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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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439/446

439.海を渡る熱

 白亜の巨躯が陽光を撥ね返し、ロートシュタインの港は祝祭の熱気に包まれていた。


 魔改造船『アビエラ・グレイス号』。その優美な船体を見上げる群衆からは、絶え間ない感嘆の声が漏れている。


 そんな熱狂の渦中、式典の檀上に立った領主ラルフ・ドーソンは、およそ貴族らしからぬ軽妙さで杯を高く掲げた。


「休肝日――!! ということで、堅苦しい挨拶は抜きだ! 進水式、カンパーイ!」


 威厳をどこかへ置き忘れたような簡潔な宣言に、港はどっと笑いに沸く。


「いやッ! ラルフさま! 休肝日って、飲んでるじゃねーかよ?!」


「はーハッハッハ! 相変わらず、わけわかんねー!!」


 形式美を重んじる他領の貴族が見れば眉をひそめるだろうが、これがロートシュタイン流の「粋」というものだった。


「よし、野郎ども! 乗り込めー!」


 女傑メリッサ・ストーン船長の凛とした号令が響くと、海賊公社の屈強な男たちが野太い雄叫びを上げ、次々と甲板へ躍り出る。


 だが、その活気溢れる光景の中で、ラルフはある違和感を見逃さなかった。


 フルフェイスのヘルムを深く被り、不自然なほど猫背でタラップを登ろうとする一人の船員。

 その肩には、明らかに「大物を狙うため」の、異常に太い釣り竿を収めた革製ケースが担がれていた。


 ラルフは無言で歩み寄ると、その肩をガシッ! と力強く掴む。


「……どちらへ行かれるつもりですか、ヴラドおじ?」


 銀色のヘルムが、錆びついた歯車のような動きでゆっくりと振り返った。


「……な、何のことかな……? 儂はただの、志低き一介の船員であってだな……」


「バレバレなんだわねぇ! その業物つりざおで、またマグロを狙う気でしょうがっ?!」


 ラルフの鋭い指摘に、周囲が凍りつく。


 それもそのはず、この不審な船員の正体は、あろうことか一国の王――ウラデュウスその人だったのだ。


 家臣の目を盗み、顔を隠してまで釣りに興じようとする奔放すぎる国王。


「あっ、陛下! なにしてんだよ?! コラッ! めんどくせーんだよっ!!」


 遠くから血相を変えて駆けてくる宰相。その言葉遣いは、もう壊滅的だ。

 国王ウラデュウスの「釣り逃避行」は出港を待たずして幕を閉じた。


「メリッサ! 途中、エストルンドに寄るのを忘れるなよ!」


 無念の表情で連行される国王を見送りつつ、ラルフは甲板の船長へ声を張り上げた。


「分かってますって! ティナの酒場に『例の積荷』を届ければいいんでしょ?」


「そう、それだ! ティナによろしく伝えてくれ!」


 積み込まれた木箱には、東の森で採れた瑞々しいタケノコや、セスの農園で収穫されたばかりの新鮮な野菜が押し込まれている。


「錨を上げろ! アビエラ・グレイス号、新たな航海へ!」


 メリッサの鋭い叫びと共に、白亜の巨船がゆっくりと岸壁を離れる。

 その勇姿が蒼海へと滑り出すのを見届け、ラルフは晴れやかな溜息をついた。


「さて、帰りますか……。ファウストさん、今日はもうお仕事は?」


 隣で欠伸を噛み殺していた隣領の主、ファウスティン公爵が気怠げに口角を上げた。


「ああ。面倒な書類仕事はすべて文官どもに丸投げしてきた。今日はもう、一文字も読みたくないな……」


「はは、それじゃあ決まりだ。真っ昼間から一杯やりましょう!」


「最高だな。市場で気の利いたツマミでも仕入れていくか」


 二人の公爵が交わす会話は、およそ統治者のそれではなく、休日の堕落を謳歌しようとする悪友同士のそれだった。


 すると、ラルフの傍らに控えていたメイドのアンナが、音もなく優雅に頭を下げた。


「……失礼いたします、旦那様。以前よりお伝えしておりました通り、これより半日の暇を頂戴いたします」


「ん? あ、そうだったね。たまには羽を伸ばしてくるといい」


「はい。恐縮です……」


 相変わらずの無表情で短く応じると、彼女は静かに雑踏の中へと消えていった。


 その後、

 ラルフとファウスティンは、セス少年がハンドルを握る魔導車:エバーの後部座席で揺られていた。


「それにしても、綺麗で大きな船でしたね!」


 バックミラー越しに目を輝かせるセスに、ラルフは苦笑して項垂れる。


「そりゃあね……。あの改修費に、僕のポケットマネーがどれだけ消えたと思ってるんだ……」


「はんっ、どうせ最終的には十倍にして回収する算段なのだろう? お前のことだ、単なる贅沢で投資カネを捨てるはずがない」


 ファウスティンの言葉に、ラルフは不敵な笑みを返した。


 だが、その時。


「……うーん? なんか、街の様子がいつもと違いますねー?」


 セスの何気ない呟きに、ラルフは窓の外へ視線を向けた。


「街の様子?」


「なんていうか、人通りが少ないっていうか……。こう、景色に彩りが足りないというか……」


 ラルフは流れていく目抜き通りの景色を注視した。


 屋台で鉄板を振るう中年男性。

 マクダナウェル・バーガーから出てくる腹を空かせた冒険者。

 道端で酒を酌み交わす聖教国の司祭と共和国の議員。


 一見、いつもの活気に満ちたロートシュタインだ。

 しかし、ラルフの脳裏に言いようのない寒気が走る。


「……っ! セス、止めろ!」


「えっ!? あ、はいっ!!」


 急ブレーキの衝撃と共に、タイヤが鋭いスキール音を上げる。ラルフは車が完全に止まる前に外へと飛び出した。


「どうした、ラルフ! なんなんだよ?!」


 困惑して追いかけてきたファウスティンの横で、ラルフは戦慄に目を見開く。


「なんだ……これは……。何が起きている……?」


「はあ? 何を大げさな。男たちが騒いでいるだけの、いつもの日常だろう?」


 喉を鳴らし、ラルフはその「異常」の正体を震える声で口にした。


「……女性が……一人もいない……」


 見渡す限り、視界に入るのはむさ苦しい男たちの姿のみ。華やかなドレスも、少女の笑い声も、ロートシュタインの街から完全に消失していた。


  ✢


 一方その頃、

 ロートシュタインの港から数キロ離れた海域では――。


「私はその『貴族遊戯』をくださいな!」


「私は『ニャンキス』の第二巻を! 布教用と予備も含めて三冊!」


 アビエラ・グレイス号を包囲するように集結した無数の小舟から、凄まじい熱量を孕んだ女性たちの歓声が上がっていた。


「はい、お次の方どうぞ! 最新刊、まだ在庫ありますよー!」


 甲板でテキパキと「薄い本」を捌いているのは、"BL開放戦線"の主催者にして、逃亡者の、カイリーである。


「まさか、海上で"ブラック・マーケット"を開催するなんて。流石のラルフ様も、ここまでは読み切れないでしょうね……」


 メリッサ船長は呆れ果てた様子で溜息をつくが、その眼差しにはどこか感心したような色が混じっていた。


 ここには身分も立場も存在しない。

 あるのは、禁断の「推し」という名の背徳感を求める乙女たちの情熱のみ。

 この世界に初めて「腐」という概念を植え付けたカイリーは、今や彼女たちの聖女カリスマとして崇められていた。


 そこへ、一艘の小舟が音もなく近づいてくる。


「カイリーさん。ロートシュタインへ戻るのは危険です。旦那様が血眼になって捜査網を広げていますから」


 舟の上で静かに告げたのは、暇を取っていたはずのアンナだった。


「あはは……やっぱり? どうしようかなぁ、そろそろ新しい拠点が欲しいかも」


 困ったように笑うカイリーに、アンナは淡々と、しかし確かな福音を授ける。


「そう言うと思いましたよ。……エストルンドに、新たな隠れ家を確保しました。酒場の店主、ティナという若い女性も貴女の大ファンだそうですよ……彼女曰く、『全力で協力を惜しまない!』とのことで……」


「本当!? よし、じゃあ。しばらくはそこにお邪魔しちゃおうかな!」


 こうして、カイリーの新たな潜伏先は決まった。


 ラルフがどれほど厳重な捜査網を敷こうとも、それを上回る速度で「カイリー逃亡援助ネットワーク」は大陸中に根を張りつつある。


 結果として、ラルフとファウスティンをモデルにした「いかがわしすぎる同人誌」は、これからも変わることなく、いや、さらに加熱しながら世に流布され続けることになるのであった。

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― 新着の感想 ―
アビエラ・グレイス号は、イスカンダルに行かないんですか?波動砲を発射しないんですか?
>形式美を重んじる他領の貴族が見れば眉をひそめるだろうが これ様式美ではないの?形式美だと何に対して美を感じてるのかよく分からないけど
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