第408話 大蛟
王冠は、まだアリスの頭の上にあった。少なくとも世界の大半はそう考えていたし、オールドユニオン派遣軍の現地司令官はいまだに彼女を陛下と呼び、外国使節団の中には新開市行政との正式協議を済ませた後でさえ「最後に女王陛下へご挨拶を」と面談を要求する者がいた。それでも、以前とは違う。ほんの少しずつ、確実に違っていた。《新開市臨時安全調整室》が処理した小規模ドローン事故の平均初動時間は七分台から六分台へ入り、今日は六分五十一秒。道路管理、治安機関、企業運用班、救護班が、アリスへ一度も確認を取らずに事故区域を封鎖し、故障機を止め、落下物を回収し、渋滞を迂回させた。重傷者なし。二次事故なし。アリスの家族機は一機も出動していない。
壁面表示の終了報告を見ながら、アリスはしばらく黙っていた。
「……六分台」
チャールズ・ブラウンは窓際で紅茶を飲んでいる。
「ええ」
「私、何もしてない」
「素晴らしい」
「本当に?」
「今回は皮肉ではありません」
アリスは疑わしそうにチャールズを見た。
「お前、たまに分かりにくい」
「日頃の行いでしょうか」
「そう」
祝部マコトが結果一覧を覗き込む。
「最初十一分だったよな」
「十一分三十二秒」
「覚えてんの?」
「忘れるわけない。途中で私なら六秒って三回思った」
チャールズ。
「口にも出していました」
「今は出してない」
「進歩です」
「それ褒めてる?」
「かなり」
アリスは少しだけ口元を緩めた。大げさな勝利ではない。巨大ドローンを倒したわけでも、外国軍を追い返したわけでも、政治制度が一夜にして変わったわけでもない。ただ十一分が六分になった。それだけだった。それでも、今のアリスにはその五分弱が、巨大な怪物を一機倒すより大切なものに思え始めている。街が、自分なしで一つの問題を片付けた。誰も死ななかった。それでよかった。
そこへ真鍋から通信が入った。
『喜んでるとこ悪いが、妙なのが増えてる』
アリスの表情が戻る。
「何」
『小型ドローン』
「ヴィラン?」
『それが分からん』
「分からないって?」
『見ろ』
送られてきた映像には、旧工業区の路地を歩く六脚型の小型無人機が映っていた。大型犬より一回り大きい程度。武装らしいものはなく、背中に資材箱を載せている。次の映像では車輪型の機体が市民公認ヴィランの政治パフォーマンス会場で仮設柵を運んでいた。その次は壁面吸着型。反王政団体が巨大な垂れ幕をビルへ吊るすために使っている。別の一機は道路工事用の細長い運搬ドローンとして登録されていた。
「……別物じゃん」
『外装はな』
「メーカー?」
『違う』
「所有者?」
『違う』
「じゃあ何が妙なの」
真鍋。
『私もそれを調べさせてる』
チャールズが席を立った。
「少し、拡大していただけますか」
アリス。
「分かる?」
「まだ」
複数の画像を横に並べる。脚の数も、外装も、用途も違う。チャールズは技術者ではない。それでも、長く人間の集団を見てきた人間らしく、見た目ではなく繰り返しを探した。
「ここ」
指を差す。
「何」
「骨格です」
アリスが目を細める。
「……似てる?」
「私にはそう見えます」
祝部。
「同じメーカーが中身だけ作って外装変えてるとか?」
真鍋。
『登録上は違う』
チャールズは映像をもう一度見た。
「同じ会社である必要はありません」
「じゃあ」
「同じ何かに」
一拍置いて、彼は言った。
「なるように作られている可能性があります」
アリスの顔から、さっきまでの小さな達成感が消えた。
*
以前のアリスなら、その時点で自分から調査へ入っていたかもしれない。各機の通信規格を覗き、所有者のネットワークを辿り、違法なアクセス経路を見つければそのまま止める。それが一番速い。恐らく、本当に速い。
「私、見る」
アリスが言った。
チャールズ。
「何を」
「通信。変なのあるか」
「現在、重大犯罪は?」
真鍋が答える。
『ない。無許可運用が数件、軽い交通妨害、器物損壊一件。今のところ私らで足りる』
「でも怪しい」
チャールズ。
「怪しいことと」
アリスはすでに嫌そうな顔をした。
「分かってる」
「まだ何も言っていません」
「私が直接動く必要あることは別って言うんでしょ」
「はい」
「嫌」
「でしょうね」
「でも」
アリスは映像を見る。六脚機が治安機関の誘導に従って路肩へ移動し、別の車輪型は所有者へ返却命令が出て停止している。
「……任せる」
チャールズは何も褒めなかった。
それが逆にアリスには少し嬉しかった。特別な決断ではなくなりつつある。
新開市側は通常の手続きで動いた。真鍋の治安機関が所有者と流通経路を調べ、臨時安全調整室が道路上の未登録機を処理し、企業機体で対応可能なものは企業側へ回す。その過程で、KAGEBŌSHIも一件の出動要請を受けた。中央区西側で小型無人機三機が配送車両の下へ潜り込み、一機が車軸へ噛み込んで立ち往生させたのだ。
KAGEBŌSHIは派手な登場をしなかった。灰色と鈍い青の機体が通行規制された道路へ入り、補助腕二本で車体を持ち上げ、別の腕で荷台を支え、主腕の一つを路面へ差し入れる。挟まっていた小型機を破壊せずに引き抜き、そのまま拘束用ケースへ収めた。配送車は横転せず、積荷も壊れない。六分後には一車線が再開された。
遠隔運用室で映像を見ていた河島玄隆は、満足そうに頷いた。
「そうです」
広報担当者が尋ねる。
「映像を公開しますか」
「まだ結構です」
「しかし、良い映像です」
「ええ」
「なら」
「良い映像と」
河島は笑う。
「必要な映像は違います」
KAGEBŌSHIは捕獲した小型機を治安機関へ引き渡し、次の救助待機地点へ戻っていった。
*
回収された機体の一つが中央行政区の技術分析室へ運ばれたのは、その日の午後だった。アリス、真鍋、チャールズ、三岐が解析画面を見ている。外装を外された小型機は妙に素っ気なかった。中型の電源セル、姿勢制御装置、簡易AI、通信器。単独性能なら珍しくもない。問題は、機体各所に配置された用途不明の端子だった。
「これ何」
アリスが尋ねる。
技術員。
「電源共有端子と思われます」
「何と共有するの」
「同規格なら、他の機体と」
「通信?」
「通信だけではありません。電力、制御信号、場合によっては姿勢情報も共有可能です」
真鍋。
「何で運搬ドローンにそんなもの積んでんだ」
「本来なら、モジュール輸送や災害現場で複数機を連結する用途も考えられます」
アリスは小型機を覗き込む。
「一機で完成してない?」
チャールズが先に答えた。
「そういうことなのでしょう」
「じゃあ」
アリスが彼を見る。
「部品?」
「はい」
「何の」
チャールズはすぐには答えなかった。
「それを」
一拍。
「これから見ることになるのでは」
「そういう嫌な言い方やめて」
「予想を外したいのですが」
その時、真鍋の端末が鳴った。
『本部、対象群に移動確認』
真鍋。
「どこの」
『複数です。旧工業区、中央西、河川区、南部物流区』
「何が移動してる」
『さっきの小型機と同系統と思われる機体』
大型地図へ点が現れる。
一つ。
五つ。
十二。
二十。
アリスが立ち上がった。
「どこ行ってる」
真鍋は表示された進行方向を見る。
「……東中央」
祝部から別回線。
『こっちでも映像上がってる! ヴィランが使ってた機体が勝手に逃げたって』
「勝手に?」
『操作受け付けないらしい』
別の映像では、政治団体が垂れ幕を吊るしていた壁面吸着機が固定具を外し、建物の外壁を這い降りている。工事会社の資材運搬機が倉庫から勝手に出て道路を走り、民間の試験用ドローンが充電設備から離脱する。
「止める?」
アリス。
真鍋。
「もう止めてる」
「私も」
「まだ」
チャールズの声。
アリスが振り向く。
「でも数多い!」
「治安機関は動いています」
「調整室も?」
三岐。
「動いています。東中央区への一般交通遮断を開始」
「REGALIA」
『現場へ向かっています』
「KASANE」
『別経路から接近中』
「KAGEBŌSHI」
『西側群へ対応』
チャールズはアリスを見た。
「まだ」
アリスは両手を握った。
「……分かってる!」
行きたい。
全部。
見たい。
今なら自分が全系統へ指示を出せる。
でも。
待つ。
それが今の仕事だった。
*
最初の接続が確認されたのは、東中央区第五高架下だった。
KASANEが現場へ到着した時、小型機五体が同じ交差点へ集まっていた。六脚。車輪。壁面吸着。外装だけ見れば同一系列には見えない。KASANEは刀を抜かず、まず周辺市民の退避を優先した。
「対象五。民間人退避完了。拘束に入ります」
アリスは中央行政区から映像を見ている。
『了解』
その瞬間だった。
一体目の六本脚が内側へ折れた。
「……何だ?」
二体目の外装が左右へ開く。
三体目の腹部から、解析室で見たものと同じ端子が突き出す。
接触。
乾いた金属音。
一体。
二体。
三体。
電力表示が一つへ統合される。
「接続した?」
KASANEが一歩下がった。
四体目。
五体目。
それぞれが先に繋がった機体へ噛み合う。脚だったものが関節へ変わる。車輪だったものが腹面推進器になる。センサーブロックが先端へ集まり、五体の機械は短い一本の蛇のような形へ変形した。
「対象形状変化!」
KASANEが叫ぶ。
「五機が一機に――」
蛇体が動いた。
単独時とは速度が違った。身体を左右へ振り、路面と壁を交互に蹴、高架橋脚へ一瞬巻きついて方向を変える。
アリス。
「……何」
祝部。
「増えた?」
チャールズは映像へ顔を近づけた。
「いいえ」
一拍。
「繋がっています」
同時刻。
別の場所でも。
七体。
接続。
十一体。
接続。
三体。
接続。
新開市の各地に、短い蛇が生まれ始めた。
*
「蛇状対象四!」
治安指揮室で報告が飛ぶ。
「東中央二、河川区一、南物流区一!」
真鍋。
「蛇って何本って数えるんだ」
祝部。
「匹じゃない?」
「今どうでもいい!」
アリスは地図を見る。四本の蛇体はいずれも直接市民を襲ってはいない。だが道路を横切り、高架へ登り、制止する治安ドローンを弾き飛ばしながら、同じ方向へ進んでいる。
「全部中央行ってる」
三岐。
「はい」
「止める」
真鍋。
「こっちでやってる」
「私がまとめて」
チャールズ。
「アリスさん」
アリスが歯を食いしばる。
「分かってる!」
「では」
「でも、集まったら!」
「その時は」
チャールズは落ち着いて言った。
「その時の権限を使えばいい」
「忍耐嫌い!」
「最近よくおっしゃいますね」
「お前のせい!」
現場では、各系統がそれぞれ動いていた。治安機関は市民を退避させ、臨時安全調整室は進路上の道路を閉鎖し、REGALIAが一体の蛇体を建物から引き離す。KAGEBŌSHIは西側で別の蛇体を追い、四本の補助腕を展開して接続部を押さえ込んだ。力任せに破壊するのではなく、道路へ押しつけ、一つの関節だけを固定する。
河島はその映像を見ていた。
《接続率 二八%》
《生命反応回避 正常》
《衝撃上限制御 正常》
《建造物崩壊予測 正常》
計画通りだった。
技術者が報告する。
「市民退避が想定より早い」
「新開市ですから」
「REGALIA、治安機関、サムライの対応も想定以上です」
「それも承知しています」
「KAGEBŌSHI単独実証になりません」
河島は技術者を見る。
「単独である必要などありません」
「しかし広告効果が」
「KAGEBŌSHI以外を全部退場させて」
一拍。
「KAGEBŌSHIだけに勝たせれば」
「それは」
河島は薄く笑った。
「八百長でしょう」
技術者が黙る。
「REGALIAがいる。サムライがいる。NECROがいる。オールドユニオンまでいる。その中で」
モニター上のKAGEBŌSHIが蛇体の一関節を拘束する。
「それでも」
一拍。
「選ばれる」
「そこに価値があるのですよ」
*
午後三時十八分。
四本の蛇体が中央環状道路へ集まった。
そこはすでに臨時安全調整室の判断で一般車両が排除されていた。沿道建物にも避難指示が出ている。アリスが指示したのではない。真鍋でもない。調整室が、自分たちで判断した。
その判断が数分後、多くの人間を救うことになる。
一番長い蛇体が高架の上から落ちた。
路面へ激突する直前、身体を捻り、別の蛇体へ接触する。
接続。
二本が。
一つ。
になる。
残る二本も、高架柱と建物壁面を使って接近する。小型機が周辺道路から次々と流れ込み、巨大化した身体の隙間へ噛み合っていく。装甲になるもの。関節になるもの。電源になるもの。センサーになるもの。個々の形状は違う。それでも接続された瞬間、それぞれの役割が決まる。
道路一本では収まらない。
胴が。
太くなる。
長くなる。
高架道路へ。
巻き付く。
地上三十メートル。
頭部らしき構造が持ち上がる。
複数のセンサーが一斉に点灯した。
新開市側の識別系が、数秒間大量の小型機として表示し続けた後、突然一つに統合された。
《識別不能大型対象》
更新。
《群体接続型超大型ドローン》
さらに。
《Ō=MIDUCHI》
祝部が映像を見上げる。
「……怪獣じゃん」
アリスも言葉を失った。
「……でか」
チャールズは巨大な機体をしばらく見ていた。無数の独立した機械が、自分たちの脚や車輪や装甲を捨て、一つの長大な身体を作っている。
「随分と」
一拍。
「悪趣味な怪物ですね」
アリス。
「何が」
「今の貴女と」
「少し似ています」
アリスが勢いよく振り向いた。
「は?」
「一つずつなら」
「それぞれ」
「自分で動ける」
「……」
「ですが」
チャールズは巨大蛇を見る。
「皆が」
「一つへ」
「集まってしまった」
アリスはしばらく黙った。
オールドユニオン。
企業。
市民。
NECRO。
外国。
サムライ。
治安。
それぞれ自分で動けるはずのものが、安全だから、便利だから、信頼できるからと、アリスへ権限を接続した。
「……河島」
「そこまで考えて作った?」
チャールズ。
「おそらく考えていないでしょう」
「じゃあ言うな!」
「偶然の象徴は、意図された象徴より強いことがあります」
「学者ほんと嫌!」
*
オールドユニオン派遣群は即座に反応した。
『陛下』
「何!」
『大型敵性対象を確認。MAXIMILIAN六機による制圧許可を』
「待って!」
『対象規模は都市災害級です』
「分かってる!」
技術分析班から別回線が入る。
『接続構造判明。高出力攻撃は推奨しません』
「何で」
『接続部が一定衝撃を受けると、各ユニットが自動分離する設計です』
アリス。
「……は?」
『大型形態を砲撃破砕した場合、数百単位の小型機が周囲市街へ散開する恐れ』
真鍋。
『最悪じゃねえか』
OU司令官。
『では局所攻撃を』
「待って!」
アリスは巨大蛇を睨む。
一つに集まっているなら、大きな標的としては捕まえやすい。
でも。
殴れば。
また。
群れ。
「ほんと」
一拍。
「嫌な怪物!」
チャールズ。
「象徴性まで含めて?」
「それ言うな!」
現場からKAGEBŌSHIの運用班が新しい解析結果を送ってきた。
『接続点の物理拘束が可能』
アリス。
「破壊しない?」
『はい。関節部を固定した後、末端ユニットから順次接続解除。解除直後に個体拘束する方式を提案』
真鍋。
『時間かかるぞ』
『火力処理より市街への分散リスクは低い』
REGALIA側からも連絡。
『周辺散開個体の封鎖は対応可能』
KASANE。
『民間人退避、東側完了。南側継続中』
NECRO側。
『電子妨害では停止しない。接続制御だけ部分的に遅延可能』
OU司令官。
『外周封鎖へ回ります』
アリスは巨大な指揮図を見る。
誰も。
彼女の。
軍。
ではない。
でも。
それぞれ。
自分の仕事。
してる。
その中で。
KAGEBŌSHI。
確かに。
一番。
適している。
「KAGEBŌSHI」
一拍。
「右側の接続部!」
指が走る。
「そっちお願い!」
『了解』
KAGEBŌSHIが動いた。
祝部が横で「あ」と言った。
アリス。
「何」
「言ったな」
「何が」
「KAGEBŌSHIに」
アリスが止まる。
「……」
「仕事振った」
チャールズもアリスを見る。
アリスの顔が引きつった。
「……河島」
*
カワシマ重工の非公開運用室。
広報担当者。
「音声」
一拍。
「取得しました」
河島はモニターを見ている。
アリスの声。
『KAGEBŌSHI、右側の接続部! そっちお願い!』
世界中の企業が欲しがるであろう、ほんの数秒。
広報担当。
「配信へ流しますか」
河島。
「まだです」
「しかし」
「まず」
一拍。
「人を」
「助けましょう」
河島の視線はKAGEBŌSHIから逸れない。
KAGEBŌSHIは巨大蛇の頭部へ向かわなかった。英雄ならそこを狙う。カメラ映えもする。だが都市守護機に必要なのは首を落とすことではない。右側胴部の接続関節へ潜り込み、二本の主腕で蛇体を持ち上げ、補助腕を一本ずつ差し込む。力をかけすぎれば分離する。弱すぎれば暴れる。機体制御が衝撃限界値の直下を維持しながら、巨大な身体を道路へ押しつける。
REGALIAが外周へ逃げようとする小型機を止める。
KASANEが残っていた市民を建物内から運び出す。
NECRO兄弟姉妹が接続信号へノイズを送り、再結合速度を下げる。
真鍋の治安機関が回収班を配置する。
OUのMAXIMILIANは火器を下げたまま外側の道路を封鎖した。
そしてKAGEBŌSHIが。
一つ。
関節。
外す。
分離した二機を。
補助腕。
そのまま。
掴む。
逃がさない。
現場の技術員。
『分離成功!』
河島は小さく頷いた。
「そうです」
一拍。
「それが」
「見せたかった」
KAGEBŌSHIは強かった。
本当に。
優秀だった。
河島が嘘をついていたわけではない。
*
中央行政区で、アリスはその映像を見ながら拳を握っていた。
「上手い」
祝部。
「KAGEBŌSHI?」
「うん」
「言っていいの?」
「良いものは良い!」
チャールズが少し笑う。
「現在行動評価ですね」
「河島が嫌でも」
「機体今、人助けてる」
「なら?」
アリス。
「良い」
そして。
別のことも。
分かる。
「でも」
アリスは指揮画面を見る。
「これ」
「私に」
「言わせるため?」
三岐。
「証拠はまだありません」
「分かってる」
チャールズ。
「可能性はあります」
「河島」
「KAGEBŌSHI」
「選ばせたかった?」
祝部。
「世界中が見てる」
アリス。
「最悪」
だが。
さっきの指示。
撤回。
できない。
間違っていない。
今の状況ではKAGEBŌSHIが最適だった。
河島の目論見に利用されたとしても。
市民を助けるには。
正しい。
アリスはそれが一番腹立たしかった。
「正しいこと」
一拍。
「利用すんなよ」
チャールズ。
「政治と広告は」
「しばしば」
「そこを使います」
「社会学者の解説いらない!」
*
河島側の表示では、接続率が上がり続けていた。
三十一。
四十二。
五十六。
計画上の最大大連結率は六十パーセント。そこまで到達した段階で接続拡大を停止し、KAGEBŌSHIを中心とする新開市側戦力が解体処理を行う。それが実証計画だった。
技術者。
「接続率六十」
河島。
「拡大停止」
「送信します」
数秒。
「……停止しません」
河島の笑顔は残っている。
「通信障害?」
「確認します」
六十四。
六十七。
七十一。
別の技術者。
「待ってください」
「何です」
「接続個体数」
「予定と合いません」
河島が画面を見る。
「何機」
「登録母数を超えています」
初めて。
河島の笑みが。
僅かに。
薄くなった。
「どういう意味です」
「未登録ユニットが」
一拍。
「接続網に参加しています」
「我々の機体ではない?」
「はい」
市内映像が次々に開かれた。
市民公認ヴィランが正規ユニットを参考に改造した粗製コピー。
企業が互換性試験のため独自に製造した試作品。
補修業者が交換部品から組み上げた再生機。
過激派がジャンクパーツで作った模倣機。
河島が流した部品と規格。
そこから。
人が。
勝手に。
増やした。
機械。
それらが。
接続信号を。
拾っている。
「遮断」
「送っています!」
「個別停止」
「登録外です!」
「物理的に切り離せ」
「新開市側がすでに対応しています!」
七十八。
八十一。
Ō=MIDUCHIの身体へ。
新しい。
部品。
次々。
入る。
*
「また増えてる!」
アリスが叫ぶ。
巨大蛇の後方へ、小型機が次々と吸い寄せられている。KAGEBŌSHIが一方で身体を解体しているのに、反対側では新たなユニットが繋がり、失った長さを補っている。
真鍋。
『製造番号ない奴が混ざってる!』
「河島のじゃない?」
『一部違う!』
「誰の!」
『分からん! ヴィランの自作、企業試験機、違法改造、何でもいる!』
祝部。
「街が参加してる?」
アリス。
「参加すんな!」
チャールズは巨大なŌ=MIDUCHIを見ていた。
「アリスさん」
「何!」
「覚えていますか」
「何を!」
「制度を動かすのは」
一拍。
「人間だと」
「覚えてる!」
「怪物も」
チャールズは続ける。
「同じですね」
アリスが彼を見る。
「作った奴の」
「思い通りには」
「ならない?」
「群れを」
一拍。
「社会へ配った時点で」
「それはもう」
「作った一人の所有物ではありません」
アリスはŌ=MIDUCHIへ目を戻す。
自分と。
似ている。
それが。
さらに。
嫌。
河島が一人で作った怪物ではない。
河島が部品を置いた。
ヴィランが使った。
企業が真似た。
市民が改造した。
過激派が増やした。
新開市が。
勝手に。
接続した。
そして今。
誰一人。
全体を。
持っていない。
「……河島」
アリスは低く言った。
「お前」
一拍。
「どこまで」
「作った」
チャールズ。
「おそらく」
「何」
「彼自身にも」
一拍。
「もう」
「分からないでしょう」
*
大泉晴翔は、その映像を日本側施設の一室で見ていた。
側近。
「先生」
「はい」
「Ō=MIDUCHI」
「ええ」
「河島さん、本当にやった」
「やりましたね」
「驚かない?」
「少しは」
「楽しそうですよ」
「面白いですから」
画面の中でKAGEBŌSHIがŌ=MIDUCHIの関節を一つずつ外している。REGALIAが周囲を封鎖し、MAXIMILIANは火力を使わず外周を守り、サムライが人を運び、NECROが電子支援する。アリスは中央から必要最低限の調整だけを行っている。
「河島さん」
晴翔。
「欲しかったものを」
「一つ」
「もらいましたね」
「アリスさんの指示?」
「ええ」
「じゃあ成功?」
「一部は」
側近。
「先生は何かします?」
「いいえ」
「TEN=GUは?」
「まだ」
「MIKOSHI=NYUDO」
「まだ」
「KYO=KOTU」
晴翔は少しだけ笑った。
「まだです」
「待つんですか」
「ええ」
「河島さん、待てなかった」
「そうですね」
「先生が一番待ってるじゃないですか」
晴翔はその言葉を少し考えた。
「人は」
一拍。
「変わるものです」
「絶対ブラウン教授のこと馬鹿にしてるでしょう」
「いいえ」
「じゃあ」
「感謝しています」
画面。
Ō=MIDUCHI。
接続率。
上昇。
晴翔の笑みが少し深くなる。
「それに」
「何」
「今は」
一拍。
「私が何かするより」
「河島さんが」
「自分で作った怪物に」
「驚いている方が」
「ずっと面白い」
*
午後四時二分。
Ō=MIDUCHIは中央環状道路の高架へ巨大な身体を巻き付けた。全長は当初計画をすでに大きく超えている。頭部はビルの中層階に届き、胴体は高架を二度巻き、さらに道路へ垂れ下がっていた。それでも生命反応回避機能の大部分は働いている。積極的に人間を踏み潰そうとはしない。河島がそこまで悪趣味な怪物を作ったわけではない。
だからこそ。
止めにくい。
大火力は使えない。
壊せば散る。
散ればまた集まる。
新開市側は、一つずつ外すしかない。
KAGEBŌSHIが一関節。
REGALIAが二機。
治安機関が三機。
NECROが再接続を妨害する。
市民公認ヴィランだったサムライまで、自分たちが使っていた改造ユニットが怪物へ吸収されたことに気づき、今度は回収作業を手伝い始めた。
誰も。
アリスの。
軍ではない。
誰も。
河島の。
完全な。
怪物ではない。
それでも。
街。
全体が。
一つの。
巨大な。
現象。
処理。
している。
アリスはその光景を見ながら、ふと自分の頭の上にある見えない王冠を思った。
これも。
同じ。
だった。
誰か一人が。
全部。
載せた。
わけではない。
一人。
少し。
二人。
少し。
国。
少し。
企業。
少し。
家族。
少し。
善意。
少し。
恐怖。
少し。
それを。
全部。
繋いだ。
結果。
巨大な。
女王。
できた。
でも。
今日。
新開市がŌ=MIDUCHIへしていることは。
一撃。
倒す。
こと。
ではない。
一つずつ。
外す。
外したもの。
捕まえる。
また。
勝手に。
繋がらないよう。
別々に。
戻す。
「……同じじゃん」
アリスが小さく呟いた。
チャールズ。
「何がです?」
「私の」
一拍。
「やってること」
チャールズは少し考えた。
「ええ」
「嫌」
「しかし」
「何」
「良い練習では」
アリスが睨んだ。
「怪物で練習させるな!」
*
カワシマ重工の運用室では、接続率が八十四パーセントへ達していた。
「停止指令」
「応答ありません」
「正規ユニットは?」
「一部応答。ですが未登録個体を切り離すと構造全体が自律再配分します」
「制御中枢」
「複数化しています」
「誰がそんな設計を」
技術者が言葉を失う。
河島自身が。
した。
一点。
潰されても。
動ける。
ように。
都市戦で。
強い。
怪物。
するため。
だった。
ただし。
その設計へ。
知らない。
部品。
混ざる。
こと。
想定。
していない。
河島は巨大蛇の映像を見る。
KAGEBŌSHIが働いている。
素晴らしい。
完璧に近い。
自分が見せたかった性能を、今まさに世界中へ示している。
その一方。
怪物。
想定より。
大きい。
広報担当者が小さく尋ねる。
「河島さん」
「何でしょう」
「映像」
「公開しますか」
河島は答えなかった。
少し前なら。
即答。
できた。
今は。
できない。
計画した。
成功。
計画していない。
危険。
同じ画面に。
映っている。
世界へ。
どちらだけ。
見せる。
こと。
できない。
Ō=MIDUCHIの巨大な頭部が高架の上で持ち上がる。
複数の目。
一斉に。
点灯。
《接続率 八七%》
技術者。
「まだ」
「増えています」
河島。
「何機」
「分かりません」
「概算」
「百二十以上」
「当初計画外だけで?」
「はい」
河島は。
初めて。
完全に。
笑わなかった。
*
新開市の中央で、Ō=MIDUCHIが身体を持ち上げた。
誰か一人が作った蛇ではない。
カワシマ重工が作った。
だけでは。
ない。
河島が。
怪物の。
骨。
作った。
企業が。
肉。
足した。
ヴィランが。
鱗。
足した。
市民が。
勝手に。
模倣。
した。
過激派が。
牙。
作った。
そして。
新開市が。
全部。
繋いだ。
群体接続型超大型ドローン。
《Ō=MIDUCHI》。
河島玄隆は、KAGEBŌSHIに倒される怪物を作ったつもりだった。
確かに。
KAGEBŌSHIなら。
倒せる。
それも。
嘘ではない。
ただし。
河島が。
最初に。
用意した。
大きさ。
なら。
アリスは巨大な蛇を見上げた。
「……河島」
怒っていた。
でも。
その怒りとは別に。
少し。
分かった。
怪物も。
王冠も。
一度。
社会へ。
渡した。
後。
作った者。
一人の。
もの。
では。
なくなる。
だから。
壊す。
だけでは。
駄目。
全部。
焼く。
わけにも。
いかない。
一つずつ。
外す。
街へ。
戻す。
そのために。
時間。
かかる。
チャールズが隣で、静かに紅茶のカップを置いた。
「アリスさん」
「何」
「急がず」
「分かってる!」
アリスは指揮画面へ向き直った。
「KAGEBŌSHI、次の関節!」
『了解』
「REGALIA、外れた奴逃がさない!」
『了解』
「KASANE、市民優先!」
『了解!』
「OUは撃つな!」
『承知しました、陛下』
「陛下言うな!」
巨大な蛟が。
新開市。
身を。
くねらせる。
その身体から。
一つ。
また。
一つ。
部品。
外れる。
しかし。
別の場所では。
新しい。
部品。
繋がる。
大蛟を解体する戦いは。
王冠を解体する戦いと。
同じように。
一撃では。
終わらない。
そして。
そのことを。
誰よりも。
面白がって。
見ている。
男が。
まだ。
何も。
していなかった。
《TEN=GU》。
《MIKOSHI=NYUDO》。
《KYO=KOTU》。
大泉晴翔の本当の土産は、まだ一つも箱から出ていない。
新開市は。
それを。
知らないまま。
まず。
自分たちで。
大きくしてしまった。
一匹の。
大蛟と。
向き合っていた。




