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第395話 寵愛市場

 大泉晴翔が新開市へ持ち込んだものは、もはや三妖機でも、違法な軍用機でも、政治的な工作でもなかった。それよりもずっと安価で、ずっと軽く、誰でも使えるものだった。女王の視線には価値がある。アリス・ヴァーツラフコヴァーに名前を呼ばれれば、それだけでニュースになる。褒められれば企業価値が上がり、怒鳴られれば配信の再生数が跳ね上がり、敵視されたと喧伝できれば反アリス派の英雄になれた。アリス本人がどれほど「私は王ではない」と繰り返しても関係ない。世界は既に彼女を新開市の最高権力者として扱い、企業も政治家も活動家も、自分たちがどれほど女王に近い位置へ立てるかを競い始めていた。そして晴翔は前日、それを最悪の形で可視化した。普通に面会を求めれば順番を待たされる。外交なら代表団を通す。企業なら環に止められる。政治なら議論が必要になる。だが街を少し揺らせばいい。誰かを危険に晒せばいい。津田義弘へ手を伸ばせばいい。歯車を回せば、アリスは来る。怒り、止め、名前を呼ぶ。その一連が、新開市では莫大な価値を持つようになっていた。


 最初に火が上がったのは朝七時十二分だった。元NECROMANCERの若い一団が、反アリス派団体の集会所前へ「女王陛下の民間警備協力」と称して小型ドローン十二機を展開した。武装はしていない。だが相手側も負けじと市販警備機を持ち出し、互いの機体が「相手から参加者を守る」という同じ理由で通路を塞ぎ始めた。七時二十九分には別地区で、配信者が違法改造した犬型ドローンを繁華街へ放ち、《女王陛下が来るまで捕まりません》という企画を始めた。八時三分、企業系政治団体が「治安協力実績を示す」ため敵対団体へ密かに警備ドローンを提供し、その機体が問題行動を起こしたところへ自分たちのサムライを派遣して制圧するという、あまりにも分かりやすいマッチポンプを仕掛けた。八時四十七分、ハッカー集団が交通案内システムを一時的に乗っ取り、《アリスを五分以内に反応させられたら俺たちの勝ち》という遊びを始めた。九時を過ぎる頃には導線屋が、《本日女王陛下遭遇期待値最高ルート》なる非公式マップを販売し、騒動が起きている場所ほど人が集まるという、本来の治安維持とは逆向きの流れまで生まれていた。


「次!」


 中央行政区の臨時指揮室で、アリスが怒鳴った。机上には十を超える映像。真鍋の治安機関、サムライ・ヒーロー、Ghost Hero、交通管制、医療、配信映像。前日までなら、その一つ一つへ自分で走っていた。しかし今は違う。走れば晴翔の近道になる。だから、座っている。座ったまま全部を見る。それがまた別の意味で、ひどく疲れた。


『第三区。違法改造ガードドローン四機。現在、通行人を追跡』


「近いサムライ二人!」


『既に向かっている』


「じゃあ次!」


 真鍋。


『第五区。支持派が反王政派の事務所前を封鎖』


「殴ってる?」


『まだ』


「じゃあ治安機関だけ! サムライ入れない!」


『了解』


 別回線。


『南側、無許可飛行ドローン六』


「グリンフォン!」


 祝部が隣から口を挟む。


「いや、グリンフォン出したらまた“女王親征”扱いされる」


「じゃあ飛行対応サムライ!」


「そっちは“騎士団出動”」


「何ならいいの!」


「知らん!」


 アリスが机を叩く。


「次!」


 真鍋。


『中央商業区。配信者が模造HOUNDを走らせてる』


「没収!」


『本人、“アリス本人が来ないなら逃げ続ける”と』


「行かない!」


『分かった』


 祝部が自分の配信端末を確認する。


「コメント欄、“女王陛下は庶民を見捨てるのか”だって」


「見るな!」


「俺の仕事だから!」


「じゃあ黙って見ろ!」


「配信者に無茶言うな!」


 そのやり取りまでライブ配信され、《女王陛下、王の道化師と治安会議》という切り抜きが数分後には拡散した。祝部が顔を覆う。


「駄目だ。何言っても王政になる」


「昨日から知ってる」


「今日は速度が違う」


「晴翔」


 アリスが低く唸る。


「殺す」


「それも今配信中」


「切れ!」


     *


 祝部は、それでも配信を止めなかった。むしろ、止めれば「女王の密室政治」と言われるのが目に見えていた。だから正面から説明する。


「もう一回言います。アリスは新開市の王ではありません。《新開市特別調停官》です。限定された調停権限しかありません。治安機関はアリスの私兵じゃない。サムライ・ヒーローも騎士団じゃない。Ghost Heroも王宮警備隊じゃありません」


 コメント。


《女王陛下、諸侯の自治権を尊重》


「何でだよ!」


 アリス。


「もう読むな」


「いや今のは俺も言いたい」


 祝部はカメラへ向き直る。


「だから、アリスが指示しているように見えるのは、今の新開市の連絡窓口が一時的にここへ集まっているからです。治安機関は真鍋さんの判断で動く。サムライは現場判断で動く。アリスが全部決めてるわけじゃありません」


 コメント。


《分権型王政》


「違う!」


 アリス。


「放っとけ!」


「俺、心折れそう」


「私とっくに折れてる」


 その時、別の警告が鳴る。


『西側交通管制、偽救援要請二十二件』


 アリス。


「二十二!?」


『全部別アカウント』


「本物混ざってる?」


『二件は本物だ』


「最悪!」


 アリスは手元の地図を睨み、救急導線へダムとディーを割り振る。そこへ別の騒動。さらに次。十時を過ぎる頃には、アリスは「王ではない」と説明しながら、誰よりも王らしく新開市全体を見て判断していた。それがまた映像として拡散し、《女王陛下、全市治安を直接統率》という見出しへ変わる。彼女が否定すればするほど、「謙虚な女王」という物語が補強された。


 昼前。


 アリスは椅子へ沈んだ。


「……もう」


 祝部。


「何」


「全部敵にしたい」


 祝部が即座に指を立てる。


「それ晴翔の罠」


「知ってるから言ってるだけ」


「口に出すと切り抜かれる」


「世界滅びろ」


「今それライブ」


「切れ!」


     *


 午後一時。新開市を覆う小さな火種が収まらない中で、河島玄隆が現れた。本人だけではない。天領機工の久我原総司、公共インフラ系メーカー、複数の都市守護機開発企業。昨日までなら互いに市場を奪い合っていた者たちが、一つの提案書を持って同じ部屋へ入ってきた。


 アリスは顔ぶれを見るなり言った。


「嫌なメンバー」


 河島。


「光栄です」


「褒めてない」


「存じております」


 久我原は眉を寄せる。


「私は河島氏と同列に扱われることへ異議があります」


「同じ部屋にいる」


「一時的です」


 河島。


「市場では仲間ですよ」


「黙ってください」


 アリスが机へ肘をつく。


「で」


 河島が提案書を開く。


「新開市全域への、都市守護機常設配置です」


「……」


「《KAGEBŌSHI》」


 画面。


「《REGALIA》」


 別。


「現在行動評価、人命優先、救助優先、非致死介入。アリスさんと、あなたの家族機から学ばれた思想を基盤にした機体を、各区へ常時配置する」


 アリスが少しだけ姿勢を起こす。


「あなたが」


 河島。


「全ての火種を」


「判断する必要はありません」


 アリスの目が細くなる。


「あなたの思想を」


 一拍。


「都市へ」


「分散すればよい」


 それは、まさにアリスが今やろうとしていたことだった。全部の火へ自分が走らない。各区で、その場にいる者が自分で判断し、人を助ける。サムライだけでは足りない。Ghost Heroだけでも足りない。治安機関も消耗している。機械へ初動を任せられるなら、実際に何人も救える。


 だからこそ。


 怪しい。


「条件」


 河島。


「さすがですね」


「昨日ヴェラにも言った」


「嫌な比較です」


「で」


「我々の都市守護機配備について」


 一拍。


「アリスさん自身から」


「支持を表明していただきたい」


 アリス。


「宣伝?」


「信頼です」


「同じ」


「市場では」


 一拍。


「似たものです」


 アリスが露骨に嫌な顔をする。


 久我原が口を開く。


「私は、女王の認証を求めているわけではありません」


「ほんと?」


「日本製都市守護機が、新開市で公平に性能評価されることを望んでいます」


 河島。


「言い方の差ですよ」


 久我原。


「かなり大きな差です」


「市場では?」


「あなたは黙ってください」


 アリスは提案書を見る。嫌だ。だが合理的だ。王冠を使いたくないからと拒絶すれば、そのために市民が危険へ晒される可能性もある。使えば、企業へ「女王の認証」を与えることになる。


「……最悪」


 河島。


「前向きな評価として」


「違う」


 その時。


 真鍋から。


 別回線。


『アリス』


「何」


『OCMが声明出した』


「どっち」


 一拍。


『両方だ』


 アリス。


「……は?」


     *


 会見映像にはオスカー・ラインハルトが立っていた。その後ろに、アリスが見慣れたNECROテックの兄弟姉妹。Ghost Hero。さらに、それだけではなかった。


 LC-07《ARBALEST》。


 LC-08《SCORPIUS》。


 VX-32《TIGER》。


 そして。


 ヴェラ・クラウス。


「何で!?」


 祝部。


「昨日まで喧嘩してなかった?」


「してた!」


 オスカーがカメラへ向けて話す。


『NECROテックの兄弟姉妹は、新開市の一員です。現在の治安不安に対し、彼ら自身の意思に基づいて協力を開始します』


 別画面へ、暫定協定の名称が表示される。


《新開市残置資産共同管理・治安協力暫定枠》


 アリス。


「何これ!」


 すぐ。


 オスカーへ。


 回線。


 開く。


「お前!」


『はい』


「何した!」


『治安支援です』


「聞いてない!」


『相談すれば反対するでしょう』


「する!」


『ですので』


 一拍。


『現行法と契約の範囲内で』


『先に整えました』


 アリスの顔が引きつる。


「お前まで」


 一拍。


「晴翔みたいなことするな!」


 オスカーの顔が、はっきりと嫌そうに歪んだ。


『その言い方は』


『かなり傷つきます』


 ヴェラが横から入る。


『似てるわよ』


『黙ってください』


 アリス。


「何で海外部門いるの!」


 オスカー。


『残置資産管理に必要な人員だけです』


 ヴェラ。


『足一本くらい返してもらっただけ』


「返してない!」


『書類上は』


「書類嫌い!」


 祝部。


「特別調停官が言っちゃ駄目」


「今だけ!」


 オスカーは続ける。


『兄弟姉妹の治安活動実績を積みます』


「何で」


『彼らの法的地位を』


 一拍。


『前へ進めるためです』


 アリス。


 止まる。


 それ。


 昨日。


 聞いた。


 オスカーは。


 アリスの王冠。


 使えるなら。


 家族のため。


 使う。


 悪意。


 ない。


 だから。


 さらに。


 厄介。


「……お前」


『はい』


「あとで話す」


『承知しました』


 ヴェラ。


『私も?』


「お前はもっと後」


『楽しみにしてる』


「するな!」


     *


 その日の新開市では、アリスの好意と敵意の区別が、ほとんど意味を失い始めていた。河島はアリスから一言「配備していい」を取れば、それを都市守護機市場の事実上の標準認証へ使える。オスカーはアリスの影響力をNECRO兄弟姉妹の法的地位へ変えたい。ヴェラはアリスに睨まれるだけでも、海外部門が新開市の主要プレイヤーとして認識された証になる。若いサムライはアリスから名前を呼ばれれば注目される。政治家は彼女と同じ画面へ映るだけで「女王とのパイプ」を宣伝できる。配信者に至っては、アリスから「帰れ」と怒鳴られるだけで再生数が跳ね上がった。


 好かれる。


 嫌われる。


 どちらでも。


 いい。


 王に。


 認識される。


 それ自体。


 価値。


 だった。


 アリスは。


 まだ。


 それを。


 寵愛と。


 呼びたくなかった。


 だが。


 新開市では。


 既に。


 市場に。


 なっていた。


     *


 午後三時十七分。


 最初に異常を起こしたのは、OCM合同部隊のLC-07《ARBALEST》だった。広い肩部装甲。都市戦用の重火器。元来は精密な制圧運用を前提とした機体だが、突然、その敵味方識別が数秒単位で変動し始めた。


『識別異常』


『未確認武装機を検出』


『保護対象と脅威対象の競合』


 ヴェラが端末を見る。


「何」


 オスカー。


『こちらでも確認しました』


「外部干渉?」


『可能性が高い』


 ARBALESTの前方。


 企業群が運用するM-22《MANTIS》。


 こちらも。


 同時。


 異常。


『IFF不整合』


『敵性大型機検出』


『警告』


 河島。


「……」


 久我原。


「河島さん」


「何でしょう」


「何かしましたか」


「失礼ですね」


「顔が楽しそうです」


「いつもです」


 実際、ARBALESTへ干渉した経路は、企業連側の試験用セキュリティ・ツールを経由していた。誰がどこまで承認したのかは複雑だった。河島本人が「暴走させろ」と命令した証拠はない。だが、異常なテストが予定されていたことを知りながら、それを止めるだけの時間も権限もあった。


 止めなかった。


 一方。


 MANTISの敵味方識別へ混乱を与えた侵入は、OCM側の監査経路から来ていた。こちらもオスカー自身が「攻撃させろ」と言った証拠はない。ただ、企業連の大型都市機が、NECRO側の戦力より不安定だと示せれば、兄弟姉妹たちへ治安権限を与える政治的材料になる。


 双方。


 善意。


 双方。


 利益。


 双方。


 言い訳。


 ある。


 そして。


 二つが。


 同時に。


 噛み合った。


 ARBALEST。


 警告。


 MANTIS。


 警告。


 互い。


 砲口。


 向ける。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 重装甲機。


 激突。


     *


 市街地の路面が揺れた。MANTISの巨大な脚が舗装を砕き、ARBALESTが側面の建物へ肩をぶつける。両機とも市民を殺そうとしているわけではない。だが、相手を「今止めるべき武装脅威」と判断している。人間へ被害を出さないように動くからこそ、その制圧行動が相手から見れば新たな危険に映る。


「離れろ!」


「危ない!」


 治安機関が避難を呼びかける。


 しかし。


 逃げない。


 むしろ。


 人が。


 集まる。


「アリス来るぞ!」


「女王陛下来るって!」


「撮れ!」


「生配信!」


「親征来るぞ!」


 導線屋の非公式アプリへ即座に新しい表示。


《女王親征予想ルート》


《現在遭遇期待値:A》


 観光客まで。


 走る。


 アリスは中央指揮室の画面を見て。


「何で近づくの!」


 祝部。


「お前来るから」


 アリス。


 止まる。


 昨日。


 晴翔。


 言った。


 女王陛下に。


 見てもらいたいなら。


 歯車を。


 回せ。


 その手土産。


 もう。


 街が。


 使っている。


 河島から通信。


『アリスさん』


「何」


『企業側戦力を』


 一拍。


『あなたの判断の下へ置きます』


 同時。


 オスカー。


『アリス』


「何!」


『NECRO側戦力も』


『あなたの指示へ従わせます』


 アリスは。


 両方。


 見る。


 河島。


 笑顔。


 オスカー。


 真顔。


 全然。


 違う。


 でも。


 同じ。


「……お前ら」


 二人。


 ほぼ。


 同時。


『はい』


「喧嘩」


 一拍。


「私に」


「止めさせたいだけでしょ」


 沈黙。


 河島の笑顔。


 少し。


 深く。


 オスカーの目。


 僅かに。


 逸れる。


 アリス。


「図星!」


     *


 大泉晴翔は、その映像を自室で見ていた。その日は、本当に何もしていなかった。三妖機は格納。政治工作もしていない。企業へ連絡もない。ヴェラへ指示する権限などそもそもない。雫は収監施設でアクセスを止められている。


 側近。


「先生」


「はい」


「これは」


 一拍。


「先生の仕込みですか」


 晴翔。


「いいえ」


「本当に?」


「今日は」


 一拍。


「何も」


「してませんよ」


 画面。


 ARBALEST。


 MANTIS。


 激突。


 企業部隊。


 OCM合同部隊。


 治安機関。


 サムライ。


 配信者。


 群衆。


 アリス。


 晴翔。


 少し。


 笑う。


「素晴らしいですね」


 側近。


「何が」


 晴翔は。


 画面から。


 目を。


 離さない。


「歯車が」


 一拍。


「私を」


「要らなくなった」


 側近は。


 何も。


 言わなかった。


 晴翔にとって。


 それは。


 敗北では。


 なかった。


 むしろ。


 完成に。


 近かった。


     *


 中央指揮室で、アリスは椅子から立ち上がりかけた。身体が先に動いた。ARBALESTとMANTISが市街地で殴り合っている。人が集まっている。止めなければ危ない。自分が行けばシュヴァロフやグリンフォンも動かせる。


 でも。


 止まる。


 祝部が。


 アリスを見る。


 何も。


 言わない。


 昨日。


 病院。


 晴翔へ。


 言った。


 次。


 私来ると。


 思うなよ。


「KASANE」


『はい!』


「現場」


『了解!』


「リン」


『もう行ってる』


「治安機関」


 真鍋。


『とっくに出してる』


「ダム、ディー」


 家族機。


 救助。


 出る。


「コロボチェニィク」


 大型物体。


 分離。


 指示。


「KAGEBŌSHI」


 河島。


『既に現場へ』


「お前は黙って」


『はい』


「REGALIA」


 久我原。


『現場判断で投入します』


「それでいい」


 アリス。


 座る。


 祝部。


 少しだけ。


 息。


 吐く。


「行かないんだ」


「行かない」


「大丈夫?」


「大丈夫じゃない」


「でも」


「行かない」


 画面の向こうでは、KASANEがMANTISとARBALESTの間へ入ろうとしている。Ghost Heroが群衆を押し戻す。ダムとディーが転倒した人間を拾う。KAGEBŌSHIが大型機同士の射線へ障害物を置く。


 アリス。


 見る。


 手。


 震える。


 自分。


 行ける。


 行けば。


 もっと。


 早い。


 かもしれない。


 でも。


 行かない。


 それが。


 今。


 仕事。


 だった。


     *


「女王陛下来ないの?」


 現場。


 配信者。


「アリスまだ?」


「親征は?」


「サムライだけ?」


「じゃあもっと大きくすれば来るんじゃね?」


 一人。


 笑う。


 冗談。


 だった。


 最初。


 は。


「ほら」


「この程度じゃ来ないんだよ」


「何かやれば」


「配信回るぞ」


 違法改造ドローン。


 一機。


 上がる。


 群衆の上。


 警告。


 治安機関。


 止める。


 その映像。


 さらに。


 配信。


 別のハッカー。


「じゃあ信号一個落とす」


 交通。


 乱れる。


 別の活動家。


「女王に見せるなら今だ!」


 横断幕。


 道路。


 塞ぐ。


 別の企業関係者。


 試験機。


 投入。


「保護に協力します!」


 その保護機。


 別の機体。


 危険判定。


 さらに。


 騒動。


 増える。


 KASANEから通信。


『アリス!』


「何!」


『こっちは止める!』


「なら止めて!」


『でも!』


「何!」


 一拍。


『別の奴らが』


「“アリスが来ない”って」


「騒ぎ」


「大きくしてる!」


 指揮室。


 静かになる。


 祝部の顔から。


 色。


 落ちる。


 アリス。


 言葉。


 出ない。


 真鍋が。


 低い声。


『……学習しやがった』


 アリス。


「誰が」


 真鍋。


 一拍。


『街がだよ』


     *


 そこから先は、火種が火種を呼んだ。ARBALESTとMANTISの激突そのものは、サムライ・ヒーロー、Ghost Hero、KAGEBŌSHI、治安機関が連携すれば止められる範囲だった。問題は、それを見て「アリスが来ない」と判断した者たちが、さらに騒動を上乗せし始めたことだった。誰も街を滅ぼしたいわけではない。誰も大量殺人を望んでいない。だからこそ厄介だった。少しだけ信号を乱す。少しだけ違法機を飛ばす。少しだけ対立団体を煽る。少しだけ危険な映像を作る。その「少し」が何十、何百と重なり、現場の判断を削り、救助導線を塞ぎ、サムライを分散させる。


 アリスは。


 画面。


 見る。


「私」


 一拍。


「行かない方が」


「悪くなってる」


 祝部。


「今は」


「でも」


「行ったら」


 一拍。


「次から」


「最初から」


「もっとやる」


 アリス。


 歯。


 食いしばる。


「分かってる」


「……うん」


「分かってるから」


 アリス。


 赤い目。


 画面。


 睨む。


「ムカつく」


 真鍋。


『俺もだ』


「どうする」


『消す』


「何を」


『火じゃない』


 一拍。


『報酬』


 アリス。


 真鍋。


 見る。


『アリスが来る』


『名前呼ばれる』


『配信伸びる』


『企業が売れる』


『政治家が映る』


『それが得だから』


『皆やってる』


 祝部。


「じゃあ」


「得じゃなくする?」


 真鍋。


『そうだ』


「どうやって」


 一拍。


『今考える』


 アリス。


「遅い!」


『お前も考えろ!』


「考えてる!」


     *


 収監施設では海井雫が、公開映像越しにその光景を見ていた。端末へ外部アクセスはできない。だから今の混乱には一切手を出していない。ただ見るだけ。


 それが。


 妙に。


 怖かった。


「……私」


 雫。


「何もしてない」


 なのに。


 街。


 同じ。


 回ってる。


 自分が。


 置いていた。


 言葉。


 情報。


 観測窓。


 なくても。


 誰か。


 勝手に。


 置く。


 晴翔。


 いなくても。


 回る。


 雫。


 画面。


 アリス。


 見る。


 来ない。


 耐えてる。


 現場。


 ヒーロー。


 行く。


 でも。


 人。


 さらに。


 騒ぐ。


「……これ」


 一拍。


「止まるの?」


 初めて。


 自分が。


 回す側ではなく。


 回される街の。


 中に。


 いるように。


 感じた。


     *


 オスカーと河島は、別々の場所で同じ映像を見ていた。ARBALESTの異常。MANTISの識別混乱。両方とも、もう自分たちの当初意図を越えていた。河島の周辺企業は「企業連の治安能力を女王へ示す」ため動いた。オスカー側の一部は「NECRO部隊の有用性を証明する」ため企業機へ圧力をかけた。それぞれの計算は小さい。だが双方が同時に「アリスへ必要とされたい」と考えた瞬間、その噛み合わせは重装甲機同士の市街戦になった。


 河島。


「……なるほど」


 久我原。


「何がなるほどです」


「市場が」


 一拍。


「認証を」


「求めすぎました」


「あなたが言うと腹が立ちますね」


「私も少し反省しております」


「少し?」


「かなり少し」


「殴っていいですか」


「サムライ・スーツでなければ」


 一方。


 オスカー。


「……」


 ヴェラ。


「思ったより」


「回ったわね」


「あなたは楽しそうですね」


「少し」


「私は」


 一拍。


「兄弟姉妹を」


「前へ出したかっただけです」


 ヴェラ。


「皆」


「そう言うのよ」


「何度も聞きました」


「でも」


 一拍。


「本当でしょ?」


 オスカーは。


 答えない。


 本当。


 だった。


 だから。


 止まりにくい。


     *


「アリスが現場へ出ませんでした」


 晴翔の側近が言った。


「ええ」


「昨日の宣言通りです」


「そうですね」


「なら」


 一拍。


「先生の近道は」


「失敗?」


 晴翔は。


 画面。


 見る。


 違法機。


 増える。


 配信者。


 集まる。


 政治団体。


 横断幕。


 企業。


 実証機。


 ハッカー。


 信号。


 全部。


 女王。


 呼ぶ。


 ため。


「いいえ」


「でも女王は来ません」


 晴翔。


 僅かに。


 微笑む。


「だから」


 一拍。


「今度は」


「来るまで」


「回す」


 側近。


「誰が」


 晴翔は。


 指。


 画面。


 滑らせる。


 一人。


 ではない。


 十人。


 でもない。


 企業。


 政治団体。


 配信者。


 活動家。


 ハッカー。


 導線屋。


 ヒーロー志望者。


 女王支持者。


 反王政派。


 全部。


「皆さんが」


 側近。


 しばらく。


 何も。


 言わなかった。


「先生」


「はい」


「嬉しいんですか」


 晴翔。


 少し。


 考える。


「怖いですよ」


「そう見えません」


「怖いから」


 一拍。


「面白いんです」


 相変わらずだった。


     *


 夕方になっても、新開市の火種は完全には収まらなかった。ARBALESTとMANTISは最終的に制圧された。死者は出なかった。負傷者は多い。周囲へ便乗して投入された違法ドローンも、サムライ・ヒーローと治安機関が一機ずつ処理した。配信者は拘束され、ハッカーの何人かは通信を遮断され、企業の試験機は真鍋が強制停止させた。


 それでも。


 アリスは。


 現場へ。


 行かなかった。


 中央指揮室で。


 最後まで。


 座った。


 爪。


 掌。


 食い込む。


 ほど。


 拳。


 握って。


 祝部。


 横。


「行きたかった?」


「うん」


「行けば早かったかも」


「うん」


「でも」


「行かなかった」


「うん」


 祝部。


「偉い」


 アリス。


「子供扱いすんな」


「じゃあ」


「よくやった」


 アリス。


「それも嫌」


「面倒だな」


「うるさい」


 真鍋から。


 最終報告。


『主要衝突、収束』


「死者」


『なし』


「よし」


『ただし』


「何」


『今日の逮捕・拘束者』


「うん」


『百越えた』


 アリス。


「……」


『企業への行政処分候補』


「うん」


『十九』


「……」


『配信停止要請』


「何件」


『数えたくない』


 祝部。


「晴翔の勝ち?」


 アリス。


 すぐ。


「違う」


「じゃあ」


「今日」


 一拍。


「人死ななかった」


「だから」


「今日の分」


「勝ち」


 祝部。


 少し。


 笑う。


「義弘みたいなこと言うな」


 アリス。


「影響された」


「認めるんだ」


「今だけ」


     *


 夜、新開市のニュースは当然のように昼間の騒動を「寵愛戦争」と名付けた。《女王アリスの支持を巡り企業連とOCMが衝突》《女王陛下、あえて出陣せず騎士団へ権限を委譲》《アリス王政、新たな分権統治モデルへ》。アリスは途中で画面を消した。


「もういい」


 祝部。


「俺も」


「明日」


「何する」


 アリスは。


 考える。


 今日。


 晴翔。


 何も。


 してない。


 それでも。


 街。


 回った。


 昨日まで。


 晴翔。


 止めれば。


 何とかなる。


 少し。


 思っていた。


 違った。


 晴翔の。


 やり方。


 もう。


 人。


 覚えた。


 企業。


 覚えた。


 政治。


 覚えた。


 市場。


 覚えた。


 そして。


 街。


 覚えた。


「報酬」


 アリス。


「何」


 祝部。


「真鍋が言ったやつ」


「アリスが来ること?」


「うん」


「名前呼ぶこと」


「うん」


「怒ること」


「うん」


「全部」


 一拍。


「価値なくす」


 祝部。


「できる?」


 アリス。


「知らない」


「でも」


「やる」


「どうやって」


 アリス。


 少し。


 考える。


「私じゃない奴」


「褒める」


「何」


「今日」


 一拍。


「私行かなかった」


「でも」


「KASANE行った」


「リン行った」


「治安機関行った」


「KAGEBŌSHIも」


「REGALIAも」


「皆」


「自分で」


「人助けた」


 祝部。


「それを配信する?」


「うん」


「女王の代わりに?」


 アリス。


 顔。


 歪む。


「そう言うな」


「じゃあ」


「新開市が」


 一拍。


「自分で」


「止めたって」


 祝部。


 静かに。


 頷く。


「それなら」


「俺も」


「好き」


     *


 その日、大泉晴翔が何かを命令した記録はなかった。三妖機も動いていない。誰かへ資金を渡したわけでもない。企業へ秘密命令を出したわけでもない。


 それでも。


 新開市では。


 無数の。


 歯車が。


 唸りを。


 上げた。


 アリスへ。


 見てほしい。


 アリスに。


 褒められたい。


 アリスに。


 怒られたい。


 アリスを。


 動かしたい。


 女王陛下へ。


 認識されたい。


 それだけで。


 人間は。


 火を。


 置いた。


 企業は。


 機械を。


 動かした。


 政治団体は。


 列を。


 作った。


 配信者は。


 危険へ。


 近づいた。


 オスカーは。


 兄弟姉妹を。


 守るため。


 歯車を。


 使った。


 河島は。


 市場を。


 広げるため。


 歯車を。


 使った。


 誰も。


 晴翔の。


 部下では。


 なかった。


 誰も。


 晴翔の。


 命令を。


 聞いていない。


 それでも。


 同じ。


 回し方を。


 覚えていた。


 晴翔の歯車は。


 晴翔を。


 必要としなくなった。


 そして。


 それこそが。


 最も。


 危険だった。


 けれど、同じ日に一つだけ別のものも生まれ始めていた。アリスが来なくても、KASANEは走った。リンは人を助けた。真鍋は治安機関を動かした。KAGEBŌSHIは誰の命令も待たず救助へ入り、REGALIAも現在行動を見て動いた。女王の視線を得ることが報酬なら、その報酬を女王一人へ集中させなければいい。


 アリスが。


 来なくても。


 誰かが。


 来る。


 アリスが。


 褒めなくても。


 新開市が。


 褒める。


 アリスに。


 見てもらわなくても。


 人を。


 助けたことに。


 意味がある。


 そんな街に。


 できれば。


 晴翔が。


 置いた。


 女王への。


 近道は。


 ただの。


 遠回りへ。


 変えられる。


 問題は。


 その前に。


 新開市が。


 どれだけ。


 燃えるか。


 だった。


 そして夜の街には、もう次の騒動を探す人間たちがいた。


「次は何やればアリス来るかな」


「今日来なかったからな」


「もっと大きいのじゃないと駄目だろ」


 そんな声を、晴翔が聞いていたわけではない。


 聞く必要も。


 なかった。


 歯車は。


 もう。


 自分で。


 回っていた。


 新開市という。


 巨大な。


 機械の。


 中で。


 女王の。


 寵愛という。


 新しい。


 市場を。


 回しながら。


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