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第335話 街が列になる日

 ワンダーランドが主導するデモが、新開市の中心部で始まった時点では、それはまだ「よくある新開市の抗議行動」の範囲に収まっていた。


 日本国は新開市に過度な干渉をするな。

 新開市の自治を尊重しろ。

 代表公募の場へ余計な圧をかけるな。


 そのあたりの主張は、少なくとも表向きには筋が通っている。

 舞原たちワンダーランドも、最初はそれなりに線を引くつもりでいた。

 いつものように勢いだけで火をつけるのではなく、今回は代表公募と会談の場を守るための抗議だ、という顔を作る必要があったからだ。


 だが、新開市はそういう“顔”を、すぐに食い破る。


 ワンダーランドの列が動き出したのと、ほとんど同時に、別の地点でも市民団体が独自のデモを始めた。


 自治派の市民団体。

 生活防衛を掲げる団体。

 日本国だけでなく、オールドユニオンにも外から口を出されるなと主張する連中。

 企業群の横暴を批判する者。

 逆に企業の実務を軽視するなと訴える小集団。

 代表公募の公正を守れと叫ぶ者。

 アリスを守れと書いた横断幕を掲げる者。

 そして、何となく祭りの匂いを嗅ぎつけて集まってきた野次馬と配信者。


 それらが、最初は別々の色と文脈を持っていたはずなのに、街路と広場と交差点を通るたびに少しずつ合流し始める。


 新開市では、列は増殖する。

 誰かが声を上げると、その声に賛同する者だけでなく、別の声を持つ者まで寄ってくる。

 寄ってきた連中は、最初の主張に従うとは限らない。

 ただ、その場の熱を“自分たちの舞台”だと認識して混ざる。

 だから列は太くなるほど統制を失い、統制を失うほど巨大になる。


 昼を過ぎる頃には、そのデモはもう、主導者の手を離れ始めていた。


「新開市に真の自治を!」


 誰かが叫ぶ。

 その声に、別の列が重なる。


「日本国は出ていけ!」


 すると、さらに別の方向から、


「日本国以外の外国も出ていけ!」


 と返る。


 それではワンダーランドの線とも、オールドユニオン寄りの線とも、微妙にずれる。

 だが誰もそれを修正できない。

 次の瞬間にはまた別のコールが生まれる。


「日本国は新開市の代表を尊重せよ!」

「企業の横やりを許すな!」

「アリスを代表に!」

「もうアリス一人に背負わせるな!」


 互いに矛盾している。

 それでも、巨大な列の中ではどれも“その時その場で正しい感情”として通ってしまう。

 それが新開市の怖さだった。


 舞原は、最前列近くでその混線を聞きながら、胃の奥が冷たくなるのを感じていた。


 これはもう、ワンダーランドのデモではない。

 ワンダーランドが最初に灯した火に、街じゅうの別の油が流れ込んだ結果できた、別の何かだ。


「拡声器、こっちへ!」


 舞原が叫ぶ。

 だが拡声器で修正できる段階は、とっくに過ぎていた。

 別の場所では、舞原の声より大きな市民団体のコールが起きている。

 さらにその外周では、配信者たちが“今この瞬間の本音が噴き出している”とでも言いたげに、喜々としてカメラを向けている。


 列はもう、新開市そのものになりつつあった。


     *


 義弘と真鍋がその事態を知った時、まず二人が恐れたのは、日本国との正面衝突ではなかった。


 暴動化だ。


 これだけ巨大な列が、勝手な主張を抱えたまま合流し、しかも前話までの武装化の余波を引きずっている。

 もしここで一つ発煙筒が飛び、一台の改造ドローンが暴走し、一人でも誰かが「今だ」と叫んだらどうなるか。

 新開市の中心部が、そのまま都市型暴動の核になる。


 真鍋は、治安機関の回線を次々に開きながら言った。


「ワンダーランド、各市民団体、企業群――全部に連絡を入れます」


 義弘は頷きつつ、自分の側でも動いた。

 舞原。

 企業群の窓口。

 代表候補の支援団体。

 今日のデモに乗りそうな顔の知れた連中へ、とにかく片っ端から回線を飛ばす。


「列を止めろとは言わない」


 義弘はそれぞれへ、似たようで少しずつ違う言い方をする。


「ただ、武装は下げろ。改造ドローンを前へ出すな。護衛名目でも前へ出したら終わる」


 企業群には、もっと露骨に言った。


「ここで市民デモが暴動化したら、お前らの代表席も吹き飛ぶぞ」


 企業群の側は、その脅し――いや、現実の説明をよく理解した。

 彼らは利益の匂いに敏いが、それと同じくらい、損失の匂いにも敏い。


 真鍋の方も、治安機関の線を引きながら、デモの各所へ人員を差し込んでいく。

 前へ出て制圧するのではない。

 流れを変える。

 交差点を空ける。

 救護通路を確保する。

 列が詰まりすぎて怒りが一気に逆流しないよう、物理的な余白をつくる。


 だが、それでも街の熱量は想像以上だった。


「……多すぎる」


 真鍋が低く言う。

 それは人の数だけを指してはいなかった。

 列の中に含まれている怒り、期待、反発、暇つぶし、映え欲、正義感、全部の量が多すぎるのだ。


 義弘も、それは同じように感じていた。

 この街は、ここまで大きな“自治の列”を抱えたことがあっただろうか。

 いや、あったかもしれない。

 だが今回は、武装化と代表公募と日本国の干渉とアリスの負傷、その全部が乗っている。

 今までより一段危うい。


     *


 比嘉日向は、その報告を受けても、すぐには動かなかった。


 正確には、動きたくなかった。


 いまこの巨大デモへ日本国が前へ出るのは、悪手だ。

 それは直感ではなく、政治的な計算として分かる。

 日本国が姿を見せた瞬間、「だから出ていけと言っている」という声が勢いを増す。

 しかも今の列は、ワンダーランドだけのものではない。

 自治派、排外派、企業批判派、企業擁護派、全部が混ざっている。

 そんなものへ、下手に日本国の顔を差し込めば、全方向へ敵を作りかねない。


「触らないのが最善です」


 比嘉は言った。

 だが KAGUTSUCHI たちは、その判断をそのまま受け入れなかった。


「現場が崩れる」


 KAGUTSUCHI は短く言う。


「支援の名目で出ます」


「それは――」


 比嘉が制止しようとする。

 だが今回は、言葉の霧が効かなかった。


「我々は、火がついてから“見ていた”と言うために来たのではありません」


 KAGUTSUCHI の声は静かだった。

 静かだが、もう決まっている声だ。


「治安維持に手を貸す。それだけです」


 結局、日本国のサムライ・ヒーローたちは現場へ出た。

 露骨な政治介入ではなく、あくまで“日本国民間関係者と周辺市民の安全確保”の名目で。

 KUSANAGI を含む数名が展開し、列の流れを見ながら、明らかに危険な局面だけへ切り込める位置を取る。


 比嘉は、その様子を端末越しに見ながら、胃の底が冷えるのを感じていた。

 最初は利用できると思った盤面が、次第に手からこぼれ始めている。

 雫の火。

 街の自己増殖。

 サムライ・ヒーローたちの独自行動。

 その全部が、官僚的な整序を嫌う方向へ動いていた。


 だから比嘉は、そこで初めて雫へ停止命令を出した。


「活動を止めてください」


 回線越しの声は、努めて平坦だった。


「これ以上広げるな。今は収束が優先です」


 雫は、表向きにはそれに従った。


『分かりました』


 短く答える。

 素直すぎる返事だった。

 だからこそ比嘉は、逆に少し嫌な予感を覚えたが、その予感を追う余裕がなかった。


     *


 実際には、雫の手元を離れた火は、もう勝手に広がり始めていた。


 代表公募の場へ噛んでいたハッカーたち。

 映えを求める導線屋たち。

 自分こそが次の“ゴースト”に近いと勘違いしている若い連中。

 彼らはもう、雫が止めろと言えば止まる段階ではない。


 巨大デモが発生した。

 列が街を埋める。

 配信が回る。

 なら自分もそこへ混ざりたい。

 ドローンを飛ばして撮りたい。

 混乱を少し増幅させて、“その中心にいた自分”を記録したい。


 そういう連中が、勝手にデモ隊の上空や側面へ合流し始めた。


 簡易改造の撮影ドローン。

 もはや護衛ですらない、ただ目立つためだけの飛行機材。

 発煙や投射を小規模に行える遊び半分の装備。

 導線屋崩れが設置した、列の向きを微妙にずらすための偽誘導表示。


 雫は、その波及する混乱を止めようとはしなかった。

 止めたふりだけをした。

 どうせもう、止まらない。

 なら、その混乱ごと隠れ蓑に使えばいい。


 彼女は再び、街の表から視線を切り離した。


 向かった先は、廃棄された企業倉庫群の奥。

 そこに、誰にも見せていない骨組みがある。


 リヴァイアサン。


 三機の大型ドローンを、一体の超大型機へ接続するための統合フレーム。

 企業群が、かつて“段階的な恐怖”と“最後の派手な勝利”のために夢想した設計。

 いかにもこの街の悪趣味な神話装置だ。


 倉庫の中は薄暗い。

 外で巨大デモが街路を埋めていることなど、嘘みたいに静かだった。

 その静けさの中で、巨大なフレームだけが鈍く立ち上がっている。


 雫は、接続済みの部位を一つずつ確認した。

 主フレーム。

 補助出力導管。

 三機分の制御を一本へ束ねるための中継ユニット。

 まだむき出しの配線がいくつも残っている。

 完全ではない。

 だが、ほとんど完成だ。


 遠くで、街の上空からかすかなざわめきが届く。

 巨大デモの喧騒。

 コール。

 警告。

 配信者の声。

 そして、おそらく誰かがまた余計なことをしているだろう小さな混乱。


 雫は、その全部を聞きながら、笑った。


 街はもう、自分が最初に火をつけた時のものではない。

 ワンダーランドのものでも、比嘉のものでも、企業群のものでもない。

 自治の名で膨らみ、怒りと願望と映え欲を抱えたまま、勝手に自分自身を増殖させている。


 それでいい。

 むしろ、その方がいい。


 誰にも制御できない巨大な列。

 その上に、さらに誰にも止められない巨大な怪物を落とす。

 その時に初めて、街は本当に自分の舞台になる。


 雫は、リヴァイアサンの胸部にあたる装甲板へ手を置いた。

 冷たい。

 だがその奥では、すでに通電の準備が進んでいる。


「もう少し」


 自分に言うように、静かに呟く。


 外では、新開市が一つの怪物みたいな列になって街を埋めている。

 その陰で、倉庫の中のもう一つの怪物が、ゆっくりと完成へ向かっていた。

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