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第394話 女王への手土産

 VXシリーズ騒動から一日も経たないうちに、ヴェラ・クラウスは新開市特別調停官アリス・ヴァーツラフコヴァーへの正式な面会申請を出した。第三者技術監査員として、旧OCM海外部門の残置資産に関する協議を求める――書面だけ読めば、昨日新開市の各地でVX-07 HOUND、VX-30 PANTHER、VX-32 TIGER、VX-48 EAGLEが一斉に動き出した事件など存在しなかったかのような、整然とした行政手続きだった。アリスは申請書を一読すると、そのまま机へ伏せた。


「帰せ」


 御堂環が書面を取り上げる。


「まだ来ていません」


「来る前に帰せ」


「正式な監査資格があります」


「昨日あいつの古い機械が暴れた」


「“ヴェラが動かした”という証拠はまだありません」


「臭い」


「行政手続きでは使えない言葉です」


「私には使える」


「特別調停官にも使えません」


 アリスが露骨に嫌そうな顔をしたところで、今度は別の連絡が入った。オスカー・ラインハルトからだった。面会要請ではない。面会への同席要求。それも、許可を求める文面ではなく、ほとんど既定事項として「同席する」と書かれていた。


「こいつも帰せ」


「こちらは既に向かっています」


「何で」


 答えは、本人が十分後に現れて説明した。いつものように整えられたスーツ。表情には笑み。ただし、目だけは笑っていない。


「彼女をあなたと二人きりにする気はありません」


「私一人じゃない」


「それでもです」


「過保護」


「褒め言葉として受け取ります」


 そこへ、さらに扉が開いた。


「信用されてないのね、私」


 ヴェラ・クラウスだった。濃い色のジャケット。軍人にも企業人にも見える服装。昨日のVX騒動について事情聴取を受けても不思議ではない人物が、今日の会議へ遅刻一つせず、正式な監査員として堂々と入ってくる。


 アリス。


「帰れ」


「挨拶もまだよ」


「じゃあこんにちは。帰れ」


「王様って大変ね」


「その呼び方やめろ」


 ヴェラはオスカーを一瞥した。


「あなたもいるとは思ったけど」


「当然でしょう」


「私、アリスに話があるの」


「私もあなたにあります」


「後で聞くわ」


「今聞いてください」


 アリスが机を叩く。


「私いる!」


 二人が同時にアリスを見た。


「何」


 アリス。


「喧嘩するなら外」


 ヴェラが肩をすくめた。


「じゃあ本題にする」


     *


 ヴェラの提案は簡単だった。簡単だからこそ、オスカーの表情が変わるまでに時間はかからなかった。


「新開市内に残っている旧OCM海外部門の資産を」


 ヴェラ。


「こちらで全部回収させて」


 オスカー。


「認めません」


「あなたに聞いてない」


「あなた方の“回収”が、単なる倉庫整理で済むはずがない」


「当然でしょう」


「戦術技術者、警備要員、輸送部隊、旧海外部門認証を持つ運用員まで新開市へ入れるつもりですね」


「自分たちの資産を回収するんだから、必要な人間は連れてくるわ」


「つまり再進出です」


「言葉は好きに選べばいい」


「絶対に認めません」


 ヴェラが少し笑う。


「あなた、新開市の王様だった?」


「違います」


「じゃあ」


 彼女はアリスを見る。


「女王様に聞いてる」


「女王じゃない」


「特別調停官様」


「それでいい」


「回収を認める?」


 アリスはすぐに答えなかった。以前なら「帰れ」で終わらせていたかもしれない。だが、今の自分が一言「駄目」と言えば、世界は《女王アリス、OCM海外部門の再入国を拒否》と報じる。一言「いい」と言えば、《アリス政権、OCM海外部門の復帰を承認》。自分が嫌だから拒否することすら、既に一つの外交判断へ変換される。王冠は使いたくない。だが、使わないふりをしても相手は自分の返答を王冠として扱う。


 アリスは、ヴェラを睨んだ。


「交換条件」


 オスカーが僅かに顔を動かした。ヴェラは逆に、楽しそうに目を細める。


「政治家らしくなったわね」


「殴るよ」


「褒めたのに」


「条件」


「二つ」


 ヴェラは指を一本立てた。


「一つ。大泉晴翔のやり方」


 アリスの顔が変わる。


「何」


「人へ命令しない。機会を置く。怒る理由を置く。動ける道を置く。止める人間と、救う人間まで別々に置く。そして後は、本人たちに選ばせる」


「知ってる」


「概念はね」


 ヴェラは机の上へ小型端末を置く。


「私は実際に、あの男がどうやって条件を並べるか見てきた。どこまで本人が触って、どこから他人に任せるか。何を証拠として残さず、何をわざと残すか。どこに出口を作るか」


 アリスは端末を見ない。


「もう一個」


「晴翔が私を新開市へ入れた方法」


 今度はオスカーの笑みが完全に消えた。


「詳しく」


「古い海外部門の戦術連絡線。失効した契約。第三者監査制度。残置資産の所有権争い。アリス由来の都市守護規格に海外部門が危機感を持っていること。その全部を一本の入口へ組み上げた」


「晴翔が」


「ええ」


「お前らに」


「“戻ってこい”なんて言ってない」


 ヴェラは軽く肩をすくめる。


「戻りたくなるようにしただけ」


 アリス。


「お前」


 一拍。


「晴翔売るの?」


 ヴェラ。


「買う?」


 オスカーが低い声で言った。


「あなた方は、まだこの街を市場と戦場の区別もつかない場所だと思っているのですか」


 ヴェラは彼へ顔を向ける。


「逆よ」


「何がです」


「市場と戦場が」


 一拍。


「同じ場所だから」


「価値がある」


     *


 その会談が始まったという情報は、二十分も経たず大泉晴翔のところへ届いた。彼は昨日までの傷をまだ完全には隠せていなかった。ON=MORAKIに裂かれた肩から脇腹。アリスを庇った後に受けた暴行の痕。だが本人は、書類へ目を通しながら普段とほとんど変わらない声で返事をした。


「クラウス氏が、アリス特別調停官と面会中です」


 側近。


「オスカー・ラインハルトも同席しています」


「そうですか」


「ヴェラ氏が、先生の情報を交換条件にする可能性があります」


「高いでしょうね」


「止めないんですか」


「なぜ?」


「あなたを売るんですよ」


 晴翔は少し考えた。


「彼女は、私の部下ではありません」


「だからって」


「むしろ」


 晴翔は画面へ視線を移した。中央行政区のアリス。療養施設の義弘。OCM海外部門。三つを同じ画面上へ置く。


「売ってもらった方が」


 一拍。


「面白い」


「何でそうなるんです」


 晴翔は答えなかった。


 代わりに。


 三つの表示へ。


 触れた。


《NU=E》


《ON=MORAKI》


《GASYA=DOKURO》


「先生」


「はい」


「何を」


「手土産を」


「誰に」


 晴翔が笑った。


「女王陛下に」


     *


 療養施設周辺の最初の異常は、救急搬入口の案内表示だった。存在しない火災警報。非常経路の切り替え。警備端末へ同時に届く三種類の未確認侵入警告。人間が混乱している間に、《NU=E》は施設周辺の通信へ溶け込んだ。攻撃はしない。ただ、どこが本当の危険か分からなくする。


 病室では義弘が端末を見ていた。


「……またか」


 トミー。


「何」


「情報」


「どれ」


「全部怪しい」


 シュヴァロフが立ち上がる。


 義弘。


「おい」


 黒い巨体。


 扉。


 見る。


「来たのか」


 次の瞬間。


 上空。


 影。


《ON=MORAKI》。


 静かに。


 旋回。


 地上。


 旧搬入口。


 大きな。


 骨格。


《GASYA=DOKURO》。


 トミー。


「三匹」


「……晴翔」


 義弘。


「今回」


「やる気ねえな」


「分かるの?」


「分かる」


 三妖機は施設へ突入しなかった。NU=Eは通信を乱し、ON=MORAKIは上空から療養施設の窓を覗くように旋回し、GASYA=DOKUROは道路を塞いだまま前へ出ない。シュヴァロフが窓を開ける。巨大腕を外壁へかけ、黒い身体を外へ。


 義弘。


「行くな」


 シュヴァロフ。


 止まる。


「いや」


 一拍。


「行け」


 シュヴァロフ。


 外。


 降りる。


 GASYA。


 顔。


 上げる。


 両者。


 睨み合う。


 ON=MORAKI。


 翼。


 僅かに。


 開く。


 シュヴァロフ。


 大腕。


 構える。


 でも。


 誰も。


 撃たない。


「……何だこれ」


 トミー。


「喧嘩売りに来た?」


 義弘の顔が険しくなる。


「違う」


「じゃあ」


「呼び鈴だ」


「誰の」


 義弘。


 一拍。


「アリスの」


     *


 会談室でアリスの端末が鳴った。


 短い警告音。


 療養施設。


 三妖機。


 シュヴァロフ迎撃行動。


 その表示を見た瞬間、アリスの表情が変わった。ヴェラは見逃さなかった。低く押さえていた怒りが、目の奥で一気に燃える。昨日、義弘がまた重傷を負ったばかりだ。今日はシュヴァロフを看守として病室へ置いた。その場所へ、晴翔の三妖機。


「……晴翔」


 アリスが小さく言った。


 ヴェラは、椅子へ背を預けた。


「なるほど」


「何」


「賭けに」


 一拍。


「勝ったと思っただけ」


 オスカーがヴェラを見る。


「何をした」


「私は何も」


「今度は本当でしょうね」


「今度も、よ」


 アリスは何も言わなかった。


 端末。


 閉じる。


 立つ。


「アリス」


 オスカー。


「行く」


「待ってください。三妖機なら」


「義弘いる」


「シュヴァロフも」


「義弘いる」


 それだけ。


 アリス。


 歩く。


 ヴェラ。


「交換条件は?」


 アリス。


 返事。


 しない。


「アリス」


 扉。


 開く。


 外。


 待機していたKASANEが立つ。


「特別調停官?」


「療養施設」


「了解」


 別のサムライも動く。


 Ghost Heroの一人も。


 祝部も。


「また晴翔?」


「三匹」


「うわ」


 アリスは「来い」と言わなかった。それでも、廊下を歩く白いフードの少女の後ろへ、サムライ・ヒーローたちが自然に並び始める。


 ヴェラから見れば。


 それは。


 女王と。


 騎士団だった。


 そして。


 女王は。


 ヴェラの取引を。


 机の上へ。


 置いたまま。


 行った。


 しばらく。


 会談室。


 静か。


 オスカー。


「放置されましたね」


 ヴェラ。


「黙って」


「大泉晴翔を売り」


「OCM海外部門の再進出を対価として要求し」


「女王の判断を誘導しようとして」


 一拍。


「席を立たれた」


「楽しそうね」


「少し」


 ヴェラは机の上の端末を見る。自分は晴翔を売った。晴翔のやり方。晴翔の入口。アリスが欲しがる情報。十分な価値があると思った。


 しかし。


 晴翔は。


 同じ瞬間。


 三妖機を。


 義弘へ。


 向けた。


 アリスは。


 そちらへ。


 走った。


「……あの男」


 ヴェラ。


「私に」


 一拍。


「持たせたわね」


 オスカー。


「何を」


「歯車」


 ヴェラは、少しだけ笑った。


「売ったつもりだったのに」


「こっちが」


「回す側に」


「置かれた」


 だが、落胆するような女ではない。何が起きたかを理解した瞬間、既に次の使い方を考えている。


 その前に。


 オスカーが。


 口を開いた。


「ヴェラ」


「何」


「海外部門の再進出」


 一拍。


「条件次第では」


「私が協力しても構いません」


 ヴェラが。


 初めて。


 完全に。


 オスカーへ。


 向き直る。


「あなたが?」


「はい」


「さっき絶対認めないって」


「条件がありませんでしたから」


「今は?」


 オスカー。


「NECRO兄弟姉妹」


「……」


「法的地位」


「医療保障」


「居住」


「就労」


「教育」


「政治参加」


「研究権」


「海外部門が、それらの拡張を公式に支持する」


 一拍。


「その条件なら」


「力を貸す余地があります」


 ヴェラ。


「アリスの王冠を」


「使うの?」


 オスカーはすぐには答えなかった。


「使えるものを」


 一拍。


「使わずに」


「家族を危険へ置く趣味はありません」


 ヴェラが笑う。


「あなたまで」


「歯車を回すのね」


「私は」


 オスカー。


「兄弟姉妹を」


「守るだけです」


 ヴェラの笑みが。


 少し。


 深くなる。


「皆」


 一拍。


「そう言うのよ」


     *


 アリスが療養施設へ向かっている。その情報は、晴翔にも届いていた。


「アリス特別調停官が会談場所を出ました」


 側近。


「サムライ・ヒーロー数名が同行」


「療養施設へ向かっています」


「そうですか」


 晴翔は迷わない。


「では」


 一拍。


「戻しましょう」


 側近。


「……もう?」


「ええ」


「津田さんを攻撃するために出したんじゃないんですか」


「今回は」


 一拍。


「違います」


「じゃあ何のために」


 晴翔は上着を取った。


「呼んだだけです」


「誰を」


「女王陛下を」


 三妖機へ。


 撤退。


 命令。


 NU=E。


 病院周囲の通信。


 静まる。


 ON=MORAKI。


 翼。


 反転。


 GASYA=DOKURO。


 シュヴァロフ。


 見る。


 シュヴァロフも。


 見る。


 数秒。


 睨み合い。


 GASYA。


 一歩。


 下がる。


 ON=MORAKI。


 上昇。


 NU=E。


 消える。


 三妖機。


 撤退。


 シュヴァロフ。


 追わない。


 病室。


 戻る。


 義弘。


「……あの野郎」


 トミー。


「何」


「俺を」


 一拍。


「呼び鈴に」


「使いやがった」


 トミー。


「人気者だな」


「嬉しくねえよ」


 その十分後。


 受付。


 新しい訪問者。


「大泉晴翔先生が」


 義弘。


「帰せ」


 受付職員。


『お見舞いとのことですが』


「帰せ!」


 トミー。


「アリスと同じこと言ってるな」


「うるせえ!」


     *


 晴翔は本当に見舞い品を持っていた。果物。花。病院側が持ち込みを許可した程度の菓子。三妖機を向かわせた直後の人間とは思えないほど普通の格好で、護衛二名と側近を連れて廊下を歩いてくる。


「先生」


「はい」


「本当に行くんですか」


「お見舞いですよ」


「さっき三妖機を送ったでしょう!」


「証明できます?」


「そういう話じゃないです!」


「大丈夫です」


「何が!」


 晴翔が曲がり角へ入った。


 そこで。


 止まる。


 反対側。


 アリス。


 白いフード。


 赤い目。


 後ろ。


 KASANE。


 数人のサムライ。


 Ghost Hero。


 祝部。


 さらに、その後方から状況確認へ来た真鍋の部下たち。


 完全に。


 女王。


 騎士団。


 晴翔。


 にこやか。


「こんにちは」


 アリス。


「帰れ」


「お見舞いです」


「帰れ」


「津田さんへ」


「私が受け取る」


「女王陛下が?」


「殺す」


 祝部。


「今日何回目だ、その宣言」


「数えてない」


「俺三回くらい聞いた」


「黙って」


 晴翔は持っている籠を少し上げる。


「果物です」


 アリス。


「違う」


「何が」


「それじゃない」


 晴翔の笑み。


 少し。


 深くなる。


「晴翔」


「はい」


「何」


 一拍。


「持ってきた」


「果物」


「違う!」


 アリスが一歩近づく。後ろのサムライたちも僅かに動いた。晴翔の護衛が反応しようとする。晴翔自身が片手を上げて止める。


「お前が」


 アリス。


「手ぶらで」


「私の前」


「来るわけない」


 一拍。


「何を」


「新開市に」


「置いた」


 晴翔は。


 嬉しそうに。


 笑った。


「さすがですね」


「何が」


「女王陛下のお眼鏡に」


 一拍。


「かなうかどうか」


「分かりませんが」


「その呼び方やめろ」


「では」


 晴翔。


「私の手土産は」


 一拍。


「方法です」


 アリス。


「何の」


「女王陛下に」


「お声をかけていただく」


「方法」


 廊下。


 静かになる。


 祝部の表情から。


 笑い。


 消える。


 アリス。


「……何」


 晴翔は。


 答える。


「今日」


「ヴェラ・クラウスが」


「あなたに会った」


「三妖機が」


「津田さんの病院へ行った」


「そして」


「あなたが」


 一拍。


「来た」


 アリス。


 顔。


 強張る。


「新開市中が」


 晴翔。


「見ています」


「女王陛下に」


「話を聞いていただきたいなら」


「女王陛下に」


「見ていただきたいなら」


 一拍。


「歯車を」


「回せばいい」


     *


 病室の扉が開いていた。中にいた義弘にも、その言葉は聞こえていた。


「……最悪だな」


 晴翔。


「ええ」


 義弘。


「お前が言うな」


 晴翔は病室の方へ少し顔を向ける。


「これは私も」


 一拍。


「少し」


「困ると思っています」


「嘘つけ」


「半分は本当です」


 アリスは、何も言えなかった。


 理解した。


 企業がアリスへ会いたければ、環の調整を通る。


 外国政府なら代表団を通す。


 市民なら公開面会日を待つ。


 研究者なら申請。


 政治家なら交渉。


 ヒーローなら任務。


 それぞれ。


 正しい。


 入口。


 ある。


 でも。


 街を。


 揺らす。


 義弘を。


 狙う。


 誰かを。


 危険へ。


 晒す。


 歯車を。


 回す。


 すると。


 アリス。


 来る。


 世界で。


 一番。


 短い。


 謁見ルート。


「お前」


 アリス。


 低い。


「これ」


「わざと」


「はい」


 晴翔は。


 否定。


 しなかった。


「ヴェラがお前売ったのも」


「予想はしていました」


「それで」


「私が晴翔追放したら」


 晴翔。


「あなたは」


 一拍。


「新開市最高権力者として」


「自分へ危害を加える政治家を」


「排除する」


「“歯車の女王”として」


「一歩」


「完成するでしょう」


 アリスの拳が。


 握られる。


「ヴェラの情報で」


「お前殴ったら」


「OCM海外部門が」


「新しい回し手として」


「より明確に」


「盤面へ出るでしょうね」


「何もしなかったら」


「私は」


 晴翔。


「新開市に」


「残ります」


 義弘。


「……四方」


 一拍。


「塞いだつもりか」


 晴翔が。


 義弘を見る。


「いいえ」


「出口は」


 一拍。


「いつもあります」


「どこだ」


 晴翔は。


 楽しそうに。


「まだ」


「私にも」


「分かりません」


「ふざけんな」


「本当ですよ」


 アリスは。


 晴翔を見る。


 殴りたい。


 追い出したい。


 三妖機を。


 全部。


 壊したい。


 ヴェラから。


 情報。


 買って。


 晴翔の。


 経路。


 全部。


 切りたい。


 でも。


 どれを。


 選んでも。


 晴翔。


 用意した。


 坂。


 乗る。


 アリスが。


 一歩。


 動く。


 祝部が、横からアリスの顔を見る。止める気はない。ただ、見ている。


 病室。


 義弘。


 同じ。


 見る。


 アリス。


 しばらく。


 黙る。


 そして。


「分かった」


 晴翔の眉が。


 僅かに。


 動いた。


「何がでしょう」


「次」


 一拍。


「私」


「呼ばれても」


「全部」


「行かない」


 晴翔の笑みが、ほんの少しだけ止まった。


「それで」


 一拍。


「人が死んだら?」


 アリス。


 止まる。


 そこ。


 だった。


 晴翔の。


 罠。


 アリスが行かなければ。


 死人。


 出る。


 アリス。


 知っている。


 だから。


 走る。


 晴翔は。


 それを。


 知っている。


「なら」


 祝部。


「俺らが行く」


 アリス。


 祝部。


 見る。


 祝部。


「昨日」


「ヒーロー増やしただろ」


 病室。


 義弘。


「そういうことだ」


 アリス。


「でも」


 義弘。


「お前が」


「全部の火事場」


「行く必要」


「ねえ」


「人死んだら」


「俺らの仕事だ」


「私の」


「違う」


 義弘。


 一拍。


「街の」


「仕事だ」


 アリスの後ろ。


 KASANE。


「必要なら」


 一拍。


「私たちが」


「行きます」


 別のサムライ。


「女王陛下のためではなく」


 一瞬。


 アリス。


 眉。


 動く。


 サムライ。


 慌てる。


「……人を守るために」


 アリス。


 少し。


 頷く。


「それ」


 晴翔が。


 全員。


 見る。


「では」


 一拍。


「誰が来るかを」


「試す人が」


「出るでしょうね」


 祝部。


「ほんと性格悪いな」


「ありがとうございます」


「褒めてない」


「知っています」


 アリス。


「晴翔」


「はい」


「次」


 一拍。


「私来ると」


「思うなよ」


 晴翔。


 微笑。


「楽しみにしています」


「来ないって言ってる」


「だから」


 一拍。


「楽しみなんです」


 病室。


 義弘。


「二人とも」


「病院で喧嘩すんな」


 トミー。


「患者が一番うるさいけどな」


「お前はどっちの味方だ」


「静かな方」


「じゃあ誰もいねえな」


     *


 晴翔の見舞いは、結局許可された。アリスが「帰せ」と言い続け、義弘が「ここまで来たなら入れ」と言い、祝部が「その絵絶対また誤解されるぞ」と言った結果、病室の中で晴翔が果物籠を置き、義弘が「いらん」と返し、トミーが勝手に中身を確認するという、政治的意味など何もないはずの場面が成立した。


 当然。


 外。


 報道。


《女王アリス立ち会いのもと、大泉晴翔が津田義弘と和解会談》


 アリス。


「違う!」


 祝部。


「もういいだろ今日は」


「よくない!」


「明日訂正しよう」


「今日!」


 晴翔。


「良い写真ですね」


「お前黙れ!」


     *


 収監施設の海井雫も、その映像を見ていた。外部操作権限はまだ封鎖されたまま。だから、晴翔が何をしたのか、結果だけを見ることしかできない。


 画面。


 晴翔。


 アリス。


 義弘。


 サムライ。


 ニュース字幕。


《女王陛下に見ていただきたいなら、歯車を回せばいい》


 雫。


 止まる。


 それは。


 自分が。


 やったことだった。


 アリスへ。


 見てほしかった。


 驚かせたかった。


 だから。


 旧VXの情報を。


 落とした。


 だから。


 支持派と反対派へ。


 言葉を。


 置いた。


 だから。


 三妖機へ。


 目を。


 貸した。


 アリスが。


 来た。


 怒った。


 自分の。


 思った通り。


「……私」


 雫。


 小さく。


「あいつの」


 一拍。


「言う通りに」


「なってた?」


 返事は。


 ない。


 義弘の。


 言葉。


 思い出す。


 晴翔より。


 出口。


 作ってない。


 雫。


 端末。


 見る。


 初めて。


 自分が。


 晴翔を。


 真似したのではなく。


 晴翔が。


 作った。


 報酬の中で。


 自分から。


 走っていた。


 可能性に。


 気づく。


 それは。


 アリスに。


 負けた時より。


 少し。


 腹が立った。


     *


 同じ頃、会談室ではまだヴェラとオスカーが向かい合っていた。アリスのいない部屋で、アリスの王冠をどう使うかという話をしている。それ自体が皮肉だった。


「NECRO兄弟姉妹の権限拡張」


 ヴェラ。


「海外部門が支持する」


「はい」


「代わりに」


「残置資産回収について」


 オスカー。


「限定的な協議へ応じます」


「限定的」


「あなた方の武装部隊を自由に入れる気はありません」


「でも入口は作る」


「条件を守るなら」


 ヴェラが。


 少し。


 笑う。


「晴翔みたい」


 オスカー。


「不愉快ですね」


「入口を作って」


「後は相手に選ばせる」


「私は」


 一拍。


「兄弟姉妹を」


「守っています」


「だから」


 ヴェラ。


「皆」


「そう言うのよ」


 晴翔の歯車は、晴翔がいなくても回った。


 アリスを守りたい。


 NECRO兄弟姉妹を守りたい。


 海外部門を新開市へ戻したい。


 自分の技術を売りたい。


 女王に見てほしい。


 人を助けたい。


 それぞれの理由。


 善意。


 野心。


 嫉妬。


 利益。


 全部。


 別。


 なのに。


 同じ。


 回し方。


 覚え始めている。


     *


 晴翔がその日、新開市へ持ち込んだ手土産は、三妖機ではなかった。NU=Eも、ON=MORAKIも、GASYA=DOKUROも、ほんの呼び鈴にすぎない。ヴェラがアリスへ差し出した晴翔の機密でもない。OCM海外部門の再進出でもない。


 晴翔が持ち込んだのは。


 もっと。


 安く。


 もっと。


 誰でも。


 使える。


 方法だった。


 女王へ会うための。


 近道。


 普通に会おうとすれば、手続きがいる。


 企業なら、環が止める。


 政治家なら、代表団が見る。


 外国なら、外交窓口を通る。


 市民なら、順番を待つ。


 けれど。


 歯車を。


 一つ。


 回せばいい。


 街を。


 少し。


 揺らす。


 誰かを。


 危険へ。


 置く。


 津田義弘へ。


 手を。


 伸ばす。


 アリスは。


 来る。


 怒る。


 見る。


 話す。


 そして。


 世界中が。


 それを。


 見てしまった。


 女王の視線へ。


 値段が。


 ついた。


 誰もが払える。


 最悪の。


 値段。


 混乱。


 という。


 値段。


 だが、晴翔にとって一つだけ計算外だったのは、その日、アリスの後ろにいた者たちだった。義弘は病院から出られない。シュヴァロフは義弘の横へ戻った。それでもKASANEがいる。Ghost Heroがいる。若いサムライ・ヒーローがいる。真鍋がいる。祝部がいる。アリスが全部の火へ走らなくても、そこへ向かう人間が増え始めている。


 アリス自身も。


 ようやく。


 気づき始めていた。


 晴翔の近道を潰す方法は、門をもっと固くすることではない。


 女王へ。


 全てを。


 集めないこと。


 自分が。


 走らなくても。


 誰かが。


 助けること。


 自分が。


 見なくても。


 人が。


 見ていること。


 自分が。


 判断しなくても。


 ヒーローが。


 自分で。


 選ぶこと。


 そうなれば。


 歯車を回したところで。


 女王は。


 来ない。


 代わりに。


 誰かが。


 人を。


 助けに。


 来る。


 晴翔は。


 病院を。


 出る前。


 もう一度。


 アリスへ。


 笑いかけた。


「では」


「また」


 アリス。


「来るな」


「それは」


 一拍。


「難しいですね」


「何で」


「新開市は」


 晴翔。


 楽しそうに。


「面白いので」


「帰れ」


「はい」


 晴翔は。


 帰った。


 それでも。


 彼が置いた。


 手土産だけは。


 新開市に。


 残った。


 女王へ。


 会いたければ。


 歯車を。


 回せ。


 その最悪の近道を。


 今度こそ。


 アリス一人ではなく。


 新開市そのものが。


 潰さなければ。


 ならなかった。


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