていい!」
*
さらに悪いことに、大泉晴翔本人まで謝罪した。
午後、日本側代表団が用意した短い記者対応に、頬へ薄い腫れを残した晴翔が姿を見せた。マイクの前へ立ち、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。
『今回の件につきまして、私自身の言動に、アリス女王陛下への礼節を欠くと受け取られ得る部分があったことを、新開市の皆様、ならびに日本国の皆様へお詫び申し上げます』
中央行政区。
中継を見ていたアリス。
「女王陛下言うな!」
祝部。
「向こう聞こえないぞ」
『また、アリスさんによる暴行については、本人より既に謝罪を受けています。私自身、これを日新関係全体の問題へ拡大する意図はありません』
アリス。
「まともなこと言うな!」
チャールズ。
「何を言っても怒りますね」
「こいつが言うと全部罠に見える!」
そして、世間は見事に別の方向へ走った。
日本国会議員。
新開市。
女王。
謝罪。
その四つの単語だけで、十分だった。
翌朝には「日本国が新開市女王へ事実上謝罪」という見出しが海外媒体にまで現れた。晴翔はアリスが王冠を脱ぐための法的整理に協力している。その同じ口で女王陛下と呼び、国際社会へ女王アリスという存在を再確認させた。
アリス。
唸る。
「こいつ」
「退位手伝ってるくせに」
「王様増やしてる」
チャールズは晴翔の会見記録を何度も見返していた。
「ええ」
「矛盾してる」
「普通なら」
「晴翔普通じゃない」
「そこは同意します」
*
新開市では、晴翔の追放を求める声が一気に膨らんだ。
《大泉晴翔を新開市から追放せよ》
《女王への侮辱を許すな》
《日本国は正式謝罪を》
王権支持派が最も激しかったが、反王政側からも別の理由で同じ結論へ辿り着く者がいた。
「アリスを女王扱いするのは反対だ」
「でも晴翔は危険だ」
「なら追い出せ」
政治的理由は違う。
でも。
デモ。
同じ。
警備。
同じ。
配信映像だけ見れば。
一つの。
巨大な。
反晴翔運動。
になった。
ところが、表で「晴翔を追い出せ」と叫ぶ者が増えるほど、裏では晴翔に会いたがる者まで増えた。
日本代表団の宿泊区画。
面会申請。
朝。
十二件。
昼。
三十九。
夕方。
七十四。
政治活動家。若手経営者。配信者。サムライ・ヴィラン。市民公認ヴィラン関係者。ヒーロー候補を自称する若者。反女王活動家までいる。
晴翔の側近が一覧を見ながら言った。
「何ですかこれ」
「人気者ですね」
「半分、追放運動の関係者です」
「面白いですね」
「何しに来るんです」
実際に会ってみれば、質問は似ていた。
「どうしたら、アリスさんにあそこまで覚えてもらえるんですか」
「女王陛下に直接怒られるには?」
「大泉先生みたいに直接話すには、何をすれば」
「ヒーローと揉めれば見てもらえます?」
晴翔は少し困ったように笑った。
「殴られることは、おすすめしませんよ」
「でも女王本人ですよ?」
「そうですね」
「すごいじゃないですか」
「痛いですよ」
「それでも」
晴翔は、その顔を見た。
以前。
アリスの注意そのものに。
価値。
ついた。
寵愛市場。
一度。
制度側が。
報酬を。
分散。
した。
でも。
自分が。
殴られた。
だけで。
また。
値段。
ついた。
晴翔は、自分から何も教えなかった。
その必要すら。
なかった。
*
津田義弘は病院のベッドでそのニュースを見ていた。
「……まずいな」
横でトミーが葉物野菜を齧っている。
「何が」
「追放しろってやつ」
「晴翔いなくなるなら良くない?」
「良くねえ」
「何で」
義弘は画面に映るデモを見る。《女王の敵を追放せよ》。その文字を指した。
「アリスが」
一拍。
「晴翔を追い出したら」
「うん」
「アリスが」
「人を追放できる女王だって」
「証明する」
トミーが齧るのを止めた。
「……面倒」
「だろ」
「晴翔狙ってる?」
「分かんねえ」
義弘は少し考える。
「でも」
「狙ってなくても」
「あいつなら」
「使う」
午後、チャールズが病室を訪れた。
今日は昼寝の話も紅茶の話もせず、晴翔関連の資料を大量に持っている。
「教授」
「はい」
「座れ」
「失礼します」
「晴翔どうする」
チャールズは椅子へ腰掛けた。
「難しいですね」
「それ聞きに呼んだんじゃねえ」
「私も答えを持っていません」
「学者」
「魔法使いではありません」
「アリスに言ってたな、それ」
「事実ですので」
義弘は晴翔の謝罪会見を指す。
「こいつ」
「アリスの王冠外すの手伝ってんだよな」
「はい」
「なのに」
「女王って呼んで」
「王冠重くしてる」
チャールズは静かに頷いた。
「“再生の怪物”」
義弘。
「何」
「大泉晴翔は」
一拍。
「再生について」
「誰よりも熟達しています」
チャールズは数枚の資料を机へ並べる。
「以前、私は」
「彼が役割を変えることで」
「責任からの再出発を繰り返していると考えました」
「違った?」
「間違いではありません」
「でも」
「不十分でした」
義弘。
「何が」
「彼は」
チャールズは晴翔の役割を指で一つずつ示した。
「アリスさんの退位を助ける制度協力者」
「同時に」
「アリスさんの政治的敵」
「日本国議員」
「KYO=KOTU事件の疑惑対象」
「暴行被害者」
「新開市との外交協力者」
「そして」
一拍。
「女王アリスの権威を」
「結果的に強める人物」
義弘。
「全部」
「同じ晴翔」
「はい」
「普通なら矛盾で死ぬだろ」
「政治的信用なら」
「かなり傷つきます」
「でもあいつ」
「傷ついた場所から」
「別の足出す」
チャールズは頷いた。
「役割を変えて再生するだけではない」
一拍。
「矛盾した役割を」
「同時に保持したまま」
「それぞれから」
「再生できる」
義弘は顔をしかめた。
「怪物だな」
「ええ」
「じゃあ」
義弘。
「金」
「潰すか」
チャールズが義弘を見る。
「資金源?」
「武器作るにも」
「ドローン作るにも」
「人動かすにも」
「金いる」
「企業」
「政治資金」
「ペーパーカンパニー」
「協力者」
「全部」
「調べて」
「凍らせられるもの」
「凍らす」
チャールズは少し考えた。
「違法な資金があれば」
「当然」
「捜査すべきです」
「でも」
「それだけでは」
「止まらないでしょう」
「何で」
「もう」
一拍。
「彼自身が」
「金を払わなくても」
「歯車が」
「回るからです」
義弘は黙る。
チャールズ。
「市民公認ヴィラン」
「河島玄隆」
「サムライ・ヴィラン」
「寵愛市場」
「大泉議員が」
「一つ一つ」
「命令し続けたわけではない」
「やり方」
「見せただけ」
「はい」
チャールズは静かに言った。
「大泉晴翔の」
「最大の資産は」
「資金ではありません」
「何だ」
「他人が」
一拍。
「真似できる」
「やり方です」
義弘はベッドへ深く身体を沈めた。
「じゃあ」
「追い出すのも」
「駄目」
「法的根拠があるなら」
「検討はできます」
「ただし」
「“女王の敵だから追放”」
「になったら?」
「大泉議員は」
一拍。
「女王の敵という」
「特別な席を」
「手に入れます」
義弘が溜息をつく。
「また席かよ」
「彼の専門です」
「じゃあ」
「どうする」
チャールズは少しだけ窓の外を見る。
「特別な敵に」
「しない」
「普通に」
「はい」
「普通に」
「証拠を集め」
「普通に」
「責任を追わせ」
「普通に」
「法に従って処理する」
義弘。
「それが一番難しい奴だな」
「ええ」
「でも」
一拍。
「それ以外は」
「彼を」
「特別にします」
トミー。
「女王の宿敵」
チャールズ。
「最悪の肩書きですね」
義弘。
「本人喜ぶぞ」
「でしょうね」
*
その頃、すでに街は別の方向へ走り始めていた。
サムライ・ヴィランたちの間では、証拠もないのに話が完成している。
「晴翔がKYO=KOTUでヒーロー潰した」
「だから女王が殴った」
「女王、ヒーロー足りないんだろ」
「五人抜けた」
「補充するらしい」
誰も。
そんな発表。
していない。
でも。
空席。
ある。
ように。
見える。
「だったら」
一人。
「俺が入れる」
「どうやって」
「ヒーロー倒せばいい」
「逆だろ」
「女王に見せればいいんだよ」
別。
「晴翔見ろよ」
「一発で名前覚えられた」
「俺らも」
「一泡吹かせれば」
違うグループ。
「ヒーロー一人倒す」
「その後離席」
「女王の現在行動評価なら」
「次は助ける側になれる」
悪党の持ち回り。
現在行動評価。
離席。
寵愛市場。
全部。
勝手に。
混ざる。
そして。
最悪の。
新しい。
遊び。
なる。
*
三日後。
新開市。
サムライ・ヒーローへの挑戦件数。
一日。
十二。
暴走ドローン。
九。
うち三件。
動画配信。
二件。
観客席。
あり。
一件。
勝手に。
スポンサー。
ついた。
祝部が端末を持ってアリスのところへ来た。
「今日十二試合」
「試合言うな!」
「タグこれ」
表示。
《#新開サムライリーグ》
アリス。
「誰が作った!」
「社会」
チャールズ。
「便利に社会へ責任を押しつけるのは感心しません」
祝部。
「教授に怒られた」
アリスは両手で頭を抱えた。
「何でヒーローショーになってるの」
三岐。
「ヒーローとヴィランの対立に観客が付き、観客が付くことで対立の価値が上がり、価値が上がることで参加者が増えています」
「止めて」
「合法的な政治パフォーマンスとの境界が曖昧です」
「じゃあ私行く」
チャールズ。
「駄目です」
「何で!」
「目的達成になります」
「見に来てもらいたい奴いる」
「大半が」
「……」
「では」
「行かない」
アリスが奥歯を噛む。
行かなければ。
今度は。
《女王が見に来るまで続ける》
そんな看板。
出る。
「何で!」
「注目が報酬になっているからです」
「前それ直した!」
「一度は」
「また!」
「社会制度は」
「定期的に」
「手入れが必要です」
「面倒!」
さらに厄介なのは、実際にヒーロー側の人数が減っていることだった。第415話で地下へ追撃した五人は全員が一時離脱。死亡者はいないものの、負傷とスーツ損傷で即時復帰できない。神代朔のKASANEに至ってはフレーム全体が破損し、修理というより再構築に近い。
アリスが直接新規サムライを指名すれば。
「女王親衛隊」。
OU軍を使えば。
「王国軍」。
NECRO兄弟姉妹を前へ出せば。
「女王の家族軍」。
何をしても。
王冠。
戻る。
「……頭痛い」
祝部。
「寝不足?」
「社会」
チャールズ。
「便利に社会へ責任を――」
「今それ言うな!」
*
神代朔は、その騒動を整備区画のモニターで見ていた。
KASANEは目の前にある。
ただし。
動かない。
胸部装甲は外され、右腕フレームは完全交換、左脚内部の駆動系も剥き出し。整備員が数人がかりで骨格から診断している。
「あとどれくらい」
朔が聞く。
「最低三週間」
「長い」
「フレーム逝ってる」
「二週間」
「無理」
「一週間」
「もっと無理」
朔は舌打ちした。
「本人は歩けるんだから大人しくしてろ」
「街で暴れてる」
「だからって生身で行くな」
「行かない」
「顔が行く顔なんだよ」
朔はモニターを見る。
サムライ・ヴィラン。
別の。
ヒーロー。
対峙。
観客。
歓声。
配信。
アリス。
行かない。
行けない。
そのせい。
更に。
挑発。
増える。
何か。
したい。
でも。
何も。
できない。
騎士にならない。
アリスの命令だけで戦わない。
自分で判断する。
そこまで。
学んだ。
だからこそ。
自分で。
助けたい。
今。
助けられない。
拳を握る。
「神代さん」
整備員。
「面会」
「誰」
一瞬。
嫌な顔。
「大泉晴翔」
朔。
「断る」
「正式申請」
「断る」
「日本代表団経由」
「断る」
「記録付き」
「……何しに」
「本人が」
「お見舞いと」
一拍。
「仕事の話」
朔は黙った。
「追い返す?」
少し。
考える。
「会う」
*
大泉晴翔は、頬の腫れがまだ少し残ったまま来た。
当然。
監視付き。
録音あり。
治安機関にも通知。
晴翔自身が。
全部。
承諾。
している。
朔は椅子へ座り、晴翔を睨んだ。
「殴られた顔で来るな」
「これは私の顔ですから」
「帰れ」
「まだ何も言っていません」
「言うこと分かる」
「本当ですか?」
「分からない」
「では」
晴翔は笑う。
「聞いていただけると」
「助かります」
朔。
「何しに来た」
「お見舞いです」
「帰れ」
「それと」
晴翔が薄型端末を机へ置いた。
「仕事の話を」
朔の目が細くなる。
「俺に?」
「はい」
「何で」
「今」
晴翔は壊れたKASANEを見る。
「貴方には」
「サムライ・スーツがない」
「……」
「新開市には」
「サムライ・ヴィランが」
「増えている」
「……」
「貴方は」
一拍。
「止めたい」
朔は何も言わない。
晴翔が端末を操作する。
一つの設計表示。
人型。
細身。
従来サムライ・スーツより。
異様に。
軽い。
高出力。
可変。
背部。
特殊機構。
名称。
《TEN=GU》
朔の眉が動く。
「何だこれ」
「試験中の」
「新型サムライ・スーツです」
「誰の」
「日本側で開発しているものです」
「晴翔の?」
晴翔は少し考える。
「関与はしています」
「じゃあ嫌」
「正しい警戒です」
「何で俺」
「適合候補です」
「KYO=KOTUのデータ?」
晴翔の笑顔が。
ほんの少し。
深く。
なる。
「やはり」
「貴方は」
「話が早い」
朔。
立ち上がりかける。
「お前」
「座ってください」
「ふざけんな」
「私は」
「KYO=KOTUへの関与を」
「ここで認めてはいません」
「じゃあ何でデータ」
「一般公開されている戦闘情報だけでも」
「ある程度」
「分かります」
「嘘つけ」
晴翔。
「証拠を」
「見つけてください」
朔。
歯を食いしばる。
晴翔。
その反応。
見る。
でも。
煽らない。
「条件は」
朔が言う。
「何」
「これ着る条件」
晴翔。
一拍。
「ヴィランを」
「止めてください」
「それだけ?」
「それだけなら」
晴翔は朔を見る。
「着ますか?」
朔は答えなかった。
*
「何が狙いだ」
朔。
「新開市の安全」
「嘘」
「半分は本当です」
「残り」
晴翔は少し笑う。
「興味です」
「俺で」
「はい」
「何を見る」
「貴方が」
一拍。
「何を選ぶか」
「……」
「神代さん」
「貴方は」
「KYO=KOTU戦で」
「仲間を逃がすために」
「残った」
「だから?」
「騎士だからではない」
「アリスさんに」
「命令されたからでもない」
「自分で」
「決めた」
朔の目。
鋭く。
なる。
「調べてるじゃねえか」
「評価しています」
「気持ち悪い」
「よく言われます」
「晴翔」
「はい」
「俺は」
「アリスの騎士じゃない」
「知っています」
「お前の駒にも」
「ならない」
「それも」
「期待しています」
朔の拳が握られる。
「何で」
「駒なら」
晴翔はTEN=GUの設計画面を見る。
「つまらないでしょう」
*
その日の夜、晴翔の側近は移動車両の中で尋ねた。
「神代さんを」
「ヴィランにするんですか」
「いいえ」
「じゃあ」
「ヴィランの」
一拍。
「敵です」
「今もそうでしょう」
「ええ」
「だったら何が違うんです」
晴翔は窓の外へ流れる新開市を見る。街のあちこちでサムライ・ヒーローとサムライ・ヴィランが睨み合い、配信ドローンがその上を飛び、群衆が安全線の向こうからスマートフォンを向けている。
「もう少し」
一拍。
「真面目な敵に」
「何ですそれ」
「アリスさんは」
「悪党にも」
「出口を残したい」
「はい」
「離席」
「はい」
「今やめたなら」
「今は止めない」
「はい」
晴翔は笑う。
「では」
「出口を」
「信用しない正義も」
「必要でしょう?」
側近は本気で嫌な顔をした。
「必要なんですか」
「私には」
「最悪」
「そうでしょうか」
「サムライ・ヴィランを全部永久敵にする気?」
「私が?」
「TEN=GU着せて」
「神代さんに」
晴翔は首を横に振った。
「それを」
「私が決めたら」
「意味がない」
「じゃあ」
「神代さんが」
一拍。
「自分で」
「決めます」
側近。
「それを誘導してるでしょう」
「状況を」
「少し」
「整えています」
「いつものやつじゃないですか」
「ええ」
晴翔は楽しそうだった。
「神代さんは」
「良いヒーローです」
「だから選ぶ?」
「だからです」
「悪い奴の方が」
「過激になりやすいでしょう」
「だから」
晴翔。
一拍。
「面白くない」
「……」
「悪い人が」
「行き過ぎた正義を」
「選んでも」
「誰も驚かないでしょう」
側近は何も言わなくなった。
*
神代朔は、夜になっても整備区画にいた。
壊れたKASANEの横。
新しい。
大型輸送ケース。
置かれている。
まだ。
ロック。
されている。
誰も。
開けていない。
表示。
だけ。
点灯。
《TEN=GU》
朔はそれを見ていた。
晴翔。
嫌い。
信用。
できない。
KYO=KOTU。
おそらく。
あいつ。
絡んでる。
でも。
街。
今日も。
騒いでる。
別の。
サムライ・ヴィラン。
出現。
警報。
モニター。
表示。
対応可能なヒーロー。
遠い。
朔の。
手。
動く。
でも。
KASANE。
動かない。
通信が鳴った。
アリス。
『朔』
「何」
『まだ整備区画?』
「うん」
『帰れ』
「まだ」
『休んで』
「平気」
『平気でも』
一拍。
『スーツ直るまで』
『無理すんなよ』
朔は少し黙った。
「分かってる」
『本当に?』
「分かってる」
『ならいい』
通信。
切れる。
朔は。
壊れた。
KASANE。
見る。
次。
TEN=GU。
見る。
街。
警報。
また。
一つ。
増える。
晴翔の言葉。
思い出す。
「それだけなら」
「着ますか?」
神代朔は答えなかった。
ただ。
ケースの前へ。
一歩。
近づいた。
その瞬間。
《TEN=GU》
ロック表示。
静かに。
点灯した。
*
大泉晴翔は、その通知を遠く離れた場所で見ていた。
《TEN=GU 候補者接近》
《適合試験待機》
側近。
「開ける?」
「いいえ」
「何で」
「まだ」
「神代さんが」
「開けていません」
「遠隔で開けられるでしょう」
「もちろん」
「じゃあ」
晴翔は笑う。
「それでは」
一拍。
「選んだことに」
「ならないでしょう」
側近。
「何を選ばせたいんです」
晴翔は少し考えた。
「正義を」
「それだけ?」
「いいえ」
一拍。
「どこまで」
「正義でいるかを」
新開市では。
女王の拳。
話題。
なっていた。
晴翔を追い出せ。
叫ぶ者。
晴翔のように。
女王へ。
見てもらいたい。
願う者。
ヒーロー。
挑む。
ヴィラン。
ヴィラン。
止める。
ヒーロー。
見物。
する。
市民。
皆。
少しずつ。
アリスへ。
視線。
繋ぐ。
王冠を。
外そうと。
している。
街で。
女王の敵という。
新しい。
王冠の部品。
生まれていた。
そして。
その騒ぎの。
端。
壊れたサムライ・スーツの前で。
一人の。
良いヒーローが。
まだ。
開けていない。
新しい。
正義の。
箱を。
見つめていた。




