↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
400/435

第400話 しかるべき警告

 海井雫は、NU=Eの視界越しに大泉晴翔を見ていた。日本国代表団の車列は既に本来の経路から外れ、REGALIAとサムライ・ヒーローたちに守られながら迂回路へ移行しつつある。GASYA=DOKUROが前方で白銀の守護機と押し合い、ON=MORAKIは高架の隙間を縫ってKASANEとGhost Heroを引きつけている。その中央、装甲車両の窓越しに、晴翔は相変わらず笑っていた。三妖機が暴れ、自分自身も危険の中にいるのに、それでも笑う。その顔を見た瞬間、雫の中で、昨日から何度も考えていた言葉がまた浮かんだ。普通に倒しても駄目だ。悪事を暴いても、失脚させても、捕まえても、あの男は別の席へ移る。悪党から被害者へ、被害者から政治家へ、政治家から調整役へ。出口を使い、失敗を再生へ変え、何度でも戻ってくる。アリスは殺さない。義弘も、戻れなくすることを拒む。ならば、その二人よりも強大で、個人の再生など知ったことではない存在へ晴翔をぶつければいい。雫はそう結論した。


「……晴翔じゃない」


 背後にいた職員が聞き返す。


「何です?」


 雫は答えず、NU=Eの視界を横へ振った。車列のさらに外側、事故対応区域の境界近くに、一機の無彩色の機械が立っている。新開市側の機体ではない。企業製でも、日本国製でもない。人型からわずかに外れた、余計な威圧感を持たない姿。救助導線の確保と中立インフラ保全のために配置されていたアライアンスの《VPVD》。


 雫の目が細くなる。


「……いた」


「何がです」


「もっとでかいの」


「海井さん?」


 雫はNU=Eの進路を変えた。


 車列を狙っていた機体が、突然、晴翔の乗る車両を飛び越える。REGALIAの判断系が一瞬だけ切り替わり、日本側警備サムライが「進路変更!」と叫ぶ。比嘉の声が車内から通信へ漏れた。


『何です!?』


 晴翔も、さすがに一瞬だけ目を見開いた。


『……おや?』


 次の瞬間、NU=EはVPVDへ激突した。


 鈍い衝撃音が道路へ響いた。VPVDは二歩ほど押されただけで転倒せず、即座に姿勢を戻した。武器を構えるより先に、その外装へ簡潔な警告表示が走る。


『中立インフラへの物理干渉を確認しました』


『停止してください』


 雫は止めなかった。NU=Eを反転させ、今度は腕部を叩き込む。VPVDは受け流し、機体を掴んで地面へ押さえつけた。


『警告を更新します』


『現在行動:継続的敵対』


『これ以上の干渉には自衛行動を実施します』


「上等」


 職員の顔色が変わる。


「海井さん、何をしているんです!」


「見れば分かるでしょ」


「アライアンスを攻撃しています!」


「うん」


「止めてください!」


「嫌」


「何のために!」


 雫は一度だけ背後を振り返った。投げやりな顔だったが、その目だけは妙に澄んでいる。


「晴翔、普通に倒しても戻るから」


「だからアライアンスを利用する?」


「アリスはあいつ殺さない。義弘も、戻れなくするの嫌がる」


「それで?」


「もっと強い奴にやらせる」


 職員が絶句する。


「あなた自身も対象になりますよ」


「知ってる」


「《能力切断》の再評価が入る可能性があります。技能転用プログラムどころではありません」


「知ってる」


「では、なぜ」


 雫は画面へ視線を戻した。VPVDがNU=Eを押し倒し、物理的に制圧しようとしている。それでもNU=Eは腕を伸ばし、脚を動かし、再び襲いかかろうとする。


「……ここで何もせず」


 一拍置き、雫は小さく言った。


「そのうち皆に忘れられるより、マシ」


 職員が言葉を失う。


「アリスだけじゃない」


「……」


「義弘も、兄弟姉妹も、晴翔も」


 雫は自嘲するように口元を歪めた。


「一回くらい」


「私がいたって」


「思い出せばいい」


 その言葉を口にした後、自分で嫌になったらしい。


「……最低」


 それでも、NU=Eを止めなかった。


     *


 療養施設の病室では、津田義弘が配信映像を見ていた。日本国代表団車列への三妖機襲撃は既に治安機関と日本側の共同チャンネルで共有されており、義弘もベッド上の端末から状況を追っていた。そこまでは、まだ晴翔の仕込みだと考えていた。何のためかは知らない。しかし、あの男なら自分自身を危険へ置いてでも何かを得ようとする。今さら驚くことでもない。ところがNU=Eが晴翔の車列を飛び越え、VPVDへ突撃した瞬間、義弘の表情が変わった。


「……馬鹿」


 トミーが耳を動かす。


「誰」


 NU=Eが再びVPVDへ襲いかかる。画面に《中立インフラへの継続的敵対》という判定が表示された。


 義弘は飛び起きた。


「馬鹿ッ!」


「おい!」


 肋骨が痛んだのか、一瞬だけ顔が歪む。それでも義弘はベッド脇へ置かれていた白のサムライ・スーツへ手を伸ばした。療養用に出力を落とした補助系しか接続されていない。胸部固定も完全ではない。左膝の警告は常時点灯している。それでも装着を始める。


「義弘!」


 トミー。


「何やってる!」


「雫だ」


「何が!」


「NU=E」


 義弘は肩部固定を乱暴に締めた。


「あいつが触ってる」


「何で分かる」


「こんな雑な近道」


 一拍。


「晴翔より雫だ」


 病室の隅で、シュヴァロフが立った。巨大な黒い身体が出口を塞ぐ。


「どけ」


 シュヴァロフは動かない。


「どけって」


 巨大な腕が横へ伸びる。アリスから与えられた命令は明確だった。義弘を病室から出すな。


 義弘は歯を食いしばった。


「雫が危ねえ」


 動かない。


「アライアンスを殴った」


 シュヴァロフの頭部が僅かに傾く。


「ジュリウスが来る」


 それでも退かない。


 義弘は一歩近づいた。


「このままだと」


 一拍置く。


「あいつ、戻れなくされる」


 シュヴァロフの巨大な腕は動かない。


「アリスが出口作った」


「俺が一回守った」


「そこで今」


 義弘はシュヴァロフを真正面から見る。


「見殺しにしたら」


 一拍。


「全部、嘘になる」


 それでもシュヴァロフは命令を守った。


 義弘は小さく息を吐いた。


「……悪い」


 次の瞬間、出口とは逆方向へ走った。


 トミー。


「そっち窓!」


「知ってる!」


 義弘は病室の非常整備窓を開き、腰部ワイヤーを外壁へ撃ち込んだ。シュヴァロフが即座に巨大腕を伸ばす。義弘の肩を掴む寸前、白いスーツの補助ブーストが短く噴き、身体が窓外へ滑り落ちた。


「四回目!」


 トミーの声が背後から飛んでくる。


「数えてる場合か!」


 左膝へ激痛。胸部固定へ警告。視界の端に《運動継続非推奨》が赤く点滅する。


「うるせえ!」


 義弘は誰にともなく怒鳴り、ワイヤーを次の建物へ撃ち込んだ。


 シュヴァロフも当然、追った。


     *


 アリスへ義弘の離脱報告が届いた時、彼女はまだサムライ・ヴィランの《離席》処理を続けていた。KUROGANEの自主武装解除を皮切りに、各地区で複数の未登録サムライが武器を置き始めている。その安全確保、司法処理、合法的な装備転用、企業試験枠への移行。まだ制度が荒く、少し判断を誤れば「女王による私的恩赦」と批判されるため、三岐や真鍋と一つずつ確認していたところだった。


『津田義弘、療養施設から離脱』


 アリス。


「……」


 祝部。


「アリス?」


「殺す」


「誰を」


「義弘」


「今日は晴翔じゃないんだ」


「あとで両方」


 真鍋が別回線を開く。


『行先出た』


「どこ」


『海井雫の収監施設』


 アリスの怒りが一瞬止まった。


「……雫?」


『NU=Eの操作系に外部侵入痕。収監施設側から権限逸脱警告も出てる』


「雫が」


 一拍。


「やった?」


『可能性高い』


 アリスは画面を見る。NU=EがVPVDへ二度目の攻撃。VPVDは既に自衛行動へ移行し、機体を地面へ叩き伏せている。


「何してるの」


 アリスの声が低くなる。


「あいつ……」


 祝部。


「アライアンス呼び出したかった?」


 アリスは答えなかった。


 でも。


 分かった。


 雫。


 晴翔。


 止めたい。


 普通。


 無理。


 なら。


 もっと。


 強い。


 何か。


 ぶつける。


「……馬鹿」


 今度の言葉には、義弘と同じ種類の焦りが混じった。


     *


 NU=Eの行動を最も意外そうに見ていたのは、大泉晴翔本人だった。車列の護衛配置を崩し、日本側へ新開市の不安定さを印象づける。そのために出した機体が、突然自分の意図を離れ、アライアンスのVPVDへ突撃したのである。


「……おや?」


 比嘉が即座に晴翔を見る。


「何です、その反応」


「予想外です」


「あなたの指示じゃないんですか!」


「違います」


「本当に!?」


「これは本当に」


 晴翔は窓の外を見る。VPVDがNU=Eを地面へ押さえ込み、警告表示が広がっている。


「誰が」


 側近が青い顔で訊く。


「海井さんでしょうね」


「何で分かるんです!」


「こういう」


 一拍。


「乱暴な近道を」


 晴翔は、思わず笑った。


「思いつきそうなので」


「笑うところじゃない!」


 そして晴翔は、さらに届いた情報へ目を通した。アライアンス側で中立インフラ侵害判定。海井雫の権限外操作。CRADLE LESSONの介入可能性。


 その瞬間。


 晴翔の目が。


 明らかに。


 輝いた。


「これは」


 側近。


「何です」


「素晴らしい」


「何がですか!」


「アライアンスが」


 一拍置く。


「前へ出てくるかもしれない」


 比嘉。


「あなた、自分が排除対象になる可能性分かってます?」


「もちろん」


「怖くないんですか!」


 晴翔は少し考えた。


「怖いですよ」


「じゃあ」


「だから」


 心底楽しそうに。


「見たいんです」


「何を!」


「私を」


 一拍。


「アライアンスが」


「本気で排除しようとした時」


 晴翔は窓の向こうの戦闘を見る。


「アリスさんがどうするか」


「津田さんがどうするか」


「海井さんが」


「どこまで行くか」


 側近が顔をしかめる。


「あなた、本当に最低ですよ」


 晴翔。


「ありがとうございます」


「褒めてない!」


「知っています」


     *


 アライアンス側の判定は、感情より早かった。最初のNU=Eによる接触は単発の物理干渉。二度目で継続的敵対。三度目の攻撃準備が確認された時点で、現在行動評価は一段階上がった。攻撃元の解析もほぼ同時に進み、NU=Eの元運用系統が大泉晴翔へ繋がっていること、今回の直接操作が海井雫の権限逸脱によって上書きされていること、その両方が切り分けられていく。アライアンスは騙されなかった。晴翔の攻撃だと誤認することもなかった。だが、それでも問題は残った。海井雫は意図的に中立インフラを攻撃し、そのために外部ネットワークへ不正侵入した。


 氷の母。


『現在行動を』


 ジュリウス・ニエレレ。


「中立インフラへの」


 一拍。


「継続的攻撃」


『評価は』


「危険」


 短い沈黙。


『《CRADLE LESSON》を』


 一拍。


『実施してください』


「了解」


 それだけだった。


 ジュリウスは普段、新開市の雑踏へ溶け込むための服装をしていた。軍人に見えない。歩き方も、視線も、呼吸も、何も残さない。だがその日、彼は正式装備を身につけた。無彩色の薄い戦闘装甲。衝撃吸収材。対サイバー干渉遮断層。複数の非致死制圧機構。必要な時だけ輪郭を消す光学迷彩。派手さはない。軍服ですらない。しかし見る者が見れば、それが人間を戦場へ送り込み、必ず仕事を終わらせて帰すための装備だと分かる。


 VPVDを守るために、ジュリウス自身が現場へ向かうわけではない。


 機械を壊しても。


 また。


 同じ人間。


 別の機械。


 触る。


 なら。


 原因。


 止める。


 任務は一つ。


 **中立インフラを破る者へ、しかるべき警告を。**


 ジュリウスの姿が光学迷彩に溶けた。


     *


 義弘は、ジュリウスがどこへ行くか分かっていた。VPVDではない。NU=Eでもない。あの男は、前回もそうだった。表面の道具を止めるのではなく、脅威を継続させる能力そのものへ手を伸ばす。


「NU=Eじゃねえ」


 ワイヤーを巻き取りながら呟く。


「雫だ」


 白いサムライ・スーツの警告は増え続けている。《左膝補助出力低下》《胸部固定不全》《右肩可動域制限》《戦闘行動非推奨》。義弘は一つも消さなかった。消しても身体が治るわけではない。


 勝てない。


 それも分かっている。


 前回。


 思い知った。


 ジュリウスは、今の義弘どころか万全の義弘でも真正面から勝てる相手か怪しい。世界最高峰のプロフェッショナル。戦うためではなく、任務を終えるために人間を捨てられる種類の兵士。


 だから。


 勝つ。


 必要は。


 ない。


 時間。


 稼ぐ。


 アリス。


 真鍋。


 治安機関。


 誰か。


 来る。


 まで。


 不可逆。


 やらせない。


 それだけ。


 義弘は収監施設の屋上が見える位置まで来ると、着地の衝撃に左膝が崩れかけた。壁へ手をつき、呼吸を整える。


「……歳だな」


 その横。


 シュヴァロフ。


 音もなく。


 着地。


 義弘。


「お前まで来たのか」


 黒い巨体は何も答えない。


「アリスの命令?」


 無言。


「俺捕まえに?」


 巨大腕が一つ伸びる。


 義弘。


「今は待て」


 シュヴァロフは止まる。


「中」


 一拍。


「雫」


「外」


「もっとやべえの」


 シュヴァロフ。


 僅か。


 頭。


 傾ける。


 義弘。


「見えねえけどな」


     *


 収監施設前は、不自然なほど静かだった。外周警備は内部のサイバー侵入警告を受けて増員されているが、ジュリウスの姿は見えない。義弘は正面玄関へ向かわず、少し離れた保守通路脇に立った。前回の戦いで学んだことがある。ジュリウスは「見えない」のではない。「見える必要がない」時に見えなくなる。だから、こちらが探しても意味は薄い。


「いるんだろ」


 返事はない。


 義弘は腰の小型発射器を抜いた。


 装填されているのは非致死性のマーキング弾だった。かつてVX-07 HOUNDの光学迷彩へ対抗するため、都市戦用装備へ追加したもの。着弾すると粘性顔料と微細反射材を広く撒き、輪郭を可視化する。


「一発」


 何もない空間へ。


 撃つ。


 弾は壁へ当たり、塗料が弾けた。


 義弘は動かない。


 二発目。


 少し右。


 撃つ。


 今度は。


 途中で。


 弾道。


 変わった。


 見えない何かが指先で弾いたように、マーキング弾が横の舗装へ逸れる。


 義弘の口元が。


 僅かに。


 上がる。


「やっぱ」


 一拍。


「いるじゃねえか」


 空気。


 揺れる。


 輪郭。


 現れる。


 光学迷彩が解除されると、ジュリウス・ニエレレがそこに立っていた。無彩色の正式装備。前回の普段着とはまるで違う。それでも姿勢も表情も変わらない。


「退いてください」


 義弘。


「嫌だ」


「津田義弘」


「名前覚えてたか」


「はい」


「光栄だね」


 義弘が三発目を構えた。


 次の瞬間。


 ジュリウス。


 消える。


 いや。


 動いた。


 義弘が反応した時には、長い脚が目前まで来ている。蹴りが右前腕へ入った。発射器が弾け飛び、壁へ叩きつけられる。


「……っ!」


 肋骨まで響く。


 義弘。


 一歩。


 下がる。


「やっぱ」


 息を整えながら。


「化け物だな」


 ジュリウス。


「あなたは戦闘可能な状態ではありません」


「知ってる」


「戻ってください」


「嫌だって」


「海井雫は」


 一拍。


「中立インフラへの継続的攻撃を実行しました」


「知ってる」


「なら」


 義弘。


「だから来た」


 ジュリウスの表情は変わらない。


「今回は」


 一拍。


「あなたに」


「彼女を庇う理由はありません」


 義弘が少し笑った。


「前もねえよ」


「……」


「庇いたくて」


 一拍。


「庇ってるんじゃねえ」


 ジュリウス。


 僅か。


 間。


「ヒーローだから」


 義弘。


 一瞬。


 目。


 丸く。


「覚えてんじゃねえか」


「記録しています」


「かわいくねえな」


 ジュリウスは収監施設へ視線を向ける。


「今回は」


 一拍。


「彼女自身が」


「出口を捨てました」


 その言葉に、義弘の顔から少しだけ笑みが消えた。


 雫が。


 自分で。


 プロテクト。


 破った。


 自分で。


 NU=E。


 奪った。


 自分で。


 VPVD。


 殴った。


 アライアンス。


 呼んだ。


 義弘。


「……ああ」


「なら」


「だからって」


 一拍。


「出口」


「塞いでいい理由には」


「ならねえ」


 ジュリウス。


「出口を塞ぐのではありません」


「同じだ」


「彼女が」


 一拍。


「同じ能力で」


「再び中立インフラを攻撃できないようにする」


「能力切断」


「はい」


「本人にとっちゃ」


 義弘。


「ほとんど人生だぞ」


「その能力を」


 一拍。


「本人が」


「攻撃へ使用しています」


 義弘は答えなかった。


 正しい。


 ジュリウスは。


 正しい。


 雫は。


 やった。


 止めるべき。


 それでも。


 切る。


 壊す。


 戻れない。


 そこ。


 だけ。


 駄目。


「じゃあ」


 義弘は腰へ手を伸ばした。


 都市戦用ブレード。


 抜く。


 白いスーツの警告が一斉に増える。


《左膝負荷限界接近》


《胸部損傷リスク》


《戦闘継続非推奨》


 ジュリウスが刀を見る。


「あなたは」


 一拍。


「私には」


「勝てません」


 義弘。


「それも知ってる」


「では」


 義弘は刀を構えた。


「勝つために」


 一拍。


「来たんじゃねえ」


     *


 施設内部で、雫は職員に肩を掴まれながらもNU=Eへの接続を維持していた。強制切断処理が始まり、接続可能時間はもう長くない。その一方で、別の警備チャンネルへ異常が出た。施設外周。未登録戦闘反応。白いサムライ・スーツ。


 雫。


「……」


 職員。


「接続を切ります!」


「待って」


「もう待てません!」


「外」


「何です」


 雫は施設監視映像へ目をやった。


 義弘。


 いる。


 白いスーツ。


 また。


 病院。


 抜けた。


 また。


 自分。


 ところ。


 来た。


「……何で」


 声。


 小さい。


「何で来るの」


 職員。


「津田さん?」


「来るなよ……」


 義弘の前に、無彩色の男。


 ジュリウス。


 雫の顔から。


 血の気。


 引く。


「馬鹿」


 どっち。


 自分。


 か。


 義弘。


 か。


 分からない。


「来るなよ!」


 今度は。


 声。


 大きい。


 当然。


 外。


 届かない。


 雫はNU=Eへの接続を切ろうとした。


「やめる」


 職員。


「何を」


「切る」


「すぐに!」


 雫。


 操作。


 でも。


 遅い。


 画面上。


《中立インフラ侵害判定:確定》


《CRADLE LESSON介入:実行段階》


 雫。


 止まる。


「……もう」


 一拍。


「回った?」


 職員は意味が分からない。


 雫には。


 分かった。


 歯車。


 一度。


 噛ませた。


 後。


 自分。


 止めたい。


 思っても。


 他人。


 もう。


 動く。


 晴翔が。


 ずっと。


 やっていた。


 こと。


 今。


 自分。


 やった。


「……最悪」


 雫。


 自分。


 言う。


「晴翔より」


「出口」


「作ってないじゃん」


     *


 中央行政区では、アリスが状況図の前で本気で頭を抱えていた。三妖機。日本国代表団。雫のNU=E乗っ取り。アライアンスのCRADLE LESSON。病院から脱走した義弘。離席対応中のサムライ・ヴィラン。全てが同時に動いている。


「何で!」


 祝部。


「何が」


「全員」


 一拍。


「勝手に」


「動くの!」


 祝部は一瞬考えた。


「お前が」


「自分で動けって」


「言ったから?」


 アリスが凄まじい目で睨む。


「悪い方まで!」


「自律ってそういうもんだろ!」


「嫌!」


「でも王様が全部決めるよりいいんだろ!」


 アリス。


 黙る。


 腹が立つ。


 でも。


 正しい。


 自分で考えろ。


 私を見るな。


 自分で助けろ。


 そう言った。


 自律。


 善意だけ。


 生まない。


 雫も。


 自分で。


 考えた。


 最悪の。


 答え。


 出した。


「……義弘」


 真鍋。


『収監施設前。未確認戦闘反応二』


「片方義弘」


『もう片方』


 アリスの顔が。


 硬くなる。


「ジュリウス」


 祝部。


「行く?」


 アリス。


 立ちかける。


 止まる。


 今。


 自分。


 行けば。


 どうなる。


 アライアンス。


 アリス。


 直接。


 衝突。


 世界。


 見る。


 女王。


 中立インフラ。


 戦争。


 晴翔。


 喜ぶ。


 雫。


 狙い。


 成功。


 する。


 でも。


 義弘。


 怪我。


 してる。


「……っ」


 アリスは歯を食いしばった。


「真鍋」


『何だ』


「治安機関」


「施設」


「急いで」


『もう向かってる』


「私」


「……」


 祝部。


 何も言わない。


「私」


 一拍。


「まだ」


「行かない」


 それは。


 ものすごく。


 苦しい。


 判断。


 だった。


     *


 晴翔のところへも情報は集まっていた。海井雫がNU=Eを乗っ取った。VPVDを攻撃。CRADLE LESSONが正式介入。津田義弘が病院を脱走し、雫の収監施設へ。アリスはまだ中央行政区を動いていない。


 側近。


「先生」


「はい」


「これ」


 一拍。


「あなたの計画じゃ」


「ありません」


「本当に」


「全く」


「怖くないんですか」


 晴翔は窓の外を見た。三妖機の戦闘は収束へ向かっている。だが今、本当に面白い場所はそこではない。


「怖いですよ」


「なら」


 晴翔。


 笑う。


「最高です」


 側近。


 顔。


 引きつる。


「アライアンスですよ」


「ええ」


「津田さん、また行ってます」


「ええ」


「海井さんは自分で能力切断されるところまで踏み込んだ」


「ええ」


「アリスは」


「まだ動かない」


 晴翔は。


 それを。


 聞いて。


 さらに。


 嬉しそう。


「素晴らしい」


「何が!」


「誰も」


 一拍。


「私の予想通りではない」


 晴翔。


 窓。


 見る。


「だから」


「面白い」


     *


 収監施設前。誰もいないように見える通路で、二人の男が向かい合っていた。片方は白いサムライ・スーツ。装甲の補修跡が残り、胸部固定は不完全。左膝の補助系は既に警告域。肩も完全には上がらない。それでも刀を抜いている。もう片方は無彩色のCRADLE LESSON正式装備。傷一つない。呼吸も乱れていない。前回、一方的に義弘を叩き伏せた男。


 ジュリウス。


「最後に」


 一拍。


「警告します」


「退いてください」


 義弘。


 刀。


 僅か。


 上げる。


「奇遇だな」


「何がです」


 義弘は痛む左足へ体重を乗せ、構えを作った。


「俺も」


 一拍。


「警告しに」


「来た」


 ジュリウスの目が僅かに細くなる。


「誰に」


 義弘。


 笑う。


「お前にだ」


 少し離れた場所では、シュヴァロフが二人を見ていた。アリスの命令を守るなら義弘を連れ戻すべきだった。しかしその先には収監施設がある。中には雫がいる。シュヴァロフは、まだ動かなかった。


 施設内部では、雫が監視映像を見ていた。


「やめろ」


 義弘には届かない。


「もういいから」


 届かない。


「帰れよ」


 届かない。


 ジュリウスが僅かに重心を落とす。


 義弘も刀を構える。


 雫の喉が震える。


「私」


 一拍。


「思い出してほしいなんて」


「言ってないだろ」


 嘘だった。


 言った。


 心の中で。


 願った。


 一回くらい。


 自分がいたと。


 思い出してほしい。


 その結果。


 一番。


 自分を。


 忘れていなかった。


 男が。


 また。


 目の前で。


 壊れようとしている。


「……馬鹿」


 今度こそ。


 誰に言ったか。


 分かった。


 自分。


 だった。


     *


 大泉晴翔が回してきた歯車は、もう晴翔のものではなかった。新開市が自分で回すようになった。アリスは悪党の席から人を降ろし、義弘は戻れなくなる一線だけを外そうとし、アライアンスは現在行動だけを見て脅威を判定する。そして海井雫もまた、自分で歯車を回した。


 晴翔を。


 止める。


 ため。


 だった。


 でも。


 その歯車。


 晴翔だけ。


 噛まなかった。


 VPVD。


 アライアンス。


 ジュリウス。


 義弘。


 自分。


 全部。


 巻き込んだ。


 歯車は。


 回した者の。


 願いだけを。


 叶えない。


 晴翔は。


 それを。


 知っていた。


 雫は。


 今。


 知った。


 そして。


 新開市の片隅。


 誰にも。


 中継されていない。


 収監施設前。


 白い。


 サムライ。


 無彩色の。


 兵士。


 二人の。


 超一流が。


 静かに。


 互いの。


 間合いへ。


 入る。


 ジュリウス・ニエレレ。


 《CRADLE LESSON》。


 津田義弘。


 《アジャストメント・ヒーロー》。


 勝つためではなく。


 戻れる場所を。


 残すために。


 義弘は。


 刀を。


 抜いた。


 中立インフラを。


 守るために。


 ジュリウスは。


 構えた。


 そして。


 二人は。


 同時に。


 動いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。